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虎と龍 Ⅷ

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 俺たちはゆっくりと車に戻った。

 またキリンビールの工場を見て、俺は羽田へ寄った。



 俺は羽田空港が好きだ。
 都心にあり人工的な美の極致を奏でている。

 俺たちはロビーに入り、ソファから駐機しているジェットを眺めた。

 「ここもロマンティシズムですねぇ」
 「言えばいいってもんじゃねぇけどな」

 柳が俺の腕をつねる。



 「父とは旅行をしなかったんですか?」
 「そうだな。何度かはしたけど、御堂のマンションにいれば、それで良かったからなぁ」
 「なんか、新婚のホモですよね」
 「ああ、そうだな」
 言い返さない俺に、柳はちょっと不満そうだった。



 「一人ではよく行ったよなぁ」
 「え、どこへ?」
 「観光地とかは興味がねぇし、ヨーロッパなんかは年取ってからでも行けるだろ?」
 「はぁ」

 「だからアメリカ大陸縦断をやった」
 「えぇー!」

 「アラスカも行ったし、カナダも、もちろんアメリカ合衆国もあちこち見た。それから中米を抜けて南米大陸もなぁ」
 「すごいじゃないですか」
 「ああ、軽く10回は死に掛けたよな!」
 柳は声を出して笑った。


 「最初にアラモに行ったんだ」
 「アラモってどこですか?」
 「お前は本当に何も知らねぇなぁ!」
 「ひどいですよー!」

 俺はアラモの説明をしてやる。
 テキサスの独立をかけて、メキシコ軍と戦ったアラモ砦の話だ。
 数百の砦の兵に対し、メキシコ軍はその10倍以上で攻めた。

 「再三要求した援軍は来なかった。でもアラモの指揮官であったデイヴィー・クロケットは最後のメキシコ軍の降伏勧告に、大砲を一発撃って答えた」
 「勇敢ですねぇ」
 「まあな。それで全滅した」
 「……」



 「じゃあ、テキサスの独立はどうなったんですか?」
 「その後で1000人ばかりの兵が、その数倍のメキシコ軍に勝った」
 「それもスゴイですけど」
 「彼らはみんな「アラモを忘れるな!」と言って戦ったんだよ」
 「……」


 「ロマンティシズムが重要だってことが分かるだろ? 戦って死んだ仲間、友人たちがいる。そいつらの魂に報いるために、男たちは勇敢に戦った、ということだ」
 「だから石神さんは行ったんですね」
 「真っ先にな」



 「今でもいるんだけど、俺の友人がニューヨークに住んでいたんだ。だから時々会いに行って、その時は車も借りた」
 「車でアラモに行ったんですか」
 「ああ。でも当時はまだ人種差別が酷くてなぁ」
 「まあ」

 「南部は特にそうだ。途中でドライブインの食堂でステーキを頼んだんだよ」
 「よく入りましたね」
 「だって、他に飯を食うところがねぇんだもん。でも、注文して出てきたのがでかいネズミの丸焼きよ」
 「エェッー!」

 「店主も店の中の連中も、みんな俺を見てニヤニヤしてる。逆らわせてリンチしようと待ってるのな」
 「ど、どうしたんですか?」

 「店主に近づいて、鉄板に顔を押し付けてやった! それでガスのホースを引っこ抜いて、厨房を燃やした」
 「エェッー!!」

 「急いで店を出て、停めてあった車のタイヤに銃弾をぶち込んで逃げた。ああ、何台かは燃やしてな」
 「銃なんか持ってたんですか!」
 「うん、友だちにガンを借りた。危ねぇからな」
 「石神さんが危ない人ですよ!」

 「バックミラーで呆然と立ってる連中と、派手に燃えるハウスが面白かったよなぁ!」
 「最悪です」




 「アラモ砦のある、サンアントニオ市に着いたのな」
 「え、話終わっちゃった!」
 「まあ、そこでまた酒場に入ってさ」
 「また燃やすんですか!」
 「食事を頼んだら、やっぱりまた俺を取り囲むのよ」
 「やっぱり!」



 「お前はチンクかって。中国人のことな。ジャパニーズだって答えたら、何しに来たって聞くんだよ」
 「聞きたくない感じです」

 「「偉大なアラモ砦を見に来たんだ」って言ったら、連中が一気に大喜びでなぁ」
 「アレ?」

 「でかい声で「ジャパンのガキが俺たちのアラモを見に来た!」ってなぁ。店中の人間が集まったよ」
 「大丈夫だったんですか?」

 「そこから大宴会でなぁ。俺がアラモの偉大さを一つ一つ話すと、連中は叫んで俺の肩をぶっ叩くしよ。自分の家に泊まれとか、娘はどうだとかな。みんなで酔っ払ったまま砦を見に行ったよ」
 「なんだかなぁ」



 「ああ、前にグアムでマリーンの連中にその話をしたら、また感激されたなぁ」
 「マリーンってなんですか?」
 俺は話の腰を折るなと言い、柳の頭に拳骨を落とす。
 説明はしてやった。


 
 帰りの車の中で、メキシコの宿の小さな娘にやたら好かれた話や、ブラジルのサンパウロの売春婦たちが俺の部屋に集まった話などをしてやる。
 本当は危ない話が一杯あったが、柳にはちょっときつそうだったから。



 「サンパウロでモテモテだった、ということですか」
 「ああ。スンゴイの持ってるハポネがいるって、最初の晩に噂になったからな。俺のオチンチンはスゴイんだよ」
 「分かりました。父にはオチンチン自慢をされたって話しておきます」
 「お前、ちょっと待て!」
 柳は可笑しそうに笑っていた。











 「ああ、明日は帰りたくないな」
 「あーえー、ロマンティシズムとはなぁ」
 「オチンチンで全部埋まりました」
 「柳ちゃん、やめて」
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