上 下
154 / 2,806

しょうもない話 Ⅱ

しおりを挟む
 7月の初旬。

 院長室に呼ばれた。

 「石神、入ります!」
 「おう。座れ!」

 ソファに腰掛けると、院長が麦茶を運ばせた。

 「暑いなぁ」

 そうだから、その暑苦しい顔を見たくねぇんだけどな。

 「今日、スペイン大使館から月末にやるコンサートの誘いが来たんだよ」
 「そうですか」

 「なんでも、新進気鋭の女性ヴァイオリニストが来るらしい。コンサートのスケジュールは決まっているらしいんだが、その前に一部の関係者やマスコミを招いて、プレ・コンサートを開くんだってよ」
 「はぁ」

 面倒くせぇ話がきやがった。


 「俺が行ってもなんなんで、お前が行け」
 「分かりました」

 「お前、大使のサンチェスとは仲がいいだろう」
 「そうですね」

 「サンチェスから、お前を主賓にする、と言ってきてるぞ」

 じゃあ、あんたが行ってもなんだから、じゃねぇだろう!

 「主賓ですか?」
 「そうだ。お前もちょっとは世界で名が知られるようになったからな」
 「響子の件ですか」
 「当たり前だ。サンチェスもお前を主賓にして、格を上げたいんだろうよ」

 サンチェスは駐日大使だが、非常に気さくで面白い人物だった。
 就任のパーティに呼ばれた後日、俺が深夜に病院近くのコンビニに行くとばったり会った。
 大使自らコンビニに来るとは思わなかった。

 俺がスティックのアイスクリームを買って、二人でコンビニの前で話し込んだ。
 それ以来、サンチェスは俺を気に入り、何かと誘ってくるし、一緒に都内を案内したり食事をしたりして遊んでいる。


 


 俺は斎藤を呼び、コンサートに行く旨、そしてそのための花束の手配を命じた。
 主賓として呼ばれているから、それに見合う花を用意しろと言った。
 俺が気に入っている青山の花茂で手配するように伝えた。

 こういう仕事の手配も慣れていかないとなぁ。
 切った張っただけじゃねぇんだ、この病院は。

 「お前も一緒についてこい」
 「え、わ、分かりました!」


 当日、俺はベンツを出し、夕方に会場へ向かうつもりだった。
 会場は新橋の広いコンサートホールを貸し切ってのものだった。

 斎藤が花束を抱えて帰ってきた。

 でけぇ。

 直径1メートルもあるかという、異常な大きさだった。
 
 「お前! なんだよ、このバケモノは!」
 「いや、だって主賓だからということで」
 「バカか、お前は!」

 斎藤はシュンとなっている。
 もう時間もねぇ。

 「しょうがない、それを持って行くぞ!」
 「はい!」

 助手席に斎藤が花束を抱えて座るが、運転席まではみ出してくる。

 「お前! もっと右に寄れ!」
 「これ以上は無理です!」
 「窓を全開にしろ!」
 「は、はい!」

 窓から半分はみ出して、やっと運転ができるようになった。

 俺は新橋に向かって走る。

 「部長、なんだか見られてますよねぇ」
 「……」

 アホがバカなことやってると見えるんだろう。

 

 会場に着いて、斎藤はよろけながら俺の後ろをついてくる。
 20キロくらいあるそうだ。
 バカが!


 コンサートホールに入ると、早速サンチェスが俺に近づいてくる。

 「イシガミ! よく来てくれた!」

 ハグをしてくる。
 そして賓客を何人か俺に紹介し、挨拶を交わした。
 大手企業の社長や音楽関係の有名な人々。
 
 みんな笑顔で名刺交換し、握手を交わす。

 しかし、全員が俺の後ろの花束に注目していた。




 俺は斎藤に離れるように手で合図する。

 「え、なんですか、石神部長?」

 でかい声で斎藤が叫ぶ。
 こいつ、前が見えてねぇ。



 時間が近づき、俺は最前列中央に座らされた。
 隣はもちろん斎藤だ。
 花束が俺の席まではみ出ている。



 女性ヴァイオリニストが登場した。
 バスク人のなかなかの美人だ。
 満面の笑みで会場に投げキッスなどもする。
 結構なパフォーマーでもあるようだ。


 そして中央の演奏位置につくと、俺の方を見てギョッとしている。
 俺は笑顔で手を振った。
 彼女もニコッと笑い、手を振り返す。
 大した女だ。


 演奏は前評判に劣らず、見事なものだった。
 俺の知らないスペインの作曲家の、受難曲ということだった。

 
 演奏が無事に終わり、観客は総立ちになり褒め称えた。
 拍手がしばらく鳴り止まない。

 そして俺がサンチェスに導かれ、最初に彼女に花束を渡すことになっている。
 斎藤を従えて、ステージに上がる。
 
 会場が静まり返って、俺たち、いやバカの塊を見ている。



 斎藤がバカの塊を渡そうと、彼女に寄った。

 「No puede(ノ・プエデ)」

 彼女が首を横に振った。
 受け取ろうとしてくれないので、困った斎藤が俺に聞く。

 「何て言ってるんですか?」
 「無理だってよ」

 俺は一本のバラを抜き取り、差し出した。
 彼女は笑顔になり、そのバラを髪に挿す。

 会場が再び沸く。




 俺は彼女の演奏のどこが素晴らしかったかを語り、マイクを持った通訳がそれを彼女に伝えた。
 俺の頬にキスをしてくれ、また会場が喝采した。

 俺は一礼をし、下がる。
 そのままコンサートホールを出た。




 
 扉が閉まると、斎藤の尻を蹴飛ばした。

 「さっさと駐車場へ行け!」


 駐車場に行くまでに、俺は8回斎藤の尻を蹴った。



 病院へ戻り、俺はでかい花瓶を20本も集めた。
 見舞い客用に用意しているものだ。たくさんある。

 斎藤に全部活けるように命じ、その花瓶を斎藤の机に置く。

 「あの、部長。僕、仕事ができません」

 俺はそれに答えず、そのまま斎藤を帰宅させた。



 翌朝、異様な光景に部下たちが斎藤の机を見ていた。

 斎藤は、花が枯れるまで、倉庫で仕事をした。
 倉庫にはエアコンは無かった。









 「ところで斎藤、あの花束は幾らしたんだ?」
 「はい、15万円ほど」
 「おい、そんなもの、経理が受理すると思うか?」
 「え?」









 俺が全額出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...