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第四章
友人
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随分昔に駅前が開発され、当時は洒落た街としてメディアや雑誌にも取り上げられた。今でもその名残があるし、他の開発が次々と行われるせいで、メインとして扱われることは少なくなったが、逆に落ち着き、大人の街になった感がある。そんな街の駅前の大通りをはさんだ、大手銀行の裏に男の行きつけの店がある。
昔は下町だった名残を今でも残す店構え。ビールケースを積んでテーブル代わりにしたものが六つと、コの字のカウンターに、まだ早いにも関わらず今日も立ち飲み客がひしめいていた。
煙り立つカウンターの炭場の方を見ながら友人は言う。
「しかし、こんな時間からよく人が入ってるよね。まあ、うちらも他人のことは言えないけど。あ、すみません! 皮二本タレでください! お前も食べるだろ?」
ウーロンハイを飲みながら男は頷く。
お互いの職場も近いこともあり、友人とは良くこの店で飲んで、とりとめのない話をダラダラする。
注文はいつも友人任せ。別に好き嫌いはないし、食べるペースや量もお互い合う。楽なのである。
男と友人は大学の同期だった。そんなに友達のいない男にとって、この友人は一番の親友になるだろう。
友人はタバコに火をつけ、一口吸うと上に向けて煙を吐き出す。
「どう? 少しは落ち着いた?」
友人はここ最近会うたびに、挨拶代わりにそう聞く。
「まあ、何とか。相変わらず部屋にはなにもないけどね。でも、それが落ち着くんだよね」
「お前さあ、テレビくらい買ったら? ていうか冷蔵庫すらないんだろ? それぐらい貸そうか?」
「いや、いいよ。確かに部屋借りるのに使ったけど、手持ちがないわけじゃないから。それに本当に落ち着くんだよ。暫くはこのままでいいよ」
友人はちょっと渋い顔をした。
「それにしたってお前、何かただでさえ覇気がないのに、余計薄くなってない? 遠慮すんなよ。俺は大学の時、散々お前に世話になったんだから。ちょっとは返させろよ」
「そんなのいつまでも恩にきなくていいよ」
「じゃあ、ここは俺の奢りだ! 好きなだけ飲んで食いなよ!」
男は友人に軽い笑顔を返す。
「じゃあゴチになるよ。悪いね」
友人は少し間を置き、真顔で男を見た。
「早く忘れろ。あんな別れかたしたから未練はあるかもしんないけど。次だ次!」
友人の言葉に男は頷くしかなかった。
男には最近まで学生時代からの彼女がいた。周りからは何でお前にあれがくっつくんだと、かなり揶揄もされた。
男も不思議だった。釣り合いでいえば、勿体ないくらいの彼女だった。明るく、行動的で社交性もあり、容姿も良い。男と比べて友人知人も多く、後輩の面倒見も良く、上からの信頼もある。それが講義で偶々隣になり、それから何となく挨拶する程度の男と付き合うことになるとは誰も想像しなかったし、付き合ってる時にも誰も信じなかった。
劇的なきっかけが有ったわけでもなく、恋愛的には普通のプロセスだろう。何回かデートを重ね、普通に告白。そしてセックス。ただ主導権は常に彼女の方だっただけである。
どういうわけか、彼女からのアプローチでそうなってしまった。男は流されるままに、気づいたらそうなっていた。
卒業してお互い就職も決まり、二人は同棲を始めた。
男は流されたとはいえ、彼女のことをとても大事に思っていたし、きっとずっと一緒にいれると漠然と思っていた。だが多少の引け目と焦りも感じていたかもしれない。こんな自分と一緒にいてくれるなんてと。早く釣り合うようにならなきゃと。
ケンカすることもなく、お互い仕事にも慣れてきて、男にとっては心地好い日々が数年続いたある日、別れが来る。
「何か飽きた」
突然の一言だった。
「今あなたの他に男いるから別れて」
「家も出ていってね」
たったそれだけである。
男は理由も聞けない、怒りをぶつけることもできないまま家を追い出された。
ほんの数秒で何もかも変わってしまった。いくら考えても理由が見当たらない。上手くやってたじゃないか。考えればあれもこれも理由に思えるし、そんな事はないはずだとも思える。そもそもいつから男がいたんだ? それに気がつかなかったなんて。世の中の男は皆気づくものなのか? 何で自分なんかを好きになったんだ? そして何で嫌いになったんだ? せめて理由を教えてくれよ!
