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近代、ということ
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本当は、高尾山駅前で蕎麦を食べたかった。
何軒か、本当に美味い蕎麦を出す店があるのだ。
しかし参拝客で賑わい、大変な混みようで諦め、俺は八王子の蕎麦屋を目指した。
何となく、蕎麦が食べたかったのだ。
店に入り、子どもたちに好きなものを注文させる。
メニューを見て、また一騒ぎだ。
ようやく子どもたちは注文を決め、俺は別途、鮎の塩焼きを全員分、それにテンプラの盛り合わせをお任せで頼んだ。
「さっき、お参りはお願い事をするなって言ったよな」
子どもたちが俺を見る。
「宗教の始まりというのは、すべてそうなんだよ。神様への感謝と褒め称えることしかなかった。これは中世まで、大体そうだったんだな」
「初詣って、みんな一年の無事とか健康をお願いするものだと思っていました」
亜紀ちゃんが言う。
「そうだな。今はみんな、そういうものだと思っている。だけど、実際そんなものは通じるわけがねぇ」
「神様だってきっと、「ふざけんな! 賽銭だけ入れてけ!」って言ってると思うぞ」
みんな笑った。
「ヨハン・セバスチャン・バッハは音楽の父と呼ばれている。バッハは知ってるか?」
みんな知らないと言う。
俺は『マタイ受難曲』の冒頭を歌ってやった。
「バッハがなんで音楽の父なのかと言うと、バッハがバロック音楽を中心に、ヨーロッパの音楽を集大成したからなんだ。つまり、譜面にガンガン残していったのな」
「なるほど」
「でも、当時は電灯なんかねぇ。バッハは夜遅くまで蝋燭の火なんかで毎日やってたんだよ。その薄暗い中でずっとやってたものだから、バッハは失明してしまう。目を酷使し過ぎたんだよな」
「かわいそー」
ハーが言った。
「うん。でもな、バッハはその時に神に感謝したんだ。自分を目が潰れるまで神のための音楽を書かせていただいて、ありがとうございます、ってな」
「はぁー!」
皇紀が感動する。
「バッハは数多くの楽曲を自分でも作曲している。そのすべてが、神への感謝と褒め称える、寿ぎだな、それしかない」
子どもたちは俺を見ている。
「今の音楽は、自分がどうする、とか君が世界で一番の花だとか言ってるよ。偉大性が違うよなぁ」
大爆笑。
「じゃあ、どうして今は神様にお願いするようになったんでしょうか」
亜紀ちゃんが俺に聞いてきた。
「それは、宗教が弱った、ということだ。ニーチェは「神は死んだ」と言ったな」
「どういうことですか?」
皇紀が言う。
「ルーとハーはまだ知らないかもしれないけど、世界史なんかを勉強すれば、中世という時代の後に近代がやってくることを知っているだろう。その中世と近代の違いはなんだ、亜紀ちゃん」
「産業革命でしょうか」
「まあ、10点だな」
俺は笑い、亜紀ちゃんは残念がる。
「それは、今言った宗教なんだよ。中世までは、神を中心とする思想だったんだな。だから人間の行動はすべて宗教によって規定されていた。ガリレオ・ガリレイは知ってるか?」
「地球が丸いって言った人でしょうか」
皇紀が言う。
「まあ、地球が太陽の周りを回っている、と言った人だよ。「地動説」というものだな」
俺は皇紀に指で丸をつくり、「零点」ということを示した。
皇紀は悔しがっている。
「今では地動説は当たり前になっている。でも、ガリレイの当時は教会がすべての上に立っているから。ガリレイの地動説は教会の教えに反するということで、否定された。ガリレイの本は禁書扱いになり、本人は謹慎処分だ。まあ、処分されてもずっと研究は続けたけどな」
子どもたちが笑う。
「とにかく、中世では神様がすべての上。そこから「人間を中心にしよう」という考え方に移行したのが近代、ということだ」
亜紀ちゃんと皇紀は深くうなずく。
「そうすると、大混乱が起きた。何かわかるか?」
亜紀ちゃんも皇紀も悩んでいる。
「何が正しいのか、分からなくなったんだよ」
「「えぇー!」」
「実は人間の正しさ、価値というものは、全部宗教が決めていたんだな。しょうがないよ、何万年も人間はそうやってきたんだから。宗教によってがんじがらめにされてはいたけど、人間はその中で、価値とか善悪を決めて守ってきたんだ」
「そうなんですか」
亜紀ちゃんは驚きを隠せない。
「だから宗教の縛りをなくして、自分たちで好きなようにやろうと考えたら、何が正しくて、間違っているのか分からなくなった。まあ、そういうことで、宗教の形骸だけは残ったんだけどな」
形骸ってなに、と聞くルーとハーに、亜紀ちゃんが教えてやる。
「だけど、もう神は人間の上にはいない。今はもう、宗教というもの自体が時代遅れでまやかし、と考える人間も多い。そういうことで、何かしてくれるなら神社とか教会にも行きますよ、ってものが出来上がったんだよ。これを「ご利益宗教」と言う。まあ、こんなものは宗教でもなんでもねぇけどな」
話している間に、注文の蕎麦が届いた。
「じゃあ、みんないただこう」
「「「「いただきます!」」」」
「お行儀のいいお子さんたちですねぇ」
お店の人が微笑んでいた。
「ご飯をいただくことは、最も重要な感謝すべきことですから」
俺が言うと、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ごゆっくりしていってください」
食事を終え、店を出る時に子どもたちが「ごちそうさまでした」「美味しかったです」と言うと、店の人がみんな出てきて手を振ってくれた。
再び車に乗り込む。
「じゃあ、今日は『十戒』でも観るか」
