寂しがり屋たちは、今日も手を繋いだまま秒針を回した

海咲雪

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自分のペースで

27.練習試合 1

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「出来た……」

 雨で練習試合がなくなった翌日。今、私の前の机には色鉛筆で絵がかれた一枚の小さな画用紙が置かれている。病気が発症してから初めて完成させた絵だった。
 久しぶりで色鉛筆の使い方も前より下手になっているのに、あの日の帰り道に見た光景を絵で残せたことが嬉しかった。あんなに絵を描くことが怖かったのに、描き始めたらすぐに終わってしまう。筆を持つことが怖くて重く感じていたはずの筆は持ってしまえば、軽いものだった。
 つい画用紙に指で触れてしまう。ずっと触れなかった「自分の描いた絵」に今、触れている。表し方の分からない感情が心の奥から顔を出した気がした。それでも、それが嫌な気持ちではないことは確かだった。

 その時、ピコンとスマホが鳴った。班のグループに草野くんからメッセージが入っている。

「練習試合、中止じゃなくて延期になった!今週の土曜!」

 私はすぐに「前と同じ場所?」と聞いた。

「そう!でも、急だし来れなかったら無理しなくて大丈夫」
「ううん、行くよ。見に行きたい」

 私の返信の後に美坂さんも「私も行けそう!」と返している。私はスマホのカレンダーに今週の予定を書き込んだ。

[サッカー部の練習試合観戦]

 前までは予定を入れたのに行けなくなるのが怖くて、カレンダーに打ち込むことも出来なかった。小さすぎる成長。それでも、それが涙が出るほど嬉しかった。
 もう一度、目の前の絵に視線を向ける。まだ制作に長時間がかかる絵を描くことは出来ない。だって、症状が出るのが怖い。中学の頃の「寂しさ」を思い出したくなかった。それでも、ちゃんと一枚絵を描きあげた。そのことも事実で。

「焦らないようにしないと……」

 焦ってしまえばきっと良い絵は描けないし、症状も出やすくなる。私は机に散らばっている色鉛筆を片付けた。

 土曜日。その日は天気予報も晴れ予報だったが、朝カーテンを開けると日差しが眩しいくらいの快晴だった。
 前と同じように鏡の前で服装と髪型をチェックして、枕元のぬいぐるみを手に取る。いつも通り「寂しくないよ」と心の中で自分に言い聞かせた。
 時間はまだ余裕があったが、準備も終わってしまったので早めに家を出ることにした。駅までの道のりは晴れていて、むしろ暑いくらい。じんわりと汗が滲んでいたが、電車の中は涼しくてホッと心が落ち着いたのが分かった。
 サッカー場に着いた後、美坂さんに「着いたよ」とメッセージを送ると、すぐに美坂さんから「中の休憩所にいる!」と返信が返ってきた。
 施設の中にある自販機とベンチが置いてある小さな休憩所に向かうと、美坂さんが私に気づいて立ち上がった。

「川崎さん!」

 美坂さんはロングTシャツとジーンズのファッションで涼しそうだった。ロングTシャツの形が可愛くて、カジュアルになり過ぎずに美坂さんによく似合っている。

「もうそろそろ席取っておこ!川崎さん、飲み物買わなくて大丈夫?」
「水筒持ってきてるから。美坂さんは?」
「私はさっき買っておいたから大丈夫。じゃあ、もう行こっか」

 美坂さんと観戦席に入ると、前より少し人が多いように感じた。天気が良いのもあるのだろう。日陰の席はもう埋まり始めていて、私たちはすぐに日陰の席の中で一番試合が見やすそうな場所に座った。美坂さんがまだ選手たちが入ってきていないコートに視線を向ける。

「ここからだと菅谷くんと草野くん見えるかな?さすがに他の部員の人と区別つかないかな?」
「うーん、どうだろ。ゼッケンの番号聞いておけば良かったかもね」
「あ!確か草野くんが教えてくれてたかも!待って、メッセージ見返してみる」

 美坂さんがスマホで確認して「菅谷くんが5番で、草野くんが7番だって!」と教えてくれる。

「ゼッケンの番号が分かればなんとかなりそうだね。美坂さんは目良いの?見えそう?」
「さすがに顔までは分からないけど、この場所からだったらゼッケン番号は見えると思う!」
「私もそこまで視力悪くないから多分二人とも見えるね」

 美坂さんがスマホでサッカーのルールを調べている。美坂さんが画面を私の方に向けて「川崎さんも一緒に見よ!」と言ってくれた。ゴールを決めたら点が入るとか当たり前なことは知っているけれど、もう少し細かなルールにも目を通しておく。
 その時、アナウンスでまもなく試合が始まると流れた。コートには選手が入ってきてチームごとに集まっている。

「川崎さん、あの人、菅谷くんじゃない?」

 美坂さんの指を差す方を見ると、5番のゼッケンをつけた菅谷くんがコーチの話を聞いている。美坂さんが「あ!草野くんも見つけた!」と言って、私に場所を教えてくれる。
 その時、選手たちが一斉にチームごとに並び始めた。もうすぐ試合が始まろうとしていた。
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