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自分のペースで
26.雨の中の会話 2
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「川崎さん、大丈夫?症状出てきた?」
きっと菅谷くんは先ほど私が自分をギュッとしていた所が見えたのだろう。
「うん、大丈夫。もう治まってきたから」
「本当?」
「うん、本当!」
「そっか、なら良かった」
菅谷くんはいつも鋭くて、相手の変化にすぐ気づく。だからこそ出来るだけ迷惑をかけたくなかった。震えそうな手を無理やり力を込めて握って震えを止める。
「あと川崎さん、雨で濡れなかった?」
「全然濡れてないよ。屋根のあるところに始めからいたから」
菅谷くんが本当に雨に濡れていないかを確認するようにパッと私の髪を見た気がした。その菅谷くんの視線が私の膝の上で握りしめている両手まで下がっていったのが分かった。
「川崎さん、本当は症状出てるでしょ」
どうして私は嘘も誤魔化しも上手に出来ないのだろう。言葉を返せない私を見て、菅谷くんは私の症状を確信したようだった。
「川崎さん、手を貸して」
「え……?」
「繋ごう。『寂しくない。大丈夫』って前に川崎さんが言ってくれたみたいに俺にも言わせて」
甘えたくない、という感情が顔を出した。甘えるということは周りの人に迷惑をかけるのと一緒な気がした。
「本当に大丈夫!もう治まったから」
下手な嘘を重ねても意味はないのに、言葉は止まらない。
「最近、結構病状にも慣れてきてるから」
菅谷くんは嘘だと気づいているのに「そっか。分かった」と言ってくれた。それなのにさらにグッと胸が苦しくなって、症状が酷くなっていく。笑い方がぎこちなくなっていく。
こんなに寂しいのに、泣きたいのに、周りに迷惑をかけたくなさすぎて頼り方すら分からない。
「川崎さん、俺、症状出てきたかも」
「え……?」
「手、繋いでくれない?」
その菅谷くんの嘘が……優しさが、嬉しいのに悔しくて。結局、迷惑をかけてしまう自分が嫌で嫌で涙が溢れた。
私は何度、菅谷くんの前で泣くのだろう。いつも菅谷くんに弱い所ばかり見せている気がする。こんな病気の私は泣き虫で、弱くて。
「本当に大丈夫だから!迷惑かけたくないの……」
溢れ出した「迷惑をかけたくない」だけは本心だった。
「本当に迷惑をかけたくないだけなの。周りの人まで苦しめてしまうのが怖い」
菅谷くんは本心が溢れ始めた私の言葉を静かに聞いていた。
「両親にもいっぱい迷惑をかけてから、ふと思ったの。『ああ、私があげられている幸せより迷惑の方が大きい』って。気づいた時、泣くほど苦しかった……でも、事実なんだよ」
涙をボロボロの顔から、誤魔化しか嘲笑か分からないような笑いが溢れた。
「悲しいけど、事実なの。病気も迷惑も現実で、どうしようもないだけ……」
その時、菅谷くんが急に立ち上がって、私の前でしゃがんだ。そして、そのまま両手で私の手を包み込むように握る。
「川崎さん、大丈夫だよ。寂しくない」
いつも自分で自分に言い聞かせている言葉なのに、菅谷くんの口調が優しくてさらに涙が溢れたのが分かった。
「ねぇ、川崎さん。俺、川崎さんと出会って幸せより迷惑が大きいと思ったことないよ。ていうか、考えたことがない」
「……?」
「人ってそんなに損得勘定で動けるものじゃないんだよ。川崎さんといて楽しいから一緒にいるだけ。きっと川崎さんの両親も一緒だと思う。ただ川崎さんが好きなだけで、川崎さんの力になりたいって無意識に思ってる」
菅谷くんは私の手をもう一度強く握って、「寂しくない」ともう一度言った。
「川崎さんがさっき『まだ車にいるからすぐに帰る』って嘘をついたでしょ?」
「うん……」
「でも、それを嘘っていうか優しさっていうかは人それぞれだと思う。俺は川崎さんの優しさだと思った」
菅谷くんが「俺だって川崎さんに迷惑ばっかかけてるよ」と笑った。
「そんなことない……!」
「……じゃあ、川崎さんも一緒だよ。迷惑じゃない。川崎さんが俺を迷惑じゃないと思うのと一緒」
ずっと壊れかけていた。
高校の入学前の目標で「周りの人にこれ以上迷惑をかけないこと」と立てるくらい迷惑をかけることが怖かった。周りの人に優しさを貰っても返せないことが苦しかった。
それでも、今、目の前に「迷惑じゃない」と笑ってくる人がいる。
何も菅谷くんに言葉を返せないまま、私はしばらく泣き続けた。私の嗚咽混じりの鳴き声が響いている。どれくらい泣いていただろう。
「川崎さん、雨止んだよ」
私が窓から外に目を向けると、雨が止んで雲の間から日差しが差し始めている。涙はもう止まっていた。
「そろそろ帰ろっか。川崎さんは電車?」
「うん」
「じゃあ、今の雨が止んでるうちに駅に行っておいた方がいいよ」
菅谷くんが立ち上がった。
「俺、着替えもあるから先帰ってて」
菅谷くんが更衣室の方へ歩いていった後、私はもう一度窓の外を見上げる。雲から差し込む日差しが濡れたアスファルトに反射している。いつもは何も思わない光景が、その日は少しだけ綺麗に見えた。
駅までの帰り道、雲が段々と少なくなって日差しが強くなっていく空が綺麗だった。私はスマホを取り出して、日差しが差している道路とビルの写真を一枚撮る。
菅谷くんに前「写真のセンスがない」と言ったけれど、やっぱり上手に撮ることは出来なくてどこかいつも通りの景色に見えてしまう。
「帰ったら久しぶりに絵でも描こうかな……」
そう一度思ってしまったら、早く家に帰りたくなってしまう。もう画材も捨てたけれど、色鉛筆くらいなら残っているだろう。
症状が出ている時間は終わらないのではないかと思うほど長く感じるのに、病気になってからの日々を振り返れば短く感じる。誰にも止められていないのに、私が絵を書くことが許されていない感じがしていた。でも、違う。きっと好きなことくらい好きな時間にすればいい。
早く帰ろう。私は雨上がりの濡れたアスファルトを早足で歩いて行った。
きっと菅谷くんは先ほど私が自分をギュッとしていた所が見えたのだろう。
「うん、大丈夫。もう治まってきたから」
「本当?」
「うん、本当!」
「そっか、なら良かった」
菅谷くんはいつも鋭くて、相手の変化にすぐ気づく。だからこそ出来るだけ迷惑をかけたくなかった。震えそうな手を無理やり力を込めて握って震えを止める。
「あと川崎さん、雨で濡れなかった?」
「全然濡れてないよ。屋根のあるところに始めからいたから」
菅谷くんが本当に雨に濡れていないかを確認するようにパッと私の髪を見た気がした。その菅谷くんの視線が私の膝の上で握りしめている両手まで下がっていったのが分かった。
「川崎さん、本当は症状出てるでしょ」
どうして私は嘘も誤魔化しも上手に出来ないのだろう。言葉を返せない私を見て、菅谷くんは私の症状を確信したようだった。
「川崎さん、手を貸して」
「え……?」
「繋ごう。『寂しくない。大丈夫』って前に川崎さんが言ってくれたみたいに俺にも言わせて」
甘えたくない、という感情が顔を出した。甘えるということは周りの人に迷惑をかけるのと一緒な気がした。
「本当に大丈夫!もう治まったから」
下手な嘘を重ねても意味はないのに、言葉は止まらない。
「最近、結構病状にも慣れてきてるから」
菅谷くんは嘘だと気づいているのに「そっか。分かった」と言ってくれた。それなのにさらにグッと胸が苦しくなって、症状が酷くなっていく。笑い方がぎこちなくなっていく。
こんなに寂しいのに、泣きたいのに、周りに迷惑をかけたくなさすぎて頼り方すら分からない。
「川崎さん、俺、症状出てきたかも」
「え……?」
「手、繋いでくれない?」
その菅谷くんの嘘が……優しさが、嬉しいのに悔しくて。結局、迷惑をかけてしまう自分が嫌で嫌で涙が溢れた。
私は何度、菅谷くんの前で泣くのだろう。いつも菅谷くんに弱い所ばかり見せている気がする。こんな病気の私は泣き虫で、弱くて。
「本当に大丈夫だから!迷惑かけたくないの……」
溢れ出した「迷惑をかけたくない」だけは本心だった。
「本当に迷惑をかけたくないだけなの。周りの人まで苦しめてしまうのが怖い」
菅谷くんは本心が溢れ始めた私の言葉を静かに聞いていた。
「両親にもいっぱい迷惑をかけてから、ふと思ったの。『ああ、私があげられている幸せより迷惑の方が大きい』って。気づいた時、泣くほど苦しかった……でも、事実なんだよ」
涙をボロボロの顔から、誤魔化しか嘲笑か分からないような笑いが溢れた。
「悲しいけど、事実なの。病気も迷惑も現実で、どうしようもないだけ……」
その時、菅谷くんが急に立ち上がって、私の前でしゃがんだ。そして、そのまま両手で私の手を包み込むように握る。
「川崎さん、大丈夫だよ。寂しくない」
いつも自分で自分に言い聞かせている言葉なのに、菅谷くんの口調が優しくてさらに涙が溢れたのが分かった。
「ねぇ、川崎さん。俺、川崎さんと出会って幸せより迷惑が大きいと思ったことないよ。ていうか、考えたことがない」
「……?」
「人ってそんなに損得勘定で動けるものじゃないんだよ。川崎さんといて楽しいから一緒にいるだけ。きっと川崎さんの両親も一緒だと思う。ただ川崎さんが好きなだけで、川崎さんの力になりたいって無意識に思ってる」
菅谷くんは私の手をもう一度強く握って、「寂しくない」ともう一度言った。
「川崎さんがさっき『まだ車にいるからすぐに帰る』って嘘をついたでしょ?」
「うん……」
「でも、それを嘘っていうか優しさっていうかは人それぞれだと思う。俺は川崎さんの優しさだと思った」
菅谷くんが「俺だって川崎さんに迷惑ばっかかけてるよ」と笑った。
「そんなことない……!」
「……じゃあ、川崎さんも一緒だよ。迷惑じゃない。川崎さんが俺を迷惑じゃないと思うのと一緒」
ずっと壊れかけていた。
高校の入学前の目標で「周りの人にこれ以上迷惑をかけないこと」と立てるくらい迷惑をかけることが怖かった。周りの人に優しさを貰っても返せないことが苦しかった。
それでも、今、目の前に「迷惑じゃない」と笑ってくる人がいる。
何も菅谷くんに言葉を返せないまま、私はしばらく泣き続けた。私の嗚咽混じりの鳴き声が響いている。どれくらい泣いていただろう。
「川崎さん、雨止んだよ」
私が窓から外に目を向けると、雨が止んで雲の間から日差しが差し始めている。涙はもう止まっていた。
「そろそろ帰ろっか。川崎さんは電車?」
「うん」
「じゃあ、今の雨が止んでるうちに駅に行っておいた方がいいよ」
菅谷くんが立ち上がった。
「俺、着替えもあるから先帰ってて」
菅谷くんが更衣室の方へ歩いていった後、私はもう一度窓の外を見上げる。雲から差し込む日差しが濡れたアスファルトに反射している。いつもは何も思わない光景が、その日は少しだけ綺麗に見えた。
駅までの帰り道、雲が段々と少なくなって日差しが強くなっていく空が綺麗だった。私はスマホを取り出して、日差しが差している道路とビルの写真を一枚撮る。
菅谷くんに前「写真のセンスがない」と言ったけれど、やっぱり上手に撮ることは出来なくてどこかいつも通りの景色に見えてしまう。
「帰ったら久しぶりに絵でも描こうかな……」
そう一度思ってしまったら、早く家に帰りたくなってしまう。もう画材も捨てたけれど、色鉛筆くらいなら残っているだろう。
症状が出ている時間は終わらないのではないかと思うほど長く感じるのに、病気になってからの日々を振り返れば短く感じる。誰にも止められていないのに、私が絵を書くことが許されていない感じがしていた。でも、違う。きっと好きなことくらい好きな時間にすればいい。
早く帰ろう。私は雨上がりの濡れたアスファルトを早足で歩いて行った。
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