上 下
172 / 2,840

双子、大精霊界へ。

しおりを挟む
 院長室に呼ばれた。

 「石神、入ります!」

 院長はソファに座って麦茶を飲んでいる。
 俺の分はない。

 「早く座れ」
 正面から暑苦しい顔を見るのを避け、少しズレた場所に座った。

 「女房が、お前が来るのを心待ちにしている」
 ああ。

 「今度の土曜日にうちに来い」
 「ええ、子どもたちの予定がありまして」
 「双子を連れて来い」
 このやろう。

 「あの、一つ問題が」
 「なんだ」

 「双子は院長のことを「大精霊」だと信じています」
 「……」

 「連れて行くのはいいんですが、院長にはやはり大精霊になっていただかないと」
 「またゲートとかではなく来たと言えばいいじゃないか」
 こいつ、「設定」をちゃんと覚えてやがる。

 「そうはいきません。今度は院長のお宅に伺うのですから、そこでは大精霊でなくては」
 「……」

 「ほら、まだ衣装はありますよね?」
 「お前……」

 「双子に会いたいんでしょ?」
 凄絶な顔になっている。
 愛と好奇心と恥辱が激突している。

 「分かった。子どもの前ではちゃんとやろう」
 愛と好奇心が勝った。






 「ということで、院長の家に行くことになった」
 「じゃあ、私たちは留守番ですね」
 「よろしく頼むよ」
 亜紀ちゃんは笑顔だ。
 
 「やっぱり、あの恰好で会うんですか?」
 「そうなんだよ」
 俺たちはクックと笑い合った。
 「見たい気もするんですが、自分を抑える自信がありません」
 「俺もだよ」
 大爆笑した。

 俺は亜紀ちゃんに写真を撮ってくると約束し、絶対に、と言われた。




 土曜日。
 俺はハマーで出掛けた。
 双子は後ろのシートでワクワクしている。
 今日は俺たちがゲートをくぐって、大精霊の家に招待されたと言ってある。
 精霊魔法で日本家屋にしてあることも大丈夫だ。
 俺たちは、結構日本家屋に自信がある。


 俺は門を勝手に開け、ハマーを中に停めた。
 玄関前にはチャイムがあるが、双子に大声で呼ばせる。

 「ヘンゲロムベンベさまー! やってきましたぁー!」
 玄関がもの凄い勢いで開かれ、ヘンゲロムベンベ・タテ・シーナロケッツ様が出てきた。
 「でかい声を出すな! チャイムがあるだろう!」
 隣の家の二階の窓が開いた。
 前回と同じく、住人の男性がギョッとした顔をし、すぐに閉められる。

 院長の顔は真っ赤に染まった。

 「とにかく、入ってくれ。ルーちゃんとハーちゃん、よく来てくれたね」
 慣れない猫撫で声で院長が言った。

 「「おじゃましまーす!」」
 「しまーす!」

 俺たちは靴を脱ぎ、双子は丁寧に揃えて上がった。
 静子さんが出てきた。
 もう笑いを堪え過ぎて辛そうだ。

 「ヘンゲロムベンベさま、これお土産です」
 ルーが小ぶりのスイカを手渡す。
 院長はありがとうと言って受け取るが、分かってないらしい。

 「ほら、あの花壇で力を注いでくれたスイカですよ」
 「ああ! あれかぁ。じゃあ早速切ろう」
 「あなた、冷やしてからですよ。すぐに冷やしますね」
 静子さんが受け取って、奥に運んだ。


 スリッパを出される。
 子ども用のものがあり、ウサギとネコの刺繍があった。
 二人は喜んで、ルーがウサギ、ハーがネコを選んだ。


 昼食を一緒にということだったので、俺たちはすぐにリヴィングに案内される。

 冷やし中華だった。
 結構量はある。


 「こんな量で大丈夫かしら」
 静子さんが心配そうに俺に聞く。
 「ちゃんと分けられてれば大丈夫ですよ。自由競争がダメなんで。そうめんなんかだったらヤバかったですね」
 俺は院長の食事をチラッと見て言った。
 そうめんだった。

