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第十四章
終幕再び酒場にて
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男はぽつりぽつりとバーテンダーに語っていた。
語り終える頃にはグラスも空になり、男の両手に挟まれていたせいで氷もとけていた。
バーテンダーは男の話を黙って聞いていた。相槌を打つこともなく、いや、打てないほど動揺していたといった方が正しいだろう。
「という訳で、俺は探しに来たんですよ」
男はバーテンダーを見ながら言う。
「ここでなら見つかるんじゃないかと思ってね」
バーテンダーは息をするのも忘れたように、黙りこくっていた。顔からは血の気が引き、多少入った酒の効果もなく、青ざめた顔色で男を見ていた。
「どうしたんですか? 顔色悪いですよ」
男は薄ら笑いを浮かべてバーテンダーに言う。
「ショックでしたか? 俺の話。気づいてますよね? あなたの妹さんのことですよ」
バーテンダーの顔がひきつる。気づきたくなかったし、気づいてはいけないものに触れたから。
「あなたのことは妹さんから聞きました。俺がこの店に来たのは、あなたに会うためでもあったんですよ。だってここでなら逢える気がしたから。願いを叶えることを望まれた者同志だから。俺のことも分かってくれると思ったから。だからあなたも俺に何かを感じて、普段聞かないような事も聞いてきたんでしょうね。きっと同類だから」
バーテンダーは苦しくてどうしようもなくて、だが、聞かなくてはならない使命感もあり、絞り出すように言葉を吐いた。
「お前は妹を……、本当に喰ったのか……?」
男は当たり前のように答える。
「食べましたよ。それが妹さんの願いだったから。あなたが叶えられなかった望みを俺が叶えてやったんです。あなたが拒否して逃げた願いをね」
「お前は……」
バーテンダーは言葉に詰まる。
「俺達はひとつになったんだ。でもね、いなくなってしまったんですよ。最初は確かにいたんだ。それが時間がたつに連れて、消えていったんですよ。俺の前から。今でも温もりは感じるし、隣にいるみたいなのに、みえなくなったんだ。これからひょっとして、この温もりも感じられなくなってしまうんじゃないかと恐いんですよ。せっかくひとつになれたのに……」
男は空いたグラスに目を落とし語る。
「妹さんが受け入れたのは、俺とあなただけだ。だからここにならいると思ったんですよ。そして、また俺のこと魅てくれるんじゃないかとね」
バーテンダーはよりいっそう苦悶の表情を浮かべる。
「俺はね、請われたんですよ。あなたの代わりに永遠にひとつになることを。それなのに……、これじゃあ、あんまりだ……。俺はどうしたらいいんですか? 何処に行けば逢えるんですか? ねえ、教えてくださいよ!」
男の悲痛な想いに、バーテンダーは薄雪の声で答える。
「お前は妹に請われて、それ故に壊れたんだ……」
「妹もお前に魅入られてたんだよ。覗くものは覗かれる……。だから惹かれ合ったんだろう。俺は請われても立ち止まれた。何故なら、俺は深く覗けなかったから。お前は深く覗き過ぎたんだ」
「そして壊れた……」
「妹はもう何処にもいないよ……」
「お前は、妹の願いを叶えると同時に、妹を永遠に無くしたんだ……」
もう、お前は壊れてるんだよ……。男には最後の言葉は届いてはいなかった。
静まりかえった店内には願いを請われた二人。叶えた男には刹那の悦びと永遠の無。壊れた男には、もう何も残ってはいなかった。
終幕
語り終える頃にはグラスも空になり、男の両手に挟まれていたせいで氷もとけていた。
バーテンダーは男の話を黙って聞いていた。相槌を打つこともなく、いや、打てないほど動揺していたといった方が正しいだろう。
「という訳で、俺は探しに来たんですよ」
男はバーテンダーを見ながら言う。
「ここでなら見つかるんじゃないかと思ってね」
バーテンダーは息をするのも忘れたように、黙りこくっていた。顔からは血の気が引き、多少入った酒の効果もなく、青ざめた顔色で男を見ていた。
「どうしたんですか? 顔色悪いですよ」
男は薄ら笑いを浮かべてバーテンダーに言う。
「ショックでしたか? 俺の話。気づいてますよね? あなたの妹さんのことですよ」
バーテンダーの顔がひきつる。気づきたくなかったし、気づいてはいけないものに触れたから。
「あなたのことは妹さんから聞きました。俺がこの店に来たのは、あなたに会うためでもあったんですよ。だってここでなら逢える気がしたから。願いを叶えることを望まれた者同志だから。俺のことも分かってくれると思ったから。だからあなたも俺に何かを感じて、普段聞かないような事も聞いてきたんでしょうね。きっと同類だから」
バーテンダーは苦しくてどうしようもなくて、だが、聞かなくてはならない使命感もあり、絞り出すように言葉を吐いた。
「お前は妹を……、本当に喰ったのか……?」
男は当たり前のように答える。
「食べましたよ。それが妹さんの願いだったから。あなたが叶えられなかった望みを俺が叶えてやったんです。あなたが拒否して逃げた願いをね」
「お前は……」
バーテンダーは言葉に詰まる。
「俺達はひとつになったんだ。でもね、いなくなってしまったんですよ。最初は確かにいたんだ。それが時間がたつに連れて、消えていったんですよ。俺の前から。今でも温もりは感じるし、隣にいるみたいなのに、みえなくなったんだ。これからひょっとして、この温もりも感じられなくなってしまうんじゃないかと恐いんですよ。せっかくひとつになれたのに……」
男は空いたグラスに目を落とし語る。
「妹さんが受け入れたのは、俺とあなただけだ。だからここにならいると思ったんですよ。そして、また俺のこと魅てくれるんじゃないかとね」
バーテンダーはよりいっそう苦悶の表情を浮かべる。
「俺はね、請われたんですよ。あなたの代わりに永遠にひとつになることを。それなのに……、これじゃあ、あんまりだ……。俺はどうしたらいいんですか? 何処に行けば逢えるんですか? ねえ、教えてくださいよ!」
男の悲痛な想いに、バーテンダーは薄雪の声で答える。
「お前は妹に請われて、それ故に壊れたんだ……」
「妹もお前に魅入られてたんだよ。覗くものは覗かれる……。だから惹かれ合ったんだろう。俺は請われても立ち止まれた。何故なら、俺は深く覗けなかったから。お前は深く覗き過ぎたんだ」
「そして壊れた……」
「妹はもう何処にもいないよ……」
「お前は、妹の願いを叶えると同時に、妹を永遠に無くしたんだ……」
もう、お前は壊れてるんだよ……。男には最後の言葉は届いてはいなかった。
静まりかえった店内には願いを請われた二人。叶えた男には刹那の悦びと永遠の無。壊れた男には、もう何も残ってはいなかった。
終幕
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