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初めての夕食

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 夕食はハンバーグをメインに、野菜スープとサラダを作った。
 子どもはハンバーグなら、まず間違いないだろう。
 ナツメグなどの香辛料は控えめにして、デミグラス・ソースをかけた。
 皿の手前に、ちょっと酸味のあるバルサミコ・ソースで蔦模様を描く。
 付け合せは皮付きのポテトを多めのバターで仕上げ、ニンジンはスティック状にし、甘く煮込んだ上で軽くごま油で炒っている。
 皿はマイセンの白磁にしたが、まあ分からないだろう。
 しかし、最初の食事であり、俺の歓迎の気持ちは込めたかった。

 スープは同じ大きさの小さなキューブに刻んだ根菜とベーコン。
 それにコーンと、キノコを何種類か細かく刻んで煮込んだ。出汁は鶏がらだ。

 野菜類を多めにしたのは、子どもたちの好き嫌いを見たかったからだ。
 肉類は恐らく問題ないだろうが、嫌いな野菜は小さくしてもよけたがる。

 俺は子どもの頃の好き嫌いはあっていいものだと考えている。
 味覚が大人と違うし、そのうち食べられるようになることが多い。
 教育的な面で好き嫌いを強制的に直すのも間違っているとは思わないが、俺はそこは強調しない。

 ご飯はどうするか少し迷った。
 せっかく洋風にしたのだから、皿に盛ってもいい。
 しかし小学二年生が洋食器を扱えるとも思えず、結局箸で食べられるように茶碗に盛ることにした。
 一応、ナイフとフォークを並べておく。スープ用のスプーンは扱えるだろうか。

 咲子さんは主に双子の部屋にいた。
 環境の変化を心配してくれていたのだろう。
 俺はインターホンで各部屋に食事ができたことを伝え、二階のリヴィングのテーブルに集まってもらった。

 大きなテーブルだが、俺が配膳したから、座る位置は分かるだろう。
 俺がいわゆる「お誕生日席」というか、主人席に座り、その左右に亜紀ちゃんと双子を並べ、亜紀ちゃんの隣には皇紀、そして咲子さんは双子の続きに座ってもらった。
 
 「まあ、美味しそうじゃない、ねぇ瑠璃ちゃん、玻璃ちゃん。これは石神さんが御作りになったの?」
 咲子さんが場を和ませようと、そう切り出した。

 「そうですよ。ちゃんと料理もできますから、安心してください」
 「そうねぇ。本当においしそうだわ」
 「ではいただきます」
 「「「「いただきます!」」」」

 食事が始まった。
 俺にしても普段は独りで食べているわけで、大勢の家族と食べるのは不思議な感じがする。

 「美味しい!」

 みんな喜んでくれた。

 「石神さんて、すごいお金持ちだったんですね」
 亜紀ちゃんが言った。
 「俺は自分がお金持ちとは思っていないんだよ」
 そう応える俺に、亜紀ちゃんは不思議そうな顔をした。
 「俺は比較をしないんだ、自分自身のことに関してはな。俺は自分のことを優れた人間だとか、結構やる人間だなんて思いたくないんだよ。俺はやらなきゃならんことをただやってきただけの人間だ」

 「自信を持つことは駄目なんですか?」
 「その通りだ」
 俺の答えに、亜紀ちゃんと皇紀が驚いたという顔をする。

 「人間というのは、本質的にちっぽけなんだよ。小さくて弱くて、だからずるくて卑しいものなんだ」
 「……」
 瑠璃と玻璃まで、箸を止めて俺の方を見る。
 咲子さんは俺が何を話し出したのかと、少々心配な表情だ。

 「だからな、人間は強くなろうとし、優しくなろうとしなければいけないんだ。そうする必要がある、ということは、実際にはそうじゃないからなんだよ」
 みんなの顔が少し輝いたように見えた。

 「山中はさ、いつも「自分なんて全然ダメなんだ」って言ってたよ。だから俺はあいつは素晴らしい人間だって思ってた」
 「「「「……」」」」」

 「あいつは優しくてさ、俺なんかのためにいろいろやってくれた。命を助けられたこともある」
 「そうなんですか!」
 亜紀ちゃんが驚いた。

 「ああ。俺はだからあいつに返し切れない恩がある。お前たちにその恩を返すつもりだから覚悟してくれ」
 「覚悟ですか?」
 「そうだ。お前たちにはあの世で山中に怒られないように育ってもらうからな」
 「はぁ」

 「なんだ、亜紀ちゃん。不満か?」
 「い、いいえ!」

 俺は笑った。

 「俺が考えているのは、まず第一に、これは絶対にやってもらう。それは、勉強だ。お前たちのメインの仕事は勉強だ。だからその勉強で優秀になってもらう」
 「ええ、それって無理なことじゃないんですか!」
 皇紀が言う。
 
 「俺に文句を言っても無駄だ。無駄だから、諦めてやれ」
 みんな不安そうな顔をする。
 「無理じゃない。俺が勉強の方法はちゃんと教えてやる。お前たちはただ、それをちゃんとやれば嫌でも優秀になっていくから。ああ、優秀って曖昧だから指定しておくけど、学年で常に上位ベストテンに入っていればいいよ」
 皇紀も亜紀ちゃんもぐったりとした。

 「おい、姉、兄! ぐったりすんじゃねぇ!」
 みんながちょっと笑った。

 「それだけじゃない。この家に来たからには、役割を持ってもらうからな」
 「「「「?」」」」

 「あの、石神さん。ちょっと聞いてもいいですか?」
 「もちろんいいよ。何でも聞いてくれ」
 「どういう役割なんでしょうか。私は何でもしますけど、妹たちはまだ小さいですから、できれば私が替わって何でもしたいんですけど」

