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虎と龍 Ⅴ
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柳はうちの子どもたちの後で風呂に入った。
俺がその後で使い、風呂上りにキッチンへ寄ると、柳がダウンライトの下で座っていた。
「どうした」
「ええ、なんかいろいろ」
「本当にお前は語彙がねぇよなぁ」
柳が笑ってこっちを見た。
俺は冷やした甘酒を小さめのジョッキに入れ、柳の前に置く。
自分は丸い氷をグラスに入れ、ワイルドターキーを目一杯注ぐ。
「飲めよ」
「はい」
美味しいと言い、ごくりと飲む柳。
しばらく黙っている。
「あーあ、私、結構自信があったんだけどな」
俺は笑った。
「笑うことないじゃないですか。ちょっと落ち込んでるんですけど」
「俺の部下で落ち込んだ奴は、便器に頭を突っ込まれて立ち直ってるぞ」
「怖いこと言わないでください」
「うちの子に、真っ先に教えたのは「自信を持つな」ということだったよ」
「そうなんですか?]
俺は自信というものの害悪を説明してやる。
「やっぱり私はただのガリ勉だったということですね」
「なんだよ、お前俺に慰めて欲しいのか?」
「ちょっとくらい、いいじゃないですかぁ!」
俺は隣に座り、頭を抱き寄せてこめかみをグリグリしてやった。
「イタイ、イタイ、イタイ!」
「どうだ、スッキリしたか?」
「幸せなのと痛いのと同時でした」
俺は笑った。
「まあ、世の中そんなもんよ」
柳は俺の膝に頭を乗せて笑った。
「柳」
「なんですか」
「うちの子どもたちは、去年の今頃突然両親を喪ったんだ。交通事故でな」
「……」
「どん底から、何とかここまで来たんだよ」
「はい、父から聞いています」
「自信もなにもねぇ。ただただショックで、世の中から切り離された思いだったろうよ。一時は兄弟全員がバラバラになるという話だったしな」
「そうなんですか」
「皇紀は、自分はどこにやられてもいいから、亜紀ちゃんと双子をどうにか、と必死で頼んで回ってたそうだよ。亜紀ちゃんもそうだ。どこかで自分たち全員を引き受けてくれるところがないか、必死に探していた」
「……」
「石神さんが手を差し伸べたわけですね」
「まあ、そうだな」
「可愛そうだったからですか?」
「もちろん、そういう部分もある。でもな、一番大きな理由は、亜紀ちゃんなんだよ」
「亜紀ちゃん?」
「山中たちが事故に遭ったその日、亜紀ちゃんは泣きながら俺に電話してきたんだ。「石神さん、助けてください」ってな」
「……」
「俺はその瞬間に「すぐに行くから待ってろ」と言った。だからだよ。俺は必ず何とかするから、と亜紀ちゃんに約束した。だからだろうなぁ。まあ、自分のことはよく分からんよ」
「そうだったんですね」
「俺はこんなだからなぁ。御堂や澪さんのような子育てはできねぇ。俺にできるのは、強くしてやるだけだ。なるべく泣かないでいいような人間になって欲しいだけだからな」
「昨日の映画のときに」
「うん」
「何か違うと思ったんです。普通の家の生活じゃないなって」
「やっぱりそうだったか!」
俺たちは少し笑った。
「いえ、悪い意味じゃなくて。厳しいんだけど、奥底で温かいような」
「ふーん」
「石神さん、そのものでした」
「そうか」
「なあ、柳」
「はい」
「澪さんは大変だろう」
「ええ、昔はもっと大変だったようですが、今も苦労していると思います」
「俺たちのように休日もねぇ。家のことが滞りなく進むように、日々気を張っている」
「はい、その通りです」
「でもな、母親というのはそういうものなんだよ。自分の命を家族のためにすり減らしながら死んでいくのな」
「……」
「今の日本の家には母親はいねぇ。みんな自分の幸せの一環としてしか家族を見ない家ばかりだ。お前の家はちゃんと母親がいるよな」
「はい」
「自信も何もねぇ、ということが分かったか? とにかくやるしかねぇんだ。落ち込んでるヒマがあったら、本の一行でも読め。あいつらは、そうやってここまで来たんだよ」
「はい、分かりました」
「ああ、あいつらでもどうしようのねぇことがあったな。お前なら何とかできるかもしれん」
「なんですか?」
「部屋にテレビがあるから、後で映画を観てみろよ」
「? なんだか分かりませんが、じゃあ観てみます」
「おう」
俺は柳の部屋に行き、『パラノーマル・アクティビティ』のディスクをセットして観るように言った。
ケースは持ち帰る。
「じゃあ、観てみますね」
柳は笑顔で言った。
約一時間半後。
「ギャーーーーーー!!!」
柳の部屋のドアが開き、俺の部屋のドアを必死で殴ってくる。
「石神さん入れて! 石神さん入れて! 石神さん、お願いだからぁー!」
部屋から子どもたちが顔を出す。
俺は笑って柳を部屋に入れ、手を振って大丈夫だと合図した。
柳は俺の隣で泣きながら俺にしがみついて、寝た。
俺がその後で使い、風呂上りにキッチンへ寄ると、柳がダウンライトの下で座っていた。
「どうした」
「ええ、なんかいろいろ」
「本当にお前は語彙がねぇよなぁ」
柳が笑ってこっちを見た。
俺は冷やした甘酒を小さめのジョッキに入れ、柳の前に置く。
自分は丸い氷をグラスに入れ、ワイルドターキーを目一杯注ぐ。
「飲めよ」
「はい」
美味しいと言い、ごくりと飲む柳。
しばらく黙っている。
「あーあ、私、結構自信があったんだけどな」
俺は笑った。
「笑うことないじゃないですか。ちょっと落ち込んでるんですけど」
「俺の部下で落ち込んだ奴は、便器に頭を突っ込まれて立ち直ってるぞ」
「怖いこと言わないでください」
「うちの子に、真っ先に教えたのは「自信を持つな」ということだったよ」
「そうなんですか?]
俺は自信というものの害悪を説明してやる。
「やっぱり私はただのガリ勉だったということですね」
「なんだよ、お前俺に慰めて欲しいのか?」
「ちょっとくらい、いいじゃないですかぁ!」
俺は隣に座り、頭を抱き寄せてこめかみをグリグリしてやった。
「イタイ、イタイ、イタイ!」
「どうだ、スッキリしたか?」
「幸せなのと痛いのと同時でした」
俺は笑った。
「まあ、世の中そんなもんよ」
柳は俺の膝に頭を乗せて笑った。
「柳」
「なんですか」
「うちの子どもたちは、去年の今頃突然両親を喪ったんだ。交通事故でな」
「……」
「どん底から、何とかここまで来たんだよ」
「はい、父から聞いています」
「自信もなにもねぇ。ただただショックで、世の中から切り離された思いだったろうよ。一時は兄弟全員がバラバラになるという話だったしな」
「そうなんですか」
「皇紀は、自分はどこにやられてもいいから、亜紀ちゃんと双子をどうにか、と必死で頼んで回ってたそうだよ。亜紀ちゃんもそうだ。どこかで自分たち全員を引き受けてくれるところがないか、必死に探していた」
「……」
「石神さんが手を差し伸べたわけですね」
「まあ、そうだな」
「可愛そうだったからですか?」
「もちろん、そういう部分もある。でもな、一番大きな理由は、亜紀ちゃんなんだよ」
「亜紀ちゃん?」
「山中たちが事故に遭ったその日、亜紀ちゃんは泣きながら俺に電話してきたんだ。「石神さん、助けてください」ってな」
「……」
「俺はその瞬間に「すぐに行くから待ってろ」と言った。だからだよ。俺は必ず何とかするから、と亜紀ちゃんに約束した。だからだろうなぁ。まあ、自分のことはよく分からんよ」
「そうだったんですね」
「俺はこんなだからなぁ。御堂や澪さんのような子育てはできねぇ。俺にできるのは、強くしてやるだけだ。なるべく泣かないでいいような人間になって欲しいだけだからな」
「昨日の映画のときに」
「うん」
「何か違うと思ったんです。普通の家の生活じゃないなって」
「やっぱりそうだったか!」
俺たちは少し笑った。
「いえ、悪い意味じゃなくて。厳しいんだけど、奥底で温かいような」
「ふーん」
「石神さん、そのものでした」
「そうか」
「なあ、柳」
「はい」
「澪さんは大変だろう」
「ええ、昔はもっと大変だったようですが、今も苦労していると思います」
「俺たちのように休日もねぇ。家のことが滞りなく進むように、日々気を張っている」
「はい、その通りです」
「でもな、母親というのはそういうものなんだよ。自分の命を家族のためにすり減らしながら死んでいくのな」
「……」
「今の日本の家には母親はいねぇ。みんな自分の幸せの一環としてしか家族を見ない家ばかりだ。お前の家はちゃんと母親がいるよな」
「はい」
「自信も何もねぇ、ということが分かったか? とにかくやるしかねぇんだ。落ち込んでるヒマがあったら、本の一行でも読め。あいつらは、そうやってここまで来たんだよ」
「はい、分かりました」
「ああ、あいつらでもどうしようのねぇことがあったな。お前なら何とかできるかもしれん」
「なんですか?」
「部屋にテレビがあるから、後で映画を観てみろよ」
「? なんだか分かりませんが、じゃあ観てみます」
「おう」
俺は柳の部屋に行き、『パラノーマル・アクティビティ』のディスクをセットして観るように言った。
ケースは持ち帰る。
「じゃあ、観てみますね」
柳は笑顔で言った。
約一時間半後。
「ギャーーーーーー!!!」
柳の部屋のドアが開き、俺の部屋のドアを必死で殴ってくる。
「石神さん入れて! 石神さん入れて! 石神さん、お願いだからぁー!」
部屋から子どもたちが顔を出す。
俺は笑って柳を部屋に入れ、手を振って大丈夫だと合図した。
柳は俺の隣で泣きながら俺にしがみついて、寝た。
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