上 下
117 / 2,808

双子の花壇

しおりを挟む
 院長室に呼ばれた。
 でも今日は大丈夫だ。
 用件は分かっている。


 「おう、石神! 女房の誕生日にスカーフをありがとうな!」
 「いえ、いつもお世話になってますし、ここのとこご無沙汰してて申し訳ありません」

 「シャネルだってなぁ。俺はよく分からんが、女房が世界中のシャネルの店がデザインされてて、綺麗な上に面白いってさ。まあ、こういう分野ではお前に敵わんなぁ」
 「そんなことは」
 アハハハ、と俺たちは笑う。



 「ところで院長、ご相談があるのですが」
 「なんだよ、なんでも言えよ。水臭いじゃないか」

 単純と言うか、決して他人の恩義は忘れないと言うか。
 蓼科文学という男は本当に素晴らしい。



 「私的なお願いで申し訳ないのですが、実はうちの双子のために院長のお力をお借りしたく」
 「ん、俺の力?」

 「はい。今度双子が花壇を作るので、ほら、あの院長の不思議なお力で、是非種が良く育つように、と」
 「ふざけんな! 俺の力は子どもの遊びに使うもんじゃねぇ!」



 院長は声を荒げるが、大抵の奴はここで引き下がる。

 「なんでも言えと言うから話したのに」
 「お前なぁ!」

 「じゃあ、いいですよ。奥様に来てもらいますから」
 「お前! 汚いぞ!」

 「だって、奥様からずっとうちの子どもたちに会いたいって言われてますし」
 「……」




 院長は類人猿だが、人間以上に妻を愛する心を持っている。
 そして、その妻に嫌われることを、結婚以来ずっと恐れてもいる。

 「ああ、分かった! 行ってやるよ!」
 「じゃあ、次の日曜日に。午後にお迎えに行きます!」

 「女房は連れて行かないからな! 俺の能力は秘密なんだから」
 「分かってます。でも今度本当に一緒に来てくださいね」
 「……」

 こいつ、一緒のお出かけを想像してるな。

 俺は一礼して院長室を出た。







 「あら、今日は可愛らしいお子さんと一緒なんですね」
 いつも仏壇に供える花を買っている花屋で、奥さんが満面の笑みで迎えてくれた。

 「「こんにちはー」」
 ルーとハーが揃って挨拶をする。

 「まあ、本当に可愛らしいこと! 石神先生に、こんなお子さんがいらしたんですね」」
 「ああ、親友の子どもを引き取ったんですよ」



 俺はなるべく子どもたちのことを隠さない方針でいる。
 奥さんは驚いたようだが、すぐに双子の頭を撫でてくれた。

 「そうなんですか。でも石神先生のとこなら大丈夫よねぇ」
 双子は照れて、うなづいた後で俺の後ろに回った。

 「今日はいつもの花と、こいつらに花壇で育てられる種を教えてもらおうと思って」
 「え、あなたたちが育てるの?」

 「うん」
 「がんばるの!」

 奥さんは嬉しそうに笑い、店の奥から二種類の種を持って来てくれた。

 「これなんか、いいんじゃないでしょうか。「ガウラ」と「クレメオ」というの。クレメオは綺麗なお花で、ガウラは可愛らしいお花よ。どちらも育てやすいから」

 俺は子どもたちと礼を言い、それをいただいた。



 「もしかして、髪の長い綺麗な女の子が去年からよく仏壇のお花を買いにくるけど、もしかしてお姉さん?」
 「ああ、多分この子たちの姉で、亜紀ちゃんだと思いますよ。私がよく買い物を頼んでいるから」

 「あらあら、やっぱり。じゃあ、この子たちも、大きくなったら綺麗な女の子になるのね」
 双子はまた照れた。

 家じゃ暴れまくるのに、子どもというのは不思議だ。

 





 花壇は便利屋に作らせた。

 「これってお洒落でしょ?」

 俺にレンガを斜めに突き刺して枠を作った花壇を見せる。
 俺は便利屋の後ろ頭をはたいた。

 「こんな尖った花壇じゃ、子どもたちが怪我するだろう!」
 


 やり直して、普通の花壇が出来た。
 土を掘り返し、腐葉土や肥料を混ぜる。

 「ミミズも持ってきましたが」
 そう言って土嚢袋から、何匹か手掴みで取り出す。

 「ヒィッ!」

 亜紀ちゃんが飛びのく。
 
 「却下」



 便利屋は袋にしまい、帰って行った。
 「みみぃずぅーのみぃーのじぃはぁー♪」

 ヘンな歌を歌っていた。
 よく分からん奴だ。

 亜紀ちゃんはずっと俺の腕を掴んでいた。







 俺はダメ押しで、栞に頼んだ。
 「ということで、院長が来ることになったんだよ」

 「なんのことだかよく分かんない」

 あ、そうか。栞は院長の能力を知らねぇんだ。

 「あの人、ちょっと変わったまじないができるんだよ。郷里のものらしんだけどな。双子の花壇がよく育つようにって、やって欲しいんだ」
 「そういうことなの。石神くんにしては、変わったお願いをするにね」
 「うん、そうなんだけどな。農業なんかで結構効果があるらしんだ。やっぱり初めての花壇で上手く行って欲しいじゃない」


 「分かった。それで私はどうしたらいいの?」
 「栞も来るって、院長に伝えておきたいんだ」
 「なんで?」

 院長は栞に弱い。
 本人はあまり気付いていないが、栞の言うことは何故か従うし、通す。
 俺がいろいろな提案をしていく中で、栞が同席して通らなかったことはねぇ。

 相当信頼が厚いのと、ちょっと惚れてる。
 自覚はないのだが。

 これですべての手は打った。









 いよいよ当日。
 俺は院長を迎えに行き、家に連れて来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...