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遠い、あの日

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 山中の娘、亜紀ちゃんが電話の向こうで泣き叫んでいた。

 「石神さん! 石神さん!」

 八月中旬の土曜日午後7時。
 俺は休日で家にいた。
 電話は知らない番号で、相手は名乗らなかったが、その声で山中の長女の亜紀ちゃんだとすぐに分かった。

 「どうした、亜紀ちゃん、何があった!」
 「石神さん、助けてください! 父と母が!」
 「!」

 俺はなんとか亜紀ちゃんから場所を聞き出した。
 激しいショックを受けていて、それ以上のことを聞き出せない。
 とにかく、急いで向かうことにする。

 「亜紀ちゃん、分かった。俺がすぐに行くからな。そこで待ってろ! 俺が必ず助けてやる! 俺に任せろ!」
 泣きじゃくる声しか聞こえない。
 
 「いいか、俺に任せろ!」

 電話の向こうで、亜紀ちゃんが必死に「はい」と言った。




 俺はガレージのリングシャッターを開け、ベンツのエンジンをかける。
 暖気まで待たない。
 すぐに門を開け、車道に飛び出した。

 亜紀ちゃんが言ったのは、山中の家の近くの病院だった。
 俺は詳細は知らずとも、とても良くないことだと分かった。

 病院の駐車場に車を入れ、すぐに救急外来に向かう。
 山中たちが事故か急病で運ばれたのだろうことは予想していた。

 恐らく急病ではない。
 夫婦で運ばれたのだから、事故だろう。

 俺は港区の病院で外科医をしている。
 容態を見て、うちの病院へ搬送することも考えた。
 うちの病院はとにかく設備が最新鋭で充実している。
 あらゆる想定を繰り返し、俺はめまぐるしく思考していた。


 救急の窓口で、山中の名前を告げ、場所を聞いた。
 「病室」の番号を知らされた。
 オペ室ではないのだ。

 俺は、もう何も出来ないだろうことを知った。

 病室では、亜紀ちゃんが両親のベッドの横で泣き崩れていた。
 山中と奥さんの顔には、白い布が乗せられていた。



 俺が近づくと亜紀ちゃんが気付き、俺に抱き付いてきた。
 「石神さん、父と母がぁ!」
 俺は亜紀ちゃんを抱き締めの背中をさする。
 
 「亜紀ちゃん、俺は来たぞ!」
 「石神さん!」
 「俺はちゃんと来た。来たぞ!」
 
 亜紀ちゃんは一層激しく泣き、俺の胸に顔を埋めようとする。
 
 



 長い間泣き続けた亜紀ちゃんが、少しずつ話してくれた。
 俺は無理に話すなと言ったが、亜紀ちゃんは聞いて欲しいと言った。

 二人で車で買い物に行った帰りだったらしい。
 交差点で居眠り運転のトラックに正面衝突された。
 ほとんど即死で、病院へ搬送されたときには、すでにこと切れていた。

 山中には四人の子どもがいるが、今は亜紀ちゃんだけしかいない。
 他の三人は、都内に住む伯母が面倒を見てくれているらしい。
 亜紀ちゃんが少し落ち着いた頃、親戚の方らしい人が何人か来た。
 俺は挨拶をし、亜紀ちゃんを任せて病室を出た。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 あれは大学二年の夏だった。

 俺と御堂、そして山中の三人で居酒屋で飲んでいた。
 広い座敷では、K大の野球部が祝勝会を開いていた。
 何に勝ったのかは分からないが、大いに盛り上がっていた。

 しばらくして、化粧室の帰りだったのか、野球部のマネージャーだという二人が俺たちの席に来て、俺が声をかけられた。

 カッコイイだのなんだのと言い、勝手に山中を押しのけて俺の隣に座る。
 俺が怒鳴って追い返そうとすると、座敷から数人の野球部員らしき男たちが出て来た。

 「おい、表に出ろ!」
 俺たちは、支払いを済ませ、外に出た。

 10人ほどの学生たちに囲まれた。

 「またかよ、石神」
 山中が言う。

 「お前といると、こんなのばっかりだよ」

 学生たちが何か言っていたが、覚えていない。

 俺がぶちのめしている間、山中は何度か顔面を殴られていた。
 御堂はいつも通りに少し離れた場所で、俺たちを見ている。

 学生の一人が、俺の右腿にバットを当てたが、それで最後だった。
 警察が来る前に、俺たちは離れた。



 「おい、待てよ山中!」
 俺は痛みで少し足をひきずり、御堂の肩を借りて歩いていた。

 「待てって!」
 山中はさっきから憮然とし、どんどん先を歩いていく。

 「山中ぁ!」
 振り向いた山中は、殴られた頬を押さえて言った。

 「石神、お前いい加減にしろよ!」
 「だって、あいつらが絡んできたんだろう!」
 「お前ばかり女にモテて、俺はいつもとばっちりで殴られるだけだ!」

 俺は御堂と顔を見合わせて笑った。

 「そんなこと言ってもしょうがねぇだろうが。俺だって今日はこのザマだ。あいつらバットなんか持ってやがった」
 「野球部なんだから、バット持っててもおかしくないだろ!」

 「ああ、そうか!」

 御堂は身をよじって笑っていた。
 「たしかにそうだよねぇ」

 山中はまたさっさと行こうとする。

 「おい、だから待てって!」

 「御堂、そんな奴はほっとけよ!」

 「そんなことを言うなよ、なあ待ってくれよ」

 「俺はもう石神とは何も話さないからな!」

 「お前、そんなことを言うなよ、なあ、待てって」

 山中は待ってくれない。












 山中、どうしてお前は待ってくれなかったんだよ。

 置いて行かれた俺たち。
 俺が山中の子どもたちを引き取り、運命の歯車が回り始めたのを後に知ることになる。

 世界を滅ぼそうとする強大な敵。
 大陸を破壊するほどの威力の拳法。
 宇宙龍とあやかしの王たちとの邂逅。
 不死の一族とバチカンの狂信的戦闘集団。
 大銀河連合。
 ナゾの柱。
 
 俺たちの戦いと愛の日々がここから紡がれていく。
 
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