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皇紀、ドライブ Ⅱ

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 「そうやってさ、グアムの海で岡庭を飛び石にして遊んでたんだよ」
 「アハハハ」

 「そうしたらマリーンの奴らが面白がって来たんだよな」
 「マリーンってなんですか?」

 「ああ、アメリカの軍隊の一つだけど、強襲部隊と言うかな。外国との戦闘で、最初の上陸作戦なんかは、まずマリーンがやるんだよ」
 「へぇー!」

 「日本語では海兵隊と言うけど、陸軍、海軍、空軍のすべてを独自に持っているのな。だからどんな作戦でも遂行できるし、また非常に機動性が高い」
 「じゃあ、軍隊のエリートなんですね」

 「そういうことだ。各軍の優秀な人間しか入れないんだよ。一応志願制だけど、志願しても選考で落とされる。しかも訓練期間中にダメな奴はどんどん追い出される。鍛え上げられた人間しかマリーンにはなれないんだよ」

 
 「それで俺が面白ぇことやってるって、寄って来てさ。一緒に岡庭を投げて競争したんだよな」
 「ひどいですね」
 皇紀は笑いながらそう言った。

 「まあなぁ。今から思うと、ちょっとだけやり過ぎだよな」
 「ちょっとじゃないですよ。岡庭さんは大丈夫だったんですか」

 「ああ、伸びた」
 「アハハハハ!」

 「海上でグッタリしちゃってさ、慌ててマリーンの奴らと一緒に浜に上げたら、朝に喰ったものを全部もどしちゃってよ」
 皇紀は身体をよじって笑う。



 「その後でなぁ。花岡さんにすごい怒られた」
 「え、花岡さんって怒るんですか?」

 「ああ、怒るよ。あの人は正義感の強い人だからな。俺がマリーンの五人にも一緒に座れといって、みんなで説教されたよ」
 「うわぁ」


 「おい、皇紀。花岡さんには絶対に逆らったり、ヘンな悪戯をするなよな」
 「分かりました」

 「いや、分かってねぇ。説教だけじゃねぇんだ、あの人は」
 「?」

 「ああ、まあ、知らないでいいことがこの世にはあるんだよ」
 「なんか、余計に怖いですよ」






 岡庭くんの話が終わる頃、俺たちは竹芝桟橋に着いた。
 インターコンチネンタルの裏の駐車場にフェラーリを止める。


 皇紀と埠頭を散策した。



 「夜景がきれいですね」
 「ああ、そうだろう」

 「海の匂いがします」
 「そうだな」



 「タカさんは、よく来たんですか?」
 「うん」


 辻邦生の『雲の宴』を読んだ。
 その冒頭に書かれる美しさに打たれた。
 そういう話を皇紀にしてやった。


 「主人公の一人が、埠頭で本を読んでいるんだよな」
 「はい」
 
 「ニーチェなんだよ」
 「ああ!」

 「その情景に憧れてなぁ。だから俺もちょくちょく来て、ニーチェを読んだ」
 「アハハハ!」

 「俺としては、誰かに見てもらいたいわけだよ。でも、誰も来ねぇ。だから来るまで読んで、通りかかったら「ニーチェかぁ」って言うんだよ」
 「いつもの口癖ですよね。でもなんでそこで言うんですか?」

 「だってお前、言わなかったら俺がニーチェを読んでるって分からねぇじゃんか!」
 「あ、そうか」

 俺たちは肩を組んで笑った。






 「今度、『雲の宴』を読んでみます」
 「ああ。辻邦生はいいぞー! 俺は子どもの頃から好きでなぁ。家に全部あるぞ」



 「あ、そういえば家に山田正紀も全部あるって言ってましたよね」
 「そうだよ。あのな、山中に『襲撃のメロディ』とか勧めたのは俺なんだよ」
 「エェッー!」

 「学生時代にな。山中が「なんか面白い本ないか」って言うんで貸したんだよ。あいつも夢中で読んでくれたよなぁ」
 「そうだったんですか!」


 「ディストピア小説の素晴らしい傑作よな。『素晴らしい新世界』と『一九八四年』に勝るとも劣らないよな」
 「あ、他の二つは知りません」

 「お前はほんとにダメダメだよなぁ」
 また俺たちは笑った。
 皇紀よ、そうやってむくれねぇお前だからみんながいじってくれるんだぞ。












 俺たちはひたすら、夜の埠頭を歩いた。
 ゆっくりと、いろいろな話をしながら歩いた。
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