男は友人を頼った。
友人は黙っていつまでも話を聞いた。男の整然としてない話を黙って聞いた。彼女にぶつけられなかった想いを受け止められるわけはないが、男に吐かせることで、少しでも軽くなればと。
そしていつも以上に、時間が合えば男を誘うようになった。また溜まったものを吐かせるために。
友人は今日の男にいつもと違う違和感を覚えていた。
「お前さあ、何かつかれてない?」
男は呆れたような不貞腐れたような顔で答えた。
「そりゃあ、疲れもするよ。お前が一番分かってるだろ?」
「あ、いや、そうじゃなくて、『憑きもの』の憑く。何かに憑かれてない?」
男はキョトンとした顔で友人を見た。
「は? 何だよそれ? お前宗教系にでもはまったのか? いいよ。お前の頼みなら入信してやるよ」
男は呆れ笑いで言うが、友人は男を真顔でみやり、更に続ける。
「お前、霊感って信じる? 別に宗教とかじゃなくて。俺たまに感じるんだよ。まあ、便利に霊感って言ってるけど、上手く言えないけど、人のオモイみたいな。今日のお前からは何か感じるんだよ。最近何かオモイを貰うようなことなかった?」
何言ってんだかと流そうとした男の頭に、あの風俗嬢の眼が浮かびあがる。
魅入られた眼。男はそれを振り払おうとするが、その眼は頭から消えない。
男は黙りこむ。
「お前思い当たるふしあるんだろ? 話してみろよ」
男は躊躇する。まさか風俗に行って、そこの風俗嬢の眼が今頭から離れないとは、さすがに友人にも……。
「いいから言え! お前ヤバイことになるぞ!」
友人の語気を荒げたもの言いに、男はしょうがないと渋々話始めた。
「実は、こんなことお前に話すのも気が引けるんだけど、風俗に行ったんだ。初めて。まあ、きっかけはお前なんだよ」
友人は怪訝な顔をするが、黙って促した。
きっかけは別れてから何回目かの友人の誘いの席だった。
「お前ら結局何年付き合ったんだ? 大学二年の頃からだから、七年くらいか?」
男ははっきり覚えてるくせに、そんなのいちいち覚えてないような顔で頷く。
「お前は将来はやっぱり結婚とか考えてたんだろ? 付き合った期間もそうだし、周りもチラホラしてるしな」
「まあ、それは考えてたよ。漠然とだけど……」
男は飲みかけのジョッキに目を向けたまま顔をあげない。
「そうだよな。それは考えるよな」
友人はゴホンッと咳払いを一つして、更に問うた。
「あんまり聞きたがないが、お前の今後のことも考えてあえて聞く。ちゃんとセックスしてたか?」
男は驚いたように顔を友人に向けた。
「別に驚く質問じゃないだろ? まあ、俺とお前の間でこんな話したことないけどね。あ、俺は話してたか」
友人は笑いながらジョッキを煽った。
男と友人は親友と呼べる間柄だが、こと下の話はしたことがなかった。というより、友人は話すが、男はどうも友人といえども自分だけならいざ知らず、彼女のことまで断りもなくさらけ出すみたいで抵抗もあり、聞かれても流していた。
「なんでそんなことお前に……」
男は弱々しく呟いた。
「もう別れたんだし、話したって構わないだろ? どういうわけか俺は彼女にあまり好かれてなかったから会うこともないし」
男は会う会わないの問題でもないと思ったが、きっと友人は話すまで引かないとだろうと感じ迷った。
「結構大事なポイントだと思うよ」
友人のその言葉に促されて、男は重い口を開いた。
「お前の言うちゃんとは分からないけど、してたよ」
「別れる前、直近はいつ?」
友人の問いに男はふと考えこむ。セックスはしてた。いや、したことがある程度ではないのか? 付き合ってた年数を考えれば少ないかも。そういえば別れる前二年くらいしたことなかったような。
男は思考を遡り、ようやく不安げに答える。
「二年くらいまえかも……」
呆れられるかと思ったが、友人は冷静な顔つきだった。
「そうだろうな。お前みるからに淡白そうだもんね」
男は声にならない反論を頭に響かせる。そんなことはない。俺だって男だ。セックスだってしたいし、オナニーもする。だが、男の頭をよぎる。本当にそんなにしたかったのか? 俺は一緒にいるだけで満足して、そこで満ちてしまっていたんじゃないか?
その考えを読んだように、友人は持論だと前置きして話始めた。
「最初は愛情や快楽の行為かもしれないけど、長くなると義務になる。その義務感すらなくなると、終わるパターン多いよね。義務感持って、愛情や快楽というよりも情に変えてでも、定期的にする。やっぱり好き嫌い淡白関係なく、長く続けるにはセックスは大事だと思う」
男は黙って聞いていた。
「まあ、何で繋がってるかにもよるんだろうけど。例えば金、もしくは子供とか。そういうの別れない理由にもなるんだろうけど、セックス無しのそれだけだと、結局どっちか浮気するよね。皆とは言わないけど、確率高いと思うよ。リスキーでも満たされないものを他人で埋める。もちろん結婚と恋愛は違うだろうし、ばれずに上手くやってるやつらもいるんだろうけど。どちらにしてもやっぱりお互い肌合わせて確認するって大事じゃね?」
友人は更に続ける。
「ほとんど毎日しても飽きないやつもいれば、質を求めるやつや、まあ、上手くないけど頑張ってる感が好きなやつとか」
男は友人の話を聞いて思う。俺は回数もなかったし、テクニックなんてものに頭がいかなかった。
「セックスって人間の三大欲だろ? 下手でも満たされないのをカヴァーするのがお互いの気持ち。回数肌合わせてたら、愛情が冷めても情が生まれる。いくら義務といってもやってやってるだと情がない。それだとダメになるだろうけど」
「……」
「まあ、飽きないようにいろんなプレーあるわけで。お前もこれからまた彼女ができた時の為に、今せっかくフリーなんだからちょっとはっちゃけたら?」
「はっちゃけるって。俺は……」
「お前のことだから引っかけて遊べる訳もないし、風俗とかどう? これが可愛いのが結構いるんだよね。お前行ったことないだろ? なんなら一緒に行く?」
男は答えなかった。
友人は男の話を聞いて思い出した。
「なんだよ。誘ってくれれば良かったのに」
「誘える訳ないだろ」
友人は興味津々で聞いてきた。
「んで? どうだった? 良かった?」
男は沈黙する。言える訳がない。
友人はそれでも楽しそうに聞いてくる。
男はさっきの真顔はどこ行ったんだよと内心思うが、根負けしてポツリポツリと答え始めた。
ネットで調べてみたものの、何処が良いか分からずに適当に店を選んだこと。その店は古いビルの中にあったこと。女の子は店のお任せにしたこと。初めての経験が多くびっくりしたこと。女は本来皆ああなのかと思ったこと。自分はただ身を任せていただけだが、確かに幅は広がるのかと思ったこと。
「女が皆風俗嬢みたいなことする訳ないだろ。あれはお仕事だからね。まあ、しようと思えばできるんだろうけど」
友人は笑って言う。
「ひょっとして、はまったのか?」
「まさか……」
男は強く否定できない自分を感じつつ、弱く答える。
「しかし、そんな風俗行ったくらいで憑くかね。最近他に何かないの?」
「別にそれ以外は普段と変わらないけど」
「そうか。そこでもらったのか、それとも俺が視誤ったか」
男は不安と確認の意味を込めて聞く。
「お前、本当に視えるというか、感じるのか?」
「ああ。どういうわけかね。さっきも言ったけど霊感なんて便利な言葉使うけど、別に幽霊が視えるわけじゃないし。ただ、悪い空気を感じるみたいなね」
「俺からそれを感じると?」
「そうだよ。だから心配になって聞いたんだよ。しかし、落が風俗デヴューとはね。俺の見立ても落ちたかね」
男は言えないでいた。あの眼に魅入られたことを。そして、友人の懸念は多分当たっているだろうと。そして、もうそこから逃れられない気がすることを。
昔は下町だった名残を今でも残す店構え。ビールケースを積んでテーブル代わりにしたものが六つと、コの字のカウンターに、まだ早いにも関わらず今日も立ち飲み客がひしめいていた。
煙り立つカウンターの炭場の方を見ながら友人は言う。
「しかし、こんな時間からよく人が入ってるよね。まあ、うちらも他人のことは言えないけど。あ、すみません! 皮二本タレでください! お前も食べるだろ?」
ウーロンハイを飲みながら男は頷く。
お互いの職場も近いこともあり、友人とは良くこの店で飲んで、とりとめのない話をダラダラする。
注文はいつも友人任せ。別に好き嫌いはないし、食べるペースや量もお互い合う。楽なのである。
男と友人は大学の同期だった。そんなに友達のいない男にとって、この友人は一番の親友になるだろう。
友人はタバコに火をつけ、一口吸うと上に向けて煙を吐き出す。
「どう? 少しは落ち着いた?」
友人はここ最近会うたびに、挨拶代わりにそう聞く。
「まあ、何とか。相変わらず部屋にはなにもないけどね。でも、それが落ち着くんだよね」
「お前さあ、テレビくらい買ったら? ていうか冷蔵庫すらないんだろ? それぐらい貸そうか?」
「いや、いいよ。確かに部屋借りるのに使ったけど、手持ちがないわけじゃないから。それに本当に落ち着くんだよ。暫くはこのままでいいよ」
友人はちょっと渋い顔をした。
「それにしたってお前、何かただでさえ覇気がないのに、余計薄くなってない? 遠慮すんなよ。俺は大学の時、散々お前に世話になったんだから。ちょっとは返させろよ」
「そんなのいつまでも恩にきなくていいよ」
「じゃあ、ここは俺の奢りだ! 好きなだけ飲んで食いなよ!」
男は友人に軽い笑顔を返す。
「じゃあゴチになるよ。悪いね」
友人は少し間を置き、真顔で男を見た。
「早く忘れろ。あんな別れかたしたから未練はあるかもしんないけど。次だ次!」
友人の言葉に男は頷くしかなかった。
男には最近まで学生時代からの彼女がいた。周りからは何でお前にあれがくっつくんだと、かなり揶揄もされた。
男も不思議だった。釣り合いでいえば、勿体ないくらいの彼女だった。明るく、行動的で社交性もあり、容姿も良い。男と比べて友人知人も多く、後輩の面倒見も良く、上からの信頼もある。それが講義で偶々隣になり、それから何となく挨拶する程度の男と付き合うことになるとは誰も想像しなかったし、付き合ってる時にも誰も信じなかった。
劇的なきっかけが有ったわけでもなく、恋愛的には普通のプロセスだろう。何回かデートを重ね、普通に告白。そしてセックス。ただ主導権は常に彼女の方だっただけである。
どういうわけか、彼女からのアプローチでそうなってしまった。男は流されるままに、気づいたらそうなっていた。
卒業してお互い就職も決まり、二人は同棲を始めた。
男は流されたとはいえ、彼女のことをとても大事に思っていたし、きっとずっと一緒にいれると漠然と思っていた。だが多少の引け目と焦りも感じていたかもしれない。こんな自分と一緒にいてくれるなんてと。早く釣り合うようにならなきゃと。
ケンカすることもなく、お互い仕事にも慣れてきて、男にとっては心地好い日々が数年続いたある日、別れが来る。
「何か飽きた」
突然の一言だった。
「今あなたの他に男いるから別れて」
「家も出ていってね」
たったそれだけである。
男は理由も聞けない、怒りをぶつけることもできないまま家を追い出された。
ほんの数秒で何もかも変わってしまった。いくら考えても理由が見当たらない。上手くやってたじゃないか。考えればあれもこれも理由に思えるし、そんな事はないはずだとも思える。そもそもいつから男がいたんだ? それに気がつかなかったなんて。世の中の男は皆気づくものなのか? 何で自分なんかを好きになったんだ? そして何で嫌いになったんだ? せめて理由を教えてくれよ!
男は友人を頼った。
友人は黙っていつまでも話を聞いた。男の整然としてない話を黙って聞いた。彼女にぶつけられなかった想いを受け止められるわけはないが、男に吐かせることで、少しでも軽くなればと。
そしていつも以上に、時間が合えば男を誘うようになった。また溜まったものを吐かせるために。
友人は今日の男にいつもと違う違和感を覚えていた。
「お前さあ、何かつかれてない?」
男は呆れたような不貞腐れたような顔で答えた。
「そりゃあ、疲れもするよ。お前が一番分かってるだろ?」
「あ、いや、そうじゃなくて、『憑きもの』の憑く。何かに憑かれてない?」
男はキョトンとした顔で友人を見た。
「は? 何だよそれ? お前宗教系にでもはまったのか? いいよ。お前の頼みなら入信してやるよ」
男は呆れ笑いで言うが、友人は男を真顔でみやり、更に続ける。
「お前、霊感って信じる? 別に宗教とかじゃなくて。俺たまに感じるんだよ。まあ、便利に霊感って言ってるけど、上手く言えないけど、人のオモイみたいな。今日のお前からは何か感じるんだよ。最近何かオモイを貰うようなことなかった?」
何言ってんだかと流そうとした男の頭に、あの風俗嬢の眼が浮かびあがる。
魅入られた眼。男はそれを振り払おうとするが、その眼は頭から消えない。
男は黙りこむ。
「お前思い当たるふしあるんだろ? 話してみろよ」
男は躊躇する。まさか風俗に行って、そこの風俗嬢の眼が今頭から離れないとは、さすがに友人にも……。
「いいから言え! お前ヤバイことになるぞ!」
友人の語気を荒げたもの言いに、男はしょうがないと渋々話始めた。
「実は、こんなことお前に話すのも気が引けるんだけど、風俗に行ったんだ。初めて。まあ、きっかけはお前なんだよ」
友人は怪訝な顔をするが、黙って促した。
きっかけは別れてから何回目かの友人の誘いの席だった。
「お前ら結局何年付き合ったんだ? 大学二年の頃からだから、七年くらいか?」
男ははっきり覚えてるくせに、そんなのいちいち覚えてないような顔で頷く。
「お前は将来はやっぱり結婚とか考えてたんだろ? 付き合った期間もそうだし、周りもチラホラしてるしな」
「まあ、それは考えてたよ。漠然とだけど……」
男は飲みかけのジョッキに目を向けたまま顔をあげない。
「そうだよな。それは考えるよな」
友人はゴホンッと咳払いを一つして、更に問うた。
「あんまり聞きたがないが、お前の今後のことも考えてあえて聞く。ちゃんとセックスしてたか?」
男は驚いたように顔を友人に向けた。
「別に驚く質問じゃないだろ? まあ、俺とお前の間でこんな話したことないけどね。あ、俺は話してたか」
友人は笑いながらジョッキを煽った。
男と友人は親友と呼べる間柄だが、こと下の話はしたことがなかった。というより、友人は話すが、男はどうも友人といえども自分だけならいざ知らず、彼女のことまで断りもなくさらけ出すみたいで抵抗もあり、聞かれても流していた。
「なんでそんなことお前に……」
男は弱々しく呟いた。
「もう別れたんだし、話したって構わないだろ? どういうわけか俺は彼女にあまり好かれてなかったから会うこともないし」
男は会う会わないの問題でもないと思ったが、きっと友人は話すまで引かないとだろうと感じ迷った。
「結構大事なポイントだと思うよ」
友人のその言葉に促されて、男は重い口を開いた。
「お前の言うちゃんとは分からないけど、してたよ」
「別れる前、直近はいつ?」
友人の問いに男はふと考えこむ。セックスはしてた。いや、したことがある程度ではないのか? 付き合ってた年数を考えれば少ないかも。そういえば別れる前二年くらいしたことなかったような。
男は思考を遡り、ようやく不安げに答える。
「二年くらいまえかも……」
呆れられるかと思ったが、友人は冷静な顔つきだった。
「そうだろうな。お前みるからに淡白そうだもんね」
男は声にならない反論を頭に響かせる。そんなことはない。俺だって男だ。セックスだってしたいし、オナニーもする。だが、男の頭をよぎる。本当にそんなにしたかったのか? 俺は一緒にいるだけで満足して、そこで満ちてしまっていたんじゃないか?
その考えを読んだように、友人は持論だと前置きして話始めた。
「最初は愛情や快楽の行為かもしれないけど、長くなると義務になる。その義務感すらなくなると、終わるパターン多いよね。義務感持って、愛情や快楽というよりも情に変えてでも、定期的にする。やっぱり好き嫌い淡白関係なく、長く続けるにはセックスは大事だと思う」
男は黙って聞いていた。
「まあ、何で繋がってるかにもよるんだろうけど。例えば金、もしくは子供とか。そういうの別れない理由にもなるんだろうけど、セックス無しのそれだけだと、結局どっちか浮気するよね。皆とは言わないけど、確率高いと思うよ。リスキーでも満たされないものを他人で埋める。もちろん結婚と恋愛は違うだろうし、ばれずに上手くやってるやつらもいるんだろうけど。どちらにしてもやっぱりお互い肌合わせて確認するって大事じゃね?」
友人は更に続ける。
「ほとんど毎日しても飽きないやつもいれば、質を求めるやつや、まあ、上手くないけど頑張ってる感が好きなやつとか」
男は友人の話を聞いて思う。俺は回数もなかったし、テクニックなんてものに頭がいかなかった。
「セックスって人間の三大欲だろ? 下手でも満たされないのをカヴァーするのがお互いの気持ち。回数肌合わせてたら、愛情が冷めても情が生まれる。いくら義務といってもやってやってるだと情がない。それだとダメになるだろうけど」
「……」
「まあ、飽きないようにいろんなプレーあるわけで。お前もこれからまた彼女ができた時の為に、今せっかくフリーなんだからちょっとはっちゃけたら?」
「はっちゃけるって。俺は……」
「お前のことだから引っかけて遊べる訳もないし、風俗とかどう? これが可愛いのが結構いるんだよね。お前行ったことないだろ? なんなら一緒に行く?」
男は答えなかった。
友人は男の話を聞いて思い出した。
「なんだよ。誘ってくれれば良かったのに」
「誘える訳ないだろ」
友人は興味津々で聞いてきた。
「んで? どうだった? 良かった?」
男は沈黙する。言える訳がない。
友人はそれでも楽しそうに聞いてくる。
男はさっきの真顔はどこ行ったんだよと内心思うが、根負けしてポツリポツリと答え始めた。
ネットで調べてみたものの、何処が良いか分からずに適当に店を選んだこと。その店は古いビルの中にあったこと。女の子は店のお任せにしたこと。初めての経験が多くびっくりしたこと。女は本来皆ああなのかと思ったこと。自分はただ身を任せていただけだが、確かに幅は広がるのかと思ったこと。
「女が皆風俗嬢みたいなことする訳ないだろ。あれはお仕事だからね。まあ、しようと思えばできるんだろうけど」
友人は笑って言う。
「ひょっとして、はまったのか?」
「まさか……」
男は強く否定できない自分を感じつつ、弱く答える。
「しかし、そんな風俗行ったくらいで憑くかね。最近他に何かないの?」
「別にそれ以外は普段と変わらないけど」
「そうか。そこでもらったのか、それとも俺が視誤ったか」
男は不安と確認の意味を込めて聞く。
「お前、本当に視えるというか、感じるのか?」
「ああ。どういうわけかね。さっきも言ったけど霊感なんて便利な言葉使うけど、別に幽霊が視えるわけじゃないし。ただ、悪い空気を感じるみたいなね」
「俺からそれを感じると?」
「そうだよ。だから心配になって聞いたんだよ。しかし、落が風俗デヴューとはね。俺の見立ても落ちたかね」
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