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あの日、あの時 Ⅴ 三四郎池

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 今日は子どもたちにミントティーを作る。
 はちみつを入れ、少し甘くしてある。
 響子はそれを温めて魔法瓶に入れた。



 屋上に上がると、双子でさえ、しばらくは黙り込む。
 テーブルに座り、俺は飲み物を配った。


 「昨日は響子のお母さんの話だったからな。今日は山中の話をしよう」

 



 山中は典型的なガリ勉タイプだった。
 性格が暗い。
 喧嘩もしたことがねぇ。

 授業や学食で時々見かけるが、話したこともなかった。



 ある日、学食に行くと、山中が言い合いをしている。
 相手はサラリーマンのようだ。
 大学は地域に開かれ、学食によく社会人も食べに来ていた。

 「なんでどかなきゃいけないんですか!」
 「俺たちは食事しながら打ち合わせをしたいんだよ。いいじゃないか、ちょっとあっちの席にいったって」

 どうもサラリーマンたちが山中に席を譲れと言っているらしい。



 俺は近づいて、怒鳴っているサラリーマンの耳を持ち、顔面に拳を入れた。

 山中が俺を見ている。

 「なんだ、お前は!」

 そう言った同僚らしいサラリーマンも同じく。

 「警察を呼べ!」
 そいつも同じ目に遭った。

 ようやく連中も理解し、学食から出て行った。

 「三度目でようやくかよ、なあ」

 俺がそう言うと、山中は「ありがとう」と言った。




 数日後、学食で山中は、まったく同じ状況にいた。
 信じられねぇ。

 俺がまた同じことをし、追い出した。

 「こないだも、ありがとう」
 「いや、お前、ある意味スゴイな」

 山中は笑った。

 俺たちは一緒に飯を食い、別れた。




 数日後、G大学の学生に絡まれている山中を見た。
 
 「あ、石神!」
 応援団長が俺を見つけた。

 いつものように五秒で潰す。

 「またお前かよ!」
 「うん、またありがとう」

 山中は礼をしたいと言うので、俺たちは喫茶店に入った。
 
 「こんなものでいいのかな」
 「だって、全然大したことしてねぇじゃん」

 俺たちは、薄く安いコーヒーを啜った。




 「俺さ、石神くんのことをずっと見てたんだ」
 「なんだよ、それ」

 「だって、学内で有名じゃない。女の子にいつも囲まれて。よく喧嘩もしてるんだろ?」

 「まあ、間違っちゃいないな」
 山中は笑った。

 お互いにあらためて自己紹介をし、それから少しずつ一緒に飲みに行ったりした。
 御堂とも仲良くなり、俺たちは三人で遊ぶことも多くなっていった。



 俺が奈津江と付き合うようになり、花岡さんとも仲良くなる。
 でも、山中は二人とは一緒に遊ばなかった。

 「なんだよ、一緒にくればいいじゃないか」
 「あの二人は綺麗すぎるよ」
 「なに言ってんだよ」
 「特に花岡さんはダメだ。とても近くで話せないよ」
 「だったら離れて話せばいいじゃんか」
 「そんなことできるか!」


 結局山中は、御堂とはいいけど、奈津江と花岡さんとは一緒にならなかった。




 山中が財布をなくした。
 一緒に喫茶店に入ろうと言うのに行きたがらず、無理矢理連れ込んだら告白した。

 「どうしよう。今月はもう1000円しかないよ」
 あと一週間ほど、仕送りまであった。

 「僕が貸すよ」
 御堂が言った。

 「いや、僕のミスだ。自分で何とかするよ」
 「だったら、俺に任せろ!」

 山中はライスだけを注文した。
 100円だった。
 店の人が話を聞いていたか、ふりかけをかけてくれた。

 俺と御堂は大笑いした。





 俺は山中をつれて、大学内の三四郎池に行く。
 俺は網とバケツとゴミ袋を何枚か持っていた。

 「何するんだよ!」
 「え? 食材集め」
 「なにぃー?」


 俺たちはまず、周辺の草むらでわらびや食べられそうな草を集める。
 ついでに、俺はバッタやコオロギを捕まえて、ゴミ袋に次々と突っ込んだ。
 山中が呆然と見ている。

 次いで、人目を確認し、池からザリガニを捕まえた。
 バケツに入れる。
 五匹ほどバケツに入った。
 更に人目を確認し、俺は鯉を網で掬った。
 大物ゲットにより、俺たちは急いで離れた。



 山中のアパートに着く。
 六畳1kの狭い部屋だ。


 「石神! もしかしてこれ、本当に喰うのか?」
 「当たり前だろう!」

 放心している山中を放って、俺は調理を始める。


 「鯉は泥を吐かせるからな。明日まで喰うなよ!」
 「喰わないよ!」

 俺はザリガニを丁寧に洗い、そのまま鍋の湯に放り込んだ。
 そしてバッタとこおろぎをそのまま油をひいたフライパンに入れ、軽く炒る。
 醤油とみりん、砂糖で甘辛く仕上げた。

 「生でもいいんだけどな」
 「やめてくれよ!」


 わらびなどの雑草を一度下茹でし、灰汁をとる。
 
 山中の尻を蹴飛ばし、御堂からもらった米を炊かせる。
 御堂はこれだけはもらってくれと、山中に押し付けたのだ。

 まあ、米があれば一週間はもつけどな。


 夕飯にザリガニ一匹とバッタとこおろぎの佃煮が出来た。
 雑草の味噌汁も作った。


 「ほら、喰えよ。ろくなもん食べてなかっただろ?」
 「これもろくなもんじゃないよ!」


 俺は喰わない。
 せっかくの山中の食糧だ。

 俺は片づけをし、ザリガニと佃煮の残りを冷蔵庫に入れた。

 「あ、美味い!」

 小さなテーブルに配膳した食事を、山中は恐る恐る食べた。

 「おい、石神! これ結構イケルぞ!」
 「そうだろ?」

 俺は山中に微笑んでやった。
 味噌汁は美味くないとか文句を言うので、頭を殴った。



 山中は翌日俺が作った鯉こくを絶賛し、そんなもので一週間を乗り切った。

 仕送りが入り、山中のアルバイトの給料も入った。
 山中は御堂に米代を払うと言ったが、田舎から送られるものだからと固辞された。

 「石神、本当にありがとう」
 「いや、別にいいよ。友だちだろ?」
 山中は俺の手を握り、初めて涙を零した。

 「本当にありがとう。一生忘れないよ」
 「だからいいって。どうせタダだったしな」

 「それにしたってさ。あんなに一生懸命に俺のために」
 「お前もしつこいな」

 「なんで俺のためにあんなに」
 「だって面白そうだったから」

 「え?」

 「お前がバッタとかザリガニ喰うのが見たかったんだよ」

 「お、お前……」

 「美味いって言われて、笑いを堪えるのに苦労したぜ」

 「お前! いい加減にしろ!」








 山中が殴りかかってきた。
 御堂は大笑いしていた。
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