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一歩の勇気
32.目標に
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次の日、私はカメラとキャンバスとレジャーシートを持って昨日の場所に向かった。まず、カメラで描きたい景色を10枚ほど写真に収める。雨の日やこの場所に来れない時は、写真を見て描けばいいだろう。
そして持ってきたレジャーシートを小さく折りたたんで、そこに座って下書きを始める。鉛筆で下書きをする時が昔から好きだった。消しゴムを使って何度も消して、一番上手く描けた時を残す。その時間が楽しくて、時間はあっという間に過ぎてしまう。
帰る時間になって、部室に戻ると美坂さんが私に駆け寄ってくる。
「川崎さん、描く場所決まったの?」
「うん。サッカー部の練習風景を書こうと思って」
「え!じゃあ、菅谷くんと草野くんも描けるね……!」
美坂さんは「私も今日結構進んだの。見て!」と言って、机に置かれている絵を見せてくれる。
「美坂さんは滝の絵を描いてるんだ」
「そう!この場所、私の近所でね。とってもお気に入りの場所」
「そうなんだ。綺麗な場所だね」
「でしょ!」
絵の話をしている時の美坂さんはいつもテンションが高くて、微笑ましかった。
「川崎さんの絵も完成したら見せて!私も完成したら見て欲しいし!」
私は美坂さんの嫌味のない素直な言葉にいつも救われている気がする。だからこそ私は「もちろん」と笑顔で返した。
「川崎さん、美術部入って良かったでしょ?」
美坂さんが自慢げにニコッと笑った。その笑顔が可愛くて、自分の好きなことをしている人はこんなにも輝いているのだと実感した。
「うん、入って良かった!」
そう言った私はどんな顔をしていたのだろう?
でも、きっと笑顔だったと思う。だって、いま美術部に入って良かったと心の底から思っている。
「今、川崎さんが隣で絵を描いてるでしょ?川崎さんが美術部に入ってくれるまで、私の隣の席は空いてたの。それが今埋まっているのが、なんか不思議な感じ!」
美坂さんの「不思議な感じ」が嫌な意味じゃないと分かるから、私はつい嬉しくなってしまった。
その日の夜、菅谷くんからメッセージが来ていた。
「今日、もう描き始めてたね。川崎さんが運動場の隅にいるの見えた」
「うん、ゆっくり描くつもりだから二ヶ月ぐらいかかるかも」
「二ヶ月って長いの?」
「人それぞれだしそんなことはないと思うけど、私にしたら長い方かも。それにキャンバスも大きめだから」
「確かに大きかった!川崎さんの顔隠れて見えなかったし(笑)」
珍しく菅谷くんがメッセージの最後に「笑」とつけていて、前より距離が縮まった感じがした。それを嬉しく思うことに自分が成長した気がする。
【周りの人にこれ以上迷惑をかけないこと】
そう思って、周りと距離をとっていた。でもあの日……サッカー部の練習試合が雨で延期になった日、菅谷くんはこう言った。
「川崎さんも一緒だよ。迷惑じゃない。川崎さんが俺を迷惑じゃないと思うのと一緒」
その言葉を思い出すたびに周りの人と仲良くすることを諦めなくても良いんだと思えた。一人でもそう言ってくれる人がいることに救われた。
本当は気づいていた。菅谷くんや美坂さん、草野くんの顔を見れば分かっていた。
みんなが私を迷惑になんか思っていないことを。
それでも認めることが出来なくて、「いつか」相手を傷つけることを恐れていた。そう思って書いた目標はきっと前に進むための目標じゃなくて、自分を守るための目標だった。
私はいつものメモ帳をスクールバッグから取り出す。ノートの1ページ目に書かれた三つの目標。
・「頻発性哀愁症候群」を治すこと
・周りの人にこれ以上迷惑をかけないこと
・高校を無事卒業すること
私は二つ目の目標を黒のマジックで塗りつぶした。きっと相手に一切迷惑をかけずに友達でいることは出来ない。
残り二つになった目標をもう一度読み直す。この二つの願いがいつか叶いますように。そう願って、メモ帳を閉じた。
そして持ってきたレジャーシートを小さく折りたたんで、そこに座って下書きを始める。鉛筆で下書きをする時が昔から好きだった。消しゴムを使って何度も消して、一番上手く描けた時を残す。その時間が楽しくて、時間はあっという間に過ぎてしまう。
帰る時間になって、部室に戻ると美坂さんが私に駆け寄ってくる。
「川崎さん、描く場所決まったの?」
「うん。サッカー部の練習風景を書こうと思って」
「え!じゃあ、菅谷くんと草野くんも描けるね……!」
美坂さんは「私も今日結構進んだの。見て!」と言って、机に置かれている絵を見せてくれる。
「美坂さんは滝の絵を描いてるんだ」
「そう!この場所、私の近所でね。とってもお気に入りの場所」
「そうなんだ。綺麗な場所だね」
「でしょ!」
絵の話をしている時の美坂さんはいつもテンションが高くて、微笑ましかった。
「川崎さんの絵も完成したら見せて!私も完成したら見て欲しいし!」
私は美坂さんの嫌味のない素直な言葉にいつも救われている気がする。だからこそ私は「もちろん」と笑顔で返した。
「川崎さん、美術部入って良かったでしょ?」
美坂さんが自慢げにニコッと笑った。その笑顔が可愛くて、自分の好きなことをしている人はこんなにも輝いているのだと実感した。
「うん、入って良かった!」
そう言った私はどんな顔をしていたのだろう?
でも、きっと笑顔だったと思う。だって、いま美術部に入って良かったと心の底から思っている。
「今、川崎さんが隣で絵を描いてるでしょ?川崎さんが美術部に入ってくれるまで、私の隣の席は空いてたの。それが今埋まっているのが、なんか不思議な感じ!」
美坂さんの「不思議な感じ」が嫌な意味じゃないと分かるから、私はつい嬉しくなってしまった。
その日の夜、菅谷くんからメッセージが来ていた。
「今日、もう描き始めてたね。川崎さんが運動場の隅にいるの見えた」
「うん、ゆっくり描くつもりだから二ヶ月ぐらいかかるかも」
「二ヶ月って長いの?」
「人それぞれだしそんなことはないと思うけど、私にしたら長い方かも。それにキャンバスも大きめだから」
「確かに大きかった!川崎さんの顔隠れて見えなかったし(笑)」
珍しく菅谷くんがメッセージの最後に「笑」とつけていて、前より距離が縮まった感じがした。それを嬉しく思うことに自分が成長した気がする。
【周りの人にこれ以上迷惑をかけないこと】
そう思って、周りと距離をとっていた。でもあの日……サッカー部の練習試合が雨で延期になった日、菅谷くんはこう言った。
「川崎さんも一緒だよ。迷惑じゃない。川崎さんが俺を迷惑じゃないと思うのと一緒」
その言葉を思い出すたびに周りの人と仲良くすることを諦めなくても良いんだと思えた。一人でもそう言ってくれる人がいることに救われた。
本当は気づいていた。菅谷くんや美坂さん、草野くんの顔を見れば分かっていた。
みんなが私を迷惑になんか思っていないことを。
それでも認めることが出来なくて、「いつか」相手を傷つけることを恐れていた。そう思って書いた目標はきっと前に進むための目標じゃなくて、自分を守るための目標だった。
私はいつものメモ帳をスクールバッグから取り出す。ノートの1ページ目に書かれた三つの目標。
・「頻発性哀愁症候群」を治すこと
・周りの人にこれ以上迷惑をかけないこと
・高校を無事卒業すること
私は二つ目の目標を黒のマジックで塗りつぶした。きっと相手に一切迷惑をかけずに友達でいることは出来ない。
残り二つになった目標をもう一度読み直す。この二つの願いがいつか叶いますように。そう願って、メモ帳を閉じた。
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