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虎と龍 Ⅳ
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俺たちは鉄門をくぐり、医学部の敷地へ入る。
「あの、赤門じゃないんですか?」
「やだよ、結構歩くからな」
「えぇー! 私の初東大体験がー!」
「うるせぇ!」
柳がむくれる。
「お前、どうせ最初に通うのは駒場なんだから、文句を言うな」
「だってぇー!」
しょうがねぇ。
「あのな、柳。東大医学部の卒業生は「鉄門倶楽部」というものに入るんだよ。医学部の象徴だぞ?」
「え、そうなんですか!」
柳は安直に喜んだ。
キャンパスは夏休みだが、研究者や院生などは関係なく出てきている。
結構人は多い。
俺は付属病院へ向かった。
「折角だから、今日は免疫学の真木野教授にアポをとっているからな」
「なんか凄そうな人ですね」
「そりゃそうだよ。東大医学部教授なんて、頂点だからなぁ」
蓼科院長の伝で、その後輩にあたる真木野教授と会うことが出来た。
しかも、病院で実際に患者のデータを見ながら説明してくれるというのだ。
受付で名刺を出し、真木野教授のいる部屋へ案内された。
「ああ、石神先生ですか。お噂は聞いてますよ」
気さくな紳士然とした白髪の真木野教授が挨拶してくれた。
俺は名刺を出して、時間をいただいた礼を言い、卒業生の娘の柳だと紹介した。
真木野教授は臨床データをPCの画面に出しながら、様々な説明をしてくれる。
柳にはさっぱり分からんだろうが、構わない。
本物の研究者というものを見てもらえばいい。
俺が幾つか質問をすると、真木野教授は丁寧に答えてくれる。
データは白血病の患者のものだったが、真木野教授が研究してる治療法と、その効果が表われていた。
30分ほども話して下さり、俺は改めて礼を述べ、辞する。
「さっぱり分かりませんでした」
「そうだろうけどな。ああいう頂点の研究者というものを見てもらいたかったんだよ」
柳は歩きながら考え込んでいるようだった。
俺は医学部の建物を案内し、柳がやはり見たいと言うので、赤門に向かう。
「なんか、感動が半減した気がします」
「そうかよ」
「石神さんのせいですからね」
「なんでだよ!」
赤門を出て、俺たちは駐車場まで戻った。
「さっきの真木野教授ですが、最初に石神さんのことを知ってたような話し方でしたよね」
「ああ、あれな」
「石神さんって、もしかしたら有名なんですか?」
「そんなこともねぇんだがなぁ」
俺は、さっき紹介した響子の話を少ししてやった。
「一応、CNNなんかが取材に来たりして、一時は大変だったんだよ」
「す、すごいじゃないですかぁー!」
柳は俺の腕を掴んで揺する。
「大したことじゃないよ。たまたまちょっと長い手術をしたってだけで」
「ちょっと待ってください!」
柳はスマホで検索を始めた。
すぐに、海外のサイトを見つける。
「こ、これって!」
アメリカのニュースサイトを見ていた。
英語ができる柳は、その内容を見て驚いていた。
「お前、恥ずかしいからもうよせよ」
「後でじっくり探します!」
俺は柳を日本橋三越へ連れて行く。
「折角東京に来た記念に、何か好きなものを買ってやるよ」
「ほんとうですか!」
駐車場から一階へ上がり、柳は目を瞠る。
「やっぱり東京はすごいですねぇ」
吹き抜けのフロアに見とれた。
俺はエルメスに入り、カルティエやティファニーの装飾を見せてやる。
柳は臆することなく、ケースを眺めていった。
「何か欲しいものはあったか?」
「石神さん、高校生が持つものはないですよ」
「でも御堂は高校生でカラトラバを貰ったって言ってたぞ?」
「父は次期当主ですから。私は家を出る人間ですからね」
「そういうものか」
「そういうものです」
結局俺はシャネルでサングラスを選び、プレゼントした。
「田舎じゃ使えないんだけどなぁ」
「東京に出てきたら使えばいいじゃないか」
「そうですね。じゃあ、また石神さんとデートの時に」
「そうだな」
柳は嬉しそうに手提げを一周回して見せた。
まだ東京を案内しようと思っていたが、柳が疲れたというので、帰ることにする。
帰りの車で、御堂家にいただいた卵が絶品だという話をした。
「うちの卵を食べたら、もう他の卵じゃものたりないですよね!」
柳が自慢する。
