上 下
81 / 2,840

大晦日

しおりを挟む
 「一江先生! もっと小さく切って!」
 「亜紀ちゃん! そろそろ冷蔵庫から黒豆を出してきてください」
 「大森先生! 先に昆布を上げてください」

 怒号が飛んでいる。

 何のことはねぇ。
 一江は自分が総指揮だの言っていたが、始まってしまえば峰岸の独壇場だった。

 流石に料亭の娘で、一通りの料理は高レベルで習得している。


 峰岸は160センチほどの身長で、スリムな体型をしている。
 食べることが趣味らしいが、仕事が激務なので、なかなか太れないと言っていた。
 長い髪を、普段は団子にまとめている。
 今日は後ろで縛ってポニーテールにしていた。
 なかなかの美人だ。


 うちにも一度来たことがあるが、その時は彼女は料理の出番がなかった。
 ケータリングだったからだ。



 仕込が一段落し、午後三時を回った。
 一旦休憩となった。



 「亜紀ちゃん、疲れたでしょう」
 一江が声をかける。

 自分が余計なことを言ったという責任感からだろうが、亜紀ちゃんは一緒にやって覚えたいと言った。
 「はい、おせち料理って、大変なんですね」



 峰岸が言う。

 「こういうのはね、どこまでも行っちゃうのよ。凝ろうと思えば、本当に大変になるの」
 「なるほど」

 「今回は石神部長の家だから、結構本格的に作ろうとしてるのね。大変だけど、覚えればいろいろな料理にも使えるものだから、頑張ってみるといいよ」
 「はい、頑張ります!」



 俺からの指示は、亜紀ちゃんの家で作っていたものは作ること。

 事前に俺が亜紀ちゃんに、お母さんが作っていたものを聞いて、それは伝えてある。
 まあ、家庭で主婦がやっていたものだから、それほどのものはなかった。
 手間がかかるのは、黒豆くらいか。
 あとは峰岸が中心になってメニューを決めたらしい。

 必要な食材は、俺がすべて用意した。
 それくらいはしなきゃなぁ。



 重箱はうちに無かったので、峰岸が実家から送ってもらってくれた。
 料亭のでかいものが二十。

 俺はそれとは別に、五段の結構いいものを買った。



 門松は、便利屋が愛知の造園でなんとか無理をいって譲ってもらった。
 30日には届けるということで、ギリギリ間に合った

 設置は便利屋に頼む。


 普段は俺の意向で、子どもたちはリヴィングの大きなテーブルで勉強をしている。
 四人で集中してやった結果、全員が学年トップクラスの成績をおさめた。

 双子は同列トップ。皇紀は二位。亜紀ちゃんはトップだった。
 本来小学生は順位を発表しないが、俺が担任の先生にかけあって教えてもらった。





 いいペースで進んでいたので、30日は作業なし。
 31日に、再び作り、夕方には完成した。



 俺は三人に礼を言い、10万ずつ包んで渡した。
 恐縮していたが、無理に受け取らせる。



 元旦に、遊びに来るように言うと

 「いえ、元旦くらいは家族でゆっくりしてください」
 と一江に言われる。

 確かにその通りなのだが
 「元旦を過ぎると、おせちはもうねぇぞ、きっと」



 うちの子たちの食欲を知らねぇからなぁ。
 では、元旦に、ということになった。











 大晦日に、俺は響子の体調を確認の上で家に連れてきた。
 六花も一緒だ。

 アメリカでは祝いをすることはあっても、日本のように特別な認識はない。
 響子もいつも通りでも良かったのだが、折角日本にいるのだから、日本的な行事に触れさせるのもいいだろうと思ったのだ。



 響子は少しずつ体力を取り戻していった。
 まだまだ普通の生活はできないが、起きている時間が少し増えた。



 夕飯はベーコン巻きハンバーグとリゾットを作る。
 子どもたちは双子が300グラム、皇紀と亜紀ちゃんは500グラム。

 これはうちでは少なめだ。リゾットも驚くほどには作らない。
 響子は50グラムだ。ベーコンは巻かない。代わりに湯葉を巻いた。



 「食べられそうなら、でいいからな」
 響子はうなずく。

 響子はハンバーグを半分食べ、リゾットを小さなカップソーサーで完食した。



 六花は500グラムのハンバーグを食べ、リゾットもお代わりする。

 「石神先生、こんな美味しいものは食べたことがありません!」
 「お前、この後蕎麦も茹でるんだから、食べ過ぎるなよ」

 「はい!」



 「亜紀ちゃん、おせち作りはどうだったよ」
 俺は少し疲れの見える亜紀ちゃんに声をかける。

 「思った以上に大変でした。でも、なんとか間に合って、今は嬉しい思いで一杯です」
 「そうか」

 亜紀ちゃんは妹たちから、がんばったね、すごいよね、と声をかけられ、嬉しそうだった。

















 街は静かで、ここは温かい。

 俺は久しぶりに、日本の年末を味わっていた。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...