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買い物へ行こう!

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 何時に、と決めていなかったことを思い出しながら、俺は朝食の支度をしていた。
 始めて間もなく、咲子さんと亜紀ちゃんが起きてきた。
 
 「おはようございます、お手伝いさせてください」
 「私もお願いします」
 「おはよう。よく眠れたかな?」
 「はい、ぐっすり寝ました!」

 簡単なものだから、手伝いも必要ないのだが、折角なのでお願いする。
 咲子さんはさすがに主婦だから、手馴れた様子で俺の作るものを察して味噌汁を作りだした。
 調味料の場所さえ伝えればお任せして大丈夫だろう。

 亜紀ちゃんにはレタスをちぎってもらう。
 俺はベーコンエッグを焼き始める。まあ、これで全部だ。
 「冷蔵庫を見てもいいですか?」
 すぐに自分の作業を終えた亜紀ちゃんが、そう聞いてくる。
 「ああ、もう自分たちの家なんだから、どんどん見て把握もしていってくれ」
 二つの巨大な冷蔵庫に一瞬躊躇した亜紀ちゃんは、中を見てまた驚いていた。
 「あんまり多すぎて把握できません!」
 「石神家は泣き言は許さん」
 「えぇー!」

 亜紀ちゃんの叫びに、咲子さんもつられて冷蔵庫を覗く。
 「ああ、ここもなのねぇ…」
 四人も食べ盛りが来ると思って、俺は巨大な冷蔵庫二つに結構な食材を買い込んでいた。
 特に冷凍室は満杯だ。量としては、ちょっとした居酒屋が賄えるのではないか。

 「ウインナーを使ってもいいですか?」
 亜紀ちゃんは俺に聞いてきた。
 「ああ、いいよ。何でも好きに使ってくれ」
 「妹たちがウインナーが大好きなんですよ」

 「そうなのか。分かった。ウインナーは今後絶やさないようにしよう」
 「うふふ」
 亜紀ちゃんが嬉しそうに笑った。

 昨晩の夕食を見た限り、子どもたちに好き嫌いはあまりないようだ。
 双子も全部残さず食べていた。

 「そういえば、みんなの好き嫌いを聞いていなかったけど、どうなのかな。特に苦手なものがあったら教えてくれ」
 「基本的にはあまりないと思うんですけど。私は何でも大丈夫です。その辺の雑草でも食べますよ」
 
 「分かった。じゃあ雑草はなるべく抜かないようにしよう」
 亜紀ちゃんが笑った。

 「妹たちも基本的には何でも食べますが、辛いものとか匂いや味が濃いものは苦手ですかねぇ。カレーも、妹たちに合わせて甘くしていました」
 重要なことを聞いた。
 確かに子どもの味覚はそうだ。
 「分かった。瑠璃と玻璃の分は別にカレーを作ろうな」
 俺の提案に亜紀ちゃんは慌てて否定してきた。

 「そんなお手間は大丈夫です。石神さんの好みの味付けで作ってください」
 「そういうわけには行かないよ。俺たちは家族なんだから、ちゃんとみんなが食べられるようにしないと。大丈夫だよ、基本的な作りは同じなんだから、鍋を変えてちょっと別の味に調整すればいいだけなんだから」
 
 「なんだか、すいません」
 「ここは重要なことだからな。変な遠慮をしないって昨日約束しただろう」
 亜紀ちゃんは深々と頭を下げた。

 「いい子ですね」
 俺が咲子さんにそう言うと、咲子さんもうなずいて言った。
 「本当にねぇ。でも亜紀ちゃん、石神さんの言うとおり、遠慮しちゃ駄目よ。あなたは長女だけど、あなただってまだまだ子どもなんだから。何でも遠慮なく言って、もっと大人に甘えてもいいのよ」
 「そうだそうだ」
 すると、亜紀ちゃんが突然泣き出した。
 声を上げることはなかったが、涙がボロボロと零れ落ちる。
 咲子さんが亜紀ちゃんを抱きしめて背中をさすってやる。

 今までどれほど張り詰めていたんだろうか。
 まだ中学生の身で、家族が突然襲われた大きな不幸を、自分が長女だからと思い懸命に支えようとしていたのだろう。
 双子が葬儀以外で泣いていなかったのは、多分亜紀ちゃんが二人を何かと慰め、なだめていたということなのだろう。
 よく頑張った。これからは俺に任せろ。

 皇紀と双子が食堂に降りてきた。時間を決めないでもこうして自然に集まるのは、やはり家族というものなのかもしれない。
 「あ、お姉ちゃんが泣いてる!」
 「亜紀ちゃん、大丈夫?」
 亜紀ちゃんは涙を拭い、顔を上げて微笑んだ。
 「おはよう、みんな。大丈夫、ごめんね。ほら、石神さんと咲子おばさんに挨拶しなさい」
 「「「おはようございます!」」」
 「ああ、おはよう。もうできているから、みんな席についてくれ」
 「あ、みんな、自分のご飯と味噌汁は自分で用意しなさい」
 亜紀ちゃんがそう言った。
 子どもたちはそれぞれの茶碗をもって並ぶ。
 皇紀は後ろにいた妹たちを前に行けと手を動かした。
 自分でよそれと言ったにもかかわらず、亜紀ちゃんがみんなによそっていった。
 そして俺には
 「石神さんはどうぞ座ってください」
 俺はその言葉に従い、亜紀ちゃんに給仕を任せた。

 「すいません、先に石神さんのでしたよね」
 亜紀ちゃんが顔を赤くしてそう言った。
 「ああ、今ぶん殴ろうかと思った」
 笑って頭を撫でてやる。
 亜紀ちゃんは顔を赤くしながら自分の分をよそって席についた。

 「では、いただきます!」
 「「「「いただきます!」」」」

 でも、これまで独りで生きてきた俺にとっては、大変にぎやかな食卓だ。
 醤油をとってだの、口についてるだの、そんな会話は独りではあり得ない。
 これが幸せというものかどうかは知らないけど、山中たちはずっとこんな日々を送っていたのだな。

 悪くはない。
 俺は必ずこの子たちを守っていく。
 立派な人間になるかどうかはどうでもいい。
 どうせ俺にはそんな力は無い。


 いつかこの日々を懐かしく思うことがあるだろうか。
 それがちょっと楽しみにも思えた。
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