上 下
15 / 2,806

焼肉悪魔

しおりを挟む
 軽く旅行の準備をした。
 子どもたちのための服を買い揃えに伊勢丹へ行った。
 伊勢丹での買い物はそれなりに大変だった。
 皇紀は比較して早めに自分の服を決め、俺が選んだものも別に不服なく受け入れた。
 亜紀ちゃんはちょっと遠慮しがちで、逆にそういう部分で時間がかかった。
 問題は双子で、予想以上に自己主張がはっきりしている。
 ガーリーなタイプの服が好みのようだが、俺がもっと落ち着いたものや清楚なものも選ぼうとすると、真っ向から反発してくる。
 亜紀ちゃんが困り果てて言うことを聞くように諭すのだが、俺がそれを止めて遠慮なく選べと言ったものだから、結構な時間を費やした。
 最終的には家長権限ということで、俺の選んだものも数点ずつ入れて買い物を終えた。

 折角なので、外で食事をすることにした。
 よく行く、焼肉店を予約していた。
 山中家では焼肉は家でのホットプレートでしかやったことがないらしい。
 奥さんが焼いて、みんなに配って行く。
 だから目の前のコンロで自分で肉を乗せて焼くというのは初体験だったようだ。
 大ガード近くのその焼肉店は、俺が肉好きな友人とよく利用している店だ。
 高級焼肉店で、よくあるチェーン店とは違う。
 子どもが騒ぐとうるさいだろうと、個室を用意したが、大正解だった。
 まあ、大皿に乗った肉が運ばれるたびに双子が大興奮で、自分で焼くのだと知るとテンションはマックスになる。

 「いいか、自分でこのハサミで肉をのせる。いい具合になったら、また自分でとってタレを入れた取り皿に入れて食べる。分かったか?」
 自分で、というのが焼肉の醍醐味なわけだが、そもそも自分で調理して食べるという経験がないから楽しくてしょうがないらしい。
 焼きすぎただの、焦げただの、生だっただの、大騒ぎで夢中で食べる。
 皇紀は妹たちのために面倒を見ていた。
 亜紀ちゃんは自分の「焼き」に集中している。獲物を狙う肉食獣のようだ。
 焼肉というのは、ツボにはまったらしい。
 皇紀は失敗しないように妹たちにアドバイスをするのだが、「うるさい!」と怒られる。

 「おい、少なくなってきたけど、食べたい肉はあるか?」
 俺はこれまで頼んだ特上ロースだのカルビだのを説明しながら、メニューを広げて見せてやる。
 みんな真剣な顔でメニューを見る。
 「ハツってなに?」
 玻璃が聞いた。
 「心臓のことだな。こういうのは経験だ。気になったのなら食べてみろよ」
 俺は基本的に内臓は好まない。だからロースやカルビが中心になる。
 「あの、タカさん……」
 亜紀ちゃんがおずおずと言う。
 「なんだ?」
 「メニューに「松坂牛」とあるのですが……」
 「ああ、あるな」
 「それはあの「松坂牛」のことでしょうか?」
 「そう書いてあるだろう。注文するか?」

 すると亜紀ちゃんは両手を振った。
 「いいえ、聞いただけです。昔、一度だけ父が買ってきたことがありまして。当時は私が10歳で、皇紀も妹たちも幼くて食べませんでした」
 「ほう」
 「母がいかに高い肉なのか強調してました。実際食べたら本当に美味しくて」
 「じゃあ、みんなで食べてみよう」
 「いいえ、いいえ、ここにある値段を見たら、本当にとんでもなく高いものですから……」
 ステーキ3万円、スライスは1万円だ。
 確かに高い。
 俺はステーキを3枚、切り身を3皿頼んだ。亜紀ちゃんは困った顔をしている。
 「おい、瑠璃と玻璃。お姉ちゃんがみんなに食べてもらいたいって、これから松坂牛が来るからな」
 「「へぇー」」
 「まあ、好みだけど、美味しかったら幾らでも注文していいからな」
 「「はーい!」
 「ちょっと、あなたたち!」
 
 松坂牛の味にみんな感動していた。
 「美味かったか! じゃあ、好きなだけ喰え!」
 俺はトイレに席を外した。
 戻ると、松坂牛は全てなくなっていた。
 流石にもう食べられないだろう。
 俺は最後にテールスープを頼もうと思った。
 丁度店員が部屋に入って来る。

 何人も入って来る。
 みんな、でかい皿を持っていた。
 松坂牛だった。

 「……」

 俺はテールスープを注文しなかった。
 遠慮なく注文されていた。
 支払いは90万円だった。
 端数は店の人が好意で切り捨ててくれた。
 
 「前に力士の人たちがいらっしゃいましたが、ここまで召し上がりませんでしたねぇ」
 「……」

 帰りのハマーの中で、子どもたちは焼肉の美味さを語り合っていた。

 「おい、肉バカ」
 「「「「ギャハハハハハ!」」」」

 悪魔たちが笑っていた。


 翌日、荷物をハマーに積み込み、別荘へ向かった。
 場所は長野の山間部だ。
 子どもたちはワイワイと騒いでいる。
 俺はそれを見て嬉しかった。

 本当に嬉しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...