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別荘の日々 Ⅶ

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 「今日は、ある女性の話をしよう」

 子どもたちが目を輝かせている。
 エロ魔人も俺を見ている。
 この空間に当てられて、目が少し潤んでいるので、俺がちょっとドキドキする。
 響子は俺が注いだホットミルクのカップに口をつけ、「アウチッ!」と言う。
 俺はカップを手に取って、フーフーしてやった。
 それを受け取り、ニッコリと笑う。
 カワイイ。


 「その女性は、日本の旧い家系の人だ。由緒ある家柄、というものだな。そしてその家柄には、一つの特徴があった」
 響子が夢中でフーフーとしている。

 「それは家系の女性に限ったことだが、何代かに一人、特殊な能力を持った女が生まれることだ」

 「その女性も特殊な力があった。未来を見る力だったそうだ」
 子どもたちがザワザワとした。



 「それでその人には妹さんがいて、非常に仲が良かったそうだよ。どこへ行くにも一緒で、寝るときも布団をくっつけて寝ていた。いつまでもお喋りをして寝ないので、よくお母さんに怒られたそうだ」
 響子はようやくカップを冷まし、一口ミルクを飲んだ。

 「二人は成長して日本の歴史が好きになり、よく一緒に奈良や京都に行ったそうだよ。寺や神社を回り、二人で楽しんだ。特に飛鳥時代から平安時代が好きだったと聞いている」

 「だけどな。妹さんが20代になって、突然亡くなったそうなんだよ。白血病だったらしいけどな。ある日突然斃れて、みるみる弱って手の施しようがなかったんだ」
 かわいそう、と亜紀ちゃんが言う。

 「その人も大変なショックで、一時は痩せ細ってみんなが心配した。妹の後を追って死んでしまうんじゃないかとな。でも、ある日、その人は未来を見たそうだ。ニューヨークに行かなければならない、と分かったんだと」
 
 響子がカップを俺に押し付ける。一口飲めと訴えていた。
 俺はカップに口をつけ、一口含んだ。
 響子はそこに自分の口をつけ、ニッコリ笑った。


 「両親も、その女性の力をもちろん知っていて、それならば行けとニューヨークに行かせたんだな。12月の初頭。でも、そこでどうしたらいいのか分からない。ただ、ニューヨークの街を歩いた。自分が見た景色にがクリスマスツリーがあったので、クリスマスまでに何かがあることだけは分かっていた」

 子どもたちが身を乗り出している。

 「ある日、五番街を歩いていると、誰かが喧嘩していたそうだ。多くの人間がその周りを囲って見ていて、その人もなんとなく見たそうなんだよな。そうしたら日本人のでかい男が二人で激しく殴り合ってる」

 「どうして日本人だと分かったんですか?」
 皇紀が聞いた。

 「日本語で怒鳴りあっていたそうだよ」
 「ああ」

 「それに気を取られて、店から出てきた男性とぶつかったんだな。女性がよろけて転びそうになったのを、その男性が支えた」
 「なんか、映画のシーンみたいですね」
 亜紀ちゃんが言う。

 「いや、もっとスゴイぞ! まあ、それは後でな。それで男性が女性の顔を見て、言ったそうだ」

 「なんて?」
 亜紀ちゃんだ。

 「「結婚してくれ」ってさ」

 「「「「エェッー!」」」」

 「女性はすぐに、これが運命だと悟ったそうだ。そのプロポーズをその場で受け、二人はそのまま男性の家に行った」

 「ほんとのことですか?」
 「もちろん」
 亜紀ちゃんは納得できないようだが、双子は喜んでハイタッチなどした。




 「本当に二人は結婚した。だけどな、男性の家も特殊なものがあった。大変な財力があって、男性はその後継者だった」
 「はぁー」

 「そして女性はまた未来を見た。その家の一員になるために、日本を捨てなければならない。そういう予言だったそうだよ」
 「どういうことですか?」
 亜紀ちゃんは成り行きが気になってしょうがないようだ。

 「まあ、俺にも詳しくは分からん。女性が未来を見ると言ったけど、それはいつも映像で見えるわけじゃないらしんだ。その女性の言葉で言うと「理解する」と言っていたな。だから、そうしなければならない、と分かったんだよ」
 「それは逆らえないんですか?」


 「まあ、そういうものではないらしい。その辺りは俺にもよく分からない。だけど、その人はそうしたんだ。でも、あれだけ日本を大好きな人間だった分けだから、本当に辛かったと思う」
 かわいそう、ともう一度亜紀ちゃんが言う。

