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六花、ドライブじゃねぇぞ。

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 四月に入り、俺と六花は愛知に行った。

 有名な免疫学の権威、吉田泰三教授に会うためだ。




 俺は響子のため、術後回復の論文を集めて読んできた。
 その中で、吉田先生の論文に目を留め、一度お話を伺いたいと連絡していたのだ。

 愛知県の有名大学の医学部教授である吉田先生は、快く了解して下さった。
 そこで六花にも話を聞かせてやろうと、一緒に出掛けたのだ。
 


 六花と一緒に一泊の予定であるので、若干の不安はある。
 まあ、大丈夫だろうが。



 新幹線でも良かったのだが、旅行に不慣れな六花のため、俺はベンツを出した。
 新幹線の密着したシートに不安があったせいもある。


 助手席に座った六花はシートベルトを締めるが、形の良い胸が潰れている。

 「もっとベルトを胸の間に通せよ」
 「直していただけますか?」

 俺がベルトを引っ張り直してやると、ちょっと胸に触れた。
 「あっ」

 「ヘンな声を出すんじゃねぇ!」

 先行きが不安になった。




 
 俺のベンツはAMGのGTロードスターだ。ボディカラーはヒヤシンスレッド。フェラーリほどではないが、非常に目立つ。 
 フェラーリもそうだったが、別に赤が好きなわけではないのに、選んでいくと、自然にそうなった。



 東名高速に乗り、加速する。

 「石神先生、スゴイです」

 流れる景色を見ながら、六花が言う。

 「これが本来のこの車のスピードだからなぁ。街中でチマチマ走らせるのは、本当は可愛そうなんだよな」




 川崎を過ぎ、段々景色が変わってくる。

 「お前は本当に響子と仲良しになったよなぁ」
 ずっと黙っている六花に、俺は話しかけた。

 「はぁ、私は必死で毎日やっているだけなんですが、なんだか懐いてくれました」

 「ばかやろー、その必死にやってることで信頼を得たんだろうよ」
 「そういうものでしょうか」

 六花は、本当に不器用だ。

 レディースの頃は話し方も違ったんだろうが、看護師になってからの六花は一貫して礼儀正しい。
 常に誰にでも敬語で話し、たまにレディース時代の気合の入った口調が出るくらいだ。
 まあ、響子を説教する場合だが。



 「響子の付き添いで、去年アビゲイルと一緒に買い物に行っただろう?」
 「ああ、はい」

 「あの時、アビゲイルはお前の話し方を聞いて、お前のことを信頼できる人間だと思ったらしいよ」
 「でも、自分は日本語しか話していませんが」

 「分かるんだよ。言わなければならん時に、お前が堂々と話す。それは相手にとって理解じゃなく「通ずる」ということがあるんだよな。アビゲイルはお前が響子のために話し、行動しているのが分かったんだ。しかも細心の注意でもって、さらに深い愛情をもって、だな」
 「はぁ」




 
 「明治時代に、日本の遣米使節団がアメリカへ行った。全員武士よ。その時、ブロードウェイで馬車に乗って移動したわけだけど、大勢のアメリカ人がそれを見物した」
 「はい」

 「有名な詩人のウォールト・ホイットマンが、その情景を『ブロードウェイの行列』という詩にしたんだな。その中で書いているんだよ。「真摯な魂を持っている」って」
 「そうなんですか」


 「ああ。ホイットマンは使節団のことを全然知らない。ただ、一目見ただけよ。それで分かったんだよな。武士が真摯な魂を持っているって」

 「分かるんですか」

 「そうだよ。お前、アビゲイルのことをどう思った?」
 「あっ!」

 「な、そうだろ? 言葉が通じなくたって、ちゃんと分かるんだよ」

 「そうですね!」

 


 六花はペットボトルのお茶を飲む。

 「石神先生、喉が渇いていませんか?」
 「ああ、大丈夫だよ」

 「運転中ですから、口移しで」
 「いらねぇよ!」


 「お前なぁ、旅行中にエロを出したら承知しねぇぞ!」
 「それは無理だと思います」

 言い切りやがった。

 「このドライブ中で、石神先生を落とせればと」
 「おい、遊びに行くわけじゃねぇんだぞ」
 「当然ですが?」


 こいつの頭の中は相変わらず謎だ。






 「あ、石神先生、富士山が見えますよ!」
 六花が嬉しそうに叫ぶ。

 丁度六花が据わっている右側に、綺麗な雪を被った大霊峰があった。

 「ああ、綺麗だな」
 「日本人で良かったですよね」
 「まあな」

 「自分も、日本人的な顔だったら良かったんですが」

 お前ほど綺麗な顔はねぇよ。

 「俺もいろんな美人を知ってるけど、お前ほどの美人はいねぇぞ?」
 「まあ、石神先生はいつもそう言ってくださいますが」

 「他の人間からも言われてるだろう」
 「まあ、そうなんですが」



 「お前も変わってるよなぁ。でもな、人間は持って生まれたものは変えられねぇんだ。それを「宿命」と言うよな。宿命を嫌がったら、人生は進まねぇ」
 「なるほど」





 六花は足元に置いたコンビニの袋から、ポ○ッキーを出して口に咥えた。

 「石神先生、はい」

 俺にそれを向けてくる。

 「だから喰わねぇよ!」
 「あ、運転中に余所見は危ないですからね」
 「そうじゃねぇよ!」



 もしかして、ずっとこんななのか?




 走行は順調だ。
 俺は六花に自分のスマホを渡し、店の名前を伝え、電話するように言った。

 「おおよそ時間通りに着くと言ってくれ」





 俺たちは浜松で高速を降りた。 
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