上 下
7 / 36
新入生オリエンテーション

7.現れる症状

しおりを挟む
 キャンプ場に着くと、すぐに班ごとに調理を始めていく。

「なぁ菅谷、玉ねぎって縦に切る?横に切る?」
「玉ねぎの向きによって違うかな」
「そんなことは分かってんだよ!今の俺の持ってる向きで聞いてんの!」

 菅谷くんと草野くんが玉ねぎを切ってくれている間に、私たちは人参とじゃがいもを切っていく。隣で玉ねぎを切っている草野くんが目を押さえている。

「痛った。マジで玉ねぎって目が痛くなるんだな」
「玉ねぎ切ったことねぇのかよ」
「記憶にはないかな」
「じゃあ、ないだろ」

 いつもクラスで見ている菅谷くんより少しだけ草野くんを適当にあしらっている感じが二人の仲の良さを表しているようだった。それに菅谷くんも体調が悪いようには見えなかった。

杞憂きゆうだったかな……」

 私の声に美坂さんがこちらに視線を向ける。

「川崎さん、何か言った?」
「ううん、なんでもない。お米の準備してくるね」
「じゃあ、もう一人誰か……」
「ううん、一人で大丈夫」

 私はそう言って、お米を洗うために手洗い場へ向かった。
 しかしお米を洗おうと水を出した瞬間、スッと症状が顔を出したのが分かった。


 寂しい。


 あ、これダメなやつだ。


 私はすぐにポケットに入っている手のひらサイズのぬいぐるみを取り出した。小さいぬいぐるみでは手を繋ぐことは出来ないので、ぬいぐるみ全体を包み込むように手で握る。

「大丈夫。寂しくないよ。全然寂しくない」

 そう問いかけても、症状はなかなかおさまっていかない。
 先ほどまでが楽しすぎたのかもしれない。周りに人がいて、私と接してくれて楽しかった。急に一人になり、症状が出やすくなっている可能性がある。
 すると、お米の入っている容器から水が溢れ出しそうになっていることに気づいてすぐに水を止めた。
 どうしよう。もっと人がいない場所に行って、入学式の時みたいにうずくまって自分で自分をギュッと出来る場所に行く?
 でも班に戻るのが遅ければ、優しいあの三人なら私を探しにくるかもしれない。

 急がないと。急いで「寂しい」を抑えないと。

 しかし、焦れば焦るほど気持ちが落ち着かなくて、症状もおさまってくれない。私は水の止まった蛇口を見つめながら、ぬいぐるみを握る手に力を込めた。
 小さくて手を繋げる大きさではないぬいぐるみでは、お母さんと手を繋いでいるイメージも持つことが出来ない。それでも、ぬいぐるみを握らない方が症状が悪化する気がして、私は両手でぬいぐるみを握りしめた。


「川崎さん?」


 名前を呼ばれて、振り返ると菅谷くんが立っている。私は慌ててぬいぐるみをポケットに押し込んだ。

「大丈夫?俺が切る分の玉ねぎを切り終わったから手伝いに来たんだけど……」
「そうなんだ……ありがと!」

 無理やり明るい声を出して、自分を鼓舞こぶする。菅谷くんは私の不調には気づかず、そのまま私の隣までやってくる。

「おお、水めっちゃ入ってる!少し流しても大丈夫?」
「うん、ごめん。ぼーっとしてたら入れすぎちゃって」
「川崎さんでも抜けてるところあるんだな。安心した。草野なんかまだ玉ねぎ切り終わってなくてさー」

 菅谷くんの話を貼り付けたような笑顔で頷きながら聞く。ダメ。もっと上手く笑わないと。菅谷くんに気付かれてしまう。
 じんわりと額ににじみ始めた汗を拭うことすらしないまま、私は笑顔で菅谷くんに聞き返す。