 「女性は一切の日本のものを捨て、関わらないようになった。アメリカ人として生きたんだな。親にも連絡せず、何の情報も得ない」



 「そして二人にやっと子どもが生まれた。女性は非常に喜んだ。それは、予言でその子に付ける名前が決まっていたからだ。そのことは、夫になった男性も承知していた。女性の予言の力を分かったんだな」

 「なんて名前だったんですか?」




 「「響子」」




 響子が驚いて俺を見た。
 俺の話が母親の物語であり、自分の話だと分かったのだ。


 「唯一、自分が日本に繋がる名前だった。それを静江さんは心待ちにしていたんだな」
 俺は響子の頭を撫でる。
 響子は俺を見ながら大粒の涙を零していた。


 「静江さんの妹の名前は「響(きょう)」といったそうだ。予言で最愛の「響ちゃん」の名前が繋がって、本当にその日を待ち続けていたそうだよ。響子、お前が生まれた日が、静江さんにとって自分の人生で一番嬉しい日だったと言っていたよ」
 響子は俺の胸に顔を埋めた。

 「シズエ……」

 「アルジャーノンも、もちろん大喜びだった。一族を呼び集め、友人たちも全部呼んで、大パーティを開いた。嬉し過ぎて飲み過ぎて、階段から転げ落ちたそうだな!」
 子どもたちが笑った。
 みんな嬉しそうだった。



 「静江さんは日本を捨てたが、響子一人がいるだけで、もう十分だと思ったそうだ。お前は日本と同じ重さがあるんだな」
 響子は泣きながら、照れる。

 「俺からすると、ずい分と軽いけどな!」
 響子が俺の頬をつねる。


 「静江さんが最も辛かったのは、妹の「響ちゃん」の墓参りに行けないことだった。それだけは今でも辛いそうだが、響子がいるから何とか我慢できると言っていた。お前は静江さんの最愛の娘なんだよ。今までも、これからも」

 「今は状況が悪くて会いに来れないけどな。それもお前のためだ。しばらくしたら良くなる。それも予言にあるそうだ」
 響子の顔が明るくなった。



 「こないだ極秘裏に静江さんは日本に来た。響子もお前たちも知らないよな。俺は特別な用件があって、呼ばれて会うことになった。本来の用件は短時間で済んだんだけど、俺が無理を言って時間を作ってもらったんだ。それで30分だけいただいて、俺たちは話し込んだ。結局、53分にもなって、警備の人間に怒られて終わった」

 みんなが笑った。

 「その時に二人で確認したんだけどな。アルジャーノンと出会ったときに、五番街で喧嘩をしていたのは、どうやら俺と聖だったようだな」

 「「「「「エェッー!」」」」」
 
 「静江さんが俺の顔に見覚えがあるってことで、詳しく聞いてみたんだよ。時期的にも、俺が冬休みで、聖がクリスマス休暇で、何年のことだって。ピッタリだったよな。確かに五番街で喧嘩した」

 「タカさんも覚えていたんですか?」
 皇紀だ。

 「ああ。聖が俺にクリスマス・プレゼントを忘れてて、じゃあこれから買いに行くってことになったんだよな。それで俺がティファニーに入ろうとしたら、「ふざけんな!」って。高いとかケチとかで言い合って喧嘩になったんだよ」
 「「「「ああー」」」」

 



 「なんでトラなんかにこんな高いものやらなきゃいけねぇんだ!」
 「てめぇ! どうせいい給料もらってんだろ、このケチクソ!」
 「せめてマフラーとかにしろ!」
 「お前からそんなもんもらったら、気持ち悪いだろう!」

 聖が俺の頭に回し蹴りを放つ。
 左手で防ぐと「ガシン!」という岩のぶつかる音がした。
 その間に俺は前蹴りを放ち、聖の打ち下ろした手刀で防がれた。
 また「ガシン!」と鳴った。

 素人の喧嘩ではない。
 武道の演舞を見るような俺たちの攻防に、人垣が広がっていった。

 ポリスが来た。

 俺たちは瞬間に肩を組み、ニッコリと笑う。
 このパターンはニューヨークでの生活で身に着けた。




 「昨日の話と繋がってたんですね」
 「そうなんだ。俺も驚いたけどな。確かに静江さんも、ティファニーの前だったと覚えていたんだよ」

 「なんか、今日のお話は感動していいのか、呆れていいのか、分からなくなりました」
 亜紀ちゃんが言った。

 「どんまい、タカさん!」
 ルーが慰めてくれる。
 響子も、俺の背中をポンポンしてくれた。


 



 困った顔を響子に向けると、響子がニッコリと笑った。
 俺には、それで十分だった。
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