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二人の過去と近づく距離
18.月曜日の登校
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月曜日、私が登校して教室に入っても菅谷くんはまだ来ていなかった。ホームルームが始まるまであと15分。
一秒一秒がとても長く感じながら、菅谷くんが登校するか不安で心臓がバクバクとなっているのが自分で分かった。気持ちを落ち着かせるために、少し俯いて呼吸を整える。
「あ!菅谷!」
クラスの男子の声に私はパッと顔を上げた。教室の扉のところに菅谷くんが立っている。
「え!菅谷じゃん!もう大丈夫なの!?」
男子生徒の数人が菅谷くんに駆け寄っている。
「もう復活!マジで寝過ぎたわ」
菅谷くんはいつも通りの雰囲気で質問にノリよく返事をした。
「あはは、マジで大丈夫かよ」
「ていうか菅谷、いつぶり!?」
「一ヶ月ぶりくらいじゃね!?」
「アホだろ。まだ五月の終わりだぞ」
菅谷くんの友達は菅谷くんを囲むように笑っている。その見慣れた光景をもう一度見れることが嬉しかった。
「で、菅谷って何で倒れたの!?熱中症?」
その問いに菅谷くんは一瞬だけ固まったが、何と答えるか決めてきているようだった。
「熱中症じゃないけど、ちょっと寝不足もあって暑くて倒れたっぽい」
「うわ、やば。寝不足って大丈夫なん?」
「勉強しすぎたわ」
「嘘つけ!」
「あはは、バレた?ゲームしすぎたわ」
「馬鹿だろ!」
友達に囲まれている菅谷くんを見ていると、私の席に草野くんが近づいてくる。
「菅谷、学校来れてよかったな」
「うん」
「川崎さんも色々ありがと」
草野くんのお礼に私はうまく返事が出来ない。きっと草野くんは菅谷くんにお見舞いに行っていいか私が代わりに聞いたことに対してお礼を言ってくれている。だけど私は草野くんに病気のことを秘密にしたまま、一人で菅谷くんに会いに行った。それは「頻発性哀愁症候群」の私と菅谷くんの二人の秘密。それがどこか心苦しく感じたが、この秘密を明かすわけにはいかなくて。
「川崎さん?」
「あ、ごめん。何でもない」
草野くんは友達に囲まれている菅谷くんの方を見ていた。
「草野くんは菅谷くんのところ行かないの?」
「うーん、今は他の友達に囲まれてるから。次の休み時間にでも声をかけるよ」
「そっか」
菅谷くんに視線を向けてそう話す草野くんが少しだけ大人びて見えた。
その時、川北先生が教室に入ってきて「ホームルーム始めるぞー」と呼びかけると生徒がぞろぞろと席に座り始める。
「じゃ、また。川崎さん」
草野くんがそう言って、自分の席に戻っていく。私がもう一度菅谷くんに視線を向けると、菅谷くんはもう自分の席に座っていた。
金曜日まで空いていた菅谷くんの席が埋まっていることが嬉しくて、それだけでもう十分だった。
その日の授業は何故か早く感じて、あっという間に放課後になってしまう。私がスクールバッグに教科書をしまって帰る準備をしていると、スマホに通知が来ていた。
スマホを開くと、菅谷くんからメッセージが入っている。
「案外、来てみたら大丈夫だった」
私はパッと顔を上げて、菅谷くんの席に目を向ける。菅谷くんと目が合うと、菅谷くんが少しだけ笑ったのが分かった。
同じ教室にいても、顔を合わせて話すわけじゃない。スマホ越しのメッセージなのに、届いたメッセージの内容を見るだけで嬉しくて堪らない。
私は菅谷くんに「良かった」と短いメッセージを返した。菅谷くんがスマホの通知音に気づいて手に取ろうとした瞬間、菅谷くんの後ろから草野くんが声をかけた。
「菅谷、今度遊びに行かね?復帰祝い!」
菅谷くんと草野くんはそのまま二人で楽しそうに話している。私はその光景を微笑ましく思いながら、帰り支度を終わらせた。
しかし、スクールバッグを持ち上げた瞬間に聞こえた草野くんの声に私は固まった。
「折角だし、オリエンテーションの班で遊ばね!?」
ドッと心臓が速くなっていく。自分でも何でこんなに緊張しているのかすぐに分からない。
ああ、そうか。
私はまだ教室の中で「傍観者」でいたいんだ。周りの人に迷惑をかけたくなくて、まだ人と関わるのをどこか恐れている。
草野くんが私と美坂さんに声をかける前に私は草野くんの声が聞こえなかったふりをして、教室を飛び出した。
家に帰ってすぐに着替えてベッドに横になると、いつものぬいぐるみが枕元に座っている。
家に帰って一人で部屋にいるだけでその症状はまた顔を出すのだ。
寂しい。
壊れるくらい寂しい。
新入生オリエンテーションの前に私はこのぬいぐるみに弱音を吐いた。
「知ってる?人間って寂しくても死なないんだよ。こんなに辛いのに」
「このまま死ねたらいいのに」
その言葉を思い出すだけで頬に涙が伝って、シーツに少しだけシミが出来た。病気の症状も重なって、涙は止まらなくてシーツのシミは大きくなっていく。病気になってから、前よりずっとずっと泣き虫になった。
菅谷くんは前に進んだのかな。まだ無理をしてるのかな。
それでも、今日も菅谷くんの周りには沢山の友達がいた。周りに迷惑をかけないために「一人」を選んだのは私なのに、すぐに寂しさは顔を出す。
その時、スマホがピコンと鳴った。私はいつも家に帰るとすぐにスマホの通知音をオンにする。一瞬の気の紛らわしにしかならない通知音すら、寂しさを埋めてくれる道具の一種なのだ。
スマホを開くと、オリエンテーションの班のグループに草野くんがメッセージを送っている。
「今度、四人で遊びにいかない?」
私はそのメッセージにすぐに返信することが出来なかった。
一秒一秒がとても長く感じながら、菅谷くんが登校するか不安で心臓がバクバクとなっているのが自分で分かった。気持ちを落ち着かせるために、少し俯いて呼吸を整える。
「あ!菅谷!」
クラスの男子の声に私はパッと顔を上げた。教室の扉のところに菅谷くんが立っている。
「え!菅谷じゃん!もう大丈夫なの!?」
男子生徒の数人が菅谷くんに駆け寄っている。
「もう復活!マジで寝過ぎたわ」
菅谷くんはいつも通りの雰囲気で質問にノリよく返事をした。
「あはは、マジで大丈夫かよ」
「ていうか菅谷、いつぶり!?」
「一ヶ月ぶりくらいじゃね!?」
「アホだろ。まだ五月の終わりだぞ」
菅谷くんの友達は菅谷くんを囲むように笑っている。その見慣れた光景をもう一度見れることが嬉しかった。
「で、菅谷って何で倒れたの!?熱中症?」
その問いに菅谷くんは一瞬だけ固まったが、何と答えるか決めてきているようだった。
「熱中症じゃないけど、ちょっと寝不足もあって暑くて倒れたっぽい」
「うわ、やば。寝不足って大丈夫なん?」
「勉強しすぎたわ」
「嘘つけ!」
「あはは、バレた?ゲームしすぎたわ」
「馬鹿だろ!」
友達に囲まれている菅谷くんを見ていると、私の席に草野くんが近づいてくる。
「菅谷、学校来れてよかったな」
「うん」
「川崎さんも色々ありがと」
草野くんのお礼に私はうまく返事が出来ない。きっと草野くんは菅谷くんにお見舞いに行っていいか私が代わりに聞いたことに対してお礼を言ってくれている。だけど私は草野くんに病気のことを秘密にしたまま、一人で菅谷くんに会いに行った。それは「頻発性哀愁症候群」の私と菅谷くんの二人の秘密。それがどこか心苦しく感じたが、この秘密を明かすわけにはいかなくて。
「川崎さん?」
「あ、ごめん。何でもない」
草野くんは友達に囲まれている菅谷くんの方を見ていた。
「草野くんは菅谷くんのところ行かないの?」
「うーん、今は他の友達に囲まれてるから。次の休み時間にでも声をかけるよ」
「そっか」
菅谷くんに視線を向けてそう話す草野くんが少しだけ大人びて見えた。
その時、川北先生が教室に入ってきて「ホームルーム始めるぞー」と呼びかけると生徒がぞろぞろと席に座り始める。
「じゃ、また。川崎さん」
草野くんがそう言って、自分の席に戻っていく。私がもう一度菅谷くんに視線を向けると、菅谷くんはもう自分の席に座っていた。
金曜日まで空いていた菅谷くんの席が埋まっていることが嬉しくて、それだけでもう十分だった。
その日の授業は何故か早く感じて、あっという間に放課後になってしまう。私がスクールバッグに教科書をしまって帰る準備をしていると、スマホに通知が来ていた。
スマホを開くと、菅谷くんからメッセージが入っている。
「案外、来てみたら大丈夫だった」
私はパッと顔を上げて、菅谷くんの席に目を向ける。菅谷くんと目が合うと、菅谷くんが少しだけ笑ったのが分かった。
同じ教室にいても、顔を合わせて話すわけじゃない。スマホ越しのメッセージなのに、届いたメッセージの内容を見るだけで嬉しくて堪らない。
私は菅谷くんに「良かった」と短いメッセージを返した。菅谷くんがスマホの通知音に気づいて手に取ろうとした瞬間、菅谷くんの後ろから草野くんが声をかけた。
「菅谷、今度遊びに行かね?復帰祝い!」
菅谷くんと草野くんはそのまま二人で楽しそうに話している。私はその光景を微笑ましく思いながら、帰り支度を終わらせた。
しかし、スクールバッグを持ち上げた瞬間に聞こえた草野くんの声に私は固まった。
「折角だし、オリエンテーションの班で遊ばね!?」
ドッと心臓が速くなっていく。自分でも何でこんなに緊張しているのかすぐに分からない。
ああ、そうか。
私はまだ教室の中で「傍観者」でいたいんだ。周りの人に迷惑をかけたくなくて、まだ人と関わるのをどこか恐れている。
草野くんが私と美坂さんに声をかける前に私は草野くんの声が聞こえなかったふりをして、教室を飛び出した。
家に帰ってすぐに着替えてベッドに横になると、いつものぬいぐるみが枕元に座っている。
家に帰って一人で部屋にいるだけでその症状はまた顔を出すのだ。
寂しい。
壊れるくらい寂しい。
新入生オリエンテーションの前に私はこのぬいぐるみに弱音を吐いた。
「知ってる?人間って寂しくても死なないんだよ。こんなに辛いのに」
「このまま死ねたらいいのに」
その言葉を思い出すだけで頬に涙が伝って、シーツに少しだけシミが出来た。病気の症状も重なって、涙は止まらなくてシーツのシミは大きくなっていく。病気になってから、前よりずっとずっと泣き虫になった。
菅谷くんは前に進んだのかな。まだ無理をしてるのかな。
それでも、今日も菅谷くんの周りには沢山の友達がいた。周りに迷惑をかけないために「一人」を選んだのは私なのに、すぐに寂しさは顔を出す。
その時、スマホがピコンと鳴った。私はいつも家に帰るとすぐにスマホの通知音をオンにする。一瞬の気の紛らわしにしかならない通知音すら、寂しさを埋めてくれる道具の一種なのだ。
スマホを開くと、オリエンテーションの班のグループに草野くんがメッセージを送っている。
「今度、四人で遊びにいかない?」
私はそのメッセージにすぐに返信することが出来なかった。
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