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別荘の日々 Ⅷ
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響子は俺と寝たがった。
六花も「是非一緒に!」と言ったが、当然拒否した。
「響子、疲れただろう」
「ううん、平気」
響子は向き合った俺の胸に、顔を埋めている。
「タカトラ」
「なんだ」
「今日はありがとう」
「ああ」
響子や子どもたちに話す許可は、アビゲイルを通して静江さんたちに了承を得ていた。
もちろん、話してもいい範囲だけだ。
「前にアルジャーノンと静江さんから、写真が送られてきたろ?」
「うん」
「静江さんが、俺が贈った龍村の織物を大変気に入ってくれて、毎日眺めているって」
「うん、覚えてる」
「龍村はな、静江さんも大好きな店で、妹の響さんとよく行ってたそうだ」
「……」
「元々は京都の店だからな。今度二人で行ってみるか?」
「うん。シズエにまた贈ろう」
「そうだな」
「ねぇ、タカトラ」
「なんだ」
「どうせなら京都に行こう」
「うーん」
「どうしたの?」
「俺のハートがブレイク」
「なにそれ!」
響子がクスクスと笑う。
俺が響子の頭や背中を撫でているうちに、響子は眠った。
俺は少し飲みたくなり、そっとベッドを離れる。
六花の部屋を覗くと、マッサージ器を抱いて眠っていた。
美しすぎる顔と、マッサージ器のでかい振動部とがミスマッチだった。
子どもたちの部屋も覗いてみる。
双子が布団を床に落として寝ていた。
俺はそっと拾って腹あたりにかけてやる。
「ぱらのーまる」と小声で言うと、二人とも苦しみだした。
皇紀は寝相がいい。
机に俺の写真を飾ってやがる。
伏せておいた。
亜紀ちゃんの部屋を覗く。
「一片の悔いなし!」的なポーズで寝ていた。
俺はキッチンのボードからワイルドターキーを取り出し、グラスにたっぷりと注ぐ。
氷は入れない。
「京都かよ」
俺は一口含み、飲み込んだ。
食道から胃が熱くなる。
酒に弱いわけでもないのに、ふらつく感覚がある。
「お前、どうして京都の学会に行かないんだ!」
後に院長になる、蓼科文学第一外科部長が怒鳴る。
「行きたくないからです」
「ワガママを言うな! お前の術式をみんなが知りたがってるんだぞ!」
「名古屋あたりなら」
殴られた。
「命令だ! 絶対に行け!」
俺は自分のデスクに戻り、学会の資料をまとめていった。
吐いた。
隣の同僚が驚いて俺を見た瞬間、俺は斃れた。
意識が無かった。
処置室で目が覚めると、蓼科部長がいた。
「お前、突然どうしたんだ?」
「PTSDのようなもので」
「さっきからくだらん冗談を」
不審な顔で見られた。
「貧血なんてもんじゃないぞ。血液の数値が無茶苦茶だ。何か持病があったのか?」
「いえ、そういうものでは」
「もしかして、京都が原因なのか?」
「ええ、まあ」
蓼科部長が腕を組んで考え込んでいる。
「もしもお前が学会の発表を嫌がってるなら」
「いえ、そういうことではないんです。本当に単純に京都がダメなだけで」
「なんなんだ、それは」
俺は黙っている。
「もう分かった。行かなくても良い。しばらく休めよ」
「すいません」
学会へは、俺がまとめた資料を持って、別な人間が行った。
俺は数日立つこともままならず、そのまま病院のベッドで休養した。
花岡さんが見舞いに来た。
「京都に行かなかったのね」
枕元に剝いたリンゴを置いてくれた。
「すいません」
「蓼科先生に聞いたけど、血液の数値が異常だって。赤血球が全部壊れたみたいだって言ってたよ」
「奈津江よね」
「……」
花岡さんが、俺の額に手を乗せた。
「まだ、そんなに」
手の下が濡れた。
「いえ」
「嘘!」
「自分でも驚いてますよ」
「石神くん……」
「京都に行くと、奈津江がいるんじゃないかって」
「……」
「でもいないんです。それじゃ、俺は、いったい……」
「寝た方がいいわ」
「はい」
花岡さんは病室を出た。
