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ヘンゲロムベンベ、ふたたび
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「石神くん、いつもいつも、本当にごめんなさい」
栞が神妙な顔で謝っていた。
停職も解け、一江たちも復帰している。
あいつらには
「顔も見たくねぇ」
と言ったら、一江は紙袋を被って、目だけ穴を空けて週初めの報告に入ってきた。
こいつの根性は大したものだ。
「まあ、花岡さん、停職と言っても、ほとんどが療養みたいな目的でしたから。身体はもう大丈夫ですか?」
窓を見ると、一江と大森が信じられない、という目で見ている。
うるせぇなぁ。
「うん、もう大丈夫。本当にご迷惑をおかけしました!」
「もういいですよ。早く戻ってください」
栞は一礼して出て行く。
「あ、いたい!」
一江が足を引っ掛けて転ばしたようだ。
まったく。
五月の連休。
院長夫妻が俺の家へ遊びに来ることになった。
俺は若い頃に蓼科文学に誘われ、今の病院へ移った。
そして徹底的に鍛えられた。
元は小児科医だったが、あらゆる科を転々と回され、一通りの知識と技術を修養させられた。
今も俺の机に様々な論文が山積みになっているのは、その頃からの倣いだ。
毎日新入りの俺はヘトヘトになり、怒鳴られ、小突かれ、殴られ、蹴られと、毎日が最悪だった。
そんな俺は、院長の家によく連れて行かれた。
説教もされ、怒鳴られたりもしたが、奥様の静子さんがいつも俺に優しくして下さった。
美味しい食事を作って下さり、風呂を用意して泊まって行きなさいと言ってくれた。
「あのね、石神さん。お願いですから、文学ちゃんを見捨てないでね」
そんなことを、いつも俺に言っていた。
最初は、俺を力づけたり慰めるためにおっしゃっていたのかと思っていたが、そうではなかった。
主に顔だと思うが、蓼科文学という男は誤解されやすかった。
太い鬼のような眉、でかいギョロ目、狭い額に分厚い唇と潰れて広がったような鼻。
その顔ででかく太い声で喋ると、大抵の者は硬直する。
しかし、付き合ってみれば、これほど純粋で優しい類人猿はいない。
特に静子さんへの愛情は格別で、深い愛情を抱いている。
ただ、不器用すぎて、その表現は小学生並だが。
先日の大精霊の件も、半分は静子さんに笑ってもらおうと思ったからだった。
院長にももちろんだが、俺は若い頃に静子さんに助けられ、力づけていただいた。
毎年誕生日にプレゼントを贈っているが、院長には一度もねぇ。
でも、そのことで文句も皮肉も言われたことはない。
年に一度だけのことになるが、そのことだけは、毎年礼を言われる。
静子さんに何かしてもらうことが嬉しいのだ、あのゴリラは。
自分のことなど、考えてもいない。
そして、自分が喜ぶと満面の笑みを浮かべてくれるゴリラを、静子さんも愛している。
本当はプレゼントなどいらないのだろうが、だからこそ、受け取ってもくれている。
時間通りに来るだろうからと、俺は門を開けて、子どもたちを待たせていた。
約束の三時。
二人はタクシーを降りて、俺たちを見つける。
「なんだ、出迎えてくれていたのか」
「はい、今日はようこそいらしていただきまして」
「石神さん、ごきげんよう」
「はい、今日はゆっくりなさってください」
俺は子どもたちを紹介する。
「長女の亜紀、中学三年生です」
「まあまあ、美人さんなのねぇ」
「そんなことは、はじめまして」
「長男の皇紀です。小学六年生です」
「こちらはまた、美男子さんなのね」
「よろしくお願いします」
「そしてこちらは双子でして……」
「ヘンゲロムベンベさんだぁ!」
「また来てくれたのぉー!」
大興奮だ。
「あー、えー、ヘンゲロムベンベです、よろしく」
静子さんがまた腰を折って笑い出した。
「あのな、ルー、ハー、今日は大精霊様はゲートを通って来てないんだ。空間転移魔法で個人的に来てるから、正体がバレるとまずいんだよ。今日はだから服を着てるだろ? こっちに来たのがバレると大変なことになるんだよ」
「へー、そうなの?」
「じゃあ、黙ってないとね!」
「うん、そうだよ。今日は日本人の姿だから、みんなもそのように接するように!」
「「はーい!」」
亜紀ちゃんは笑いを堪えている。
皇紀は呆然としている。
まだ、大精霊を引きずってるのか、と考えているのだろう。
「ヘンゲロムベンベさんは、どうしてまた来たの?」
ルーが聞く。
「もちろん、ルーとハーに会いたかったからだよ。こないだ力を注いだ花壇を、お前たちが大事にそだててくれているからだ」
「えー、ほんとにぃー?」
「じゃあ、あとで見てって!」
「うん、あとで是非見せてもらおう」
双子は大はしゃぎだった。
俺は二人を中へ案内した。
「石神さん、文学ちゃんを見捨てないでね」
「そんなことするわけないですよ。厳しくって怒りんぼですけど、優しい人ですから」
「ほんとにそう思う?」
静子さんはとても嬉しそうだった。
「はい、思いますよ」
「ありがとう、じゃあ、はい、これ」
俺に小さな包みを渡す。
飴玉だった。
「私ね、飴が好きなの。何か辛いことがあっても、飴を舐めると幸せになるのよ」
そう言ってニコニコと笑われた。
帰り道で舐めた飴は、俺を確かに幸せにしてくれた。
栞が神妙な顔で謝っていた。
停職も解け、一江たちも復帰している。
あいつらには
「顔も見たくねぇ」
と言ったら、一江は紙袋を被って、目だけ穴を空けて週初めの報告に入ってきた。
こいつの根性は大したものだ。
「まあ、花岡さん、停職と言っても、ほとんどが療養みたいな目的でしたから。身体はもう大丈夫ですか?」
窓を見ると、一江と大森が信じられない、という目で見ている。
うるせぇなぁ。
「うん、もう大丈夫。本当にご迷惑をおかけしました!」
「もういいですよ。早く戻ってください」
栞は一礼して出て行く。
「あ、いたい!」
一江が足を引っ掛けて転ばしたようだ。
まったく。
五月の連休。
院長夫妻が俺の家へ遊びに来ることになった。
俺は若い頃に蓼科文学に誘われ、今の病院へ移った。
そして徹底的に鍛えられた。
元は小児科医だったが、あらゆる科を転々と回され、一通りの知識と技術を修養させられた。
今も俺の机に様々な論文が山積みになっているのは、その頃からの倣いだ。
毎日新入りの俺はヘトヘトになり、怒鳴られ、小突かれ、殴られ、蹴られと、毎日が最悪だった。
そんな俺は、院長の家によく連れて行かれた。
説教もされ、怒鳴られたりもしたが、奥様の静子さんがいつも俺に優しくして下さった。
美味しい食事を作って下さり、風呂を用意して泊まって行きなさいと言ってくれた。
「あのね、石神さん。お願いですから、文学ちゃんを見捨てないでね」
そんなことを、いつも俺に言っていた。
最初は、俺を力づけたり慰めるためにおっしゃっていたのかと思っていたが、そうではなかった。
主に顔だと思うが、蓼科文学という男は誤解されやすかった。
太い鬼のような眉、でかいギョロ目、狭い額に分厚い唇と潰れて広がったような鼻。
その顔ででかく太い声で喋ると、大抵の者は硬直する。
しかし、付き合ってみれば、これほど純粋で優しい類人猿はいない。
特に静子さんへの愛情は格別で、深い愛情を抱いている。
ただ、不器用すぎて、その表現は小学生並だが。
先日の大精霊の件も、半分は静子さんに笑ってもらおうと思ったからだった。
院長にももちろんだが、俺は若い頃に静子さんに助けられ、力づけていただいた。
毎年誕生日にプレゼントを贈っているが、院長には一度もねぇ。
でも、そのことで文句も皮肉も言われたことはない。
年に一度だけのことになるが、そのことだけは、毎年礼を言われる。
静子さんに何かしてもらうことが嬉しいのだ、あのゴリラは。
自分のことなど、考えてもいない。
そして、自分が喜ぶと満面の笑みを浮かべてくれるゴリラを、静子さんも愛している。
本当はプレゼントなどいらないのだろうが、だからこそ、受け取ってもくれている。
時間通りに来るだろうからと、俺は門を開けて、子どもたちを待たせていた。
約束の三時。
二人はタクシーを降りて、俺たちを見つける。
「なんだ、出迎えてくれていたのか」
「はい、今日はようこそいらしていただきまして」
「石神さん、ごきげんよう」
「はい、今日はゆっくりなさってください」
俺は子どもたちを紹介する。
「長女の亜紀、中学三年生です」
「まあまあ、美人さんなのねぇ」
「そんなことは、はじめまして」
「長男の皇紀です。小学六年生です」
「こちらはまた、美男子さんなのね」
「よろしくお願いします」
「そしてこちらは双子でして……」
「ヘンゲロムベンベさんだぁ!」
「また来てくれたのぉー!」
大興奮だ。
「あー、えー、ヘンゲロムベンベです、よろしく」
静子さんがまた腰を折って笑い出した。
「あのな、ルー、ハー、今日は大精霊様はゲートを通って来てないんだ。空間転移魔法で個人的に来てるから、正体がバレるとまずいんだよ。今日はだから服を着てるだろ? こっちに来たのがバレると大変なことになるんだよ」
「へー、そうなの?」
「じゃあ、黙ってないとね!」
「うん、そうだよ。今日は日本人の姿だから、みんなもそのように接するように!」
「「はーい!」」
亜紀ちゃんは笑いを堪えている。
皇紀は呆然としている。
まだ、大精霊を引きずってるのか、と考えているのだろう。
「ヘンゲロムベンベさんは、どうしてまた来たの?」
ルーが聞く。
「もちろん、ルーとハーに会いたかったからだよ。こないだ力を注いだ花壇を、お前たちが大事にそだててくれているからだ」
「えー、ほんとにぃー?」
「じゃあ、あとで見てって!」
「うん、あとで是非見せてもらおう」
双子は大はしゃぎだった。
俺は二人を中へ案内した。
「石神さん、文学ちゃんを見捨てないでね」
「そんなことするわけないですよ。厳しくって怒りんぼですけど、優しい人ですから」
「ほんとにそう思う?」
静子さんはとても嬉しそうだった。
「はい、思いますよ」
「ありがとう、じゃあ、はい、これ」
俺に小さな包みを渡す。
飴玉だった。
「私ね、飴が好きなの。何か辛いことがあっても、飴を舐めると幸せになるのよ」
そう言ってニコニコと笑われた。
帰り道で舐めた飴は、俺を確かに幸せにしてくれた。
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