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ロックハート響子 Ⅱ
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日曜日、俺は愛車フェラーリ・スパイダーに乗って病院へ向かった。
響子を迎えるためだ。
驚くことに、ロックハート参事官が大使を連れて待っていた。
院長が休みでいないので、たまたまいた第二外科兼ハーゲンダッテの○○が応対していた。
「石神先生! 遅いじゃないかぁ!」
いや、別に時間通りなんだが。
お前なんかに関係ないんだが。
俺は無視して大使と参事官に挨拶をする。
「いやぁ、やっぱり心配になっちゃってね。ほら、なにしろ初めてのオトマリデートだろ?」
どこでそんな言葉を覚えやがった。
アビーの孫もついに大人の階段を、とか、いや、まだまだ俺の目の黒いうちは、などと言い合って盛り上がっている二人のジジィを置いておく。
「では、お嬢さんを連れてきます。失礼」
俺は裏手の救急搬送口から中へ入り、小児病棟へ向かった。
するとずい分手前で響子がナースと待っていた。
「待ち切れなくて……」
「そうよねぇー、今日は楽しみだったんだもんねぇー」
ナースに言われて、響子は恥ずかしそうにうつむく。
「じゃあ行こうか。あっちで俺の子どもたちも楽しみに待ってるから」
「タカトラが一緒にいてくれればいい」
カワイイ。
駐車場までの間、ナースたちがあちこちで待ち構えていて、俺たちをみてキャーキャー言っていた。
「行ってらっしゃい!」
「楽しんできてねぇー!」
「がんばってねぇー!」
うつむいたまま歩く響子は、声がかかる度に小さく手を振った。
駐車場に戻ると、まだジジィ共が騒いでいる。
「おい、アビー、これがあいつのマシンか?」
「そうだ、黄色猿のもんだ」
「真っ赤じゃないか!」
「黄色猿が生意気な!」
「モンスターじゃないか!」
「V8に捧げよ!」
マッドマックスか。
一応言っておくが、ロックハート参事官は別に人種差別主義者ではない。
俺が黄色い猿と揶揄って言ったので、ジョークのつもりで今も言っているだけだ。
今のアメリカ社会で人種差別は最大のタブーだ。
まあ、そのために欧米は国を亡ぼしかけている。
俺は二人を半ば無視して助手席に響子を座らせた。
俺が空ぶかしをすると、二人のジジィが飛びのく。
窓を開けて手を振りながら、俺たちは出発した。
「ねぇ、これタカトラの車?」
以前、俺がタカでいいと言ったら、タカトラの全部を言いたいのだと断られた。
「そうだよ。驚いたか?」
「うん。でもお祖父ちゃんが、車はキャデラックかヴァイパーが最高だって言ってた」
「アハハハ」
ヴァイパーは俺も好きだ。
ポール・ニューマンをして「自分にも難しいモンスター」と言わしめた車だ。
しかし、いかんせん古すぎる。
ヴァイパーのパワーは大したものだが、その後に発展したエンジンには遠く及ばない。
まあ、ガソリンをがぶ飲みするのはこのフェラーリとは変わらないが。
「リッター、どれくらい走りますか?」
そんなことを聞きたい奴は、フェラーリには乗れない。
ガブガブとガソリンを喰らい、地球温暖化に多大な貢献をするのが、このフェラーリなのだ。
15分ほどで、俺の家に着く。
ちょっと怖がるかと思ったら、響子は平気だった。
後に、自家用ジェットで移動する一族だと知った。
玄関で待っていた子どもたちに、それぞれ自己紹介させる。
響子も
「ロックハート響子です、今日は宜しくお願いします」
きちんと挨拶していた。育ちがいいのだ。
早速、瑠璃と玻璃が響子の手を引いて案内する。
応接間ではなく、最初からリヴィングだ。
響子は俺の家に驚くこともなかった。
きっとアメリカの自宅は、もっと豪勢なんだろう。
俺が朝から作っていた料理を、亜紀ちゃんと双子がテーブルに並べていく。
響子に座ってもらい、皇紀に相手をさせる。
しかし、調理場から俺が戻ると、響子は話の途中の皇紀を無視して、俺にしがみついてきた。
まるで、今日はそのために来たのだと言わんばかりに。
食事はいつも以上ににぎやかだった。
双子は響子のかわいらしさを絶賛していた。
「きれいね」「かわいいね」
拙い表現で言い続ける。
俺はロックハート参事官と「響子ちゃんのベスト20」を決めた話をしてやった。
亜紀ちゃんも皇紀も大笑いする。
響子は、笑ったり恥ずかしがったりした。
昼食を終え、俺は一緒にいたがる双子を制して、地下の音響ルームに響子を誘う。
まだ体力のない響子を休ませるためだ。
クラシックが好きだという響子のために、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』を静かな音量で流してやる。
ソファに横たわらせ、薄い毛布をかけてやると、やがて響子は幸せそうに眠った。
「ずっと傍にいて」
そう言って、俺のセーターの裾を小さな手で掴んだ。
響子は、薄い空色の瞳をそっと閉じた。
二時間ほど眠り、響子は目覚めた。
俺が枕元にいることを確認して、ちょっと赤くなった。
「よく眠れたか?」
俺が聞くと小さくうなずく。
「ちょっとなんか観るか」
俺はそう言って、『トムとジェリー』の短編を流した。
響子は楽しく笑ってそれを観た。
響子は、ずっと俺に身体を預け、できるだけくっつけようとしていた。
響子を迎えるためだ。
驚くことに、ロックハート参事官が大使を連れて待っていた。
院長が休みでいないので、たまたまいた第二外科兼ハーゲンダッテの○○が応対していた。
「石神先生! 遅いじゃないかぁ!」
いや、別に時間通りなんだが。
お前なんかに関係ないんだが。
俺は無視して大使と参事官に挨拶をする。
「いやぁ、やっぱり心配になっちゃってね。ほら、なにしろ初めてのオトマリデートだろ?」
どこでそんな言葉を覚えやがった。
アビーの孫もついに大人の階段を、とか、いや、まだまだ俺の目の黒いうちは、などと言い合って盛り上がっている二人のジジィを置いておく。
「では、お嬢さんを連れてきます。失礼」
俺は裏手の救急搬送口から中へ入り、小児病棟へ向かった。
するとずい分手前で響子がナースと待っていた。
「待ち切れなくて……」
「そうよねぇー、今日は楽しみだったんだもんねぇー」
ナースに言われて、響子は恥ずかしそうにうつむく。
「じゃあ行こうか。あっちで俺の子どもたちも楽しみに待ってるから」
「タカトラが一緒にいてくれればいい」
カワイイ。
駐車場までの間、ナースたちがあちこちで待ち構えていて、俺たちをみてキャーキャー言っていた。
「行ってらっしゃい!」
「楽しんできてねぇー!」
「がんばってねぇー!」
うつむいたまま歩く響子は、声がかかる度に小さく手を振った。
駐車場に戻ると、まだジジィ共が騒いでいる。
「おい、アビー、これがあいつのマシンか?」
「そうだ、黄色猿のもんだ」
「真っ赤じゃないか!」
「黄色猿が生意気な!」
「モンスターじゃないか!」
「V8に捧げよ!」
マッドマックスか。
一応言っておくが、ロックハート参事官は別に人種差別主義者ではない。
俺が黄色い猿と揶揄って言ったので、ジョークのつもりで今も言っているだけだ。
今のアメリカ社会で人種差別は最大のタブーだ。
まあ、そのために欧米は国を亡ぼしかけている。
俺は二人を半ば無視して助手席に響子を座らせた。
俺が空ぶかしをすると、二人のジジィが飛びのく。
窓を開けて手を振りながら、俺たちは出発した。
「ねぇ、これタカトラの車?」
以前、俺がタカでいいと言ったら、タカトラの全部を言いたいのだと断られた。
「そうだよ。驚いたか?」
「うん。でもお祖父ちゃんが、車はキャデラックかヴァイパーが最高だって言ってた」
「アハハハ」
ヴァイパーは俺も好きだ。
ポール・ニューマンをして「自分にも難しいモンスター」と言わしめた車だ。
しかし、いかんせん古すぎる。
ヴァイパーのパワーは大したものだが、その後に発展したエンジンには遠く及ばない。
まあ、ガソリンをがぶ飲みするのはこのフェラーリとは変わらないが。
「リッター、どれくらい走りますか?」
そんなことを聞きたい奴は、フェラーリには乗れない。
ガブガブとガソリンを喰らい、地球温暖化に多大な貢献をするのが、このフェラーリなのだ。
15分ほどで、俺の家に着く。
ちょっと怖がるかと思ったら、響子は平気だった。
後に、自家用ジェットで移動する一族だと知った。
玄関で待っていた子どもたちに、それぞれ自己紹介させる。
響子も
「ロックハート響子です、今日は宜しくお願いします」
きちんと挨拶していた。育ちがいいのだ。
早速、瑠璃と玻璃が響子の手を引いて案内する。
応接間ではなく、最初からリヴィングだ。
響子は俺の家に驚くこともなかった。
きっとアメリカの自宅は、もっと豪勢なんだろう。
俺が朝から作っていた料理を、亜紀ちゃんと双子がテーブルに並べていく。
響子に座ってもらい、皇紀に相手をさせる。
しかし、調理場から俺が戻ると、響子は話の途中の皇紀を無視して、俺にしがみついてきた。
まるで、今日はそのために来たのだと言わんばかりに。
食事はいつも以上ににぎやかだった。
双子は響子のかわいらしさを絶賛していた。
「きれいね」「かわいいね」
拙い表現で言い続ける。
俺はロックハート参事官と「響子ちゃんのベスト20」を決めた話をしてやった。
亜紀ちゃんも皇紀も大笑いする。
響子は、笑ったり恥ずかしがったりした。
昼食を終え、俺は一緒にいたがる双子を制して、地下の音響ルームに響子を誘う。
まだ体力のない響子を休ませるためだ。
クラシックが好きだという響子のために、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』を静かな音量で流してやる。
ソファに横たわらせ、薄い毛布をかけてやると、やがて響子は幸せそうに眠った。
「ずっと傍にいて」
そう言って、俺のセーターの裾を小さな手で掴んだ。
響子は、薄い空色の瞳をそっと閉じた。
二時間ほど眠り、響子は目覚めた。
俺が枕元にいることを確認して、ちょっと赤くなった。
「よく眠れたか?」
俺が聞くと小さくうなずく。
「ちょっとなんか観るか」
俺はそう言って、『トムとジェリー』の短編を流した。
響子は楽しく笑ってそれを観た。
響子は、ずっと俺に身体を預け、できるだけくっつけようとしていた。
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