163 / 2,806
澪
しおりを挟む
朝食の席で、柳は俺のことをチラチラと見ていた。
俺と目が合うと手を振ってきた。
朝食が終わり、俺は御堂に話があると言った。
御堂の部屋に行く。
引き戸を閉め、俺に椅子を出し座るように勧められた。
「実はな、夕べ風呂に柳が入ってきた」
「そうなんだ」
相変わらず驚かねぇ。
「出て行けと言ったら泣き出してな」
「うん」
「しょうがねぇから、一緒に風呂に入った」
「そうか」
「申し訳ない!」
俺は土下座した。
御堂は笑い出す。
「お前なぁ」
「石神は学生時代から異常にモテたもんな」
笑いながら顔を上げてくれと言われ、俺は椅子に座りなおした。
「なあ、石神」
「ああ」
「澪の件では、本当に世話になった」
今度は御堂が頭を下げる。
「もうずい分と前のことじゃないか」
「なあ、「柳(りゅう)」って名前、変わってるだろ?」
「ああ、まあな。でも綺麗な名前じゃないか。うちの亜紀もそう言ってた」
「ありがとう。あの名前は澪が付けたんだよ」
「そうだったのか」
「澪はお前のことを、あの日から今までずっと感謝している」
「弱ったなぁ」
「澪は、虎と番になれる名前がいいって言ったんだよ」
「!」
「虎と龍。まあ、さすがに女の子に「龍」はね。だから「柳」という名前をつけた」
「……」
「もちろん、柳をお前の嫁にする、という決意なんかじゃないよ」
「安心したよ」
「でも、そうなって欲しい、という思いもある。自分の娘に恩を返して欲しいってね」
「いや、お前」
御堂は声を上げて笑う。
「僕はどっちでもいいよ。でも、澪は多分柳に話してる。石神のことを柳が大好きだって澪が聞いて、その後で話してると思うよ」
「お前、あれは柳が小学生の時だろう」
「それでもだよ」
御堂の部屋の、戸の隙間から光が差し込んだ。
細い光が俺の身体を両断した。
「澪はとても喜んでいた。柳もずっとお前のことが大好きなんだ」
「……」
「まあ、それでもまだ手は出さないでくれよな」
「当たり前だ!」
「石神は何でも僕に話してくれる」
「ああ、お前もな」
御堂は大学卒業後、御堂家の経営する病院へ入った。
院長は正巳さんの弟だ。
そして、二年後に澪さんと結婚した。
見合いだ。
相手の澪さんは二つ年下で、非常に美しい人だった。
ただ、家格は多少劣っていた。
旧家では、それが非常に重いことになる。
しかし、御堂が自分で見合いを選び、すぐに結婚したのだ。
澪さんは大学を卒業し、御堂家の経営する病院の事務をしていた。
御堂はそこで、澪さんの優しい性格を見ていたのだろう。
数々の見合い写真の中で澪さんを見つけ、すぐに申し込んだらしい。
澪さんは、御堂家に入り、徹底的にしごかれた。
菊子さんは少しのミスも酷く叱り、できたことでも必ず文句を言い、否定した。
今時の「褒めて伸ばす」なんて要素は一つも無い。
全否定だ。
菊子さんが嫌な性格、ということではない。
旧家の嫁の教育法なのだ。
真面目で責任感の強い菊子さんは、次代の嫁のために、徹底的に自分のすべてをぶつけただけだ。
御堂家の誰もがそれを理解し、俺にも理解できた。
でも、一般家庭で育った澪さんには地獄の日々だった。
俺には、それも理解できる。
そして御堂も。
そして、澪さんが壊れた。
澪さんは家を飛び出し、東京の親戚を頼った。
地元の実家では御堂家は絶対だ。
必ず連れ戻される。
御堂から電話が来て、澪さんと会って欲しいと言われた。
結婚後、御堂の家に遊びに行き、澪さんとは親しくなっていた。
「石神のことは信頼しているから、話を聞いてくれると思う」
俺はすぐに澪さんに会いに行った。
澪さんは、俺の顔を見て、泣き崩れた。
俺と目が合うと手を振ってきた。
朝食が終わり、俺は御堂に話があると言った。
御堂の部屋に行く。
引き戸を閉め、俺に椅子を出し座るように勧められた。
