湖の民

影燈

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「儂は死にたくない。頼む、助けてくれ」
「城を開ければ、俺が――」
 言いかけて、半助ははっとし、言い直した。

「――私が、おまえの命は保証してやる」
 忍びの姿をしていても、心までは売り渡さない。もう、二度と。

「なに、本当か」
 出羽図が興味をひかれたようだった。

「今すぐ、城を明け渡せばな。今すぐだ」
 半助の念押しに、出羽図はうなずく。

「わかった。すぐ命じる」
 半助は、いつでも王の命を取れるようにしたまま身を隠した。

 王は兵を呼んだ。
 曲者がいることを告げるのではないか。

 内心、半助も不安はあったが、王は素直に城を明け渡すように兵に命じた。

 兵は、驚いていたが、もう負け戦だとわかっていたのだろう。
 すぐに伝令が広まり、

出羽図城は、無血開城した。


 しかし、




「ズドん!!」





 大きな爆発音が城内にひびきわたった。

合図を間違ったのか、はやまったのか、城内で爆発が起こったようだ。

「包丁人の屋敷が燃えているぞ!」
 出羽図の家来の声が飛び込んできた。

 半助はその中から必死で必要な情報を聞き拾った。

「中にまだ人が残されているらしい」
「真名だ」
「真名がまだ中にいるぞ」
 それを聞いて半助はすぐさま現場に向かった。
 
燃え盛る屋敷を見て、半助は呆然とした。

もう、屋敷のほとんどが炎に包まれていたのだ。

それどころか、建物はすでに半壊している。

火薬の量を間違えたな。
 半助は井戸の水を頭からかぶり、炎の中に飛び込んだ。

「真名! 真名!?」

 熱さよりも煙が厄介だった。袖で顔を覆い、なるべく煙を吸わぬように進むが、視界が悪い。

「おい、真名。いるのか!?」
 すると、奥から泣きそうな声が返ってきた。

「その声は、まさか、半井先生!?」
 真名は、行き場を失って、すみっこで膝を抱えていた。

 半助は炎を払いながら真名の側まで行った。
「大丈夫か」

 真名は、声もなくただうなずく。
 半助は覆面をとると、真名に渡した。

「もう、心配ない」
「でも、この炎じゃ」
「問題ない。私は、おまえを助けると令に約束したんだ」
「令に――?」
「早く、仲直りしろ」

 半助はそう言うと、足元の畳に刀を突き差し、畳をはがした。

 そして、気を集中させると、床板を斬った。
 四角に穴をあけると、先に真名を行かせた。

 そして、自分も後を追おうとしたとき、急激なめまいが半助を襲った。
 次いで、金づちで殴られたかのような酷い頭痛。

 発作だ。

 急激に意識が遠のいていく。
 半助は、その場に倒れ、意識を失った。









第七章





 令は、ひた走っていた。
 儺楼湖に向かって。

 だが、たどり着いたその湖を目の当たりにして、令は愕然とした。

そこにあるのは、かつての儺楼湖ではなかったのだ。

 ――きれいな湖だ。

 青くて、水は透き通っていて。見た目には同じような湖。

 けれど、決定的に何かが違うのだ。

 何もない、だれも、居ないのだ。

 そこにはもう、水神様も、神秘の力もないのだと、令は悟った。

 それでも、令は岸部で、額を地面にこすりつけてお願いをした。

「お願いします。お願いします! 先生を、助けてください」

 
半井は、麻呂に連れられて戻ってきた。

 だが、意識はなく、それから三日たっても目を覚ましていない。

 首の痣が濃くなっていた。 

 麻呂によれば、それはまだ半井の体内に毒が残っている証だという。

 痣が濃くなっているということは、毒も濃くなったということらしい。

 このまま、先生は死んでしまうのだろうか……。


そんな不安で胸が締め付けられる。




「お願いします――どうか」




 どうか。

 そんな風に、神様に祈るしかもうできることはない。

 結局人間は、神様に生かされているんだ。

「どうか、お願いします。大人たちの罪は、ぼくたちが背負っていきますから。どうか、力を貸してください。これ以上、ぼくの大切な人が苦しむのを見たくないんです。お願いします」

 返事が、あるはずもなかった。
 令は、思い切って湖に飛び込んだ。

 その水も、かつての儺楼湖の水とは違った。
 冷たくて、ひたすらに冷たくて、気が遠くなる。

 令は、水の中に沈んでいった。
 朦朧とする意識の中、目の前に人が現れたような気がした。

 姿はよく見えない。だが、その人物が令に語り掛けてきた。

「令――」
 ……お母……さん……?


 その声を聞いて、令はすぐにそれが母だとわかった。

「お母さん!? どうして!?」
「ここは、あの世とこの世のつながる場所だから」
「お母さん、会いたかったよ。助けてあげられなくて、ごめんね」

 ごめんね。
 やっと、謝れた。

 あの時、令があと一歩早く母に薬草を届けられていたら、母の命は助かったかもしれない。

 母が死んだのは自分のせいだと、令はずっと自分を責め続けてきた。
 けれど、母は全然気にしてないと、笑ってみせた。

「お母さんが死んだのは寿命。人の死は、不幸なことじゃないわ」

 そんなこと、誰かも言っていたような気がする。

「でも、悲しいよ。ぼく、お母さんが死んでしまって、悲しかった。寂しかった」

「そうね。でも、お母さんはいつでもあなたたちの側にいたのよ。あなたには見えないかもしれない。でも、本当にいつもすぐそばにいるの。あなたは、一人じゃない」

「お母さん――」

「お母さんはね、お役目を終えてほっとしている。こちらで、幸せに過ごしている。だから、心配しないで。あなたたちも元気に過ごしてね」

「でも、でも――」

やっぱり、まだ生きて自分を支えてくれる人が必要だよ……。

「半井先生も……寿命なの? お母さんみたいに、死んじゃうのかなあ」

 すると母は、微笑んで言った。
「大丈夫。先生はまだ、生きて学ばなければならないことがあるから」

「それじゃあ――」
 令はその言葉に、どれだけ励まされたことか。

「戻りなさい」と、母は優しく言った。

「ここであなたと話ができてよかった。これからは、お母さんと話したいときは、いつでも心で思って話しかけて。きっと、会えるから」

「わかったよ、お母さん。ありがとう」
「忘れないで。未来は誰の前にも、必ず等しくあること」
 母の声。その言葉。生涯、忘れることなど、絶対にない。
 
母の姿が遠ざかっていく……。
気が付くと、令は岸部に横たわっていた。

 今のは、夢――?
 だが、身体は、濡れていた。



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