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出口に向かいながら、わたしの頭にあることが浮かんできた。カフェで物語のような修羅場をやらかしたんだから、ついでにこれもやってみよう。ある意味思い出作りだ。
わたしはカウンターに歩みを変えて、オーダー待ちの列に並んだ。
「どうした?」
不思議そうに訊いてくるツトムは無視して、わたしは次の展開に頭を向ける。多分、ここを出たら駐車場に向かうはずだ。もちろん、わたしについていく義理はないけれど、ツトムは許された気になっていて、きっとドライブにでも誘うだろう。まあ、駐車場に向かわなくても問題はないのだけれど。できれば駐車場がベストだ。
考えてる間に順番がきたので、わたしはアイスコーヒーのショートを二つオーダーする。
会計を済ませて、所在無げに立っているツトムに歩み寄る。
わたしは何も言わずにアイスコーヒーが入ったプラスチック容器を微笑んでツトムの目線に掲げる。
ツトムの顔がパッと明るくなった。
「よし! それ飲みながらドライブがてら海沿いのレストランでも行っちゃう?」
わたしは相変わらず無言のまま、顎でクイっと出口を差した。
ツトムは頷いて、勢い良く出口に向かった。
わたしも後に続く。
自動ドアが開いて、入った時とは逆に、目の前の背中を素通りして湿った熱気が顔に届く。
交差点の四隅には相も変わらずに信号待ちの人々が溢れんばかりに溜まっている。
わたしはカフェに入る前の憂鬱な気持ちなんてもはやなくなっていた。気分は高揚しているくらいだ。
五分くらい熱気に晒されてコインパーキングに着く。両手のプラスチック容器は水滴まみれだけれど、掌に感じる濡れた冷たさが気持ちいい。
前を歩くツトムは汗だくで、シャツの襟から見えるうなじは陽にテカっている。
わたしはそのうなじにプラスチック容器をヒタッとくっつけた。
「うひゃっ!」
変な声を上げてツトムは身体を震わせた。
「もう、何すんだよ!」と言いながら振り返り、わたしに満面の笑顔をくれた。
わたしも満面の笑顔を返す。
ツトムはうなじを右手で押さえながら車に向かう。
今だ!
おばあちゃん、ごめんなさい!
心の中で亡き祖母の言いつけに反することを謝りながら、しゃがんで左手のアイスコーヒーを地面に置いて、すかさず右手のプラスチック容器の蓋を外す。
そのまま立ち上がりながら、飛び付くようにツトムの背中に近づく。
わたしはツトムのシャツの襟を引っ張っり、隙間にアイスコーヒーを流し入れた。
「あびゃっ!?」
ツトムはさっきよりも変な声を出して、よじるように飛び上がった。
バタバタと騒いでいる間にも、焦げ茶色の染みが白いシャツを埋めていく。余った氷と液体はシャツから地面に滴り落ちて、熱がこもるアスファルトに溜まることなく染み込む。
「何すんだよ!」
怒り心頭で振り向くツトムの顔に、わたしは空のプラスチック容器をぶん投げた。
「いたっ!」
見事に額の辺りに当たって、地面を転がっていく。
「あー、スッキリした! ツトム、さよならっ!」
そう言ったわたしの顔は晴々としているはずだ。
背を向けて、地面に置いたアイスコーヒーを拾い上げて歩きだす。
あっ! 忘れてた。
立ち止まり振り向くと、ツトムは茫然と立ちすくんでいた。
「カップ片しといてね」
もちろん、わたしの一言に返ってくる言葉なんてなく。
再び踵を返し歩き始める。
ふと見上げてみれば、眩しい太陽と雲一つない清青の織りに白の一筆書き。
わたしはストローに口をつけて、おもいっきりアイスコーヒーを吸い上げた。
溶けた氷で薄まったアイスコーヒーが、冷たいまま喉を潤してくれた。
了
わたしはカウンターに歩みを変えて、オーダー待ちの列に並んだ。
「どうした?」
不思議そうに訊いてくるツトムは無視して、わたしは次の展開に頭を向ける。多分、ここを出たら駐車場に向かうはずだ。もちろん、わたしについていく義理はないけれど、ツトムは許された気になっていて、きっとドライブにでも誘うだろう。まあ、駐車場に向かわなくても問題はないのだけれど。できれば駐車場がベストだ。
考えてる間に順番がきたので、わたしはアイスコーヒーのショートを二つオーダーする。
会計を済ませて、所在無げに立っているツトムに歩み寄る。
わたしは何も言わずにアイスコーヒーが入ったプラスチック容器を微笑んでツトムの目線に掲げる。
ツトムの顔がパッと明るくなった。
「よし! それ飲みながらドライブがてら海沿いのレストランでも行っちゃう?」
わたしは相変わらず無言のまま、顎でクイっと出口を差した。
ツトムは頷いて、勢い良く出口に向かった。
わたしも後に続く。
自動ドアが開いて、入った時とは逆に、目の前の背中を素通りして湿った熱気が顔に届く。
交差点の四隅には相も変わらずに信号待ちの人々が溢れんばかりに溜まっている。
わたしはカフェに入る前の憂鬱な気持ちなんてもはやなくなっていた。気分は高揚しているくらいだ。
五分くらい熱気に晒されてコインパーキングに着く。両手のプラスチック容器は水滴まみれだけれど、掌に感じる濡れた冷たさが気持ちいい。
前を歩くツトムは汗だくで、シャツの襟から見えるうなじは陽にテカっている。
わたしはそのうなじにプラスチック容器をヒタッとくっつけた。
「うひゃっ!」
変な声を上げてツトムは身体を震わせた。
「もう、何すんだよ!」と言いながら振り返り、わたしに満面の笑顔をくれた。
わたしも満面の笑顔を返す。
ツトムはうなじを右手で押さえながら車に向かう。
今だ!
おばあちゃん、ごめんなさい!
心の中で亡き祖母の言いつけに反することを謝りながら、しゃがんで左手のアイスコーヒーを地面に置いて、すかさず右手のプラスチック容器の蓋を外す。
そのまま立ち上がりながら、飛び付くようにツトムの背中に近づく。
わたしはツトムのシャツの襟を引っ張っり、隙間にアイスコーヒーを流し入れた。
「あびゃっ!?」
ツトムはさっきよりも変な声を出して、よじるように飛び上がった。
バタバタと騒いでいる間にも、焦げ茶色の染みが白いシャツを埋めていく。余った氷と液体はシャツから地面に滴り落ちて、熱がこもるアスファルトに溜まることなく染み込む。
「何すんだよ!」
怒り心頭で振り向くツトムの顔に、わたしは空のプラスチック容器をぶん投げた。
「いたっ!」
見事に額の辺りに当たって、地面を転がっていく。
「あー、スッキリした! ツトム、さよならっ!」
そう言ったわたしの顔は晴々としているはずだ。
背を向けて、地面に置いたアイスコーヒーを拾い上げて歩きだす。
あっ! 忘れてた。
立ち止まり振り向くと、ツトムは茫然と立ちすくんでいた。
「カップ片しといてね」
もちろん、わたしの一言に返ってくる言葉なんてなく。
再び踵を返し歩き始める。
ふと見上げてみれば、眩しい太陽と雲一つない清青の織りに白の一筆書き。
わたしはストローに口をつけて、おもいっきりアイスコーヒーを吸い上げた。
溶けた氷で薄まったアイスコーヒーが、冷たいまま喉を潤してくれた。
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