濡れた手を、頬に当てていた。
その手が、更に濡れていったのを、俺は知らない。
六花も「是非一緒に!」と言ったが、当然拒否した。
「響子、疲れただろう」
「ううん、平気」
響子は向き合った俺の胸に、顔を埋めている。
「タカトラ」
「なんだ」
「今日はありがとう」
「ああ」
響子や子どもたちに話す許可は、アビゲイルを通して静江さんたちに了承を得ていた。
もちろん、話してもいい範囲だけだ。
「前にアルジャーノンと静江さんから、写真が送られてきたろ?」
「うん」
「静江さんが、俺が贈った龍村の織物を大変気に入ってくれて、毎日眺めているって」
「うん、覚えてる」
「龍村はな、静江さんも大好きな店で、妹の響さんとよく行ってたそうだ」
「……」
「元々は京都の店だからな。今度二人で行ってみるか?」
「うん。シズエにまた贈ろう」
「そうだな」
「ねぇ、タカトラ」
「なんだ」
「どうせなら京都に行こう」
「うーん」
「どうしたの?」
「俺のハートがブレイク」
「なにそれ!」
響子がクスクスと笑う。
俺が響子の頭や背中を撫でているうちに、響子は眠った。
俺は少し飲みたくなり、そっとベッドを離れる。
六花の部屋を覗くと、マッサージ器を抱いて眠っていた。
美しすぎる顔と、マッサージ器のでかい振動部とがミスマッチだった。
子どもたちの部屋も覗いてみる。
双子が布団を床に落として寝ていた。
俺はそっと拾って腹あたりにかけてやる。
「ぱらのーまる」と小声で言うと、二人とも苦しみだした。
皇紀は寝相がいい。
机に俺の写真を飾ってやがる。
伏せておいた。
亜紀ちゃんの部屋を覗く。
「一片の悔いなし!」的なポーズで寝ていた。
俺はキッチンのボードからワイルドターキーを取り出し、グラスにたっぷりと注ぐ。
氷は入れない。
「京都かよ」
俺は一口含み、飲み込んだ。
食道から胃が熱くなる。
酒に弱いわけでもないのに、ふらつく感覚がある。
「お前、どうして京都の学会に行かないんだ!」
後に院長になる、蓼科文学第一外科部長が怒鳴る。
「行きたくないからです」
「ワガママを言うな! お前の術式をみんなが知りたがってるんだぞ!」
「名古屋あたりなら」
殴られた。
「命令だ! 絶対に行け!」
俺は自分のデスクに戻り、学会の資料をまとめていった。
吐いた。
隣の同僚が驚いて俺を見た瞬間、俺は斃れた。
意識が無かった。
処置室で目が覚めると、蓼科部長がいた。
「お前、突然どうしたんだ?」
「PTSDのようなもので」
「さっきからくだらん冗談を」
不審な顔で見られた。
「貧血なんてもんじゃないぞ。血液の数値が無茶苦茶だ。何か持病があったのか?」
「いえ、そういうものでは」
「もしかして、京都が原因なのか?」
「ええ、まあ」
蓼科部長が腕を組んで考え込んでいる。
「もしもお前が学会の発表を嫌がってるなら」
「いえ、そういうことではないんです。本当に単純に京都がダメなだけで」
「なんなんだ、それは」
俺は黙っている。
「もう分かった。行かなくても良い。しばらく休めよ」
「すいません」
学会へは、俺がまとめた資料を持って、別な人間が行った。
俺は数日立つこともままならず、そのまま病院のベッドで休養した。
花岡さんが見舞いに来た。
「京都に行かなかったのね」
枕元に剝いたリンゴを置いてくれた。
「すいません」
「蓼科先生に聞いたけど、血液の数値が異常だって。赤血球が全部壊れたみたいだって言ってたよ」
「奈津江よね」
「……」
花岡さんが、俺の額に手を乗せた。
「まだ、そんなに」
手の下が濡れた。
「いえ」
「嘘!」
「自分でも驚いてますよ」
「石神くん……」
「京都に行くと、奈津江がいるんじゃないかって」
「……」
「でもいないんです。それじゃ、俺は、いったい……」
「寝た方がいいわ」
「はい」
花岡さんは病室を出た。
濡れた手を、頬に当てていた。
その手が、更に濡れていったのを、俺は知らない。
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