「そうだよなぁ。俺もいろんな名物の卵をもらったりもしたけど、あんなに美味いものはない」
「そうでしょ、そうでしょ?」
「あれは菊子さんが育てているのか?」
「前はそうだったんですが、さすがに最近は人に任せています。でも監修は怠らないようで」
「そうかぁ」
「また送るようにお願いしましょうか?」
「いや、お前たちも食べるんだろうし、うちはもう十分だよ」
「そうですか。でも余裕はいつもありますから、言ってください」
「ああ、じゃあまたいつか頼むよ」
「アレ? 早かったですね」
亜紀ちゃんが玄関で出迎えてくれる。
「ああ、ちょっと疲れたからな。お茶を煎れてくれ。ケーキを買ってきたから」
「はい! すぐに!」
柳は一度部屋に戻り、着替えてくると言う。
流石に育ちのいい人間は違う。
子どもたちは勉強していたようだが、亜紀ちゃんが紅茶を煎れ、みんなが集まった。
テーブルには、参考書や問題集が脇に寄せられていた。
柳は何気なくそれらを見て驚く。
「この微積分って、誰の問題集ですか?」
「ああ、亜紀ちゃんのだよ」
「エェッー!」
柳は他の問題集も見ていく。
「この三角関数は」
「それはルーとハーのだな」
「だって、二人は小学三年生ですよね?」
「そうだけど?」
「中学の問題集じゃないですか!」
「別に小学生がやったっていいじゃないか」
「これってドイツ語の文法ですよね」
「ああ、それは皇紀のな。まあ勉強というか、趣味だよなぁ」
「なんでぇー!」
「ゲーテを原文で読みたいんだと」
「……」
「お前、もしかして「バカ喰い兄弟」とか思ってた?」
「はい、すいませんでした」
みんなが笑った。
俺は夕飯の後、双子に夏休みの課題を見せてやれと言った。
ルーのブロンズは、製作過程の写真も一緒に見せる。
買ってきた、なんて言われると可愛そうだもんな。
ハーの論文と、因子分析を勉強したノートも見せる。
俺はリヴィングのテレビで、皇紀のロケット発射の動画も見せた。
柳は楽しそうに笑って見た。
皇紀の頭を抱きしめて、スゴイ、スゴイと言う。
皇紀は抵抗しようにも、柳のヤバイ部分に触れそうで、おとなしくしていた。
「はぁ、まいりました」
柳は子どもたちに頭を下げた。
双子はふんぞり返り、亜紀ちゃんと皇紀は必死に宥める。
俺は子どもたちに風呂に入れと言う。
柳はルーのブロンズをいつまでも見ていた。
「あの、赤門じゃないんですか?」
「やだよ、結構歩くからな」
「えぇー! 私の初東大体験がー!」
「うるせぇ!」
柳がむくれる。
「お前、どうせ最初に通うのは駒場なんだから、文句を言うな」
「だってぇー!」
しょうがねぇ。
「あのな、柳。東大医学部の卒業生は「鉄門倶楽部」というものに入るんだよ。医学部の象徴だぞ?」
「え、そうなんですか!」
柳は安直に喜んだ。
キャンパスは夏休みだが、研究者や院生などは関係なく出てきている。
結構人は多い。
俺は付属病院へ向かった。
「折角だから、今日は免疫学の真木野教授にアポをとっているからな」
「なんか凄そうな人ですね」
「そりゃそうだよ。東大医学部教授なんて、頂点だからなぁ」
蓼科院長の伝で、その後輩にあたる真木野教授と会うことが出来た。
しかも、病院で実際に患者のデータを見ながら説明してくれるというのだ。
受付で名刺を出し、真木野教授のいる部屋へ案内された。
「ああ、石神先生ですか。お噂は聞いてますよ」
気さくな紳士然とした白髪の真木野教授が挨拶してくれた。
俺は名刺を出して、時間をいただいた礼を言い、卒業生の娘の柳だと紹介した。
真木野教授は臨床データをPCの画面に出しながら、様々な説明をしてくれる。
柳にはさっぱり分からんだろうが、構わない。
本物の研究者というものを見てもらえばいい。
俺が幾つか質問をすると、真木野教授は丁寧に答えてくれる。
データは白血病の患者のものだったが、真木野教授が研究してる治療法と、その効果が表われていた。
30分ほども話して下さり、俺は改めて礼を述べ、辞する。
「さっぱり分かりませんでした」
「そうだろうけどな。ああいう頂点の研究者というものを見てもらいたかったんだよ」
柳は歩きながら考え込んでいるようだった。
俺は医学部の建物を案内し、柳がやはり見たいと言うので、赤門に向かう。
「なんか、感動が半減した気がします」
「そうかよ」
「石神さんのせいですからね」
「なんでだよ!」
赤門を出て、俺たちは駐車場まで戻った。