 「俺は冷やし中華は好きじゃないんだ」

 頭の触覚の丸い玉が揺れた。

 双子は美味しいと言い、汁まで飲み干した。
 本当に美味しい。
 流石は静子さんの料理だ。
 若干酢が薄いのは、子どもに合わせてくれたのだろう。



 食後、子どもたちは院長と楽しそうにお喋りする。
 院長も慣れたのか、質問に答えながら、二人にいろいろな質問をしていた。
 時々ギョッとし、俺を睨む。
 あんだよ。
 俺は写真を何枚か撮った。


 1時間もすると、双子が院長に頼んだ。

 「すいません、ヘンゲロムベンベ様。これからちょっと勉強をしてもいいですか?」
 院長が俺を見た。

 「ああ、毎日決まったノルマをやることになってるんで、やらせてやってください」
 「それは構わんが」

 院長は先ほど食事をしたテーブルでやるといいと言った。
 早速双子は鞄から勉強道具を出して始めた。

 

 「おい、すごい集中だな」
 「そうでしょう。今やってるのは中学の化学です。すでに元素記号は二人とも暗記して、化学式をやってますよ」
 「二人は小学三年生だろ!」
 「もう小学校の課程は全部終わっちゃったんですよ」
 「お前、何やってんだ?」
 「なんでしょうね?」

 双子の勉強意欲は高まる一方だった。
 面白いんで、俺は次々に与えている最中だ。

 「多分、中学校に上がる頃には線形数学をやってますよ」
 「ポアンカレ予想でも挑むのか?」
 「やっちゃうかもしれませんねぇ」

 院長は腕を組んで考え込んだ。
 ちょっと気持ち悪い。
 写真を撮った。


 静子さんは一生懸命勉強する二人に、ジュースを置いた。
 「「ありがとうございます!」」
 嬉しそうに静子さんは微笑む。


 静子さんも加わり、俺はルーの塑像の写真と、ハーの因子分析の論文を見せた。
 静子さんは塑像に驚き、院長は論文を真剣に読む。
 
 「これはお前が病院で配ってたアンケートか」
 「そうです。まあ項目数が少ないので論文としては無理がありますが、ちゃんと有意差が出ましたよ」
 「そうだなぁ。因子分析なんて、どうやって勉強したんだ?」
 「一応基礎から俺が教えましたが、三日もかかりませんでしたね」
 
 「このブロンズって、本当にルーちゃんが作ったの?」
 「はい。顔の造形だけはちょっと手伝いましたが、あとはすべて本人ですねぇ」

 俺は元の彫刻を参考に、ジャコメッティの塑像を見せてイメージだけ伝えたことを言う。

 「すごい才能ね」
 「これって、多分二人を逆にしても同じだったと思いますよ」
 「「……」」

 俺たちは真剣に話し合ったが、度々静子さんが横を向いて噴いていた。




 双子の勉強が終わり、院長が庭や家の中を案内することになった。
 俺はお任せして、リヴィングに残る。


 
 静子さんが俺に言った。

 「夕飯はカレーにするつもりなんだけど」
 その言葉に俺は驚いた。

 「絶対ダメとは言いませんが、とにかく量が必要です」
 「大きなお鍋で作ろうと思うんだけど」
 俺は鍋を見せてもらい、全然足りませんと言った。

 「困ったわねぇ」
 「じゃあ、俺が家から持ってきますよ」
 「そんな、悪いわよ」
 「いいえ、静子さんのカレーは絶品ですから、是非お願いします。ああ、材料も買ってきますから」

 俺は急いでハマーで家に帰り、一升炊きの炊飯ジャーと寸胴を車に積んだ。
 途中でスーパーに寄り、静子さんの言う材料を買い足した。

 戻ると、二人は廊下で遊んでいた。

 「殿! 瑠璃侍、入らせていただきます!」
 ルーが座ったまま障子を開ける。
 「よく来た、瑠璃侍! ちこう寄れ!」
 ゴリラがなんか言ってる。

 俺が教えた日本家屋の扱いを自慢しているのだろう。
 まかせたぞ。


 俺は急いで静子さんを手伝い、カレーの準備をする。

 「あら、石神くんずいぶんお料理が上手くなったのねぇ」
 「はい、あいつらにもずい分と鍛えられました」
 「うふふ、そうなのねぇ」





 予想通りの暴れん坊たちの夕食になった。 
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...