 「亜紀ちゃんは優しいな」
 俺が言うと、亜紀ちゃんは赤くなった。
 「まあ、心配するなよ。無理なことをさせようとは思ってないからな」
 まだ亜紀ちゃんは不安そうだ。
 咲子さんまでオロオロとしている。
 
 「大丈夫だよ、やれば分かる。この世はなぁ、やるのかやらないのかしかないんだぞ。だからやればいいんだよ」
 「お前たちには家事を分担していくからな。これも難しいことはないよ。そうだなぁ。亜紀ちゃんには食事の手伝い。俺と一緒に夕飯のときに手伝ってもらおう。皇紀には洗濯と家の掃除だな。毎日玄関と表の門の辺りを箒で掃いてもらおう」
 「瑠璃と玻璃には、皇紀と一緒に洗濯の手伝いと、それからいずれ花壇の管理を全面的に任せる」
 「分かりました!」
 「やります!」
 二人とも嬉しそうだった。
 
 夕飯の後は風呂に入り、リヴィングでちょっと雑談をして寝ることにした。

 「ああ、亜紀ちゃんはちょっと残ってくれ」
 自分の部屋に行こうとした亜紀ちゃんは、なんだろうと少し緊張した顔をした。
 咲子さんも一緒に残った。
 「ちょっと相談したいことがあってね」
 ソファに座って、俺の言葉を二人とも待っている。

 「これから、何でも話し合って行きたいと思ってるんだ。俺は、なんだかなぁ。ちょっとだけ変わってるとみんなから言われるからな」
 二人とも笑いだした。
 
 「ちょっとどころではないと思いますよ」
 亜紀ちゃんがそう言い、咲子さんは何も言わずに笑い続けている。
 「そうかよ。じゃあ早速相談なんだけど、まずみんなの服を買おうと思ってるんだ」
 「いいえ、前の家からみんな持ってきてますから大丈夫ですよ」
 亜紀ちゃんは遠慮もあるのか、そう返してきた。

 「そうかなぁ。咲子さんはどう思います?」
 恐らくみんなの荷物をまとめるのを手伝っただろう、咲子さんに尋ねた。
 咲子さんは子どもを二人育てているから、感覚的に分かるだろう。
 「そうですねぇ。私の見た限りでは、ちょっと足りないのではないかと感じました」
 亜紀ちゃんは驚いて咲子さんを見る。
 全然感じていなかったのだろう。

 山中の奥さんは、なるべく倹約して子どもに必要なお金、主に進学の費用を捻出しようとしていたのではないかと思う。
 それは子どもたちの名義で作った、それぞれの貯金を見て感じたことだ。
 奥さんはきっと、子どもたちの服をこまめに洗濯し、少ない服や下着で回していたのではないか。
 「お母さんは、毎日洗濯していたんだろう」
 「はい、その通りです。うちは家族が多いですから、洗濯は大変でした。だから石神さんが皇紀や妹たちに洗濯の手伝いとおっしゃっていたので、少しばかり不安があるんです。あ、こういうことも言ってもいいんでしょうか?」
 亜紀ちゃんの遠慮は無理もない。

 「もちろん、どんどん言っていいよ。亜紀ちゃんは言ってもいいことと悪いことの判断が結構あるようだしな。だからちょっとだけ遠慮しないで言う、ということを心がけるといいと思うぞ」
 亜紀ちゃんは俺の目を見ながらうなずく。

 「それでな。うちもこれから洗濯は多くなると考えてはいるんだけど、いろいろ俺の仕事と家事の兼ね合いを考えると、どうしても二日に一回程度だ。そうすると、今お前たちが持っている服では足りなくなってくる」
 亜紀ちゃんは、ちょっと考えているようだ。
 自分の持っている下着などを計算しているのだろう。

 「そうですね。ギリギリになるかもしれません。私はみんなの服や下着のことも分かっていますので、おっしゃることはよくわかります」
 「うん、だからな。明日にでも買いに行こうと思うんだ。相談というのはそのことなんだけど、それでどうかな。取り敢えず亜紀ちゃんと二人で行きたいんだ」
 「分かりました。よろしくお願いします」
 亜紀ちゃんはちょっと不安そうな顔をしている。

 「亜紀ちゃん、念のために言うけどな」
 「はい?」
 「これから買い物は全部俺が当然お金を出すからな」
 「え!」
 「なんだ、当たり前だろう。お前たちは俺の子どもなんだからな」
 「石神さん……」
 「お前たちに必要なものは全部買う。金が無くなったらコンビニでバイトするからな!」
 「アハハハハ」
 「お前らもそうなったら、その辺の雑草を喰ってくれな」
 「分かりました」

 「家族っていうのは、そういうもんだ」
 「はい」

 「これからは家族なんだから、何も遠慮は必要ないよ。俺ももちろん気付いたことはどんどんやるし、相談するけど、亜紀ちゃんたちも、遠慮なく俺に何でも言ってくれよな。これは約束な」
 「はい!」

 「でもくだらねぇことを言ってきたら、ぶん殴るけどなぁ!」
 「ヒィ!」
 咲子さんが脅え、亜紀ちゃんは笑った。
 冗談ですよ、と咲子さんに言ったが、あまり信じてはくれなかった。
 まあ、その通りなのだが。

 
 亜紀ちゃんは自分の部屋へ、咲子さんは双子の部屋に布団を敷いて一緒に寝てもらう。
 


 俺たちは、家族として最初の夜を迎えた。
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