「さっきの真木野教授ですが、最初に石神さんのことを知ってたような話し方でしたよね」
「ああ、あれな」
「石神さんって、もしかしたら有名なんですか?」
「そんなこともねぇんだがなぁ」
俺は、さっき紹介した響子の話を少ししてやった。
「一応、CNNなんかが取材に来たりして、一時は大変だったんだよ」
「す、すごいじゃないですかぁー!」
柳は俺の腕を掴んで揺する。
「大したことじゃないよ。たまたまちょっと長い手術をしたってだけで」
「ちょっと待ってください!」
柳はスマホで検索を始めた。
すぐに、海外のサイトを見つける。
「こ、これって!」
アメリカのニュースサイトを見ていた。
英語ができる柳は、その内容を見て驚いていた。
「お前、恥ずかしいからもうよせよ」
「後でじっくり探します!」
俺は柳を日本橋三越へ連れて行く。
「折角東京に来た記念に、何か好きなものを買ってやるよ」
「ほんとうですか!」
駐車場から一階へ上がり、柳は目を瞠る。
「やっぱり東京はすごいですねぇ」
吹き抜けのフロアに見とれた。
俺はエルメスに入り、カルティエやティファニーの装飾を見せてやる。
柳は臆することなく、ケースを眺めていった。
「何か欲しいものはあったか?」
「石神さん、高校生が持つものはないですよ」
「でも御堂は高校生でカラトラバを貰ったって言ってたぞ?」
「父は次期当主ですから。私は家を出る人間ですからね」
「そういうものか」
「そういうものです」
結局俺はシャネルでサングラスを選び、プレゼントした。
「田舎じゃ使えないんだけどなぁ」
「東京に出てきたら使えばいいじゃないか」
「そうですね。じゃあ、また石神さんとデートの時に」
「そうだな」
柳は嬉しそうに手提げを一周回して見せた。
まだ東京を案内しようと思っていたが、柳が疲れたというので、帰ることにする。
帰りの車で、御堂家にいただいた卵が絶品だという話をした。
「うちの卵を食べたら、もう他の卵じゃものたりないですよね!」
柳が自慢する。
「そうだよなぁ。俺もいろんな名物の卵をもらったりもしたけど、あんなに美味いものはない」
「そうでしょ、そうでしょ?」
「あれは菊子さんが育てているのか?」
「前はそうだったんですが、さすがに最近は人に任せています。でも監修は怠らないようで」
「そうかぁ」
「また送るようにお願いしましょうか?」
「いや、お前たちも食べるんだろうし、うちはもう十分だよ」
「そうですか。でも余裕はいつもありますから、言ってください」
「ああ、じゃあまたいつか頼むよ」
「アレ? 早かったですね」
亜紀ちゃんが玄関で出迎えてくれる。
「ああ、ちょっと疲れたからな。お茶を煎れてくれ。ケーキを買ってきたから」
「はい! すぐに!」
柳は一度部屋に戻り、着替えてくると言う。
流石に育ちのいい人間は違う。
子どもたちは勉強していたようだが、亜紀ちゃんが紅茶を煎れ、みんなが集まった。
テーブルには、参考書や問題集が脇に寄せられていた。
柳は何気なくそれらを見て驚く。
「この微積分って、誰の問題集ですか?」
「ああ、亜紀ちゃんのだよ」
「エェッー!」
柳は他の問題集も見ていく。
「この三角関数は」
「それはルーとハーのだな」
「だって、二人は小学三年生ですよね?」
「そうだけど?」
「中学の問題集じゃないですか!」
「別に小学生がやったっていいじゃないか」
「これってドイツ語の文法ですよね」
「ああ、それは皇紀のな。まあ勉強というか、趣味だよなぁ」
「なんでぇー!」
「ゲーテを原文で読みたいんだと」
「……」
「お前、もしかして「バカ喰い兄弟」とか思ってた?」
「はい、すいませんでした」
みんなが笑った。
俺は夕飯の後、双子に夏休みの課題を見せてやれと言った。
ルーのブロンズは、製作過程の写真も一緒に見せる。
買ってきた、なんて言われると可愛そうだもんな。
ハーの論文と、因子分析を勉強したノートも見せる。
俺はリヴィングのテレビで、皇紀のロケット発射の動画も見せた。
柳は楽しそうに笑って見た。
皇紀の頭を抱きしめて、スゴイ、スゴイと言う。
皇紀は抵抗しようにも、柳のヤバイ部分に触れそうで、おとなしくしていた。
「はぁ、まいりました」
柳は子どもたちに頭を下げた。
双子はふんぞり返り、亜紀ちゃんと皇紀は必死に宥める。
俺は子どもたちに風呂に入れと言う。
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