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皇紀、ドライブ

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 『レオン』を観た翌日の土曜日。

 俺は皇紀にせがまれて、ドライブすることになった。

 「お姉ちゃんだけ、ずるいですよ」
 「お前を連れて行くとなぁ、ルーとハーも行きたがるだろう」

 まだ小さい双子はドライブに連れてってもしょうがねぇ。
 その辺で何か食ってる方が嬉しいだろう。

 「どうしてもダメですか?」

 まあ、連れて行ってはやりたい。
 この家の男同士だ。
 一緒にいろんな話をしたい。



 結局俺が折れて、夕食を済ませ、8時に家を出た。
 皇紀の希望でフェラーリに乗る。


 あまり遅くなってはアレなので、俺は竹下桟橋へ向かった。


 「タカさん、やっぱみんなこの車見てますよ!」
 皇紀が嬉しそうに言う。

 「そうだろう、そうだろう! 気分がいいよなぁ」
 「まったくです!」



 俺は自動車というものの話をした。

 「「神器」って知ってるか?」
 「すいません、分かりません」

 「有名なのは、「三種の神器」といってな。天皇家の秘宝のようなものだよ。要は神の力が宿るもの、と考えればいい」
 「なるほど」

 「三種の神器が有名だから、昔からそれにちなんでいろいろなものがそう呼ばれた。ちょっと前では電化製品だな」
 「どういうものですか?」

 「テレビ、冷蔵庫、洗濯機の三つだ。それが三種の神器と呼ばれた」
 「へぇー」


 「要は、それが無かった時代なんだよ。洗濯機ができる前は、みんな手で洗ってたんだよな」
 「そうなんですか」

 「うん、でかいたらいに水をためて、洗濯板というものでゴシゴシやってた。大変な作業だったわけだな」
 皇紀は想像しているようだ。



 「冷蔵庫が無かった時代は、とにかく食品が腐るのが早い。特に夏場はなぁ。だからみんな、その日に食べるものをその日に用意しなければならなかったんだ」
 「じゃあ、アイスなんかも」

 「あるわけねぇよな。食いたいなら、真冬よ」
 「あははは」

 「テレビなんて、大変だったんだよ。それまではラジオしかねぇ。それが、動画になったんだから、もう大騒ぎよな」
 「うーん」
 
 皇紀の想像を超えているようだった。

 「まあ、当時は途轍もなく高級品で、普通は買えねぇ。相当な金持ちだけのものだったよ。だから、それを手に入れれば、誰でも「幸福」になれた。だから神器ということだな」
 「分かりました!」



 「車もそうだったんだ。前に『蒲田行進曲』を観せた時にも話しただろ?」
 「はい、キャデラックの話ですね」

 「うん。車も、ほとんどの人が買えない、超高級品の時代があったんだよな」

 「ついでに言うと、その当時はエアコンなんてねぇ。まだ扇風機すらなかったよなぁ。だから夏場はみんな大変よ」
 「どうしてたんですか?」

 「耐えるしかねぇ」
 皇紀は大笑いした。

 「だから「夕涼み」というものが非常に大事だったわけだな。太陽が沈んで暑さが柔らぐ。みんな縁側に出て風に当たる。それくらいしか出来ないんだよ」
 「大変ですねぇ」

 「そうだ。それで、そうした時代に、車を持ってる一握りの人間がいた。そいつらは家族で夕方になるとドライブに行くわけだよ。「どちらへ?」って聞かれると、「ちょっと涼みに」なんて言ってなぁ」
 皇紀が笑う。

 「みんな、それを口をあけてポーッと見ているんだよな」
 皇紀が爆笑する。

 「そういう時代は、自動車を持ってるだけで幸せ、ということだな。もう今ではダメだけどな」
 「便利になると、神器はなくなる、ということですか」

 「お前は相当頭がいいな!」
 俺が言うと、皇紀は喜んだ。

 「その通りだ。便利は神を喪う、ということだな。覚えておけよ」
 「はい!」

 「実は人間の文明には猛毒があるんだよ。それを分かる人間は少ない」
 「はい」

 「でもお前らもずい分と毒にまみれたからなぁ」
 「ええ、そうですか!」

 「ちょっとドア開けて転がってこい」
 「死んじゃいますよ!」






 亜紀ちゃんにはこうじゃねぇんだけどなぁ。
 なんで皇紀はちょっと虐めたくなるんだろうか。
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