「えいがー?」
「ああ、そうだ」
子どもたちが喜ぶ。最近は映画鑑賞を本当に楽しみにしてくれて嬉しい。
何軒か、本当に美味い蕎麦を出す店があるのだ。
しかし参拝客で賑わい、大変な混みようで諦め、俺は八王子の蕎麦屋を目指した。
何となく、蕎麦が食べたかったのだ。
店に入り、子どもたちに好きなものを注文させる。
メニューを見て、また一騒ぎだ。
ようやく子どもたちは注文を決め、俺は別途、鮎の塩焼きを全員分、それにテンプラの盛り合わせをお任せで頼んだ。
「さっき、お参りはお願い事をするなって言ったよな」
子どもたちが俺を見る。
「宗教の始まりというのは、すべてそうなんだよ。神様への感謝と褒め称えることしかなかった。これは中世まで、大体そうだったんだな」
「初詣って、みんな一年の無事とか健康をお願いするものだと思っていました」
亜紀ちゃんが言う。
「そうだな。今はみんな、そういうものだと思っている。だけど、実際そんなものは通じるわけがねぇ」
「神様だってきっと、「ふざけんな! 賽銭だけ入れてけ!」って言ってると思うぞ」
みんな笑った。
「ヨハン・セバスチャン・バッハは音楽の父と呼ばれている。バッハは知ってるか?」
みんな知らないと言う。
俺は『マタイ受難曲』の冒頭を歌ってやった。
「バッハがなんで音楽の父なのかと言うと、バッハがバロック音楽を中心に、ヨーロッパの音楽を集大成したからなんだ。つまり、譜面にガンガン残していったのな」
「なるほど」
「でも、当時は電灯なんかねぇ。バッハは夜遅くまで蝋燭の火なんかで毎日やってたんだよ。その薄暗い中でずっとやってたものだから、バッハは失明してしまう。目を酷使し過ぎたんだよな」
「かわいそー」
ハーが言った。
「うん。でもな、バッハはその時に神に感謝したんだ。自分を目が潰れるまで神のための音楽を書かせていただいて、ありがとうございます、ってな」
「はぁー!」
皇紀が感動する。
「バッハは数多くの楽曲を自分でも作曲している。そのすべてが、神への感謝と褒め称える、寿ぎだな、それしかない」
子どもたちは俺を見ている。
「今の音楽は、自分がどうする、とか君が世界で一番の花だとか言ってるよ。偉大性が違うよなぁ」
大爆笑。
「じゃあ、どうして今は神様にお願いするようになったんでしょうか」
亜紀ちゃんが俺に聞いてきた。
「それは、宗教が弱った、ということだ。ニーチェは「神は死んだ」と言ったな」
「どういうことですか?」
皇紀が言う。
「ルーとハーはまだ知らないかもしれないけど、世界史なんかを勉強すれば、中世という時代の後に近代がやってくることを知っているだろう。その中世と近代の違いはなんだ、亜紀ちゃん」
「産業革命でしょうか」
「まあ、10点だな」
俺は笑い、亜紀ちゃんは残念がる。
「それは、今言った宗教なんだよ。中世までは、神を中心とする思想だったんだな。だから人間の行動はすべて宗教によって規定されていた。ガリレオ・ガリレイは知ってるか?」
「地球が丸いって言った人でしょうか」
皇紀が言う。
「まあ、地球が太陽の周りを回っている、と言った人だよ。「地動説」というものだな」
俺は皇紀に指で丸をつくり、「零点」ということを示した。
皇紀は悔しがっている。
「今では地動説は当たり前になっている。でも、ガリレイの当時は教会がすべての上に立っているから。ガリレイの地動説は教会の教えに反するということで、否定された。ガリレイの本は禁書扱いになり、本人は謹慎処分だ。まあ、処分されてもずっと研究は続けたけどな」
子どもたちが笑う。
「とにかく、中世では神様がすべての上。そこから「人間を中心にしよう」という考え方に移行したのが近代、ということだ」
亜紀ちゃんと皇紀は深くうなずく。
「そうすると、大混乱が起きた。何かわかるか?」
亜紀ちゃんも皇紀も悩んでいる。
「何が正しいのか、分からなくなったんだよ」
「「えぇー!」」
「実は人間の正しさ、価値というものは、全部宗教が決めていたんだな。しょうがないよ、何万年も人間はそうやってきたんだから。宗教によってがんじがらめにされてはいたけど、人間はその中で、価値とか善悪を決めて守ってきたんだ」
「そうなんですか」
亜紀ちゃんは驚きを隠せない。
「だから宗教の縛りをなくして、自分たちで好きなようにやろうと考えたら、何が正しくて、間違っているのか分からなくなった。まあ、そういうことで、宗教の形骸だけは残ったんだけどな」
形骸ってなに、と聞くルーとハーに、亜紀ちゃんが教えてやる。
「だけど、もう神は人間の上にはいない。今はもう、宗教というもの自体が時代遅れでまやかし、と考える人間も多い。そういうことで、何かしてくれるなら神社とか教会にも行きますよ、ってものが出来上がったんだよ。これを「ご利益宗教」と言う。まあ、こんなものは宗教でもなんでもねぇけどな」
話している間に、注文の蕎麦が届いた。
「じゃあ、みんないただこう」
「「「「いただきます!」」」」
「お行儀のいいお子さんたちですねぇ」
お店の人が微笑んでいた。
「ご飯をいただくことは、最も重要な感謝すべきことですから」
俺が言うと、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ごゆっくりしていってください」
食事を終え、店を出る時に子どもたちが「ごちそうさまでした」「美味しかったです」と言うと、店の人がみんな出てきて手を振ってくれた。
再び車に乗り込む。
「じゃあ、今日は『十戒』でも観るか」
「えいがー?」
「ああ、そうだ」
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