こわれて

九丸(ひさまる)

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第五章

誘蛾灯

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 薄暗い、男と女の淫香が漂う部屋。消臭剤で誤魔化しても、決して消えることなく漂い続ける匂い。
幾多の男と女の匂いの粒子が混ざりあい、部屋そのものを成しているような、そんな空間。
 男は今、そんな空間に新たに自分と女の匂いの粒子を混ぜ合わせ、そして継ぎ足していく。
「あっ……、んっ、そうよ、あなたの好きにしていいのよ……」
 男は女に覆い被さり、耳から首筋に向かい舌を這わせる。左手は女の乳房を揉みながら、右手は女の頭を抱く。
 男の動きはぎこちない。初めての時に女が男にしてくれたようにしようとするが、上手くいかない。
 男は焦る。好きにしていいと言われても、何をしていいか分からない。今考えれば男のセックスは、雑な愛撫と入れて果てるだけの、自分よがりな単調な行為だったのだろう。
 だから分からないなりに、女がしてくれたことをなぞろうとする。きっと、そうすれば女も感じてくれると思い。すがるように。
 男の荒い息づかい。
「大丈夫よ。ゆっくり。そうよ、やさしく」
 徐々に女の声は、男の愛撫に合わせて響くようになる。
 男はその声に合わせるように、さっきより幾分流れ良く愛撫を続ける。
 男は思う。女の掌で踊らされてるようだ。俺は猿だ。女の声でのせられ、そして芸をする猿だ。でもそれでいい。今は女の声を途切らせないように、この淫靡な声を聞き続けるために。
 男の手が、女の軽く開いた内腿を撫で上がり、そして秘部にそっと触れる。
「ああ……」
 女はビクンと身体を震わせ声をだす。
 男は触るか触らない程度の軽さで、秘部の突起をさする。
 女の声が徐々に激しさを増す。
 男は少しだけ力を強めて、更にさする。
 女の秘部はそれに合わせるように液を溢れさす。その液が潤滑油となり、女の突起は男の指をスムーズに滑らせ、熱く膨らみ、それにより感度をあげていく。
「いいわ……。そのまま続けて……。お願い!」
 女の声が更に大きく激しくなり、それにつられるように男の息づかいも荒くなる。
 愛撫する男も、女の快楽を分け合うように自分も感じる。
 男のものは、なにもされてないのにいきそうなほどいきり起っていた。
 女は喘ぐ。
 男も喘ぐ。
 そして、女は一際大きく喘ぐと、身体を大きく痙攣させていき果てる。
 小さな痙攣を続ける女の上で、男は覆い被さったまま、自身もいき果てていた。
 男にとっては初めての経験。直接弄られたわけでもないのに、女の腹の上に液を飛び散らしていた。
 快感のシンクロ。彼女とは味わうことがなかった、別の次元にいったような感覚。
 女はまだ息の荒い男の頭を抱き寄せ、耳許で囁く。
「ねえ、まだ大丈夫でしょ? 今日は時間もあるし。入れて……。あなたのを」
 その言葉に反応するように、今いったばかりの男のものは跳ねあがる。
 男は女の秘部にむしゃぶりつくように舌を這わる。
 はあ、はあ、と息づかいの音。じゅるっと唾液と愛液の混ざりあったものを舐めあげすする音。
 男は女の秘部に指を入れ、熱く濡れそぼった中を荒々しくかき混ぜる。
 女はその激しさにもかかわらず、痛がることもなく、合わせるように声をあげ続ける。かき混ぜる度に音が卑猥になっていく。
 たまらず女は叫ぶ。
「入れて! 早く入れて!」
 男は硬くなったものを一気に突き刺す。
 熱く、たっぷりと濡れた女の中を男は感じる。
 男のものを女の中は締め付けてくる。絡みつくように。
 入れただけで果てそうになるのを男は必死にこらえ、男は無我夢中に腰を動かす。
 女は男にしがみつき、男の腰の動きに合わせるように、声をあげ、腰を合わせる。
 動かす。
 合わせる。
 喘ぎと汗と荒い息。
 二人は無我の中で、同時にいき果てた。

「ごめん、中に出しちゃって……。ヤバイよね……」
 女は笑いながら男の髪を優しく撫でた。
「大丈夫よ。こういう店の子は皆ピル飲んでるから。それに店的には入れるの無しだけど、私がどうしても欲しかったから」
「……」
「それとも病気心配してる? 一応毎月検査はしてるけど。それに店で最後までさせたのはあなたが初めてよ」
 女は男の眼をじっと見てくる。
 男はその眼から視線を反らせずにいた。
 段々顔の輪郭が溶けていき、女の眼だけが写る。まるで男を丸ごと飲み込むように。
 魅入られる。
 男は思考が緩慢となるのを感じながら飲み込まれていく。もう反らすことはできない。
「どうしてかなあ? まだ二回しか逢ってないのに、すごくあなたが愛しいの」
 女の口ではなく、眼が優しく語りかけてくる。
 男は黙って頷く。
 自我は忘却の彼方に。ただ光に引き付けられる蛾のように。ゆっくりと飛び込み、そして堕ちてゆく。男にとって心地よく淀んだ暗い沼の中へ。
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