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しょうもない話 Ⅱ
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7月の初旬。
院長室に呼ばれた。
「石神、入ります!」
「おう。座れ!」
ソファに腰掛けると、院長が麦茶を運ばせた。
「暑いなぁ」
そうだから、その暑苦しい顔を見たくねぇんだけどな。
「今日、スペイン大使館から月末にやるコンサートの誘いが来たんだよ」
「そうですか」
「なんでも、新進気鋭の女性ヴァイオリニストが来るらしい。コンサートのスケジュールは決まっているらしいんだが、その前に一部の関係者やマスコミを招いて、プレ・コンサートを開くんだってよ」
「はぁ」
面倒くせぇ話がきやがった。
「俺が行ってもなんなんで、お前が行け」
「分かりました」
「お前、大使のサンチェスとは仲がいいだろう」
「そうですね」
「サンチェスから、お前を主賓にする、と言ってきてるぞ」
じゃあ、あんたが行ってもなんだから、じゃねぇだろう!
「主賓ですか?」
「そうだ。お前もちょっとは世界で名が知られるようになったからな」
「響子の件ですか」
「当たり前だ。サンチェスもお前を主賓にして、格を上げたいんだろうよ」
サンチェスは駐日大使だが、非常に気さくで面白い人物だった。
就任のパーティに呼ばれた後日、俺が深夜に病院近くのコンビニに行くとばったり会った。
大使自らコンビニに来るとは思わなかった。
俺がスティックのアイスクリームを買って、二人でコンビニの前で話し込んだ。
それ以来、サンチェスは俺を気に入り、何かと誘ってくるし、一緒に都内を案内したり食事をしたりして遊んでいる。
俺は斎藤を呼び、コンサートに行く旨、そしてそのための花束の手配を命じた。
主賓として呼ばれているから、それに見合う花を用意しろと言った。
俺が気に入っている青山の花茂で手配するように伝えた。
こういう仕事の手配も慣れていかないとなぁ。
切った張っただけじゃねぇんだ、この病院は。
「お前も一緒についてこい」
「え、わ、分かりました!」
当日、俺はベンツを出し、夕方に会場へ向かうつもりだった。
会場は新橋の広いコンサートホールを貸し切ってのものだった。
斎藤が花束を抱えて帰ってきた。
でけぇ。
直径1メートルもあるかという、異常な大きさだった。
「お前! なんだよ、このバケモノは!」
「いや、だって主賓だからということで」
「バカか、お前は!」
斎藤はシュンとなっている。
もう時間もねぇ。
「しょうがない、それを持って行くぞ!」
「はい!」
助手席に斎藤が花束を抱えて座るが、運転席まではみ出してくる。
「お前! もっと右に寄れ!」
「これ以上は無理です!」
「窓を全開にしろ!」
「は、はい!」
窓から半分はみ出して、やっと運転ができるようになった。
俺は新橋に向かって走る。
「部長、なんだか見られてますよねぇ」
「……」
アホがバカなことやってると見えるんだろう。
会場に着いて、斎藤はよろけながら俺の後ろをついてくる。
20キロくらいあるそうだ。
バカが!
コンサートホールに入ると、早速サンチェスが俺に近づいてくる。
「イシガミ! よく来てくれた!」
ハグをしてくる。
そして賓客を何人か俺に紹介し、挨拶を交わした。
大手企業の社長や音楽関係の有名な人々。
みんな笑顔で名刺交換し、握手を交わす。
しかし、全員が俺の後ろの花束に注目していた。
俺は斎藤に離れるように手で合図する。
「え、なんですか、石神部長?」
でかい声で斎藤が叫ぶ。
こいつ、前が見えてねぇ。
時間が近づき、俺は最前列中央に座らされた。
隣はもちろん斎藤だ。
花束が俺の席まではみ出ている。
女性ヴァイオリニストが登場した。
バスク人のなかなかの美人だ。
満面の笑みで会場に投げキッスなどもする。
結構なパフォーマーでもあるようだ。
そして中央の演奏位置につくと、俺の方を見てギョッとしている。
俺は笑顔で手を振った。
彼女もニコッと笑い、手を振り返す。
大した女だ。
演奏は前評判に劣らず、見事なものだった。
俺の知らないスペインの作曲家の、受難曲ということだった。
演奏が無事に終わり、観客は総立ちになり褒め称えた。
拍手がしばらく鳴り止まない。
そして俺がサンチェスに導かれ、最初に彼女に花束を渡すことになっている。
斎藤を従えて、ステージに上がる。
会場が静まり返って、俺たち、いやバカの塊を見ている。
斎藤がバカの塊を渡そうと、彼女に寄った。
「No puede(ノ・プエデ)」
彼女が首を横に振った。
受け取ろうとしてくれないので、困った斎藤が俺に聞く。
「何て言ってるんですか?」
「無理だってよ」
俺は一本のバラを抜き取り、差し出した。
彼女は笑顔になり、そのバラを髪に挿す。
会場が再び沸く。
俺は彼女の演奏のどこが素晴らしかったかを語り、マイクを持った通訳がそれを彼女に伝えた。
俺の頬にキスをしてくれ、また会場が喝采した。
俺は一礼をし、下がる。
そのままコンサートホールを出た。
扉が閉まると、斎藤の尻を蹴飛ばした。
「さっさと駐車場へ行け!」
駐車場に行くまでに、俺は8回斎藤の尻を蹴った。
病院へ戻り、俺はでかい花瓶を20本も集めた。
見舞い客用に用意しているものだ。たくさんある。
斎藤に全部活けるように命じ、その花瓶を斎藤の机に置く。
「あの、部長。僕、仕事ができません」
俺はそれに答えず、そのまま斎藤を帰宅させた。
翌朝、異様な光景に部下たちが斎藤の机を見ていた。
斎藤は、花が枯れるまで、倉庫で仕事をした。
倉庫にはエアコンは無かった。
「ところで斎藤、あの花束は幾らしたんだ?」
「はい、15万円ほど」
「おい、そんなもの、経理が受理すると思うか?」
「え?」
俺が全額出した。
院長室に呼ばれた。
「石神、入ります!」
「おう。座れ!」
ソファに腰掛けると、院長が麦茶を運ばせた。
「暑いなぁ」
そうだから、その暑苦しい顔を見たくねぇんだけどな。
「今日、スペイン大使館から月末にやるコンサートの誘いが来たんだよ」
「そうですか」
「なんでも、新進気鋭の女性ヴァイオリニストが来るらしい。コンサートのスケジュールは決まっているらしいんだが、その前に一部の関係者やマスコミを招いて、プレ・コンサートを開くんだってよ」
「はぁ」
面倒くせぇ話がきやがった。
「俺が行ってもなんなんで、お前が行け」
「分かりました」
「お前、大使のサンチェスとは仲がいいだろう」
「そうですね」
「サンチェスから、お前を主賓にする、と言ってきてるぞ」
じゃあ、あんたが行ってもなんだから、じゃねぇだろう!
「主賓ですか?」
「そうだ。お前もちょっとは世界で名が知られるようになったからな」
「響子の件ですか」
「当たり前だ。サンチェスもお前を主賓にして、格を上げたいんだろうよ」
サンチェスは駐日大使だが、非常に気さくで面白い人物だった。
就任のパーティに呼ばれた後日、俺が深夜に病院近くのコンビニに行くとばったり会った。
大使自らコンビニに来るとは思わなかった。
俺がスティックのアイスクリームを買って、二人でコンビニの前で話し込んだ。
それ以来、サンチェスは俺を気に入り、何かと誘ってくるし、一緒に都内を案内したり食事をしたりして遊んでいる。
俺は斎藤を呼び、コンサートに行く旨、そしてそのための花束の手配を命じた。
主賓として呼ばれているから、それに見合う花を用意しろと言った。
俺が気に入っている青山の花茂で手配するように伝えた。
こういう仕事の手配も慣れていかないとなぁ。
切った張っただけじゃねぇんだ、この病院は。
「お前も一緒についてこい」
「え、わ、分かりました!」
当日、俺はベンツを出し、夕方に会場へ向かうつもりだった。
会場は新橋の広いコンサートホールを貸し切ってのものだった。
斎藤が花束を抱えて帰ってきた。
でけぇ。
直径1メートルもあるかという、異常な大きさだった。
「お前! なんだよ、このバケモノは!」
「いや、だって主賓だからということで」
「バカか、お前は!」
斎藤はシュンとなっている。
もう時間もねぇ。
「しょうがない、それを持って行くぞ!」
「はい!」
助手席に斎藤が花束を抱えて座るが、運転席まではみ出してくる。
「お前! もっと右に寄れ!」
「これ以上は無理です!」
「窓を全開にしろ!」
「は、はい!」
窓から半分はみ出して、やっと運転ができるようになった。
俺は新橋に向かって走る。
「部長、なんだか見られてますよねぇ」
「……」
アホがバカなことやってると見えるんだろう。
会場に着いて、斎藤はよろけながら俺の後ろをついてくる。
20キロくらいあるそうだ。
バカが!
コンサートホールに入ると、早速サンチェスが俺に近づいてくる。
「イシガミ! よく来てくれた!」
ハグをしてくる。
そして賓客を何人か俺に紹介し、挨拶を交わした。
大手企業の社長や音楽関係の有名な人々。
みんな笑顔で名刺交換し、握手を交わす。
しかし、全員が俺の後ろの花束に注目していた。
俺は斎藤に離れるように手で合図する。
「え、なんですか、石神部長?」
でかい声で斎藤が叫ぶ。
こいつ、前が見えてねぇ。
時間が近づき、俺は最前列中央に座らされた。
隣はもちろん斎藤だ。
花束が俺の席まではみ出ている。
女性ヴァイオリニストが登場した。
バスク人のなかなかの美人だ。
満面の笑みで会場に投げキッスなどもする。
結構なパフォーマーでもあるようだ。
そして中央の演奏位置につくと、俺の方を見てギョッとしている。
俺は笑顔で手を振った。
彼女もニコッと笑い、手を振り返す。
大した女だ。
演奏は前評判に劣らず、見事なものだった。
俺の知らないスペインの作曲家の、受難曲ということだった。
演奏が無事に終わり、観客は総立ちになり褒め称えた。
拍手がしばらく鳴り止まない。
そして俺がサンチェスに導かれ、最初に彼女に花束を渡すことになっている。
斎藤を従えて、ステージに上がる。
会場が静まり返って、俺たち、いやバカの塊を見ている。
斎藤がバカの塊を渡そうと、彼女に寄った。
「No puede(ノ・プエデ)」
彼女が首を横に振った。
受け取ろうとしてくれないので、困った斎藤が俺に聞く。
「何て言ってるんですか?」
「無理だってよ」
俺は一本のバラを抜き取り、差し出した。
彼女は笑顔になり、そのバラを髪に挿す。
会場が再び沸く。
俺は彼女の演奏のどこが素晴らしかったかを語り、マイクを持った通訳がそれを彼女に伝えた。
俺の頬にキスをしてくれ、また会場が喝采した。
俺は一礼をし、下がる。
そのままコンサートホールを出た。
扉が閉まると、斎藤の尻を蹴飛ばした。
「さっさと駐車場へ行け!」
駐車場に行くまでに、俺は8回斎藤の尻を蹴った。
病院へ戻り、俺はでかい花瓶を20本も集めた。
見舞い客用に用意しているものだ。たくさんある。
斎藤に全部活けるように命じ、その花瓶を斎藤の机に置く。
「あの、部長。僕、仕事ができません」
俺はそれに答えず、そのまま斎藤を帰宅させた。
翌朝、異様な光景に部下たちが斎藤の机を見ていた。
斎藤は、花が枯れるまで、倉庫で仕事をした。
倉庫にはエアコンは無かった。
「ところで斎藤、あの花束は幾らしたんだ?」
「はい、15万円ほど」
「おい、そんなもの、経理が受理すると思うか?」
「え?」
俺が全額出した。
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