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CNN
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その日、院長室は異様な緊張感で包まれていた。
CNNのクルーはライティングの調整に大声で指示が飛んでいる。
その前で、インタビュアーの50代のアメリカ人が、石神や他に呼ばれた病院のスタッフたちと、簡単な挨拶と打ち合わせをしていた。
打ち合わせでは、インタビューのおおまかな流れと方向性が示された。
それは、石神たちに答えの方向性を示すようなものだった。
「よく分かりました。今日は宜しくお願いします」
「ああ、流石に一流のドクターは理解が早くて助かります。このインタビューは本土で全国ネットで放映されます。ドクター石神は、一夜にしてアメリカ最高の有名人になりますよ!」
「過分なことです」
簡単なカメラテストの後、本番が始まった。
インタビュアーはまず自分の紹介をし、その後で石神の経歴、そして今回の長時間手術の快挙を説明する。
「早速ですがドクター・イシガミ、あなたはどうして誰もが見放していた少女の手術をしようと思ったのですか?」
「それは、患者がそこにいたからです」
インタビューの前提として、響子の名前は伏せることになっていた。
「どういうことでしょう?」
「私は医者です。目の前に苦しむ患者がいたら、手を差し伸べるのは当然です」
インタビュアーは、最初から石神が好意的に取材に協力してくれることにほくそ笑んでいた。
この報道は問題なく終わり、一層効果的な編集の上で、多くの視聴者を獲得してくれるだろう。そして自分の名前をまた高めることになるのだ。
「少女の状態は、どのようなものだったのでしょうか」
石神は、個人情報に関わる言い回しを避け、一般人にイメージしやすい見事な解説をしてくれた。
「それでは、少女はもう助からない、と」
「そうです。でも、私はそう思いませんでした」
いいストーリーだ。手に汗を握る展開から、感動の結末へ。
これほど視聴者を引き込むストーリーはない。
「ドクター・イシガミを、そこまで動かした理由はなんでしょうか?」
「尊敬する人物がいるからです」
「ああ、それを是非教えてください」
「その人物は、アドルフ・ヒットラーです」
蓼科や同席していた一江、花岡が一斉に顔に手を当てた。
「え、なんと?」
インタビュアーは、思わず聞き返してしまった。動揺のあまり、定番の対策が取れなかった。
「アドルフ・ヒットラーですよ、知ってるでしょう? 私はあのドイツ第三帝国総統であった、ヒットラーに心酔しているのです」
「どういうことですか?」
インタビュアーは、自分が喰いついてしまった失策を、最小限の被害で抑えようと必死に考えていた。
「「やる」と言ったことを必ずやった、という点です。『我が闘争』(Mein Kampf)は、ヒットラーが獄中で書いた、政治家としての宣言書です。まあ、今の人は嫌うような内容もありますが、重要なことはその全てを実現したことです」
やめろ、それ以上話すな!
「今の日本の政治家の二枚舌とは違いますねぇ。アメリカでも、あれほどの有言実行の政治家は少ないんじゃないですか?」
「さあ、どうでしょうか」
もうダメだ。こいつは叛乱を起こしやがった。お前がその気なら、俺も戦争をしようじゃないか。
「次に、どうしてもお聞きしたいことがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「ドクター・イシガミは、自分の手で救った少女と非常に親しくなったと聞きました」
一江が飛び出そうとするのを、蓼科は事前に察知していたかのように止めた。
「ええ、その通りです」
「ですが私の取材では、少々常軌を逸していると。バスルームで戯れたり、一晩同じベッドで寝たりというのは、どういうことでしょうか?」
言い方が既に方向性を示していた。
インタビュアーは石神を社会的に抹殺する死刑執行人となった。
「ああ、そのことですか。ケアが必要な患者を介護し、精神的に不安定な状態を緩和することに、何か問題がありますか? 私は縫合の経過などを直接確認し、寝ている間の容態の変化を心配していただけです。どうもそちらの情報は非常に恣意的な解釈のもののようですね」
治療行為という範疇では、素人であるインタビュアーは自分が勝てないことを悟った。
こいつは死刑宣告を美談に摩り替えてしまう。
四六時中、少女のことを心配し、寝食を忘れて尽力する人格者だとでも言うのか。
「そういうことだったのですね。それでは、ドクター・イシガミは少女とは医師と患者以上の関係性はないと」
「当然ですよ」
「こちらの情報に誤りがあったようです。謝罪します。それでもちろん、今度も発展することはあり得ないということですよね?」
「その通りです」
その後も幾つかの質問・回答があったが、無事インタビューは終了した。
インタビューが終わると、男は一切口もきかずに帰っていった。
「ぶちょー! 心臓が止まるかとおもいましたよ!!」
一江が猛然と抗議してくる。
「なんだよ、お前は関係ねぇだろう」
「なんてこと言うんですか。あの後私や花岡さんのインタビューの予定もあったのに。部長のせいで台無しじゃないですか!」
「え、お前インタビューを受けたかったの?」
「当たり前です。もしもアメリカで名が売れたら、こんなブラックな病院をやめて、向こうでセレブになるんです」
「一江、お前ちょっと来い」
院長が呼んだ。
舌を出してからしまい、一江は向かった。
「石神くん、あれで良かったの?」
花岡さんがそう言ってくる。
「何か問題がありましたか?」
「もう。でも石神くんがいいのなら、私もそれでいい」
「今日はいつにも増して優しいですね」
花岡さんは頬を膨らませて睨んだ。
さあ、宣戦布告は終わった。
ロックハート家よ、どうする?
CNNのクルーはライティングの調整に大声で指示が飛んでいる。
その前で、インタビュアーの50代のアメリカ人が、石神や他に呼ばれた病院のスタッフたちと、簡単な挨拶と打ち合わせをしていた。
打ち合わせでは、インタビューのおおまかな流れと方向性が示された。
それは、石神たちに答えの方向性を示すようなものだった。
「よく分かりました。今日は宜しくお願いします」
「ああ、流石に一流のドクターは理解が早くて助かります。このインタビューは本土で全国ネットで放映されます。ドクター石神は、一夜にしてアメリカ最高の有名人になりますよ!」
「過分なことです」
簡単なカメラテストの後、本番が始まった。
インタビュアーはまず自分の紹介をし、その後で石神の経歴、そして今回の長時間手術の快挙を説明する。
「早速ですがドクター・イシガミ、あなたはどうして誰もが見放していた少女の手術をしようと思ったのですか?」
「それは、患者がそこにいたからです」
インタビューの前提として、響子の名前は伏せることになっていた。
「どういうことでしょう?」
「私は医者です。目の前に苦しむ患者がいたら、手を差し伸べるのは当然です」
インタビュアーは、最初から石神が好意的に取材に協力してくれることにほくそ笑んでいた。
この報道は問題なく終わり、一層効果的な編集の上で、多くの視聴者を獲得してくれるだろう。そして自分の名前をまた高めることになるのだ。
「少女の状態は、どのようなものだったのでしょうか」
石神は、個人情報に関わる言い回しを避け、一般人にイメージしやすい見事な解説をしてくれた。
「それでは、少女はもう助からない、と」
「そうです。でも、私はそう思いませんでした」
いいストーリーだ。手に汗を握る展開から、感動の結末へ。
これほど視聴者を引き込むストーリーはない。
「ドクター・イシガミを、そこまで動かした理由はなんでしょうか?」
「尊敬する人物がいるからです」
「ああ、それを是非教えてください」
「その人物は、アドルフ・ヒットラーです」
蓼科や同席していた一江、花岡が一斉に顔に手を当てた。
「え、なんと?」
インタビュアーは、思わず聞き返してしまった。動揺のあまり、定番の対策が取れなかった。
「アドルフ・ヒットラーですよ、知ってるでしょう? 私はあのドイツ第三帝国総統であった、ヒットラーに心酔しているのです」
「どういうことですか?」
インタビュアーは、自分が喰いついてしまった失策を、最小限の被害で抑えようと必死に考えていた。
「「やる」と言ったことを必ずやった、という点です。『我が闘争』(Mein Kampf)は、ヒットラーが獄中で書いた、政治家としての宣言書です。まあ、今の人は嫌うような内容もありますが、重要なことはその全てを実現したことです」
やめろ、それ以上話すな!
「今の日本の政治家の二枚舌とは違いますねぇ。アメリカでも、あれほどの有言実行の政治家は少ないんじゃないですか?」
「さあ、どうでしょうか」
もうダメだ。こいつは叛乱を起こしやがった。お前がその気なら、俺も戦争をしようじゃないか。
「次に、どうしてもお聞きしたいことがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「ドクター・イシガミは、自分の手で救った少女と非常に親しくなったと聞きました」
一江が飛び出そうとするのを、蓼科は事前に察知していたかのように止めた。
「ええ、その通りです」
「ですが私の取材では、少々常軌を逸していると。バスルームで戯れたり、一晩同じベッドで寝たりというのは、どういうことでしょうか?」
言い方が既に方向性を示していた。
インタビュアーは石神を社会的に抹殺する死刑執行人となった。
「ああ、そのことですか。ケアが必要な患者を介護し、精神的に不安定な状態を緩和することに、何か問題がありますか? 私は縫合の経過などを直接確認し、寝ている間の容態の変化を心配していただけです。どうもそちらの情報は非常に恣意的な解釈のもののようですね」
治療行為という範疇では、素人であるインタビュアーは自分が勝てないことを悟った。
こいつは死刑宣告を美談に摩り替えてしまう。
四六時中、少女のことを心配し、寝食を忘れて尽力する人格者だとでも言うのか。
「そういうことだったのですね。それでは、ドクター・イシガミは少女とは医師と患者以上の関係性はないと」
「当然ですよ」
「こちらの情報に誤りがあったようです。謝罪します。それでもちろん、今度も発展することはあり得ないということですよね?」
「その通りです」
その後も幾つかの質問・回答があったが、無事インタビューは終了した。
インタビューが終わると、男は一切口もきかずに帰っていった。
「ぶちょー! 心臓が止まるかとおもいましたよ!!」
一江が猛然と抗議してくる。
「なんだよ、お前は関係ねぇだろう」
「なんてこと言うんですか。あの後私や花岡さんのインタビューの予定もあったのに。部長のせいで台無しじゃないですか!」
「え、お前インタビューを受けたかったの?」
「当たり前です。もしもアメリカで名が売れたら、こんなブラックな病院をやめて、向こうでセレブになるんです」
「一江、お前ちょっと来い」
院長が呼んだ。
舌を出してからしまい、一江は向かった。
「石神くん、あれで良かったの?」
花岡さんがそう言ってくる。
「何か問題がありましたか?」
「もう。でも石神くんがいいのなら、私もそれでいい」
「今日はいつにも増して優しいですね」
花岡さんは頬を膨らませて睨んだ。
さあ、宣戦布告は終わった。
ロックハート家よ、どうする?
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