27 / 36
自分のペースで
27.練習試合 1
しおりを挟む
「出来た……」
雨で練習試合がなくなった翌日。今、私の前の机には色鉛筆で絵が描かれた一枚の小さな画用紙が置かれている。病気が発症してから初めて完成させた絵だった。
久しぶりで色鉛筆の使い方も前より下手になっているのに、あの日の帰り道に見た光景を絵で残せたことが嬉しかった。あんなに絵を描くことが怖かったのに、描き始めたらすぐに終わってしまう。筆を持つことが怖くて重く感じていたはずの筆は持ってしまえば、軽いものだった。
つい画用紙に指で触れてしまう。ずっと触れなかった「自分の描いた絵」に今、触れている。表し方の分からない感情が心の奥から顔を出した気がした。それでも、それが嫌な気持ちではないことは確かだった。
その時、ピコンとスマホが鳴った。班のグループに草野くんからメッセージが入っている。
「練習試合、中止じゃなくて延期になった!今週の土曜!」
私はすぐに「前と同じ場所?」と聞いた。
「そう!でも、急だし来れなかったら無理しなくて大丈夫」
「ううん、行くよ。見に行きたい」
私の返信の後に美坂さんも「私も行けそう!」と返している。私はスマホのカレンダーに今週の予定を書き込んだ。
[サッカー部の練習試合観戦]
前までは予定を入れたのに行けなくなるのが怖くて、カレンダーに打ち込むことも出来なかった。小さすぎる成長。それでも、それが涙が出るほど嬉しかった。
もう一度、目の前の絵に視線を向ける。まだ制作に長時間がかかる絵を描くことは出来ない。だって、症状が出るのが怖い。中学の頃の「寂しさ」を思い出したくなかった。それでも、ちゃんと一枚絵を描きあげた。そのことも事実で。
「焦らないようにしないと……」
焦ってしまえばきっと良い絵は描けないし、症状も出やすくなる。私は机に散らばっている色鉛筆を片付けた。
土曜日。その日は天気予報も晴れ予報だったが、朝カーテンを開けると日差しが眩しいくらいの快晴だった。
前と同じように鏡の前で服装と髪型をチェックして、枕元のぬいぐるみを手に取る。いつも通り「寂しくないよ」と心の中で自分に言い聞かせた。
時間はまだ余裕があったが、準備も終わってしまったので早めに家を出ることにした。駅までの道のりは晴れていて、むしろ暑いくらい。じんわりと汗が滲んでいたが、電車の中は涼しくてホッと心が落ち着いたのが分かった。
サッカー場に着いた後、美坂さんに「着いたよ」とメッセージを送ると、すぐに美坂さんから「中の休憩所にいる!」と返信が返ってきた。
施設の中にある自販機とベンチが置いてある小さな休憩所に向かうと、美坂さんが私に気づいて立ち上がった。
「川崎さん!」
美坂さんはロングTシャツとジーンズのファッションで涼しそうだった。ロングTシャツの形が可愛くて、カジュアルになり過ぎずに美坂さんによく似合っている。
「もうそろそろ席取っておこ!川崎さん、飲み物買わなくて大丈夫?」
「水筒持ってきてるから。美坂さんは?」
「私はさっき買っておいたから大丈夫。じゃあ、もう行こっか」
美坂さんと観戦席に入ると、前より少し人が多いように感じた。天気が良いのもあるのだろう。日陰の席はもう埋まり始めていて、私たちはすぐに日陰の席の中で一番試合が見やすそうな場所に座った。美坂さんがまだ選手たちが入ってきていないコートに視線を向ける。
「ここからだと菅谷くんと草野くん見えるかな?さすがに他の部員の人と区別つかないかな?」
「うーん、どうだろ。ゼッケンの番号聞いておけば良かったかもね」
「あ!確か草野くんが教えてくれてたかも!待って、メッセージ見返してみる」
美坂さんがスマホで確認して「菅谷くんが5番で、草野くんが7番だって!」と教えてくれる。
「ゼッケンの番号が分かればなんとかなりそうだね。美坂さんは目良いの?見えそう?」
「さすがに顔までは分からないけど、この場所からだったらゼッケン番号は見えると思う!」
「私もそこまで視力悪くないから多分二人とも見えるね」
美坂さんがスマホでサッカーのルールを調べている。美坂さんが画面を私の方に向けて「川崎さんも一緒に見よ!」と言ってくれた。ゴールを決めたら点が入るとか当たり前なことは知っているけれど、もう少し細かなルールにも目を通しておく。
その時、アナウンスでまもなく試合が始まると流れた。コートには選手が入ってきてチームごとに集まっている。
