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あの日、あの時 Ⅱ

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 「一江、ちょっと相談があるんだけどよ」
 「はい、なんでしょうか」

 俺は、昨夜、不動産屋の高木から来たメールの話を一江にした。

 「はぁー、あのド変態が六花に会っちゃったんですかぁ」
 「そうなんだよ、困ったよなぁ」

 高木が俺に会いに来て、偶然第一外科部にいた六花と会ったらしい。


 メールには、六花を好きになったので、今度会わせてもらえないか、という内容だった。
 正直に俺に頼んでくる辺りは好感が持てるが、問題はそこじゃねぇ。

 「ある意味じゃ、ベストカップル的な感もありますけどねぇ」
 「お前な、火薬の量を二倍にしても、キレイな花火にはならねぇんだよ。ただ爆発して終わるだけだ」

 「よく考えてみろよ。あの二人が爆発してみろ。エライことになるぞ」
 
 「なるほど、夜の生活を楽しむだけじゃ済まないんですね」
 「そういうことだ」


 俺たちは恐ろしい想像をやめた。

 「それで、どうするんですか、それ」
 「うーん、絶対に会わせるわけにはいかんよなぁ」



 「それにしても、部長の周りってトンデモ人間が多いですよね」
 「そんなことはねぇだろう」

 「何言ってんですか! 今の二人も超ド級の変態ですし、響子ちゃんは世界一の大富豪の後継者、あの清楚だと思われていた花岡女史なんか、暗殺拳ですよ?」
 「う、うーん」

 「院長なんかは別ですけどね」
 一江が言う。
 一江は院長のことを心底尊敬していた。
 最初は院長の実績への憧れだったが、次第にその人柄に心酔していった。

 「いや、あれは類人猿(霊能力者)だよ」
 「まったく、部長のそういうとこはいただけません」
 
 別にいただけなくてもいいけどな。
 でも、確かに俺の人間関係は特殊かもしれない。
 一体、いつからだろうか。






 「おい、お前が新入りの石神って奴か?」

 後ろから声をかけられ、振り向くと、そこにはあの日の少年が立っていた。

 小学四年生のときに神奈川の山の中に引越した。
 登校初日の朝礼で、上級生の頭をバットで殴り倒した奴、本間という少年だった。

 「そうだけど?」
 「ちょっとツラかせよ」

 教室がザワザワし、「やばいよ、先生呼べよ」と誰かが言っていた。

 俺は校舎裏に連れていかれた。

 「お前、俺を舐めてたら承知しねぇぞ!」
 「舐めてねぇけど」
 「あんだと!」

 「だって、俺お前のこと知らねぇもん」

 胸倉を掴んでいた手を、本間は放した。

 「おい、本間! 何やってる!」
 先生が叫んでくる。

 「チッ!」
 
 「大丈夫か、石神?」
 「別に何も、ただ本間くんと話してただけですよ」

 「別に隠さなくていい、正直に話せ」
 「信じないなら、話す必要もありません」
 「なんだと!」

 本間は走り去った。
 その寸前、あいつは俺に手を振った。



 翌日、本間は登校しなかった。
 俺は担任教師から呼ばれ、職員室の応接間に座らされた。


 「石神、本間に昨日絡まれたそうだな」
 「いえ、別に。ちょっと話というか自己紹介みたいなことだけでした」
 「そうか」

 担任の島津先生は、俺に本間のことを話してくれた。

 本間の家がヤクザであること。
 その父親が何度も警察に捕まっていること。
 本間はグレて、まともに登校しないこと。
 登校すれば、暴力沙汰で問題ばかり起こすこと。

 「だからな、石神。あいつには近づくな。何かあったら、すぐに俺に言って来い」
 そう言って、島津先生の話は終わった。




 数日後、午前の休み時間に本間が現われた。
 「おい、ちょっと来いよ」
 本間は俺を外へ連れ出し、学校から出た。

 「ちょっと付き合えよ」
 俺たちは山の中へ入っていった。

 木々が途切れ、空き地となっていた場所で、本間は腹巻からドスを出した。

 「ほら、お前に見せてやりたくて持ってきたんだ」
 「本物か?」

 本間は鞘から抜いて、その辺の草を切って見せた。
 軽く薙いだだけで、面白いように切れる。

 「すげぇー」
 「そうだろう」

 俺たちは夕方までいろんなものを切り、遊んだ。

 「今度、拳銃を持ってきてやるよ」
 「ほんとか!」
 「ああ、待っててくれ」


 数日後、本間は頭に包帯を巻き、左目に眼帯をして登校した。
 同級生は本間から遠ざかり、ヒソヒソと話している。

 「おい、本間、どうしたんだよ」
 「なんでもねぇ、ちょっとな」

 昼休みに本間が話してくれた。

 「拳銃を持ち出そうとしたら、親父に見つかって。散々殴られた」
 本間は苦笑いしてそう言った。

 「大丈夫かよ」
 「ああ、慣れてるからな」
 「すげぇー」


 俺たちは急速に仲良くなった。
 本間の他にも友だちはできたが、本間との仲は特別だった。
 バスに乗って駅前に出て、あちこち歩き回った。
 運賃はいつも本間が払ってくれた。
 
 駅前では、本間を見て絡んでくる奴もいたが、本間はすべての喧嘩を買った。
 俺はまだ喧嘩に慣れておらず、本間が負けると一緒に殴られた。
 頭から血を流しながら、二人で笑った。

 五年生になると、俺の身体は大きくなり、誰にも負けない喧嘩屋になっていた。
 本間と出掛けても、俺たちに敵う奴はいなくなった。



 本間がある日、肩に刺青を入れたと言って、俺に見せてくれた。
 俺もやりたいと言うと

 「やめとけよ」

 と断られた。





 しかし、ほどなく本間は特別教室に入れられた。

 そこには本間の他に二人。
 脳に障害があり、勉強に追いつけない奴。
 もう一人は家庭環境が荒れてて、まっとうな服で登校できないほどの貧しい家の女の子。

 一人の先生が校長に掛け合って、その三人の特別教室を作ったらしい。

 学校では、その三人だけが校庭のプレハブで固まって過ごし、俺たちとは関わらないようにされた。

 ある時、偶然本間に会った。
 「おい、久しぶり」
 「ああ」

 俺たちは近くの公園に行き、少し話した。

 「なあ、みどり学級ってどうなんだよ」
 それが特別教室の名前だった。

 「うん、良くしてもらってるよ」

 意外だった。本間は大人を嫌っていて、誰一人良く言うことはなかったのだ。

 「そうか、よかったな」
 「ああ、あんなに親身になって俺たちのことを考えてくれる先生はいねぇよ」

 「そうか。ああ、また一緒に駅前に行こうぜ」
 「いや、先生に迷惑かけたくねぇから。悪いな」

 既に学校内の最大の問題児は俺になっていた。
 本間なんかと付き合ってたからだ、と言う教師は多かったが、別にそんなことはない。
 俺の問題だ。

 その後も、ばったり会うと何となく一緒に話をするような関係になった。
 


 「なあ、俺さ。今でもはっきり覚えてるんだよ」
 「なんだよ」

 俺は転校初日の朝礼のことを話した。

 「ああ、あれか。あの六年生、しょっちゅううちに石を投げてガラス割ってたからな」

 「あのさ、お前がバットで殴ったじゃない。それであいつが倒れて頭から血を噴き出したろ?」
 「うん」

 「あれがほんとに「キレイだな」ってさ。俺、思ったんだよ」
 「お前って危ないよな」
 「本間に言われたくねぇよ」

 俺たちは肩を組んで笑い、一生友だちでいようと誓った。

 「お前だけだったんだよ。俺にまともに付き合ってくれる奴」
 「そうかよ」
 
 「ありがとうな」



 中学に上がり、本間の姿はまったく見なくなった。
 噂では、本間は父親の組に入り、もう働いているとのことだった。




 中学三年の夏、家に本間から電話があった。

 「石神、オレ、もうダメだよ」
 「なんだよ、どうしたんだよ!」

 黙っている本間に、俺は懸命に問いただした。

 「明日さ、よその組に殴りこむんだ。でも相手はうちよりもでかい。親父は朝からシャブ喰って、もうオレの話なんか聞いてくれねぇ。なあ、オレ明日死ぬのかよ」

 「待ってろ、今行くから! 絶対待ってろよ!」
 俺は家を飛び出して、本間の家に向かった。



 本間の家には誰もいなかった。



 それから本間に会うこともなかった。

 高校に入り、本間の家の近くに住んでいた奴に話を聞いた。
 あの日、バットで頭を割られた奴だ。

 「ああ、本間? あいつ死んだってさ。無茶な殴りこみで、親父と本間と一緒にメッタ切りだったらしいぜ。逃げてきた組員に聞いたよ。家の中の金目のもんだけ持って行くんだって言ってたな」
 「そいつ、一晩うちにかくまってさ。まあ、あいつの家がなくなって良かったよ。毎日怖かったもんなぁ」








 「ありがとうございました」
 俺は深々と頭を下げ、礼を言った。
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