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助手席で揺られておよそ三時間。疲れて眠ってしまっていたらしい。雨音がして目を覚ますと、青空が広がっているのにも関わらず雨が降っていた。
変な天気だ。
思いつつ、彩は自分が十二歳の頃に大木から生まれたんだと呟いた。
すると、運転席から人を小馬鹿にしたような高い笑い声が聞こえた。そうだ、こいつが一緒だったんだ。
「なにそれ、ギャグ」
が笑うと白い歯がむき出しになる。矯正してやたら歯並びのいい彼の白すぎる歯は、彩にとってはどこか偽物の象徴のように映った。
この人もダメだな。
と、些細なことですぐに関係を終わらせたくなるのは悪い癖だとわかっている。それでも、そう思ってしまったらもうその先一緒にいる気にはなれない。
「ギャグじゃねえし。マジ話だし」
彩はビーチサンダルを脱いでダッシュボードに足を上げた。ワンピースの裾が脛から滑り落ち、白い脚が露わになる。よく手入れされている脚だ。当然無駄毛など一本も生えてないし、膝が黒いこともない。その自分の足に彩は見とれていた。ただ一つ、気にくわないのはその足首にはめているアンクレットだった。光の加減で、不思議な虹色の光を放つもので、なぜか物心ついたときからそれをはめていて、決してとれないのだ。その幼稚なアクセサリーがなければ、私の足は完璧だというのに。
彩は溜息をして、スマホの画面に視線を移した。
スマホをいじってはいるが、特に何を見ているわけでもない。依存症のようなものだ。常にスマホを触っていないと無性に不安になる。
晴翔の視線が彩の生脚に注がれているようだった。不快に思わないことはなかったが、慣れているし、そのために見せている脚でもある。
脚は、適当な男を釣る道具だった。
ナンパされるためには適度な露出がいい。今度捕まえた男は割と当たりだった。顔もそこそこタイプだったし、「海がみたいんだけど。それも日本海ね」という脈絡もない上に無謀な彩の申し出に、晴翔は快く応じてくれたからだ。その目的はわかりきっているが、それは仕方ない。費用対効果だ。一発ヤらせるだけで、タダで海が見られるなら上出来じゃないか。そうは思っていたが、
三時間も同じ車内にいると、好きでもない男と一緒にいるのがだんだん苦痛になってくる。なんのために東京から新潟くんだりまでやってきたのか。だんだんばからしくなってきて、彩のいらいらはピークに達しようとしていた。
なにより、こんなろくでもない男に、十二歳の時に木から生まれたなどという大事な秘密を打ち明けてしまった自己嫌悪。
「ウケんね。意外に夢見る少女、みたいな」
晴翔の軽薄な笑い方に虫唾が走る。無駄に日に焼けている肌も、ハンドルを握る腕に浮かび上がる屈指筋も、なにもかもがいら立たせる。
答える気も起きず、車の窓を開けると風が入り込んできた。潮の匂いを含んでいる。
心地よくて、ほっとした。大丈夫。まだ逃げ場はある。
なんとなく、そんなふうに思った。
「おい、冷房かけてんのに窓開けんなよ」
晴翔がすかさず運転席側にあるボタンで窓を閉めた。それで、我慢の限度が来た。
「止めて」
云うなり彩は車のドアを開け放った。
「は、バカ。なにやってんだよ、あぶねえな」
晴翔が急ブレーキを踏む。
彩は素早くシートベルトを外してかばんをひっつかみ、白のシルビアから降りて思い切りドアを閉めた。
「おいって、どこ行くんだよ。何怒ってんだよ」
何も云わずに歩き出してる彩を、シルビアがのろのろ運転で追ってきた。
「うるさいな。あんたには関係ないでしょ」
「関係ないってなんだよ。海行くんじゃねえの」
「やめた」
「は? まだなんもしてねえじゃん」
とシルビアが止まる。彩も止まって、全開になっている助手席側の窓から晴翔を睨んで云った。
「あんたと何かする気もないし。ほっといて帰ってよ」
「はあ? 本気でいってんの、おまえ」
晴翔の顔がくぐもるように影を帯びた。最近の男がキレやすいのは知っている。だから、こういうときは何かされないうちにさっさと退散してしまったほうが良い。
「とにかくそういうことだから」
止まったままのシルビアを置いて、彩は早足で歩き始めた。
「そういうことだから、じゃねえよ。ざけんな。てめえが海に来たいっつうから、きたんだろうが」
シルビアはブウンッという剣呑な音を立てて彩の横で勢いよく止まり、晴翔が力任せにドアを閉めて降りてきた。
彩は咄嗟に引きかえそうとするが、若い男に全力で追われたら逃げ切れるわけがない。しかもこっちはヒールの高いミュールだ。
「なめてんじゃねえぞ、ここで犯すぞコラ」
晴翔は彩のアップにしていた髪をひっつかんで、脇の雑木林に押し倒した。
「ひえーぎゃーおたすけー!」
彩は声の限りに叫んだが、すぐに口を押えられてしまう。器用に膝で足も抑えられているから身動きもとれない。
ヤバい。
こんなときに、白馬に乗った王子様が助けに来てくれればいいのに。現実はそんなに甘くない。
晴翔の手がスカートの中に潜りこんできた。もう片方の手は彩の口を塞いでいる。自由になった両手で晴翔の手をどけようともがくが、到底男の力には叶わなかった。
「ふがーもごーをえおみむめままー!」
彩は神に願うつもりで、なぜか心の中で「お狐様―!」と叫んでいた。自由の両手は、自然と柏手を打っていた。
変な天気だ。
思いつつ、彩は自分が十二歳の頃に大木から生まれたんだと呟いた。
すると、運転席から人を小馬鹿にしたような高い笑い声が聞こえた。そうだ、こいつが一緒だったんだ。
「なにそれ、ギャグ」
が笑うと白い歯がむき出しになる。矯正してやたら歯並びのいい彼の白すぎる歯は、彩にとってはどこか偽物の象徴のように映った。
この人もダメだな。
と、些細なことですぐに関係を終わらせたくなるのは悪い癖だとわかっている。それでも、そう思ってしまったらもうその先一緒にいる気にはなれない。
「ギャグじゃねえし。マジ話だし」
彩はビーチサンダルを脱いでダッシュボードに足を上げた。ワンピースの裾が脛から滑り落ち、白い脚が露わになる。よく手入れされている脚だ。当然無駄毛など一本も生えてないし、膝が黒いこともない。その自分の足に彩は見とれていた。ただ一つ、気にくわないのはその足首にはめているアンクレットだった。光の加減で、不思議な虹色の光を放つもので、なぜか物心ついたときからそれをはめていて、決してとれないのだ。その幼稚なアクセサリーがなければ、私の足は完璧だというのに。
彩は溜息をして、スマホの画面に視線を移した。
スマホをいじってはいるが、特に何を見ているわけでもない。依存症のようなものだ。常にスマホを触っていないと無性に不安になる。
晴翔の視線が彩の生脚に注がれているようだった。不快に思わないことはなかったが、慣れているし、そのために見せている脚でもある。
脚は、適当な男を釣る道具だった。
ナンパされるためには適度な露出がいい。今度捕まえた男は割と当たりだった。顔もそこそこタイプだったし、「海がみたいんだけど。それも日本海ね」という脈絡もない上に無謀な彩の申し出に、晴翔は快く応じてくれたからだ。その目的はわかりきっているが、それは仕方ない。費用対効果だ。一発ヤらせるだけで、タダで海が見られるなら上出来じゃないか。そうは思っていたが、
三時間も同じ車内にいると、好きでもない男と一緒にいるのがだんだん苦痛になってくる。なんのために東京から新潟くんだりまでやってきたのか。だんだんばからしくなってきて、彩のいらいらはピークに達しようとしていた。
なにより、こんなろくでもない男に、十二歳の時に木から生まれたなどという大事な秘密を打ち明けてしまった自己嫌悪。
「ウケんね。意外に夢見る少女、みたいな」
晴翔の軽薄な笑い方に虫唾が走る。無駄に日に焼けている肌も、ハンドルを握る腕に浮かび上がる屈指筋も、なにもかもがいら立たせる。
答える気も起きず、車の窓を開けると風が入り込んできた。潮の匂いを含んでいる。
心地よくて、ほっとした。大丈夫。まだ逃げ場はある。
なんとなく、そんなふうに思った。
「おい、冷房かけてんのに窓開けんなよ」
晴翔がすかさず運転席側にあるボタンで窓を閉めた。それで、我慢の限度が来た。
「止めて」
云うなり彩は車のドアを開け放った。
「は、バカ。なにやってんだよ、あぶねえな」
晴翔が急ブレーキを踏む。
彩は素早くシートベルトを外してかばんをひっつかみ、白のシルビアから降りて思い切りドアを閉めた。
「おいって、どこ行くんだよ。何怒ってんだよ」
何も云わずに歩き出してる彩を、シルビアがのろのろ運転で追ってきた。
「うるさいな。あんたには関係ないでしょ」
「関係ないってなんだよ。海行くんじゃねえの」
「やめた」
「は? まだなんもしてねえじゃん」
とシルビアが止まる。彩も止まって、全開になっている助手席側の窓から晴翔を睨んで云った。
「あんたと何かする気もないし。ほっといて帰ってよ」
「はあ? 本気でいってんの、おまえ」
晴翔の顔がくぐもるように影を帯びた。最近の男がキレやすいのは知っている。だから、こういうときは何かされないうちにさっさと退散してしまったほうが良い。
「とにかくそういうことだから」
止まったままのシルビアを置いて、彩は早足で歩き始めた。
「そういうことだから、じゃねえよ。ざけんな。てめえが海に来たいっつうから、きたんだろうが」
シルビアはブウンッという剣呑な音を立てて彩の横で勢いよく止まり、晴翔が力任せにドアを閉めて降りてきた。
彩は咄嗟に引きかえそうとするが、若い男に全力で追われたら逃げ切れるわけがない。しかもこっちはヒールの高いミュールだ。
「なめてんじゃねえぞ、ここで犯すぞコラ」
晴翔は彩のアップにしていた髪をひっつかんで、脇の雑木林に押し倒した。
「ひえーぎゃーおたすけー!」
彩は声の限りに叫んだが、すぐに口を押えられてしまう。器用に膝で足も抑えられているから身動きもとれない。
ヤバい。
こんなときに、白馬に乗った王子様が助けに来てくれればいいのに。現実はそんなに甘くない。
晴翔の手がスカートの中に潜りこんできた。もう片方の手は彩の口を塞いでいる。自由になった両手で晴翔の手をどけようともがくが、到底男の力には叶わなかった。
「ふがーもごーをえおみむめままー!」
彩は神に願うつもりで、なぜか心の中で「お狐様―!」と叫んでいた。自由の両手は、自然と柏手を打っていた。
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