166 / 2,876
緑子、移籍。
しおりを挟む
旅行から帰った翌日。
俺は響子の部屋に行った。
丁度昼食を終えた頃だ。
「タカトラー!」
響子が抱き付いてきた。
俺は響子の身体をペチペチと触りながら、六花に様子を聞く。
まあ、夕べ電話で聞いていたのだが、響子の前で俺が心配していることを示さなければならない。
「問題が一つありました」
え、夕べは無いと聞いていたが。
「石神先生がいらっしゃいませんでいた」
こいつ、こんなジョークが言えるようになったか。
響子は、そうなのそうなの、と必死で訴えて来る。
六花はニコニコして見ていた。
「愛が足りません!」
誰だ、この台詞を教えたのは。
俺は響子を抱きかかえ、いつも通り俺の部屋へ連れて行った。
途中で看護師たちが指さして笑っている。
これもいつものことだ。
響子を膝に乗せて仕事をしていると、緑子から電話が入った。
「おう、久振り!」
「今週、また遊びに行ってもいいかな?」
「ああ、別に構わないぞ」
響子が俺の頭に抱き付いてきた。
「たかとらー」
甘い声を出す。
「ねえ、あんた今どこにいるの!」
「病院の俺の部屋だが」
「何よ、今の声は」
「ああ、なんでもねぇよ」
響子がスマホを充てている口元で「チュッ」とやる。
「あんた、今何やってんのよ!」
「いや、抱えてる子どもが悪戯してるんだよ!」
「へぇー、さぞオッパイの大きな子どもなんでしょ!」
緑子は胸が大きくないことを気にしていた。
「今度説明する! じゃあ土曜の午後に待ってるからな!」
緑子が何か叫んでいたが、俺は通話を切った。
響子はニコニコして俺を見ている。
ふと窓を見ると、部下たちが笑いを堪えていた。
あいつらぁ。
土曜日の1時に緑子が来た。
またでかい鞄を持ってきているので、泊まるつもりだろう。
まあ、俺もそのつもりではいたが。
子どもたちは大歓迎で、皇紀まで前回もらった写真を大事にしてると嬉しそうに言った。
緑子はまたリボンだののお土産を持ってきてくれ、皇紀には派手なネクタイをくれた。
「今日はごめんね。石神と大事な話があるから、また後でね」
俺は緑子の荷物を部屋に運んだ後、地下の音響室に案内する。
俺はコーヒーを煎れて、緑子のソファの前の小さなテーブルに置く。
「どうしたんだよ、今日は」
「その前に、言うべきことがあるんじゃないの?」
緑子はソファで腕組みをしながら言った。
「ああ、あの電話の時か」
俺は響子のことについて、障りがない程度のことを話した。
「ちょっと特殊な子でな。俺がしょっちゅう見てないといけないんだ」
「ふーん」
「あの日も、俺に急に抱きついてきて、悪戯してたんだよ」
「相手が女だと分かって?」
「そうだろうな」
「またあんたに惚れた女なの」
「惚れたって、相手は9歳だぞ」
「立って歩ければ、あんたに寄って来る女は幾らでもいるわよ!」
無茶を言うな。
「まあ、いいわ。今日はちょっと相談があったのよ」
緑子は話し始めた。
今、緑子が属している劇団は日本でもトップクラスのものだ。
研究生として所属するだけでも、俳優としてのステータスになる。
そこで緑子は長年中堅以上の存在で在り続けている。
大した実力だ。
定期公演でも必ず準主役か重要な役処。たまに主役も張っている。
数年前からテレビドラマへも出演し、CMも数本出ている。
更に、声優としても活躍中で、海外の大御所俳優の日本語吹き替えなどの仕事も増えた。
そして最近、大手芸能事務所から、移籍の話を受けた、ということだった。
今回の相談は、そのことだ。
「それで、石神はどう思う?」
「あ?」
「あんたに相談に来たのよ!」
さすが舞台俳優。でかい声が出る。
「そんなもの、俺は分からないよ」
「もーう! 真面目に考えてよ」
「お前が決めてやるしかねぇだろう」
「……」
「お前、俺にそう言って欲しかったんじゃねぇのか?」
「……」
「だって。だって、どうしていいか分かんないのよ」
「そうだろうな」
「あんたは昔から冷たいのよ!」
「そうだったな」
「そうよ! あの時だって」
二十年近く前、俺たちは新宿でずぶ濡れになっていた。
俺は響子の部屋に行った。
丁度昼食を終えた頃だ。
「タカトラー!」
響子が抱き付いてきた。
俺は響子の身体をペチペチと触りながら、六花に様子を聞く。
まあ、夕べ電話で聞いていたのだが、響子の前で俺が心配していることを示さなければならない。
「問題が一つありました」
え、夕べは無いと聞いていたが。
「石神先生がいらっしゃいませんでいた」
こいつ、こんなジョークが言えるようになったか。
響子は、そうなのそうなの、と必死で訴えて来る。
六花はニコニコして見ていた。
「愛が足りません!」
誰だ、この台詞を教えたのは。
俺は響子を抱きかかえ、いつも通り俺の部屋へ連れて行った。
途中で看護師たちが指さして笑っている。
これもいつものことだ。
響子を膝に乗せて仕事をしていると、緑子から電話が入った。
「おう、久振り!」
「今週、また遊びに行ってもいいかな?」
「ああ、別に構わないぞ」
響子が俺の頭に抱き付いてきた。
「たかとらー」
甘い声を出す。
「ねえ、あんた今どこにいるの!」
「病院の俺の部屋だが」
「何よ、今の声は」
「ああ、なんでもねぇよ」
響子がスマホを充てている口元で「チュッ」とやる。
「あんた、今何やってんのよ!」
「いや、抱えてる子どもが悪戯してるんだよ!」
「へぇー、さぞオッパイの大きな子どもなんでしょ!」
緑子は胸が大きくないことを気にしていた。
「今度説明する! じゃあ土曜の午後に待ってるからな!」
緑子が何か叫んでいたが、俺は通話を切った。
響子はニコニコして俺を見ている。
ふと窓を見ると、部下たちが笑いを堪えていた。
あいつらぁ。
土曜日の1時に緑子が来た。
またでかい鞄を持ってきているので、泊まるつもりだろう。
まあ、俺もそのつもりではいたが。
子どもたちは大歓迎で、皇紀まで前回もらった写真を大事にしてると嬉しそうに言った。
緑子はまたリボンだののお土産を持ってきてくれ、皇紀には派手なネクタイをくれた。
「今日はごめんね。石神と大事な話があるから、また後でね」
俺は緑子の荷物を部屋に運んだ後、地下の音響室に案内する。
俺はコーヒーを煎れて、緑子のソファの前の小さなテーブルに置く。
「どうしたんだよ、今日は」
「その前に、言うべきことがあるんじゃないの?」
緑子はソファで腕組みをしながら言った。
「ああ、あの電話の時か」
俺は響子のことについて、障りがない程度のことを話した。
「ちょっと特殊な子でな。俺がしょっちゅう見てないといけないんだ」
「ふーん」
「あの日も、俺に急に抱きついてきて、悪戯してたんだよ」
「相手が女だと分かって?」
「そうだろうな」
「またあんたに惚れた女なの」
「惚れたって、相手は9歳だぞ」
「立って歩ければ、あんたに寄って来る女は幾らでもいるわよ!」
無茶を言うな。
「まあ、いいわ。今日はちょっと相談があったのよ」
緑子は話し始めた。
今、緑子が属している劇団は日本でもトップクラスのものだ。
研究生として所属するだけでも、俳優としてのステータスになる。
そこで緑子は長年中堅以上の存在で在り続けている。
大した実力だ。
定期公演でも必ず準主役か重要な役処。たまに主役も張っている。
数年前からテレビドラマへも出演し、CMも数本出ている。
更に、声優としても活躍中で、海外の大御所俳優の日本語吹き替えなどの仕事も増えた。
そして最近、大手芸能事務所から、移籍の話を受けた、ということだった。
今回の相談は、そのことだ。
「それで、石神はどう思う?」
「あ?」
「あんたに相談に来たのよ!」
さすが舞台俳優。でかい声が出る。
「そんなもの、俺は分からないよ」
「もーう! 真面目に考えてよ」
「お前が決めてやるしかねぇだろう」
「……」
「お前、俺にそう言って欲しかったんじゃねぇのか?」
「……」
「だって。だって、どうしていいか分かんないのよ」
「そうだろうな」
「あんたは昔から冷たいのよ!」
「そうだったな」
「そうよ! あの時だって」
二十年近く前、俺たちは新宿でずぶ濡れになっていた。
1
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる