139 / 2,808
映画鑑賞『無法松の一生』(三船敏郎版)
しおりを挟む
金曜日。
先週は栞の家に行ったので、開催できなかった「映画鑑賞会」をやる。
子どもたちは早々に勉強のノルマを終え、待ち構えている。
俺は少し早めに始めることとした。
今日は『無法松の一生』だ。ちなみに、三船敏郎主演のものにする。
「ええ、今日は『無法松の一生』だ。この映画は、九州の小倉という場所が舞台になっている。松五郎という人力車夫が主人公だけど、人力車って知ってるか?」
「人がお客さんを乗せて運ぶものですか?」
亜紀ちゃんが答えた。
「その通りだ。今じゃタクシーなんかがあるわけだけど、昔は人間が運ぶことも多かったんだな。屈強な男が、人力車を引いて運ぶ。松五郎は、そういう仕事をしていた」
「無法ってどういう意味ですか?」
皇紀が聞く。
「法律が関係ない、つまり暴れん坊のことだ。うちのルーとハーだな」
みんなが笑う。
「暴れん坊なんだけど、もの凄く優しいんだよ。こんなに優しい人間はいない。それがこの映画によって魂に焼きつく。そういう作品だ。まあ観てくれ」
俺は照明を落とし、DVDを流した。
ラストシーンで、またみんなが泣く。
特に、皇紀は「グゥッ」と呻き声を出しながら泣いていた。
俺は照明を戻した。
部屋が明るくなったことで、多少みんなが落ち着く。
「どうだ、これもいい映画だろう!」
子どもたちはうなずく。
「観ての通り、松五郎というのは学が無い。小学校さえ満足に通えなかった人間だよな。だけどどうだ、あの純心は! 素晴らしいだろう」
「なんで松五郎は奥さんと結婚しなかったの?」
ハーが真っ赤な目で問う。
「そこだよなぁ。この映画で最も重要なことは、ハーが今言った部分だ」
「恋の至極を尋ぬれば、忍ぶ恋こそ真なれ」
「これは、『葉隠』という武士道の哲学書に書かれている言葉だ。意味は、本当の恋というものが、自分が忍んで我慢して、隠して行くものだ、ということだな。分かるか?」
「ちょっと分かりません」
亜紀ちゃんがそう言った。
「そうだな。今は恋愛至上主義といって、恋愛が非常に素晴らしいことで、恋愛して男女が付き合って好き合っていくことが、幸せの最高の状態だと思われている」
「違うんですか?」
「違うんだよ、参ったか!」
みんながまた笑う。
「もし、男女が付き合わなければダメなのであれば、ほとんどの恋愛は失敗になる。ルー、もし便利屋に付き合ってくださいって言われたらどうする?」
「え、ちょっとイヤ」
済まない、便利屋。
「だったら、好きになった便利屋は人生失敗だ。まあ、あいつはいい男だから、いつかステキな彼女もできるかもしれないけどな。多分、もしかしたら、ひょっとしたら、何かの間違いがあれば、な」
爆笑する。
俺は自分の経験を話してやった。
「俺はなぁ。小学校から高校卒業まで、ずっと一人の女の子が好きだったんだよ。もう、自分でもどうしようもないほどにな」
「その人とどうなったんですか?」
「何もねぇ」
また爆笑される。
「本当に好きだったんだよ。でも、その子の前に出ると、もう一言も口がきけねぇの。緊張して、動けなくなるんだよ」
「ええ、じゃあ告白とかは?」
「できるわけねぇ。ああ、俺も子どもだったから、付き合いたいとは思ったんだよ、百万回くらい」
「ラブレターなんかも書いたの。それを出そうとすると、もうダメなんだよ。ポストの前で破り捨てたり、食っちゃったりしたよなぁ」
みんなが笑いっぱなしになる。
そんなに面白いかよ。
「8年間くらいか。一度だけ、話をしたことがある。中学の時に、俺がずっと学年一番の成績だったんだよな。それで、ある時にテストの結果が廊下に張り出されてて、見てた俺の後ろに、その子がいたんだ」
「「石神くんって、いつも一番よね」って。そう言われて「うん」って俺が言ったの。それだけよ」
大爆笑になった。
「小学五年生の時か。夏休みに学校のプールを地区ごとに子どもたちが使ってたんだな。俺とその子は違う地区だったから、一緒にはならなかった。それで、夏休み明けに、クラスの男子が、その子にプールで悪戯したって話してたんだよ。水着から手を入れたって。聞いた瞬間に、そいつを窓から投げ捨てたのな」
「「「「えぇー!」」」」
「四階からなぁ」
「じゃあ、殺しちゃった……」
「いや、丁度下に池があって、ほとんど無傷だった」
みんなホッとした。
「その子は、タカさんが好きだって、知ってたんでしょうか」
「まあなぁ。俺は告白はしなかったけど、誰が見てもなぁ」
「無法松もそうだったんだよ。好きでしょうがねぇのに、告白できないんだ。でも、俺と違うのは、その理由がもの凄く美しい、ということだな」
「亡くなった大尉への気持ちですか?」
「まあ、それも当然ある。でも、それ以前に、自分のような者が、という意識だな」
「ああ!」
「学がねぇ、喧嘩三昧、おまけに酒呑みでしがない人力車夫よ。とても釣り合わないと思ってる。だからいいんだよな」
「あの「自信」の話ですね!」
「そういうことだ」
「ずっと、最初からそう思っている男だから、あの美しさよ。みんな、最後に松五郎の遺品を見て泣いただろ? それは、そこに松五郎の美しさがこもっているからだよ」
皇紀がまた呻いて泣いた。
「あんなに美しい人間は、日本でも、世界でも滅多にいない。本当にいい男だよなぁ」
「でもかわいそう」
「悲しいです」
双子がまた涙ぐむ。
「うん、松五郎のために泣いてやれよ」
「じゃあ、今日はこれでお終いな。早く寝ろよ!」
「「「「ありがとうございました!」」」
ちょっと皇紀が心配になった。
先週は栞の家に行ったので、開催できなかった「映画鑑賞会」をやる。
子どもたちは早々に勉強のノルマを終え、待ち構えている。
俺は少し早めに始めることとした。
今日は『無法松の一生』だ。ちなみに、三船敏郎主演のものにする。
「ええ、今日は『無法松の一生』だ。この映画は、九州の小倉という場所が舞台になっている。松五郎という人力車夫が主人公だけど、人力車って知ってるか?」
「人がお客さんを乗せて運ぶものですか?」
亜紀ちゃんが答えた。
「その通りだ。今じゃタクシーなんかがあるわけだけど、昔は人間が運ぶことも多かったんだな。屈強な男が、人力車を引いて運ぶ。松五郎は、そういう仕事をしていた」
「無法ってどういう意味ですか?」
皇紀が聞く。
「法律が関係ない、つまり暴れん坊のことだ。うちのルーとハーだな」
みんなが笑う。
「暴れん坊なんだけど、もの凄く優しいんだよ。こんなに優しい人間はいない。それがこの映画によって魂に焼きつく。そういう作品だ。まあ観てくれ」
俺は照明を落とし、DVDを流した。
ラストシーンで、またみんなが泣く。
特に、皇紀は「グゥッ」と呻き声を出しながら泣いていた。
俺は照明を戻した。
部屋が明るくなったことで、多少みんなが落ち着く。
「どうだ、これもいい映画だろう!」
子どもたちはうなずく。
「観ての通り、松五郎というのは学が無い。小学校さえ満足に通えなかった人間だよな。だけどどうだ、あの純心は! 素晴らしいだろう」
「なんで松五郎は奥さんと結婚しなかったの?」
ハーが真っ赤な目で問う。
「そこだよなぁ。この映画で最も重要なことは、ハーが今言った部分だ」
「恋の至極を尋ぬれば、忍ぶ恋こそ真なれ」
「これは、『葉隠』という武士道の哲学書に書かれている言葉だ。意味は、本当の恋というものが、自分が忍んで我慢して、隠して行くものだ、ということだな。分かるか?」
「ちょっと分かりません」
亜紀ちゃんがそう言った。
「そうだな。今は恋愛至上主義といって、恋愛が非常に素晴らしいことで、恋愛して男女が付き合って好き合っていくことが、幸せの最高の状態だと思われている」
「違うんですか?」
「違うんだよ、参ったか!」
みんながまた笑う。
「もし、男女が付き合わなければダメなのであれば、ほとんどの恋愛は失敗になる。ルー、もし便利屋に付き合ってくださいって言われたらどうする?」
「え、ちょっとイヤ」
済まない、便利屋。
「だったら、好きになった便利屋は人生失敗だ。まあ、あいつはいい男だから、いつかステキな彼女もできるかもしれないけどな。多分、もしかしたら、ひょっとしたら、何かの間違いがあれば、な」
爆笑する。
俺は自分の経験を話してやった。
「俺はなぁ。小学校から高校卒業まで、ずっと一人の女の子が好きだったんだよ。もう、自分でもどうしようもないほどにな」
「その人とどうなったんですか?」
「何もねぇ」
また爆笑される。
「本当に好きだったんだよ。でも、その子の前に出ると、もう一言も口がきけねぇの。緊張して、動けなくなるんだよ」
「ええ、じゃあ告白とかは?」
「できるわけねぇ。ああ、俺も子どもだったから、付き合いたいとは思ったんだよ、百万回くらい」
「ラブレターなんかも書いたの。それを出そうとすると、もうダメなんだよ。ポストの前で破り捨てたり、食っちゃったりしたよなぁ」
みんなが笑いっぱなしになる。
そんなに面白いかよ。
「8年間くらいか。一度だけ、話をしたことがある。中学の時に、俺がずっと学年一番の成績だったんだよな。それで、ある時にテストの結果が廊下に張り出されてて、見てた俺の後ろに、その子がいたんだ」
「「石神くんって、いつも一番よね」って。そう言われて「うん」って俺が言ったの。それだけよ」
大爆笑になった。
「小学五年生の時か。夏休みに学校のプールを地区ごとに子どもたちが使ってたんだな。俺とその子は違う地区だったから、一緒にはならなかった。それで、夏休み明けに、クラスの男子が、その子にプールで悪戯したって話してたんだよ。水着から手を入れたって。聞いた瞬間に、そいつを窓から投げ捨てたのな」
「「「「えぇー!」」」」
「四階からなぁ」
「じゃあ、殺しちゃった……」
「いや、丁度下に池があって、ほとんど無傷だった」
みんなホッとした。
「その子は、タカさんが好きだって、知ってたんでしょうか」
「まあなぁ。俺は告白はしなかったけど、誰が見てもなぁ」
「無法松もそうだったんだよ。好きでしょうがねぇのに、告白できないんだ。でも、俺と違うのは、その理由がもの凄く美しい、ということだな」
「亡くなった大尉への気持ちですか?」
「まあ、それも当然ある。でも、それ以前に、自分のような者が、という意識だな」
「ああ!」
「学がねぇ、喧嘩三昧、おまけに酒呑みでしがない人力車夫よ。とても釣り合わないと思ってる。だからいいんだよな」
「あの「自信」の話ですね!」
「そういうことだ」
「ずっと、最初からそう思っている男だから、あの美しさよ。みんな、最後に松五郎の遺品を見て泣いただろ? それは、そこに松五郎の美しさがこもっているからだよ」
皇紀がまた呻いて泣いた。
「あんなに美しい人間は、日本でも、世界でも滅多にいない。本当にいい男だよなぁ」
「でもかわいそう」
「悲しいです」
双子がまた涙ぐむ。
「うん、松五郎のために泣いてやれよ」
「じゃあ、今日はこれでお終いな。早く寝ろよ!」
「「「「ありがとうございました!」」」
ちょっと皇紀が心配になった。
1
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、
ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、
私のおにいちゃんは↓
泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。
ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」
俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。
何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。
わかることと言えばただひとつ。
それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。
毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。
そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。
これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる