93 / 2,818
一粒の砂に世界を感ず:ウィリアム・ブレイク
しおりを挟む
家まで送る、という静江夫人の好意を辞し、俺はアメリカ大使館の外へ出た。
深夜1時を過ぎても、人通りがある。
共同通信のビルも近く、活動している人もいるのだ。
滅多に来られない日本へ来ても、静江夫人は娘の響子に会えずにいた。
スケジュールも確かに厳しいが、主にセキュリティの関係だ。
響子は日本へ来ていない。
表向きはそうなっている。
高度な外交的折衝で、響子は通常の入国管理を経ていないのだ。
実は、「響子」という名前も存在していない。
英語表記の「Kyoko」はある。しかし漢字表記での「響子」は、ロックハート一族の中でも、一握りの人間しか知らない。
さらに言えば、本国でも、「Kyoko」が一族の後継者であることは、公開されていない。
家族関係は極秘事項として、一部の人間しか知らない。
恐らく日本で「ロックハート響子」という名前を使うことは、静江夫人の異能によることだったのだろう。
本当に本物の、その名前を使うことに、何かの必要性があったのだ。
ロックハートという名前自体は、それほど珍しいものではない。だから響子は、虚構の家族構成をマスキングされている。
誰も、響子がロックハート一族の後継者であることは調べられない。
ちなみに一江がある程度ロックハート一族について調べられたのは、最初から響子が後継者であることを知っていたからだ。それでも一江が有能であることは否めないが。
しかし、静江夫人のようなロックハート一族の人間が接すれば話は別だ。
その事実は、響子が何らかの繋がりがある人間と、認識される可能性が高くなる。
だから静江夫人は会えなかった。
以前に大使館内のセキュリティ・ルームで面会したのは、異例のことだったのだ。
あそこまで警備に神経を使っても、危険であったのだ。
もちろん、奇跡的に回復した響子に会いたかったためだ。
もう一つは俺の囲い込みだったが。
去り際に、俺はUSBメモリーを一つ差し上げた。警備担当の人間に渡したのだ。
静江夫人の手に渡るのは検査の後だろう。
その中には、俺や病院のスタッフたちが撮った、響子の写真がある。
ありったけを集めた。
素人が日常で撮ったものだから、くだらないものが多い。
響子が笑い、怒り、泣いて。寝顔もあるし、遠目から群集の中の小さなものもある。手だけとかのものもある。
手を撮ったのはナースの一人だが、彼女は頑強に響子の手だと言い張った。
それら、すべてを夫人に渡した。
俺は病院へ向かって歩き出した。
響子の部屋を覗いて帰るつもりだ。
俺が寝顔を見たかったのもある。
しかし、残っているはずもないが、静江夫人の香りを僅かでも届けてやりたかった。
分子の一つでも良い。
それを見つける奴はいない。
でも、響子の何かは、その一粒の分子を感じるかもしれない。
夢想だ。
別に何が起きなくたって構わない。
病室で、響子は眠っていた。
枕元には、六花があげた、小さなぬいぐるみがあった。
ライオンだ。
俺はちょっと危険を感じて、枕から少し離した。
俺が帰ろうとすると、響子が目を覚ました。
「タカトラ?」
「ああ、悪いな、起こしてしまったか」
「どうしたの? お仕事?」
「そんなところだ」
「タカトラの匂いがした」
「そうか」
「いい匂い」
「そうか」
響子は寝たままで両手を伸ばす。
俺は近づき、抱きしめられてやる。
「いい匂い」
「もう寝ろよ。俺も眠いから帰るな」
「うん。また明日」
「明日な」
響子は俺から手を放し、すぐに眠った。
気のせいか、先ほどよりも、寝顔がほんの少し優しい。
深夜1時を過ぎても、人通りがある。
共同通信のビルも近く、活動している人もいるのだ。
滅多に来られない日本へ来ても、静江夫人は娘の響子に会えずにいた。
スケジュールも確かに厳しいが、主にセキュリティの関係だ。
響子は日本へ来ていない。
表向きはそうなっている。
高度な外交的折衝で、響子は通常の入国管理を経ていないのだ。
実は、「響子」という名前も存在していない。
英語表記の「Kyoko」はある。しかし漢字表記での「響子」は、ロックハート一族の中でも、一握りの人間しか知らない。
さらに言えば、本国でも、「Kyoko」が一族の後継者であることは、公開されていない。
家族関係は極秘事項として、一部の人間しか知らない。
恐らく日本で「ロックハート響子」という名前を使うことは、静江夫人の異能によることだったのだろう。
本当に本物の、その名前を使うことに、何かの必要性があったのだ。
ロックハートという名前自体は、それほど珍しいものではない。だから響子は、虚構の家族構成をマスキングされている。
誰も、響子がロックハート一族の後継者であることは調べられない。
ちなみに一江がある程度ロックハート一族について調べられたのは、最初から響子が後継者であることを知っていたからだ。それでも一江が有能であることは否めないが。
しかし、静江夫人のようなロックハート一族の人間が接すれば話は別だ。
その事実は、響子が何らかの繋がりがある人間と、認識される可能性が高くなる。
だから静江夫人は会えなかった。
以前に大使館内のセキュリティ・ルームで面会したのは、異例のことだったのだ。
あそこまで警備に神経を使っても、危険であったのだ。
もちろん、奇跡的に回復した響子に会いたかったためだ。
もう一つは俺の囲い込みだったが。
去り際に、俺はUSBメモリーを一つ差し上げた。警備担当の人間に渡したのだ。
静江夫人の手に渡るのは検査の後だろう。
その中には、俺や病院のスタッフたちが撮った、響子の写真がある。
ありったけを集めた。
素人が日常で撮ったものだから、くだらないものが多い。
響子が笑い、怒り、泣いて。寝顔もあるし、遠目から群集の中の小さなものもある。手だけとかのものもある。
手を撮ったのはナースの一人だが、彼女は頑強に響子の手だと言い張った。
それら、すべてを夫人に渡した。
俺は病院へ向かって歩き出した。
響子の部屋を覗いて帰るつもりだ。
俺が寝顔を見たかったのもある。
しかし、残っているはずもないが、静江夫人の香りを僅かでも届けてやりたかった。
分子の一つでも良い。
それを見つける奴はいない。
でも、響子の何かは、その一粒の分子を感じるかもしれない。
夢想だ。
別に何が起きなくたって構わない。
病室で、響子は眠っていた。
枕元には、六花があげた、小さなぬいぐるみがあった。
ライオンだ。
俺はちょっと危険を感じて、枕から少し離した。
俺が帰ろうとすると、響子が目を覚ました。
「タカトラ?」
「ああ、悪いな、起こしてしまったか」
「どうしたの? お仕事?」
「そんなところだ」
「タカトラの匂いがした」
「そうか」
「いい匂い」
「そうか」
響子は寝たままで両手を伸ばす。
俺は近づき、抱きしめられてやる。
「いい匂い」
「もう寝ろよ。俺も眠いから帰るな」
「うん。また明日」
「明日な」
響子は俺から手を放し、すぐに眠った。
気のせいか、先ほどよりも、寝顔がほんの少し優しい。
1
お気に入りに追加
227
あなたにおすすめの小説
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる