166 / 2,840
緑子、移籍。
しおりを挟む
旅行から帰った翌日。
俺は響子の部屋に行った。
丁度昼食を終えた頃だ。
「タカトラー!」
響子が抱き付いてきた。
俺は響子の身体をペチペチと触りながら、六花に様子を聞く。
まあ、夕べ電話で聞いていたのだが、響子の前で俺が心配していることを示さなければならない。
「問題が一つありました」
え、夕べは無いと聞いていたが。
「石神先生がいらっしゃいませんでいた」
こいつ、こんなジョークが言えるようになったか。
響子は、そうなのそうなの、と必死で訴えて来る。
六花はニコニコして見ていた。
「愛が足りません!」
誰だ、この台詞を教えたのは。
俺は響子を抱きかかえ、いつも通り俺の部屋へ連れて行った。
途中で看護師たちが指さして笑っている。
これもいつものことだ。
響子を膝に乗せて仕事をしていると、緑子から電話が入った。
「おう、久振り!」
「今週、また遊びに行ってもいいかな?」
「ああ、別に構わないぞ」
響子が俺の頭に抱き付いてきた。
「たかとらー」
甘い声を出す。
「ねえ、あんた今どこにいるの!」
「病院の俺の部屋だが」
「何よ、今の声は」
「ああ、なんでもねぇよ」
響子がスマホを充てている口元で「チュッ」とやる。
「あんた、今何やってんのよ!」
「いや、抱えてる子どもが悪戯してるんだよ!」
「へぇー、さぞオッパイの大きな子どもなんでしょ!」
緑子は胸が大きくないことを気にしていた。
「今度説明する! じゃあ土曜の午後に待ってるからな!」
緑子が何か叫んでいたが、俺は通話を切った。
響子はニコニコして俺を見ている。
ふと窓を見ると、部下たちが笑いを堪えていた。
あいつらぁ。
土曜日の1時に緑子が来た。
またでかい鞄を持ってきているので、泊まるつもりだろう。
まあ、俺もそのつもりではいたが。
子どもたちは大歓迎で、皇紀まで前回もらった写真を大事にしてると嬉しそうに言った。
緑子はまたリボンだののお土産を持ってきてくれ、皇紀には派手なネクタイをくれた。
「今日はごめんね。石神と大事な話があるから、また後でね」
俺は緑子の荷物を部屋に運んだ後、地下の音響室に案内する。
俺はコーヒーを煎れて、緑子のソファの前の小さなテーブルに置く。
「どうしたんだよ、今日は」
「その前に、言うべきことがあるんじゃないの?」
緑子はソファで腕組みをしながら言った。
「ああ、あの電話の時か」
俺は響子のことについて、障りがない程度のことを話した。
「ちょっと特殊な子でな。俺がしょっちゅう見てないといけないんだ」
「ふーん」
「あの日も、俺に急に抱きついてきて、悪戯してたんだよ」
「相手が女だと分かって?」
「そうだろうな」
「またあんたに惚れた女なの」
「惚れたって、相手は9歳だぞ」
「立って歩ければ、あんたに寄って来る女は幾らでもいるわよ!」
無茶を言うな。
「まあ、いいわ。今日はちょっと相談があったのよ」
緑子は話し始めた。
今、緑子が属している劇団は日本でもトップクラスのものだ。
研究生として所属するだけでも、俳優としてのステータスになる。
そこで緑子は長年中堅以上の存在で在り続けている。
大した実力だ。
定期公演でも必ず準主役か重要な役処。たまに主役も張っている。
数年前からテレビドラマへも出演し、CMも数本出ている。
更に、声優としても活躍中で、海外の大御所俳優の日本語吹き替えなどの仕事も増えた。
そして最近、大手芸能事務所から、移籍の話を受けた、ということだった。
今回の相談は、そのことだ。
「それで、石神はどう思う?」
「あ?」
「あんたに相談に来たのよ!」
さすが舞台俳優。でかい声が出る。
「そんなもの、俺は分からないよ」
「もーう! 真面目に考えてよ」
「お前が決めてやるしかねぇだろう」
「……」
「お前、俺にそう言って欲しかったんじゃねぇのか?」
「……」
「だって。だって、どうしていいか分かんないのよ」
「そうだろうな」
「あんたは昔から冷たいのよ!」
「そうだったな」
「そうよ! あの時だって」
二十年近く前、俺たちは新宿でずぶ濡れになっていた。
俺は響子の部屋に行った。
丁度昼食を終えた頃だ。
「タカトラー!」
響子が抱き付いてきた。
俺は響子の身体をペチペチと触りながら、六花に様子を聞く。
まあ、夕べ電話で聞いていたのだが、響子の前で俺が心配していることを示さなければならない。
「問題が一つありました」
え、夕べは無いと聞いていたが。
「石神先生がいらっしゃいませんでいた」
こいつ、こんなジョークが言えるようになったか。
響子は、そうなのそうなの、と必死で訴えて来る。
六花はニコニコして見ていた。
「愛が足りません!」
誰だ、この台詞を教えたのは。
俺は響子を抱きかかえ、いつも通り俺の部屋へ連れて行った。
途中で看護師たちが指さして笑っている。
これもいつものことだ。
響子を膝に乗せて仕事をしていると、緑子から電話が入った。
「おう、久振り!」
「今週、また遊びに行ってもいいかな?」
「ああ、別に構わないぞ」
響子が俺の頭に抱き付いてきた。
「たかとらー」
甘い声を出す。
「ねえ、あんた今どこにいるの!」
「病院の俺の部屋だが」
「何よ、今の声は」
「ああ、なんでもねぇよ」
響子がスマホを充てている口元で「チュッ」とやる。
「あんた、今何やってんのよ!」
「いや、抱えてる子どもが悪戯してるんだよ!」
「へぇー、さぞオッパイの大きな子どもなんでしょ!」
緑子は胸が大きくないことを気にしていた。
「今度説明する! じゃあ土曜の午後に待ってるからな!」
緑子が何か叫んでいたが、俺は通話を切った。
響子はニコニコして俺を見ている。
ふと窓を見ると、部下たちが笑いを堪えていた。
あいつらぁ。
土曜日の1時に緑子が来た。
またでかい鞄を持ってきているので、泊まるつもりだろう。
まあ、俺もそのつもりではいたが。
子どもたちは大歓迎で、皇紀まで前回もらった写真を大事にしてると嬉しそうに言った。
緑子はまたリボンだののお土産を持ってきてくれ、皇紀には派手なネクタイをくれた。
「今日はごめんね。石神と大事な話があるから、また後でね」
俺は緑子の荷物を部屋に運んだ後、地下の音響室に案内する。
俺はコーヒーを煎れて、緑子のソファの前の小さなテーブルに置く。
「どうしたんだよ、今日は」
「その前に、言うべきことがあるんじゃないの?」
緑子はソファで腕組みをしながら言った。
「ああ、あの電話の時か」
俺は響子のことについて、障りがない程度のことを話した。
「ちょっと特殊な子でな。俺がしょっちゅう見てないといけないんだ」
「ふーん」
「あの日も、俺に急に抱きついてきて、悪戯してたんだよ」
「相手が女だと分かって?」
「そうだろうな」
「またあんたに惚れた女なの」
「惚れたって、相手は9歳だぞ」
「立って歩ければ、あんたに寄って来る女は幾らでもいるわよ!」
無茶を言うな。
「まあ、いいわ。今日はちょっと相談があったのよ」
緑子は話し始めた。
今、緑子が属している劇団は日本でもトップクラスのものだ。
研究生として所属するだけでも、俳優としてのステータスになる。
そこで緑子は長年中堅以上の存在で在り続けている。
大した実力だ。
定期公演でも必ず準主役か重要な役処。たまに主役も張っている。
数年前からテレビドラマへも出演し、CMも数本出ている。
更に、声優としても活躍中で、海外の大御所俳優の日本語吹き替えなどの仕事も増えた。
そして最近、大手芸能事務所から、移籍の話を受けた、ということだった。
今回の相談は、そのことだ。
「それで、石神はどう思う?」
「あ?」
「あんたに相談に来たのよ!」
さすが舞台俳優。でかい声が出る。
「そんなもの、俺は分からないよ」
「もーう! 真面目に考えてよ」
「お前が決めてやるしかねぇだろう」
「……」
「お前、俺にそう言って欲しかったんじゃねぇのか?」
「……」
「だって。だって、どうしていいか分かんないのよ」
「そうだろうな」
「あんたは昔から冷たいのよ!」
「そうだったな」
「そうよ! あの時だって」
二十年近く前、俺たちは新宿でずぶ濡れになっていた。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる