上 下
152 / 2,840

階段落ち

しおりを挟む
 六花から電話を受け、俺はすぐに病院へ向かった。
 響子の状態に問題は無いということで、一先ずは安心した。
 しかし、問題は別にある。

 俺は一江に連絡し、三人とも病院へ来るように伝えた。



 病院に着き、念のために響子の病室へ向かう。
 
 「あ、タカトラ!」
 響子は元気そうだった。
 六花が夕飯の準備をしている。

 「火事があったんだって?」
 「うん。びっくりしたけど、六花がすぐに外に出してくれたの」
 「そうか、無事でよかったよ」
 「大丈夫よ」

 俺は響子の頭を撫で、一杯食べろと言った。
 六花に声をかける。

 「おい、あとで俺の部屋へ来い」
 「はい…」


 俺の部屋では、既に一江、大森、栞が待っていた。

 「座れ」

 栞だけはきょとんとしている。
 椅子は俺のものしかねぇ。
 しかし、一江を大森が即座に床に正座したのを見て、慌てて同じくする。

 六花が入ってきて、同じように正座をした。



 「お前ら、俺が怒っているのは分かってるだろうなぁ?」

 「「はい」」
 「石神くん、申し訳ありません」
 「申し訳ありませんでした」

 「目をつぶって、顔を上げろ」

 四人は正座をしたまま、目を閉じ、背筋を伸ばした。

 右手で思い切り全員の両頬をビンタする。

 バシン、バシンと恐ろしく大きな音が響いた。
 四人の顔はみるみる膨れ上がり、赤く染まる。

 一江と大森、そして栞の胸を蹴り、後ろへ倒す。
 六花には、もう一度ビンタをかました後で、拳で殴る。
 六花は壁まで吹っ飛んで、ぐったりとなった。


 「響子のことで、俺に断りもなく何かしたら、次はねぇぞ!」

 「「「「はい!」」」」

 「出て行け!」

 「「「「はい!」」」」




 四人は部屋を出て行った。
 六花は足が動かず、大森に担がれた。




 「すぐに処置室へ行くよ」
 「え、陽子、大丈夫なの?」

 「あのね、次に部長に会った時に、顔が腫れてるとか赤くなってたり青かったりしたら、また殴られるから」
 「どういうこと?」

 「「お前ら! 俺に対する皮肉かぁ!」ってね」
 「あたしらは慣れてるから。とにかく一緒に来なよ」
 「うん、分かった」



 処置室で、一江は斎藤を見つけた。

 「げぇ、お前かよ」
 「あ、副部長」

 四人は空いているベッドにそれぞれ腰掛けた。

 「よりによってなぁ」
 「そんなこと言われても。今は当直は僕しかいないんですから、諦めてください」
 「まあいい、さっさとやるぞ」


 一江は六花の状態を見た。
 脳震盪を起こしているらしい。

 「大森! 六花をみてやってくれ」
 「分かった!」

 「栞はあたしがやる」

 「えーと、僕は?」
 「お前はあたしたちを後でやれ」
 「分かりました」

 一江と大森はテキパキと消炎剤と鎮痛剤を用意し、処置を始める。
 口の中を見たが、小さな裂傷程度だ。
 歯根も問題が無い。

 「あの」
 斎藤がおずおずと手を挙げた。
 「なんだよ!」

 「あの、一応聞きますけど、みなさんどうしたんですか?」

 「「階段から転げ落ちた!」」

 「ああ、いつもの」
 「そうだよ」
 


 「うちの部って、みんな結構階段から落ちてますよね?」
 「当たり前だろう!」

 「いや、なんて言うか、パワハラ的なものって」

 一江が斎藤の胸倉を掴んで言う。

 「お前な、もう4年も部長の下でやってるよな?」
 「は、はい、その通りです」

 「だったらいい加減に分かってると思うんだけど?」
 「はい」
 「石神部長は、あたしたちが失敗、ヘマをしても怒ったりは絶対にない」
 「はい」
 「あたしらが階段から落ちるのは、いつだって別なろくでもない理由だよ」
 「はい」

 「お前は分かってると思ってたんだけどなぁ」
 「副部長、あんまり舐めないでくださいよ。僕だって石神組だ。部長の大きさ、優しさはもう分かってますよ」

 「だったらいい」
 一江は手を放す。

 「でも、今回は花岡さんや一色さんまでいるじゃないですか。これって問題になりませんか?」
 「大丈夫だ。まあ、何かあれば、あたしと大森で絶対になんとかする」

 斎藤は真面目な顔をして言う。

 「僕だって、やりますからね」
 「ふん、生意気なことを言うようになったな」
 
 「斎藤! 今度抱かれてやるぞ!」
 「いえ、大森先輩、勘弁してください」


 第一外科部の遣り取りを聞いて、栞は涙を流す。

 「なによ、栞。しっかりして。もう終わったことなんだから」
 「うん、でも申し訳なくて」
 「大丈夫だから、痛みはどう?」



 六花は大森から氷嚢を顎下から布で縛られた。
 「しばらく頬に当てておいてね。一時間したら外して。新陳代謝が落ちるから。多分青あざになるけど、ファンデーションで隠すのよ」
 「お手数をおかけしました」
 六花は脳震盪も徐々に解け、深々と礼をして響子の病室に戻った。

 一江は大森の処置を始め、斎藤に薬品の指示を出す。






 響子は夕食を食べ終えていた。
 
 「六花!」

 両頬に氷嚢を当てている六花を見て、響子が驚く。

 「片付けますね」
 「そんなのより、六花、どうしたの?」
 「ちょっと階段から落ちまして」
 「えー! 大丈夫なの?」
 「すぐに一江さんたちが処置して下さいました」
 「でも、痛そう」

 「大丈夫ですよ」
 六花は笑おうとしたが、痛みで顔が引き攣る。



 「こないだね」
 「はい」
 「痛いのがなくなる呪文を教わったの」
 「そうですか」

 響子は手招いて、六花をベッドに座らせる。
 背中に回って小さな手を六花の頭に乗せ、目をつぶるように言った。

 「いたいのー、いたいのー、あれ、なんだっけ?」
 六花は目をつぶったままでいた。

 「えーと、いたいのー、いたいのー、うーん……いたくない!」

 六花は背を向け、目を閉じたまま、涙を流した。

 「響子、ありがとうございます。痛みが驚くほど消えました」

 「そう? よかったー!」
 「はい、響子のお蔭です」









 「響子、本当にありがとう」 
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...