「川崎さん、あの人、菅谷くんじゃない?」
美坂さんの指を差す方を見ると、5番のゼッケンをつけた菅谷くんがコーチの話を聞いている。美坂さんが「あ!草野くんも見つけた!」と言って、私に場所を教えてくれる。
その時、選手たちが一斉にチームごとに並び始めた。もうすぐ試合が始まろうとしていた。
雨で練習試合がなくなった翌日。今、私の前の机には色鉛筆で絵が描かれた一枚の小さな画用紙が置かれている。病気が発症してから初めて完成させた絵だった。
久しぶりで色鉛筆の使い方も前より下手になっているのに、あの日の帰り道に見た光景を絵で残せたことが嬉しかった。あんなに絵を描くことが怖かったのに、描き始めたらすぐに終わってしまう。筆を持つことが怖くて重く感じていたはずの筆は持ってしまえば、軽いものだった。
つい画用紙に指で触れてしまう。ずっと触れなかった「自分の描いた絵」に今、触れている。表し方の分からない感情が心の奥から顔を出した気がした。それでも、それが嫌な気持ちではないことは確かだった。
その時、ピコンとスマホが鳴った。班のグループに草野くんからメッセージが入っている。
「練習試合、中止じゃなくて延期になった!今週の土曜!」
私はすぐに「前と同じ場所?」と聞いた。
「そう!でも、急だし来れなかったら無理しなくて大丈夫」
「ううん、行くよ。見に行きたい」
私の返信の後に美坂さんも「私も行けそう!」と返している。私はスマホのカレンダーに今週の予定を書き込んだ。
[サッカー部の練習試合観戦]
前までは予定を入れたのに行けなくなるのが怖くて、カレンダーに打ち込むことも出来なかった。小さすぎる成長。それでも、それが涙が出るほど嬉しかった。
もう一度、目の前の絵に視線を向ける。まだ制作に長時間がかかる絵を描くことは出来ない。だって、症状が出るのが怖い。中学の頃の「寂しさ」を思い出したくなかった。それでも、ちゃんと一枚絵を描きあげた。そのことも事実で。
「焦らないようにしないと……」
焦ってしまえばきっと良い絵は描けないし、症状も出やすくなる。私は机に散らばっている色鉛筆を片付けた。
土曜日。その日は天気予報も晴れ予報だったが、朝カーテンを開けると日差しが眩しいくらいの快晴だった。
前と同じように鏡の前で服装と髪型をチェックして、枕元のぬいぐるみを手に取る。いつも通り「寂しくないよ」と心の中で自分に言い聞かせた。
時間はまだ余裕があったが、準備も終わってしまったので早めに家を出ることにした。駅までの道のりは晴れていて、むしろ暑いくらい。じんわりと汗が滲んでいたが、電車の中は涼しくてホッと心が落ち着いたのが分かった。
サッカー場に着いた後、美坂さんに「着いたよ」とメッセージを送ると、すぐに美坂さんから「中の休憩所にいる!」と返信が返ってきた。
施設の中にある自販機とベンチが置いてある小さな休憩所に向かうと、美坂さんが私に気づいて立ち上がった。
「川崎さん!」
美坂さんはロングTシャツとジーンズのファッションで涼しそうだった。ロングTシャツの形が可愛くて、カジュアルになり過ぎずに美坂さんによく似合っている。
「もうそろそろ席取っておこ!川崎さん、飲み物買わなくて大丈夫?」
「水筒持ってきてるから。美坂さんは?」
「私はさっき買っておいたから大丈夫。じゃあ、もう行こっか」
美坂さんと観戦席に入ると、前より少し人が多いように感じた。天気が良いのもあるのだろう。日陰の席はもう埋まり始めていて、私たちはすぐに日陰の席の中で一番試合が見やすそうな場所に座った。美坂さんがまだ選手たちが入ってきていないコートに視線を向ける。
「ここからだと菅谷くんと草野くん見えるかな?さすがに他の部員の人と区別つかないかな?」
「うーん、どうだろ。ゼッケンの番号聞いておけば良かったかもね」
「あ!確か草野くんが教えてくれてたかも!待って、メッセージ見返してみる」
美坂さんがスマホで確認して「菅谷くんが5番で、草野くんが7番だって!」と教えてくれる。
「ゼッケンの番号が分かればなんとかなりそうだね。美坂さんは目良いの?見えそう?」
「さすがに顔までは分からないけど、この場所からだったらゼッケン番号は見えると思う!」
「私もそこまで視力悪くないから多分二人とも見えるね」
美坂さんがスマホでサッカーのルールを調べている。美坂さんが画面を私の方に向けて「川崎さんも一緒に見よ!」と言ってくれた。ゴールを決めたら点が入るとか当たり前なことは知っているけれど、もう少し細かなルールにも目を通しておく。
その時、アナウンスでまもなく試合が始まると流れた。コートには選手が入ってきてチームごとに集まっている。
「川崎さん、あの人、菅谷くんじゃない?」
美坂さんの指を差す方を見ると、5番のゼッケンをつけた菅谷くんがコーチの話を聞いている。美坂さんが「あ!草野くんも見つけた!」と言って、私に場所を教えてくれる。
その時、選手たちが一斉にチームごとに並び始めた。もうすぐ試合が始まろうとしていた。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
【完結】眠り姫は夜を彷徨う
龍野ゆうき
青春
夜を支配する多数のグループが存在する治安の悪い街に、ふらりと現れる『掃除屋』の異名を持つ人物。悪行を阻止するその人物の正体は、実は『夢遊病』を患う少女だった?!
今夜も少女は己の知らぬところで夜な夜な街へと繰り出す。悪を殲滅する為に…
傷つけて、傷つけられて……そうして僕らは、大人になっていく。 ――「本命彼女はモテすぎ注意!」サイドストーリー 佐々木史帆――
玉水ひひな
青春
「本命彼女はモテすぎ注意! ~高嶺に咲いてる僕のキミ~」のサイドストーリー短編です!
ヒロインは同作登場の佐々木史帆(ささきしほ)です。
本編試し読みで彼女の登場シーンは全部出ているので、よろしければ同作試し読みを読んでからお読みください。
《あらすじ》
憧れの「高校生」になった【佐々木史帆】は、彼氏が欲しくて堪まらない。
同じクラスで一番好みのタイプだった【桐生翔真(きりゅうしょうま)】という男子にほのかな憧れを抱き、何とかアプローチを頑張るのだが、彼にはいつしか、「高嶺の花」な本命の彼女ができてしまったようで――!
---
二万字弱の短編です。お時間のある時に読んでもらえたら嬉しいです!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
記憶の中の彼女
益木 永
青春
潟ケ谷(かたがや)市という地方都市に暮らす高校生の高野和也。
ある日、同じ高校に通う伊豆野凛という少女と知り合ってから、和也は何故か自分の記憶に違和感を覚える。
ずっと記憶に残っている思い出に突然今までいなかった筈の女性がいる事に気づいた和也はその不思議な記憶を頼りに、その理由を探していく。
犬猿☆ラブコンフリクト
綾鷹ーアヤタカー
青春
男勝りな性格の女子、辻本 茉弘(つじもと
まひろ)は、容姿端麗だけど性格の悪い男子、二海 健治(ふたみ けんじ)と出会う。
顔を合わせる度に口喧嘩が始まるほど犬猿の仲な2人。
だけど、二海の不器用な優しさに触れていくうちに、彼に対する感情が変わっていく辻本。
そんな2人の不器用な青春ラブストーリー。
しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-
橋暮 梵人
青春
幼少の頃から日本サッカー界の至宝と言われ、各年代別日本代表のエースとして活躍し続けてきた片桐修人(かたぎり しゅうと)。
順風満帆だった彼の人生は高校一年の時、とある試合で大きく変わってしまう。
悪質なファウルでの大怪我によりピッチ上で輝くことが出来なくなった天才は、サッカー漬けだった日々と決別し人並みの青春を送ることに全力を注ぐようになる。
高校サッカーの強豪校から普通の私立高校に転入した片桐は、サッカーとは無縁の新しい高校生活に思いを馳せる。
しかしそんな片桐の前に、弱小女子サッカー部のキャプテン、鞍月光華(くらつき みつか)が現れる。
「どう、うちのサッカー部の監督、やってみない?」
これは高校生監督、片桐修人と弱小女子サッカー部の奮闘の記録である。
私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜
赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。
これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。
友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる