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別荘

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 東名、関越、そして上越自動車道と高速を順調に進み、途中のパーキングエリアで休憩をはさみながら、俺たちは無事に別荘に着いた。

 8LDKの建物に、都内の本宅以上の庭がついている。
 ちょっと高台のほとんど山の中に建つ建物だ。
 周囲は明るい林で、少し歩くと湖がある。
 毎年、夏の休暇と、時には年末年始をここで過ごしていた。
 近所の知り合いの老夫婦に管理人を頼んでいて、水道回りと簡単な清掃を時々してもらっている。
 おととい連絡して、子どもたちを引き取った経緯を簡単に話しておいた。
 ずい分と驚かれたが、とても喜んでくれて、滞在中の食品などを届けると言ってくれた。

 別荘に車を入れていると、管理をお願いしている中山夫妻が来た。
 「ああ、中山さん、どうもこの度は急にすいませんでした」
 老夫婦が大きな荷物を持って来てくれた。食料品を買ってきてくれたのだ。道路に車が停めてある。

 「お久しぶりです、先生。この度はおめでとうございます」
 この老夫婦は俺が独身であることにいつも気を遣ってくれていた。
 だから家族ができたと聞いて、本当に喜んでくれたのだ。

 鍵を受け取り、全員で中へ入った。
 子どもたちを老夫婦に紹介する。
 「あ、お茶をいれてきますね」
 亜紀ちゃんがそう言ったが、勝手が分からないだろうから俺が淹れた。

 「私たちは先生にずい分とお世話になったんですよ。脊椎をダメにした息子が先生の病院へ転院してねぇ」
 うちの病院は脳神経外科の方面で知られている。その分野で日本最高と言ってもいい。
 だから全国から患者が来る。
 中山健吾という患者がうちに来たのは、地元の総合病院では手が出せないという難しい症状だったからだ。
 山登りが好きな男性で、その最中に落石事故で脊椎を損傷した。
 一命は取り留めたのだが、下半身が動かなかった。
 車椅子生活になるはずだったが、本人は納得しようとはしなかった。
 その上、毎日一定時間、ものすごい激痛に襲われ、まっとうな社会生活が送れなくなっていた。
 うちの病院へ来たときには、全身がひどく衰弱し、慢性的な睡眠不足と栄養失調で下手をすると死にかけていた。
 鎮痛剤もほとんど効果がなく、強い麻薬を使用しなければならない。
 下半身切除が真面目に候補に挙がっていたほどだ。
 俺が第一執刀医になり、40時間にも及ぶ大手術を担当した。
 奇跡的に粉砕された骨片を取り除くことができ、神経がつながり、彼は半年後には自力で歩行するまでになった。
 奇跡だったのだから、俺のせいではない、と何度も説明したが、この中山夫妻は俺にずっと感謝し続けた。

 息子の健吾氏以上に俺に何かお礼をと言い続けて、実際困った。
 全財産を俺に譲ると言い出したんで、院長と一緒に説得に苦労した。
 俺がここに別荘を建てたのは、実は理由の半分は中山夫妻のためだ。
 世話をしてもらうということで半ば納得してもらった経緯もある。
 まあ、俺が都会を離れてのんびりしたいという理由ももちろんあるが。
 息子の健吾氏は、その後衆議院議員になった。
 何かとうちに届け物をしてくれるのだが、やはり血筋か。
 冷蔵庫を開けると、いつものように中山夫妻が大量の食材を入れてくれていた。
 支払おうとしても、一切受け取らない。
 だから俺は土産を渡し、お帰り頂いた。
 葉巻やスカーフなどだが、中山夫妻は恐縮して受け取ってくれた。
 
 各自の部屋を割り振るが、ベッドは3部屋しかなく、亜紀ちゃんは双子と一緒のベッドに寝てもらう。
 まあダブルサイズだから何とかなるだろう。
 一応布団もあるから、狭かったらそれを使うか。
 テレビやオーディオ装置、それに書棚が幾つかあるだけで、基本的に何もない。
 もちろんキッチンや冷蔵庫などは備わっているし、各部屋にはエアコンもある。
 ただ、ここは標高が高いので、大分涼しい。
 一階に亜紀ちゃんたちの部屋。二階に俺と皇紀の部屋になる。
 風呂は一階、広めの応接室が二階にある。
 その他は使っていない部屋だ。
 一階には庭へ続く広いテラスがあり、バーベキューなども出来る。

 この建物には二つの特徴があり、一つは二階の応接室だ。
 二十畳のその部屋はジグザグにしつらえた大きなガラスの作り窓があり、外からも窓越しに300号の絵画が見える。
 知り合いの画家に描いてもらった、西洋騎士の絵だ。
 黒い馬に乗った甲冑の騎士が、巨大な馬上槍を手に疾走するというものだ。
 全体的に青を基調としている。
 もう一つは屋上にある。
 二階の長い廊下の両端から屋上へ続く階段がある。
 そちらは夜になってからだ。

 マグロやヒラメなどの柵があったので、それを切り分ける。
 でかい焼き物の皿があるので、それに亜紀ちゃんが盛り付けていく。
 俺が横からちょっと盛り付けを手伝ってやると、頭の良い亜紀ちゃんはすぐに会得して綺麗な刺身の盛り合わせの皿になった。
 亜紀ちゃんにはサラダを作ってもらい、俺はすまし汁と肉野菜炒めを作る。
 簡単だが、夕食を作り終え、その後は周囲を案内しながら夜の散歩へ出掛けた。

 夜に出歩くことが滅多にない子どもたちのテンションは高い。
 特に双子は手をつないでいないと吹っ飛んで行く。
 二人は俺の両側でニコニコしていた。
 俺は皇紀に前を歩くように言った。
 皇紀の尻を軽く蹴る。
 「なんでぇー!」
 三人がクスクス笑った。

 湖まで来た。
 ゆっくり歩いて三十分程度か。
 静かな湖面に月が映って美しい。
 「いいですねぇ」
 亜紀ちゃんが言い、皇紀は無言で見つめている。
 双子も俺の手を握りながらおとなしく見ていた。
 
 「じゃあ、泳ぐか!」
 俺が言うと、皇紀が立札を指さした。

 《遊泳禁止》

 「てめぇ、つまらんものを見つけやがって」
 みんな笑った。
 「何でダメなんですかね」
 亜紀ちゃんが言う。
 「あー、ピラニアとか?」
 「えぇー!」
 「でもお前らなら大丈夫だよ」
 「どうしてですか?」
 「一人3キロ松坂牛を喰うからな!」
 「「「「アハハハハハハ!」」」」
 「ピラニアがゴメンナサイって言ってるぞ」
 みんな笑った。

 「皇紀、お前ならちょっと齧られてもいいだろう。入ってみろ」
 「嫌ですよー!」


 子どもたちを引き取ると言った時、咲子さんから聞いた。
 「亜紀ちゃんは親戚中を回って、引き取って欲しいと頼んでたんですよ」
 「そうでしたか」
 「皇紀ちゃんもね、同じだったんです」

 《僕はどこにやられてもいいです。ですから、どうかお姉ちゃんと瑠璃と玻璃は、一緒に暮らせるようにしてください!》

 親戚たちに、区の職員に、皇紀は必死に頼んで回っていたらしい。
 「皇紀ちゃんはおとなしい性格ですが、本当に優しい子なんです」
 その通りだろう。

 俺に、俺は皇紀が幼い頃に双子を守ったことを知っている。
 自分のためにする全てのことに価値は無く、自分以外のためにする全てのことは尊い。
 力足りずに達成できなくとも、それはすべからく尊いのだ。




俺は皇紀を抱き寄せ、頭を撫でてやった。
「じゃあ、一緒に入るか!」
「絶対やめて下さい!」
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