Iced coffee

九丸(ひさまる)

文字の大きさ
上 下
1 / 5
分かりやすい1

分かりやすい

しおりを挟む
 その店はツトムがいつも選ぶような店じゃなかった。あれだけカフェをバカにして、昔ながらの喫茶店にしか入ろうとしなかったのに。

「のど渇いたから入ろうよ」

 そう言って指差した店は全国チェーンの、しかもどちらかといえばコーヒーというよりは甘いフラペチーノとかが人気のカフェだ。

 デパートや有名ブランドが並ぶ交差点は、土曜日の昼過ぎということもあって、信号待ちで四隅に人が飛び出さんばかりに溜まっている。

 何もしなくても吹き出る汗。人混みに入っていれば尚更当然のことだけれど、冷夏だと言っていた気象庁に文句の一つも言いたくなる。

 信号が青になり、わたし達は向かいにあるカフェに向かって歩き始める。見上げるまでもなく激しく照りつけているだろう太陽の熱がアスファルトに反射して、サンダル履きの足元を熱する。その暑さが伝ってスカートの中にこもり、歩を進める足が掻き回す。

 蝉の鳴き声の代わりに聞こえる信号待ちの車のエンジン音。うだりながら歩く人々の足音。白い麻のシャツに汗が滲むツトムの背中はすぐそこなのに、わたしは行き交う人波に呑まれてはぐれた感覚に陥る。

 渡り終わってあのカフェに入ってしまったら、また終わりの確信に近づいてしまいそうで不安になる反面、もういいかなと諦めの境地も見え隠れする。

 とうとう渡り切ってしまい、カフェの入口の前で溜まる人越しに、ほら、ほら、とツトムが手招きする。人懐っこい笑顔に汗の玉が光っている。

 わたしは掻き分け掻き分け、やっとツトムにたどり着く。

 正面に見える良く磨かれた透明なガラス一枚隔て、ありきたりだけれど違う世界だなんて思ってもしまう。お一人様、友人同士、カップル。見える人達の悩みなんてここからは見透かすことなんてできるわけもなく。ただただ楽しげに映るだけだ。

「混んでそうだなあ。まあ、とりあえず入ろうよ」

 ツトムが一歩踏み出すと自動ドアが開き、目の前の背中を素通りしたように、甘さを伴ったコーヒーの匂いと涼やかな空気がわたしの顔に届く。

 店内に入るとツトムは辺りを見渡して、「お、ラッキー。奥のテーブル空いてんじゃん。先に座ってなよ」とわたしを促す。

 続けて訊かれた「何にする?」との言葉に、「ツトムは何にするの?」と質問返しをして、返ってくるだろう答えを頭に浮かべる。

「俺はアイスコーヒーだよ」

 想像通りの答えだった。アイスコーヒーだと分かっていたわけじゃないけれど、ホットコーヒーじゃないのは想像できた。ツトムはいつもコーヒーは絶対ホットのブラックしか飲まない。二十八歳自称コーヒー通の偏ったこだわり。どうせ捨てるくらいのこだわりなら、なんとかフラペチーノでも飲めばいいのになんて考えてしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

カフェへの依頼

桃月熊
キャラ文芸
主人公はカフェの店主。 事件現場においてダイイングメッセージが最重要視される世界。 店主は話を聞くだけで、事件を解決へ導く。

処理中です...