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貴方は優しい人

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アルト様との賭けが終わり、私はある問題を考え始めていた。

アルト様は私に「君を殺したのは、俺だ」と仰った。

しかし、言葉の真偽が分からない。

つまり、まだ私は「アルト・レクシア」という人物を知らなすぎる。

彼が誰かの生まれ変わりであっても、今のアルト様を知ることは大切だろう。

そう考えた私は、アルト様の実家である隣国のレクシア公爵家に招待して欲しいと、アルト様に願い出た。

アルト様の実家に行けば、アルト様のご両親などアルト様に親しい人物から話を聞くことが出来るだろう。


しかし、ある問題があった。


個人的な訪問とはいえ、隣国であるヴィスタ国の高位貴族の屋敷に向かうのであれば王家に許可がいる。

その許可はすぐに取れたのだが、その後から第一王子であるレーヴィン・エイデル殿下の詮索が止まらない。

レーヴィン・エイデル殿下と言えば、前回の試験で2位になり、私を問い詰めた張本人である。

その後、特に関わりはなかったのだが、どうやらレーヴィン殿下はあることが気がかりらしい。


「リーネット・アステリア嬢。君はアルト・レクシア様と仲が良いのだろうか・・・?実は、彼のことをフローラが気にしているようなんだ」


どうやらレーヴィン殿下は前と変わらず、かの男爵令嬢フローラ・ヴィアローズにご執心らしい。

アルト様はあの賭けの後、フローラ・ヴィアローズ男爵令嬢をきっぱりと振ったのだ。

その後、そのことで傷心している彼女をレーヴィン殿下は心配しているのだろう。



はっきり述べるのならば、この問題は正直【どうでもいい】。



何故なら現在ロタリスタ国において王位継承権を持っている者はレーヴィン殿下の他に二人おり、レーヴィン殿下が判断を誤れば、次の王位継承が別の優秀な人物になるだけだ。

しかし・・・私は、レーヴィン殿下を嫌ってはいない。

だからこの問題の部外者である私が、助言することをどうか許してくださいませ。


「レーヴィン殿下。フローラ・ヴィアローズ男爵令嬢はそれほど魅力的ですか?」

「っ!当たり前だ!貴様はフローラを侮辱するのか!?」

「まさか。では、彼女の魅力は何ですか?」

「・・・フローラはいつも優しくて、私を思いやった言葉をかけてくれる」


「なるほど。・・・レーヴィン殿下、一つよろしいですか?」


「何だ?」



「貴方は王子であり、きっと幼少期から周りの者は厳しかったのでしょう。きっと、悪意も大いに浴びてきた」

「しかし、苦言を呈《てい》する全ての者が貴方のことを想っていないわけではないのです」

「甘い言葉をかけてくれる者だけが、貴方を信じているわけではない」



「お前もフローラに騙されている、目を覚ませ、とでも言うのか?」



レーヴィン殿下は悲しそうにそう仰る。

きっと、今まで注意した者もたくさんいたのだろう。

「いいえ。ただ、一つだけ・・・もし彼女を妻に迎えたいのなら、他の貴族子息より彼女を夢中にさせて下さい」

「は・・・?」


「今はレーヴィン殿下だけが彼女に魅了されているように見えますわ。しかし、それでは上手くいかない。もっと、レーヴィン殿下が自分を磨いて彼女からの愛を手に入れて下さいませ」


「そうすれば、フローラを妻に迎えられると?」

「そんなの知りませんわ!」

「っ!?」

「それは、レーヴィン殿下と彼女の努力次第。ただ私から言えることは、今のロタリスタ国の王、つまり貴方のお父様は「賢王」です。努力も知識も強《したたか》かさも足りない人間を王族と認めないでしょう」


「リーネット嬢は父上に会ったことがないはずだが・・・?」



私は小さく微笑んで、その場を離れる。



リーネ・フローリアであった時に、謁見した王はまさに賢王であった。

そして、要らない者を切り捨てる判断力を持った人物だった。


レーヴィン殿下と離れ、廊下を歩く私は暫くして足を止めた。



「アルト様、そろそろ出て来て下さいませんか?」



「何だ。気づいていたのか」



アルト様がそっと私の前に歩いてくる。

「あんな馬鹿な王子、放っておけば良いだろう?」

「あれでも、昔は可愛らしかったのですよ?」

「君がリーネ・フローリアであった時の話か?」

「ええ。会ったのは数える程しかありませんでしたが、真面目な王子でしたわ」

すると、急にアルト様が静かになる。


「どうされましたの?」


「・・・あの馬鹿王子が、リーネに惚れたらどうするんだ」


「っ!?何を仰いますの!?」

「あの男爵令嬢に騙されるような惚れっぽい王子だ。リーネの魅力に今更気づいてもおかしくない」

「そんなことあり得るはずがないでしょう!」

私が否定しても、アルト様の機嫌は直らない。



「・・・もしかして、拗ねてらっしゃるのですか?」



私の指摘にアルト様はそっぽを向いて、何も仰らない。

「私のことを好きだと仰るのは、アルト様くらいですわ」

「・・・君は自分の評価が低すぎる。君ほど聡明で、美しく、それでいて明るく・・・」

「ちょっと待って下さい!そんなに褒められては恥ずかしいですわ!」

私は頬を赤らめると、急にアルト様の機嫌が直る。


「その赤い顔、あの馬鹿王子には見せないことだ」


アルト様が美しい微笑みを私に向ける。

そして、ふと真面目な顔に戻る。



「・・・ねぇ、リーネ。君は、もう一度俺が君を殺すとは思わないのか?」



アルト様が私の頬に触れようとする。



「アルト様、貴方は不器用な人ですね」



「・・・どういう意味だ?」



「先ほどレーヴィン殿下と私の会話を隠れて聞いていたのは、もしレーヴィン殿下が逆上して私に危害を加えようとしたら助けるため」

「そして今も、本当に私を殺したい人間がわざわざ忠告などしませんわ」

「アルト様。貴方は不器用な人です。・・・そして、優しい人ですわ」



私は、アルト様が私の頬に触れようとしていた手を振り払う。

そして、逆に私がアルト様の頬に手を当てる。


「私、浮気性な男は嫌いですけど、一途で謎の多い男の人は少しだけ好みですのよ?」


「それが、「君を殺した」と言う男でも?」


アルト様が嘲笑《あざわら》うように微笑んだ。


「初めてアルト様が私に声をかけた下さった時も、私はレーヴィン殿下とあの男爵令嬢に責められていた。貴方は私を助けるために、私を連れ出した」

「そして私がリーネ・フローリアであった時の実家を訪れ、母とリリに会った日も貴方は私の前に現れた」

「私が自分がリーネ・フローリアであると明かせず、家族との再会の後に泣いているのではないかと考えた。そして、慰めるために屋敷の前で待っていた」

「・・・アルト様、貴方は優しい人間です。何故冷たい人間のふりをするのですか?」


アルト様は私の言葉を聞いても、何も仰らない。


私はアルト様の頬から手を離し、その場を去ろうとする。

しかし、最後にアルト様の方を振り返った。



「・・・私の一番の好みは、優しい人ですのよ?」



そう述べて私はアルト様の元を去り、教室に戻る。




「・・・リーネ、君はずっと変わらない。ずっと、俺の愛しい人だ」




そう呟いたアルト様の声は、私には届かなかった。
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