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ただ貴方を愛しています

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一ヶ月が経ち、王妃様との面会の日になった。

ロイド様は王宮に向かう馬車の中で、王妃様のお話を聞かせて下さる。

「ロイド様、王妃様はどのような方なのですか?」

「うーん、王妃は厳しい人かな。でも、ヴィルナード国のことを誰よりも思ってる。ただ・・・」

「ただ?」

「いや、なんでもないよ」

王宮に着くと、王妃様の部屋に案内される。

王妃様はロイド様が幼い頃に体調を崩されてから、ずっと寝室で療養していらっしゃる。


コンコン。


ロイド様が王妃様の寝室の扉をノックした。

「どうぞ」

初めて聞く王妃様の声は、凛とした綺麗な声だった。

「いらっしゃい。ロイドに・・・フィオール家のティアナ嬢で合っているかしら?」

私は王妃様に最敬礼した後に、自身の名を述べる。

「フィオール家長女のティアナ・フィオールで御座います」

王妃様は、私が礼をしているのをじっと見つめていらした。

「大丈夫ね・・・」

「え・・・?」

「母上!」

急にロイド様が王妃様に怒鳴った。

私は何が起こったのか分からない。

「いえ、フィオール家の者だから、一応は必要でしょう?前の聖女様のようなことがあっては困るのだから」

「どういうことでしょうか・・・?」

私が王妃様に質問をすると、王妃様は美しく微笑まれた。


「貴方は知らなくていいのよ・・・気にしないで。我が王家は、貴方を歓迎するわ」


ここで引かなければいけない。

これ以上は不敬になる。

でも・・・!

「前の聖女様は、何かを起こしたのでしょうか・・・?」

恐る恐るそう問うた私を王妃様が鋭い目つきで見つめる。

「ああ、貴方はフィオール家だものね。知っていても当然ね。前の聖女は『自身の記憶を保持したまま、世界の時間を戻せる』能力を持っていたの」

私と同じ能力を持っていたことは、母から聞いていた。

そして、生涯能力を沈める枷《かせ》をつけられ幽閉された、と。

しかし、それがどうして今関係あるのだろう?

「実は、能力を沈める枷は確実ではないの。それで前の聖女は幽閉の苦痛が嫌になり、能力を使おうとして枷を壊したわ。膨大な能力に枷は耐えられなかったみたい」

「その後はどうなったのですか・・・?」

「枷を壊して力尽きた聖女は能力を使えず、体調を崩して能力を使う所ではなくなった、と王家に残された記録には書かれていたわ」

「そうですか・・・」

恐ろしい話に、お母様が私の能力を隠した理由が分かった。

お母様は私を守るために必死だったのだ。



「ねぇ、そんな能力を持った者は要らないと思わない?」



王妃様が私と目を合わせる。

「母上、それ以上は・・・!」

「そうね・・・ただ、私が言いたいことは一つ。ティアナ・フィオールという女性が嘘をついていなくて良かったということよ」

王妃様はそう仰ると、美しく微笑んだ。

「ロイドをよろしくね」

微笑んだ王妃様は一人のただの母親に見えた。

王妃との謁見を終えた私を、ロイド様はフィオール家の屋敷まで馬車で送って下さる。

馬車の中で私はロイド様に問いかけた。

「ロイド様、私が嘘をついていなかったと王妃様が仰ったのはどういうことでしょう?」

「それは・・・」

「教えて下さい。私は、ちゃんとロイド様と向き合いたいのです」

私のその言葉にロイド様は何かを決したように、深呼吸をする。

「ティアナ、この話には私と王妃の能力が関わってくる。その秘密を知れば、ティアナも共に抱えなければならないだろう」

「分かっておりますわ」



「ティアナ、私にはある変わった能力があるんだ。その能力はまだ明かせない」

「ただね、その能力に付随《ふずい》して、私は【相手の能力が分かる】んだ。勿論、見ようとしなければ相手の能力は分からない」



ゾッと、身体が凍えるのが分かった。



ロイド様の態度が今までの人生と違う理由が分かった。


私は今回のタイムリープで全ての力を【使い切った】。


つまりロイド様が能力を使っても、私の能力はもう無い。


私の能力は、【表示されない】。


逆を言えば、今までの人生ではロイド様は私の能力を【知っていた】。


「ロイド様、私の能力をいつ確認しましたか!?」

「えっと、入学式の後のお茶会だけど・・・」


今までの人生でロイド様が冷たくなったのは、いつも入学式前後だった。

つまり、ロイド様は私の能力を知った後に態度が変わっている。


身体がガタガタと震える。

ロイド様は、私の能力を知っていた。

王妃様が、私が嘘をついていなくて良かったと言った理由が納得がいく。

「私が能力を持っていないと嘘をついていなくて良かった」という意味だ。



しかし、私の能力を知ったロイド様は何故急に冷たくなったのか。



危険な能力で、幽閉されるから?

王妃様もロイド様と同じ能力であるのならば、王妃様に会えば必ず私の能力はバレる。

その時、ふとクルト領で月を眺めた時の言葉が頭をもう一度よぎる。




「ティアナ。私は君を【殺せない】」




「殺す・・・?」




そう呟いた私にロイド様が掴み掛かる。



「ティアナ!何故、それを!」



ロイド様のその反応を見て、もう知らないふりは出来ないと思った。


「ロイド様、どうかちゃんと教えて下さい。もう、私は逃げたくない」


私がロイド様と目を合わせると、ロイド様は私の瞳を見つめ返した。


「ティアナ、君に本当にその覚悟がある?」


「え・・・?」


「私の能力を知るということはもう戻れないし、私も君を逃すことが出来ない」


ロイド様の言葉に私はすぐに反応することが出来ない。



「ティアナ、君は私を愛してくれている?」



ロイド様の問いに私は顔に熱が集まったのが分かった。

ロイド様はそんな私を顔を見て、少しだけ悲しそうに笑った。


「覚悟がないのは私の方だったかもしれない。この能力を明かして君に嫌われることが怖かった。本当はただそれだけだったのかもしれない」


ロイド様がそっと私の手を握った。


「ティアナ、聞いてくれる?」


ロイド様の問いに私は覚悟を持って頷いた。



「私の能力は、【一度だけ殺した相手の能力を奪える】。それに付随《ふずい》して、相手の能力が分かるんだ。相手の能力を知った上で、殺すか決められる。残酷な能力だ」



ヒュッ、と身体の体温が下がったのを感じた。



「そして、母上から国のために危ない能力を持ったものがいれば、迷わず殺すように命じられている」

「前の聖女が能力を使えたように枷《かせ》は万能ではない。だから殺して能力を奪え、と。それは能力を奪って使うためではなく、相手に能力を使わせないために。国のためなら危険な能力を持ったものを一人くらい殺しても構わないそうだ」



「ぁ・・・」

声が震えて、上手く話すことが出来ない。

では、前回の人生でロイド様は私を殺すつもりだったの・・・?

いや、もしそうならすぐに殺していたはず。



ロイド様と結婚すれば、王妃様との謁見を避けることは出来ない。


つまり、これまでの人生でロイド様は私を・・・・


「守って下さっていたの・・・?」


ボロボロと涙が溢れて止まらない。

「ティアナ!?」

急に泣き出した私に、ロイド様は慌てている。

それでも、溢れ出した涙は止まらない。

「私はなんてことを!ずっと私を愛して下さっていたと言うのですか・・・!」

「ティアナ!急にどうしたんだ!」

喚くように泣き続ける私をロイド様は強く抱きしめて下さる。

そして、優しくこう問いかけた。



「ねぇ、ティアナ。君は一体誰を見ているの?」



「え・・・?」



「今、君の目の前にいるのは私だ。どうか、落ち着いてくれ」



「ロイド様・・・!私・・・!」

「ティアナ、君の秘密を教えてくれるかい?もう一人で抱え込まなくて良い」

ロイド様はそう仰ると、強く抱きしめた腕から私を解放する。


「ティアナ、私の愛する人」


ロイド様は、私のこぼれ落ちた涙の跡にそっと口付けをした。

そして、ふっと優しい微笑みを向けて下さる。


「ロイド様、私の秘密を聞いて下さいますか・・・?」


「ああ、もちろん」


フィオール家に到着した馬車を降りた私は、ロイド様を私の部屋に案内した。

私の部屋でロイド様に紅茶を出しながら、私はゆっくりと昔話を始めた。

「私、ロイド様をずっと愛していたのです。ロイド様に出会う前から」

「・・・?」



「ロイド様、私は6度目の人生なのです」



「っ!」

私はそこからロイド様に今までの人生のことを話した。

ロイド様に婚約破棄され、何度もタイムリープを繰り返したこと。

ロイド様の愛をずっと求めていたこと。

ロイド様は、静かにただ聞いて下さった。


「ロイド様は何度タイムリープを繰り返しても、リアーナを選ぶのです。そして、私は6度目のタイムリープで全ての力を使い切りましたわ」


その言葉で、ロイド様は全ての状況を理解したようだった。


「今なら分かりますの。何故、ロイド様がリアーナを選ぶのか。我がフィオール家との繋がりを断たないためにも、私かリアーナとの婚約は必須だったのでしょう」

「そして、前回の人生ではリアーナは学園に入学しても『無能の聖女』と呼ばれたままでしたわ。強い能力を嫌う王妃様は私と婚約破棄をするならば、リアーナとの婚約を強制したのでしょう」

「ロイド様はどのような気持ちだったのでしょう?本当はロイド様は強い能力を持ったものを殺すよう命じられていた。私の能力はそれほどまでに危険だった」

「それでも私を殺さず、王妃様から守って下さった」


ロイド様は、前回の人生で婚約破棄を言い渡した時のような苦しそうな顔を浮かべた。


「きっと、ただティアナを愛していたんだろうね」


私はまた涙が溢れてしまう。

「私はロイド様を苦しめただけでしたわ。しかし、愛していたのです・・・!私もただロイド様を愛していた・・・!」

私は、ロイド様の頬にそっと手を当てる。



「そして、今もただロイド様を愛しているのです」



「っ!」


「ずっと気づかないようにしていましたわ。8歳に出会ったあの日から、ずっとロイド様の微笑みが大好きでした。私と話す時の嬉しそうな顔も」

「それでも、怖かった。その微笑みを向けられなくなる日が来ることが。ずっと自分の気持ちに気づかないふりをしてしまうほどに怖かった」


ロイド様の頬に当てた手をそっと離す。

それでも、決めたの。

最後の人生、後悔のない道を歩むと。


「ロイド様、どうかその微笑みをずっと私に向けてはくれませんか・・・?」


その時、ロイド様の頬に涙が伝《つた》う。

ロイド様は私の手を取り、もう一度自分の頬に触れさせる。


「私がこれからも微笑みを向けたいのは、愛を伝え続けたいのは、ティアナ・・・君一人だ」


そう仰って、ロイド様は私に優しく微笑みかけた。


「8歳のあの日、私は君に興味を持った。それからずっと、君の目に映り続けたくて必死だった。君を愛していたんだ」

「君が何度人生をやり直そうと変わらない。私は、ティアナを愛している」


ロイド様が私にそっと顔を近づけ、優しく口付けをした。


「ねぇ、ティアナ。一回じゃ足りない。ずっと待っていたんだよ」


ロイド様はそう仰ると、もう一度口付けをする。


「愛しているよ、ティアナ。何度でも伝えよう。君の不安がなくなるまで」


「ロイド様・・・私も、愛していますわ。ずっとずっと前から」


外は、小雨が降っている。

しかし、きっともうすぐ晴れるだろう。

そして、美しい虹がかかるのだ。

ロイド様、貴方とずっと同じ景色を見ていたい。

これが最後の人生。

やり直しなど、もう効かない。

しかし、それでいいの。


「もう戻れないと思うから、人は頑張れるし美しいんでしょう?」


お母様の言葉が頭をよぎる。

例え、能力が残っていたとしても、私はもう使わない。

必死に頑張って、幸せを掴み取るの。


ロイド様と共に。


さぁ、これからも輝かしい人生を共に歩みましょう?
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