「実はな、夕べ風呂に柳が入ってきた」
「そうなんだ」
相変わらず驚かねぇ。
「出て行けと言ったら泣き出してな」
「うん」
「しょうがねぇから、一緒に風呂に入った」
「そうか」
「申し訳ない!」
俺は土下座した。
御堂は笑い出す。
「お前なぁ」
「石神は学生時代から異常にモテたもんな」
笑いながら顔を上げてくれと言われ、俺は椅子に座りなおした。
「なあ、石神」
「ああ」
「澪の件では、本当に世話になった」
今度は御堂が頭を下げる。
「もうずい分と前のことじゃないか」
「なあ、「柳(りゅう)」って名前、変わってるだろ?」
「ああ、まあな。でも綺麗な名前じゃないか。うちの亜紀もそう言ってた」
「ありがとう。あの名前は澪が付けたんだよ」
「そうだったのか」
「澪はお前のことを、あの日から今までずっと感謝している」
「弱ったなぁ」
「澪は、虎と番になれる名前がいいって言ったんだよ」
「!」
「虎と龍。まあ、さすがに女の子に「龍」はね。だから「柳」という名前をつけた」
「……」
「もちろん、柳をお前の嫁にする、という決意なんかじゃないよ」
「安心したよ」
「でも、そうなって欲しい、という思いもある。自分の娘に恩を返して欲しいってね」
「いや、お前」
御堂は声を上げて笑う。
「僕はどっちでもいいよ。でも、澪は多分柳に話してる。石神のことを柳が大好きだって澪が聞いて、その後で話してると思うよ」
「お前、あれは柳が小学生の時だろう」
「それでもだよ」
御堂の部屋の、戸の隙間から光が差し込んだ。
細い光が俺の身体を両断した。
「澪はとても喜んでいた。柳もずっとお前のことが大好きなんだ」
「……」
「まあ、それでもまだ手は出さないでくれよな」
「当たり前だ!」
「石神は何でも僕に話してくれる」
「ああ、お前もな」
御堂は大学卒業後、御堂家の経営する病院へ入った。
院長は正巳さんの弟だ。
そして、二年後に澪さんと結婚した。
見合いだ。
相手の澪さんは二つ年下で、非常に美しい人だった。
ただ、家格は多少劣っていた。
旧家では、それが非常に重いことになる。
しかし、御堂が自分で見合いを選び、すぐに結婚したのだ。
澪さんは大学を卒業し、御堂家の経営する病院の事務をしていた。
御堂はそこで、澪さんの優しい性格を見ていたのだろう。
数々の見合い写真の中で澪さんを見つけ、すぐに申し込んだらしい。
澪さんは、御堂家に入り、徹底的にしごかれた。
菊子さんは少しのミスも酷く叱り、できたことでも必ず文句を言い、否定した。
今時の「褒めて伸ばす」なんて要素は一つも無い。
全否定だ。
菊子さんが嫌な性格、ということではない。
旧家の嫁の教育法なのだ。
真面目で責任感の強い菊子さんは、次代の嫁のために、徹底的に自分のすべてをぶつけただけだ。
御堂家の誰もがそれを理解し、俺にも理解できた。
でも、一般家庭で育った澪さんには地獄の日々だった。
俺には、それも理解できる。
そして御堂も。
そして、澪さんが壊れた。
澪さんは家を飛び出し、東京の親戚を頼った。
地元の実家では御堂家は絶対だ。
必ず連れ戻される。
御堂から電話が来て、澪さんと会って欲しいと言われた。
結婚後、御堂の家に遊びに行き、澪さんとは親しくなっていた。
「石神のことは信頼しているから、話を聞いてくれると思う」
俺はすぐに澪さんに会いに行った。
澪さんは、俺の顔を見て、泣き崩れた。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、
ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、
私のおにいちゃんは↓
泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる