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第19話 刻塚

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 トイレってどこだっけ。
 広いホテルで廊下が長くてくねくね曲がっているので迷路のようだ。

 適当に歩けばそのうち見つかるだろうと思って歩いていると、唐突に外に出た。

 え?

 足元はスリッパのまま、私は草地に立っていた。
 
 後ろを振り向いても、建物がない。
 草地が広がるばかり。
 しかも、今は夜のはずなのに、朝焼けのように薄明るい。

「すべて見させてもらいましたよ」

 くぐもるような男の低い声。 
 振り向くと、黒い狐の面を被った男がこちらを見ていた。

「あの、あなたはーー」
「試しを行う」
 ためしをおこなう?
 
「構えよ」
 構える?
 男が言う意味がわからない。

 私が戸惑っていると、目の前に刀が現れた。
 私に持てとばかりに胸の前に浮かんでいる。

 これを構えろというのか?

「なに? え、いや無理ですよ。刀なんて、扱えるわけーー」
「ならば、おまえに残された道は死あるのみ」
「なにいってーー」

 次の瞬間、私の目の前に男が現れた。
 咄嗟に刀を取って、身を守る。

 だがすごい力で、私は後ろへ弾き飛ばされる。
「いたっ」
 足が草に擦れて、その痛みがこれは夢じゃないと告げる。

 やばい。これはたぶん物凄くやばい状況。

「おまえからはなんの力も感じぬ。早めに芽を摘んでおくべきだったな」
 男が私に近づき、襟をつかむ。
 そのまま私を片手で吊り上げた。

「我欲もあれば未練も残ろうが、おまえの命はここで終わりだ」
 
 男が私を地面に叩きつける。 
 恐怖と共に怒りが湧き上がってくる。
 
 なんなの。
 なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないのか。

「恨むのなら瑠生を恨むのだな」

 ルウ。
 部長のことか。
 なんで部長を。

「あのぼんくらのせいで私も手間が増え迷惑している」
「闘護部長を悪く言わないで」
「部長、ね」
 
 黒狐は吐き捨てるように言うと、私の口の中に人差し指と中指を差し込んできた。
「うぇっ」

 噛みちぎってやろうかと思ったけどそれができない。
  
 金縛りにあったかのように私の身体が動かない。 
 
「消滅してもらう」
 黒狐が口の中で何事か唱える。
 それに伴い強烈に胸が痛み始めた。
 黒狐の私の口に挿し込まれた指先から何か力が注がれている。

 やだ。

 死にたくない。

 誰か、助けて。

 次の瞬間、目の前を蒼い閃光が走る。
 と同時に私の身体は自由を取り戻していた。

 蒼龍が私を守るようにして体に優しく巻き付いてくる。
 その向こうには、白狐の面をつけた男がいた。
 
 キンッキンッ。
 と甲高い音が響き渡る。
 
 和装の白狐の面の男が、黒狐と斬り結んでいた。
 動きが速すぎて何が何だかわからないが、白狐の放った一撃で黒狐の刀が折れて弾き飛んだ。

 白狐の刀の切先が黒狐の面の鼻先を付き、面が二つに割れる。

 30代くらいの男の顔が現れた。

「やりすぎじゃないか、闘護」

 黒狐の面を被っていた男が言う。
 目をとってもくぐもった声は変わらず、深い黒い瞳はどこか胡乱で表情が読めない。

 え。闘護?

「それはこちらのセリフだ。私の部下に何している」

 黒狐はそれを鼻で笑う。

「白々しいね。漏れ人を見つけた時のきまりを知らぬわけではあるまい」

「力が漏れていないのなら試しを行う必要はないだろう」

「記憶を消しただけで力が封じられるものか。白の家で試しを行わぬ以上、こちら黒にて、試したまで。到底この娘に龍の乗り手となる能力はない。故、掟に従い抹消する。このきまりは黒白に通ずるもの。逆らえば貴様も切腹だぞ」

「私の腹など構うものか!」
 白狐の面の男が、面を取り地面に打ち捨てた。

 そこに現れた顔はーー

「闘護部長ーー」

「視えるだけでこのような無茶な試しを行い、そぐわなければ消す。そのようなこと、掟の方が間違っている!」

「いまそれを言ったところでどうにもならぬことなどお主が一番わかっておろうに」

「わかっている。だから手段は選ばない。俺が如月キナを守る」

 部長の言葉にドキリと胸が鳴る。
 部長が私をーー。

「この場を凌いだところで無駄だぞ。一族のものが掟破りを逃すことはない」

 てってれー。

 なんの効果音かと思ったら、頭上から人が降ってきた。
 部長や黒狐のように和装。

 白狐の面は頭に乗せて顔を見せている。

 茶髪にパーマ。軽薄そう……いや、明るい人だ。

「はい、俺登場。てってれーってね」

 さっきの効果音はこの人が口ずさんでいたようだ。

「不知火。なぜここに」
 驚く闘護に、不知火という茶髪の男は巻物を広げて見せた。

「如月キナ。白狐家の龍騎士として登録完了しております」

「なんだと?」
 黒狐の男が歯軋りするような声を出す。

「刻塚さん、そういうことで無駄足ご苦労様」
 不知火は、黒狐の男に近づくと闘護の刀を下げ、その肩を叩く。

「馴れ馴れしく触るでない」
 刻塚は不知火の手を振り払い舌打ちした。

「証書は本物のようだが、本人の自覚がないのにどうやって試しを行ったというのだ」

「無意識だろうと、身を守る為力を使えれば問題ない。やり方は家によって違う。いくつか罠をはらせてもらってね。キナっちは見事クリアしたのですよ」

 キナっち……?

「好きにしろ。そんなお荷物抱えていずれ後悔する。龍騎士を名乗る以上、役目は果たしてもらうからな」

 刻塚は吐き捨てるように言うとその場から姿を消した。



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