「菅谷くんは料理はよくするの?」
「あんまりしないけど、たまに休みの日は……」

 その時、菅谷くんの言葉が急に止まった。

「川崎さん、体調悪いでしょ?」

 突然の問いに私は返事をすることが出来ない。

「先生呼んでくる?それとも保健室の先生のところに行った方がいい?」
「なんで……?」

 「なんで分かったの?」と聞きたいのに最後まで言葉が出てこない。それでも、菅谷くんは私の問いの意味が分かったようだった。


「川崎さんは楽しい時に笑う人だから。愛想笑いをする人じゃなくて、本当に楽しい時だけ笑ってくれる人」


 菅谷くんの言葉の意味がすぐに理解出来ないまま、菅谷くんが辺りを見回し始める。

「とりあえず、座ろ。あそこにベンチがあるから座ってて。俺、保健室の先生呼んでくる」

 私は言われるままにベンチに座って、額の汗をハンカチで拭った。菅谷くんの先ほどの言葉がもう一度頭をよぎる。
 私は周りの人と関わらないために出来るだけ笑わないようにしていた。それでも、どうしても堪えられず笑ってしまう時はあって。
 それを菅谷くんは「愛想笑いをする人じゃなくて、本当に楽しい時だけ笑ってくれる人」と表現した。症状が出て弱っているからだろうか。涙腺が緩くなっていて、目に涙が滲んだのが分かった。

「川崎さん、保健の先生呼んできたよ……って、大丈夫!?」

 私の潤んだ目を見て、菅谷くんが慌てている。そんな菅谷くんに保健室の先生は優しく呼びかけた。

「あとは先生に任せて菅谷くんは班のところに戻りなさい。先生を呼びにきてくれてありがとう」

 先生の言葉に菅谷くんが班のところに戻ろうとする。私は慌てて菅谷くんを呼び止めて、お礼を言った。

「あの、菅谷くん……!本当にありがとう……!」
「全然。カレーのことは気にしなくていいから、ゆっくり休んで」

 そう言って、菅谷くんは走って行ってしまう。菅谷くんが離れるとすぐに保健室の先生が近寄ってくれる。

「川崎さん、大丈夫?川北先生から話は聞いているわ。すぐに別室に移動しましょう」

 先生に連れられるまま、私は屋内の別室に移動する。簡易ベッドに横になった私を、先生はカーテンを閉めながら心配そうに見ている。

「ここならご両親に電話してもいいけれど、どうする?もしその方が症状がおさまるなら……」
「大丈夫です。少しここで休ませてもらえるだけで……」
「そう。じゃあ、私もすぐ近くにいるからゆっくり休んでね」

 そう言って、先生はカーテンを閉めてくれる。お母さんに電話をすれば症状は治まりやすいかもしれないが、心配をかけて「迎えにくる」と言いかねない。それに大分症状も治まり始めていた。
 私は、ポケットからもう一度ぬいぐるみを取り出した。ぬいぐるみをギュッと握っていると、自然に少しだけ眠たくなってくる。
 気づけばそのまま私は一眠りしてしまっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

スイミングスクールは学校じゃないので勃起してもセーフ

九拾七
青春
今から20年前、性に目覚めた少年の体験記。 行為はありません。

ああ、高校生になった連れ子が私を惑わす・・・目のやり場に困る私はいらぬ妄想をしてしまい

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子のいる女性と再婚し、早10年が経った。 6歳だった子供もすでに16歳となり、高校に通う年齢となった。 中学の頃にはすでに胸も膨らみ、白いスポーツブラをするようになり、ベランダに

文バレ!②

宇野片み緒
青春
文芸に関するワードを叫びながらバレーをする、 謎の新球技「文芸バレーボール」── 2113年3月、その全国大会が始まった! 全64校が出場する、2日間開催のトーナメント戦。 唄唄い高校は何者なのか? 万葉高校は? 聖コトバ学院や歌仙高校は全国でどう戦うのか? 大会1日目を丁寧に収録した豪華な中巻。 皆の意外な一面が見られるお泊り回も必見! 小題「★」は幕間のまんがコーナーです。 文/絵/デザイン他:宇野片み緒 ※2018年に出した紙本(絶版)の電子版です。

処理中です...