こわれて

九丸(ひさまる)

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第七章

対峙3

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 何処の店も内装に差こそあれ、雰囲気や匂いは変わらないなと友人はタバコを吸いながら思う。
 薄暗い部屋に、芳香剤と混ざりあった、染み付いて決して消えることのない男達の欲望の匂い。
 友人は色々考えたが、ここで会うのが一番良いという考えに至った。自分自身会って直に感じる。あの禍々しいオモイを。
 ドアをノックする音が友人の耳に入る。
 来たか……。
「どうぞ」
 友人は不安を隠すように、明るい声で答えた。
「失礼します」
 声の後にドアが開き、女が顔を覗かせる。
「初めましてえ。今日はよろしくお願いします」
 下着の上に透け透けのキャミソールを着ている。何処の店でもそんなに変わらない格好。
 女はにこやかに歩いて来て、ベッドの友人の隣に寄り添うように座る。
 友人の手を握り、肩に頭を寄せて顔を見やり、甘い声で囁いた。
「ご指命ありがとうございます。今日は楽しみましょうね」
 友人は吸っていたタバコを灰皿で揉み消し、肩の女の顔を見る。
 この眼か。男はこの眼にやられたか。
「こちらこそよろしくね。なあにしちゃおっかなあ」
 友人はこういう店に来た時の、いつものノリで答えた。
「もう! 何してくれるのかな?」
 女も明るく返す。
 眼と眼が合う。
 女は友人に顔を近づけ、キスしようとする。
 近づく唇と唇。
 触れそうになった瞬間友人は顔を離す。
 不思議そうに、顔を見てくる女。
「キスはダメだった?」
 友人は、まあ、もうちょっと話そうよという風に、「いや、違うんだ。焦らずに会話から入るタイプだから。その方が燃えるんだよね。俺は」と返した。
「そうなんだ。じゃあ、何話そっか?」
 女は訝しがることなく友人に合わせる。
「なんで私を指命してくれたの? きっとこういう店来馴れてるでしょ? 分かるんだからね!」
「バレた? たまに利用するよ。この店は初めだけど。知り合いに聞いたんだ。すっげえ良くしてくれた子がいたって」
 女は嬉しそうに答える。
「そうなんだあ、嬉しい! その人にお礼言ってね! そしてまたご指名よろしくって!」
「わかった。言っとくよ」
 友人は笑顔で答えると、女の顔をあらためてよく見る。
「何か、独特な雰囲気あるね。上手く言えないけど。良く言われない?」
「ええ、言われないよお。初めて言われたあ」
 そうかもしれない。女が持ってるこの雰囲気は、波長が合ったものや、自分みたいな人種にしか分からないのかもしれない。そして、波長の合った人間が、女の眼の虜になり堕ちてゆく。
 女は相変わらず笑みを絶やさない。
 女には悪気はないのだろう。ただ求めてるのだ。純粋に自分の願いを叶えてくれる人間を。友人は女を視てそう感じた。
 たが、いくら悪気が無いとはいえ、波長が合って女の願いを叶えようとする人間は、きっととんでもないオモイを背負うことになるだろう。良い願いならいいが、この女の願いは男を破滅させるに違いない禍々しいものだろう。
 回りくどいのはどうも性に合わない。
 友人は切り出す。
「実は今日は話があって来たんだ」
 女は、ん? という風に友人を覗く。
「え、今お話してるよお」
「いや、そうじゃないんだ。俺が話したいのは、昨日ここから一緒に帰った男のことだ」
 女は更にキョトンとした顔になり、「あ、そうなんだあ。彼の紹介だったのね。そうでしょ?」と友人に笑いかけた。
 友人は少し間を置いた。
「紹介ではないんだ。俺が勝手に来たんだ。奴は知らないよ。君と奴について話に来たんだ」
 女は不穏なものを感じたのか、急に真顔になる。
「ねえ、どういうこと? 彼との何を話したいの?」
 友人はまた少し間を置き、ゆっくりと話す。
「単刀直入に言う。彼を解放してあげてくれないか。もう逢わないでくれ」
 女は冷静に友人を見た。
「それはつまり、私が風俗嬢だから? だから彼には相応しくないってこと?」
 この女は純粋だ。純粋過ぎる故にとんでもないオモイを相手に背負わせる。しかもそのオモイは明らかに負のものなのに、女はそれに気がつかないでいる。お互いがそれを望んで、叶えればきっと満たされると。女は満たされるだろう。だが相手は……。
 友人は頭を振り答える。
「それは違う。君の職業なんて関係ない。奴が気にしなければ別に構わない。職業じゃないんだ。君とはダメなんだ」
「君はきっと良い子なんだろう。だけど、君は気づいてないかも知れないが、君と波長の合った男は必ずダメになる。君に悪気がなくても。君が純粋に相手を愛しても。君が求めれば求めるほど、相手は堕ちていく。奴には君を受けとめられない」
 女の顔つきが厳しくなった。
「何言ってるか理解できないわ。それじゃ、私は好きな人を求めちゃいけないの? 満たされちゃいけないの? ひとつになって、ずっと一緒にいちゃいけないの?」
 女の熱を帯びた言葉に、友人は冷静に諭すように返す。
「今の君が変わるか、それとも、便宜上精神的って言葉使うけど、精神的に強い人間じゃないと君とは無理だ。もしくは、まったく波長の合わない人間か」
 黙る女にかまわず続ける。
「今の君は奴にとって毒薬なんだ。破滅に向かう。俺はそんな奴を放っておけない。助けたいんだ。だから、頼む。奴を解放してくれ」
 女は深く息を吐き、男を睨んだ。
「初対面のくせに私の何が分かるっていうの? それに私と彼は深く繋がってるの。ずっと一緒だって約束したの。あなたは部外者なの。もう放っておいてよ」
「俺には分かるんだよ。君の過去に何があったとか、生まれつきなのかまでは分からないけど、君の纏ってるいるオモイはダメだ。君自身がそのオモイを産み続ける限り、君のその眼は奴にとって邪眼以外のなにものでもない。頼む。奴にはもう逢わないでくれ。奴を想うんであれば」
 女はまったく理解できないでいた。この男は突然現れて何を言ってるのか? 最早怒りしかなかった。
 それを察して友人は女に幾分申し訳なさそうに言う。
「君は純粋に彼を求めてることは良く分かった。でもね、いまの君は変われない。多分これからも。そして君のオモイを満たした時、奴は終わる。お願いだ。奴を助けてくれ」
 友人は女に向かって頭を下げた。
 それを見て、怒りの余り嫌味ったらしい言葉が出る。
「だいぶ余計な話で時間かかったけど、どうする? 抜いてく? まあ、ここまで言っといてそれはないか。じゃあ、早く出てってよ!」
 友人は暫く下げた頭を上げて、女の怒りに満ちた眼を背に受けながら、淫魔の香り漂う部屋を後にした。
 
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