20 / 21
20
しおりを挟む
「儂は死にたくない。頼む、助けてくれ」
「城を開ければ、俺が――」
言いかけて、半助ははっとし、言い直した。
「――私が、おまえの命は保証してやる」
忍びの姿をしていても、心までは売り渡さない。もう、二度と。
「なに、本当か」
出羽図が興味をひかれたようだった。
「今すぐ、城を明け渡せばな。今すぐだ」
半助の念押しに、出羽図はうなずく。
「わかった。すぐ命じる」
半助は、いつでも王の命を取れるようにしたまま身を隠した。
王は兵を呼んだ。
曲者がいることを告げるのではないか。
内心、半助も不安はあったが、王は素直に城を明け渡すように兵に命じた。
兵は、驚いていたが、もう負け戦だとわかっていたのだろう。
すぐに伝令が広まり、
出羽図城は、無血開城した。
しかし、
「ズドん!!」
大きな爆発音が城内にひびきわたった。
合図を間違ったのか、はやまったのか、城内で爆発が起こったようだ。
「包丁人の屋敷が燃えているぞ!」
出羽図の家来の声が飛び込んできた。
半助はその中から必死で必要な情報を聞き拾った。
「中にまだ人が残されているらしい」
「真名だ」
「真名がまだ中にいるぞ」
それを聞いて半助はすぐさま現場に向かった。
燃え盛る屋敷を見て、半助は呆然とした。
もう、屋敷のほとんどが炎に包まれていたのだ。
それどころか、建物はすでに半壊している。
火薬の量を間違えたな。
半助は井戸の水を頭からかぶり、炎の中に飛び込んだ。
「真名! 真名!?」
熱さよりも煙が厄介だった。袖で顔を覆い、なるべく煙を吸わぬように進むが、視界が悪い。
「おい、真名。いるのか!?」
すると、奥から泣きそうな声が返ってきた。
「その声は、まさか、半井先生!?」
真名は、行き場を失って、すみっこで膝を抱えていた。
半助は炎を払いながら真名の側まで行った。
「大丈夫か」
真名は、声もなくただうなずく。
半助は覆面をとると、真名に渡した。
「もう、心配ない」
「でも、この炎じゃ」
「問題ない。私は、おまえを助けると令に約束したんだ」
「令に――?」
「早く、仲直りしろ」
半助はそう言うと、足元の畳に刀を突き差し、畳をはがした。
そして、気を集中させると、床板を斬った。
四角に穴をあけると、先に真名を行かせた。
そして、自分も後を追おうとしたとき、急激なめまいが半助を襲った。
次いで、金づちで殴られたかのような酷い頭痛。
発作だ。
急激に意識が遠のいていく。
半助は、その場に倒れ、意識を失った。
第七章
1
令は、ひた走っていた。
儺楼湖に向かって。
だが、たどり着いたその湖を目の当たりにして、令は愕然とした。
そこにあるのは、かつての儺楼湖ではなかったのだ。
――きれいな湖だ。
青くて、水は透き通っていて。見た目には同じような湖。
けれど、決定的に何かが違うのだ。
何もない、だれも、居ないのだ。
そこにはもう、水神様も、神秘の力もないのだと、令は悟った。
それでも、令は岸部で、額を地面にこすりつけてお願いをした。
「お願いします。お願いします! 先生を、助けてください」
半井は、麻呂に連れられて戻ってきた。
だが、意識はなく、それから三日たっても目を覚ましていない。
首の痣が濃くなっていた。
麻呂によれば、それはまだ半井の体内に毒が残っている証だという。
痣が濃くなっているということは、毒も濃くなったということらしい。
このまま、先生は死んでしまうのだろうか……。
そんな不安で胸が締め付けられる。
「お願いします――どうか」
どうか。
そんな風に、神様に祈るしかもうできることはない。
結局人間は、神様に生かされているんだ。
「どうか、お願いします。大人たちの罪は、ぼくたちが背負っていきますから。どうか、力を貸してください。これ以上、ぼくの大切な人が苦しむのを見たくないんです。お願いします」
返事が、あるはずもなかった。
令は、思い切って湖に飛び込んだ。
その水も、かつての儺楼湖の水とは違った。
冷たくて、ひたすらに冷たくて、気が遠くなる。
令は、水の中に沈んでいった。
朦朧とする意識の中、目の前に人が現れたような気がした。
姿はよく見えない。だが、その人物が令に語り掛けてきた。
「令――」
……お母……さん……?
その声を聞いて、令はすぐにそれが母だとわかった。
「お母さん!? どうして!?」
「ここは、あの世とこの世のつながる場所だから」
「お母さん、会いたかったよ。助けてあげられなくて、ごめんね」
ごめんね。
やっと、謝れた。
あの時、令があと一歩早く母に薬草を届けられていたら、母の命は助かったかもしれない。
母が死んだのは自分のせいだと、令はずっと自分を責め続けてきた。
けれど、母は全然気にしてないと、笑ってみせた。
「お母さんが死んだのは寿命。人の死は、不幸なことじゃないわ」
そんなこと、誰かも言っていたような気がする。
「でも、悲しいよ。ぼく、お母さんが死んでしまって、悲しかった。寂しかった」
「そうね。でも、お母さんはいつでもあなたたちの側にいたのよ。あなたには見えないかもしれない。でも、本当にいつもすぐそばにいるの。あなたは、一人じゃない」
「お母さん――」
「お母さんはね、お役目を終えてほっとしている。こちらで、幸せに過ごしている。だから、心配しないで。あなたたちも元気に過ごしてね」
「でも、でも――」
やっぱり、まだ生きて自分を支えてくれる人が必要だよ……。
「半井先生も……寿命なの? お母さんみたいに、死んじゃうのかなあ」
すると母は、微笑んで言った。
「大丈夫。先生はまだ、生きて学ばなければならないことがあるから」
「それじゃあ――」
令はその言葉に、どれだけ励まされたことか。
「戻りなさい」と、母は優しく言った。
「ここであなたと話ができてよかった。これからは、お母さんと話したいときは、いつでも心で思って話しかけて。きっと、会えるから」
「わかったよ、お母さん。ありがとう」
「忘れないで。未来は誰の前にも、必ず等しくあること」
母の声。その言葉。生涯、忘れることなど、絶対にない。
母の姿が遠ざかっていく……。
気が付くと、令は岸部に横たわっていた。
今のは、夢――?
だが、身体は、濡れていた。
********************
この作品が少しでも面白いと思っていただけた場合は是非 ♡ や お気に入り登録 をお願いいたします。
ご投票も、よろしくお願いいたします。
「城を開ければ、俺が――」
言いかけて、半助ははっとし、言い直した。
「――私が、おまえの命は保証してやる」
忍びの姿をしていても、心までは売り渡さない。もう、二度と。
「なに、本当か」
出羽図が興味をひかれたようだった。
「今すぐ、城を明け渡せばな。今すぐだ」
半助の念押しに、出羽図はうなずく。
「わかった。すぐ命じる」
半助は、いつでも王の命を取れるようにしたまま身を隠した。
王は兵を呼んだ。
曲者がいることを告げるのではないか。
内心、半助も不安はあったが、王は素直に城を明け渡すように兵に命じた。
兵は、驚いていたが、もう負け戦だとわかっていたのだろう。
すぐに伝令が広まり、
出羽図城は、無血開城した。
しかし、
「ズドん!!」
大きな爆発音が城内にひびきわたった。
合図を間違ったのか、はやまったのか、城内で爆発が起こったようだ。
「包丁人の屋敷が燃えているぞ!」
出羽図の家来の声が飛び込んできた。
半助はその中から必死で必要な情報を聞き拾った。
「中にまだ人が残されているらしい」
「真名だ」
「真名がまだ中にいるぞ」
それを聞いて半助はすぐさま現場に向かった。
燃え盛る屋敷を見て、半助は呆然とした。
もう、屋敷のほとんどが炎に包まれていたのだ。
それどころか、建物はすでに半壊している。
火薬の量を間違えたな。
半助は井戸の水を頭からかぶり、炎の中に飛び込んだ。
「真名! 真名!?」
熱さよりも煙が厄介だった。袖で顔を覆い、なるべく煙を吸わぬように進むが、視界が悪い。
「おい、真名。いるのか!?」
すると、奥から泣きそうな声が返ってきた。
「その声は、まさか、半井先生!?」
真名は、行き場を失って、すみっこで膝を抱えていた。
半助は炎を払いながら真名の側まで行った。
「大丈夫か」
真名は、声もなくただうなずく。
半助は覆面をとると、真名に渡した。
「もう、心配ない」
「でも、この炎じゃ」
「問題ない。私は、おまえを助けると令に約束したんだ」
「令に――?」
「早く、仲直りしろ」
半助はそう言うと、足元の畳に刀を突き差し、畳をはがした。
そして、気を集中させると、床板を斬った。
四角に穴をあけると、先に真名を行かせた。
そして、自分も後を追おうとしたとき、急激なめまいが半助を襲った。
次いで、金づちで殴られたかのような酷い頭痛。
発作だ。
急激に意識が遠のいていく。
半助は、その場に倒れ、意識を失った。
第七章
1
令は、ひた走っていた。
儺楼湖に向かって。
だが、たどり着いたその湖を目の当たりにして、令は愕然とした。
そこにあるのは、かつての儺楼湖ではなかったのだ。
――きれいな湖だ。
青くて、水は透き通っていて。見た目には同じような湖。
けれど、決定的に何かが違うのだ。
何もない、だれも、居ないのだ。
そこにはもう、水神様も、神秘の力もないのだと、令は悟った。
それでも、令は岸部で、額を地面にこすりつけてお願いをした。
「お願いします。お願いします! 先生を、助けてください」
半井は、麻呂に連れられて戻ってきた。
だが、意識はなく、それから三日たっても目を覚ましていない。
首の痣が濃くなっていた。
麻呂によれば、それはまだ半井の体内に毒が残っている証だという。
痣が濃くなっているということは、毒も濃くなったということらしい。
このまま、先生は死んでしまうのだろうか……。
そんな不安で胸が締め付けられる。
「お願いします――どうか」
どうか。
そんな風に、神様に祈るしかもうできることはない。
結局人間は、神様に生かされているんだ。
「どうか、お願いします。大人たちの罪は、ぼくたちが背負っていきますから。どうか、力を貸してください。これ以上、ぼくの大切な人が苦しむのを見たくないんです。お願いします」
返事が、あるはずもなかった。
令は、思い切って湖に飛び込んだ。
その水も、かつての儺楼湖の水とは違った。
冷たくて、ひたすらに冷たくて、気が遠くなる。
令は、水の中に沈んでいった。
朦朧とする意識の中、目の前に人が現れたような気がした。
姿はよく見えない。だが、その人物が令に語り掛けてきた。
「令――」
……お母……さん……?
その声を聞いて、令はすぐにそれが母だとわかった。
「お母さん!? どうして!?」
「ここは、あの世とこの世のつながる場所だから」
「お母さん、会いたかったよ。助けてあげられなくて、ごめんね」
ごめんね。
やっと、謝れた。
あの時、令があと一歩早く母に薬草を届けられていたら、母の命は助かったかもしれない。
母が死んだのは自分のせいだと、令はずっと自分を責め続けてきた。
けれど、母は全然気にしてないと、笑ってみせた。
「お母さんが死んだのは寿命。人の死は、不幸なことじゃないわ」
そんなこと、誰かも言っていたような気がする。
「でも、悲しいよ。ぼく、お母さんが死んでしまって、悲しかった。寂しかった」
「そうね。でも、お母さんはいつでもあなたたちの側にいたのよ。あなたには見えないかもしれない。でも、本当にいつもすぐそばにいるの。あなたは、一人じゃない」
「お母さん――」
「お母さんはね、お役目を終えてほっとしている。こちらで、幸せに過ごしている。だから、心配しないで。あなたたちも元気に過ごしてね」
「でも、でも――」
やっぱり、まだ生きて自分を支えてくれる人が必要だよ……。
「半井先生も……寿命なの? お母さんみたいに、死んじゃうのかなあ」
すると母は、微笑んで言った。
「大丈夫。先生はまだ、生きて学ばなければならないことがあるから」
「それじゃあ――」
令はその言葉に、どれだけ励まされたことか。
「戻りなさい」と、母は優しく言った。
「ここであなたと話ができてよかった。これからは、お母さんと話したいときは、いつでも心で思って話しかけて。きっと、会えるから」
「わかったよ、お母さん。ありがとう」
「忘れないで。未来は誰の前にも、必ず等しくあること」
母の声。その言葉。生涯、忘れることなど、絶対にない。
母の姿が遠ざかっていく……。
気が付くと、令は岸部に横たわっていた。
今のは、夢――?
だが、身体は、濡れていた。
********************
この作品が少しでも面白いと思っていただけた場合は是非 ♡ や お気に入り登録 をお願いいたします。
ご投票も、よろしくお願いいたします。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
あいつは悪魔王子!~悪魔王子召喚!?追いかけ鬼をやっつけろ!~
とらんぽりんまる
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞、奨励賞受賞】ありがとうございました!
主人公の光は、小学校五年生の女の子。
光は魔術や不思議な事が大好きで友達と魔術クラブを作って活動していたが、ある日メンバーの三人がクラブをやめると言い出した。
その日はちょうど、召喚魔法をするのに一番の日だったのに!
一人で裏山に登り、光は召喚魔法を発動!
でも、なんにも出て来ない……その時、子ども達の間で噂になってる『追いかけ鬼』に襲われた!
それを助けてくれたのは、まさかの悪魔王子!?
人間界へ遊びに来たという悪魔王子は、人間のフリをして光の家から小学校へ!?
追いかけ鬼に命を狙われた光はどうなる!?
※稚拙ながら挿絵あり〼
カンナと田舎とイケメンの夏。~子供に優しい神様のタタリ~
猫野コロ
児童書・童話
家族みんなで母方の実家に里帰りしていたカンナ。
宿題を早々に終わらせ、ダラダラと田舎ぐらしを満喫するカンナに、突如、優しいおばあちゃんの無茶振りがおそいかかる。
そしていつのまにか、『知らない鈴木さん』の家の『知り合いですらないミィちゃん』、さらに『謎のベッカムくん』と遊ぶため、微妙に遠い鈴木さんの家へと向かうことに。
だが『可愛いミィちゃん』を想像していた彼女を待ち受けていたのは、なんと、ただのダルそうなイケメンだった。
常にダルそうな彼らと冴えない会話をくりひろげ、数日間だらだらと過ごすカンナ達に起こる、不思議な現象。
そうして襲い掛かる、次なる試練。
『なんか、私たち、祟られてません?』
ICHIZU~とあるコーギー犬の想い~
花田 一劫
児童書・童話
ママちゃん大好きなコーギー犬のラム。「ハアッ・ハアッ」ラムの犬生が終わろうとしていた。ラムの苦しさが無くなったが、それはあの世の世界だった。ラムはそれを知らずにママちゃんを探した。 そこに津軽弁で話す神と思われるケヤグ(仲間)が現れた。神の力でラムはママちゃんに会えるのか?
ヒミツのJC歌姫の新作お菓子実食レビュー
弓屋 晶都
児童書・童話
顔出しNGで動画投稿活動をしている中学一年生のアキとミモザ、
動画の再生回数がどんどん伸びる中、二人の正体を探る人物の影が……。
果たして二人は身バレしないで卒業できるのか……?
走って歌ってまた走る、元気はつらつ少女のアキと、
悩んだり立ち止まったりしながらも、健気に頑張るミモザの、
イマドキ中学生のドキドキネットライフ。
男子は、甘く優しい低音イケボの生徒会長や、
イケメン長身なのに女子力高めの苦労性な長髪書記に、
どこからどう見ても怪しいメガネの放送部長が出てきます。
「私は○○です」?!
咲駆良
児童書・童話
マイペースながらも、仕事はきっちりやって曲がったことは大の苦手な主人公。
一方、主人公の親友は周りの人間を纏めるしっかり者。
偶々、そんな主人公が遭遇しちゃった異世界って?!
そして、親友はどうなっちゃうの?!
これは、ペガサスが神獣の一種とされる異世界で、主人公が様々な困難を乗り越えていこうとする(だろう)物語です。
※まだ書き始めですが、最後は「○○○だった主人公?!」みたいなハッピーエンドにしたいと考えています。
※都合によりゆっくり更新になってしまうかもしれませんが、これからどうぞよろしくお願いいたします。
ひとなつの思い出
加地 里緒
児童書・童話
故郷の生贄伝承に立ち向かう大学生達の物語
数年ぶりに故郷へ帰った主人公が、故郷に伝わる"無作為だが条件付き"の神への生贄に条件から外れているのに選ばれてしまう。
それは偶然か必然か──
最後の魔導師
蓮生
児童書・童話
11歳のニゲルは、毎日釣りに行く。
釣った魚は、晩のおかずにするのだ。
香ばしい皮に、自分で作ったソースをかけてかぶり付くと、中のジュワッとした身に甘辛いタレが絡んで本当においしいのだ。
そんなニゲルの住む小さな洞穴の家には弟と妹がいる。
最初からお父さんはいないけど、一年前この洞穴に引っ越してから、お母さんも突然居なくなった。だから、妹と弟は、お腹を空かして、ニゲルが帰ってくるまでずっと待っている。
何とかして魚を釣らないと、そんな弟達は今日も畑から掘った芋の煮っころがしだけになってしまうのだ。
だから1匹はだめだ。
何匹か捕まえてから帰ろう。
そう思っていた。
お兄さんに会うまでは……
これは11歳の男の子ニゲルが、伝説の魔導師に出会い、唯一の弟子となって自分の道を切り開いていくお話です。
***
後々アレ?似てるっと思われる方がいらっしゃるかもしれませんので最初にお知らせいたしますが、第3章から出てくる地名や城は架空のものですがほぼ、スコットランドに存在する場所ですので、世界観は中世ヨーロッパです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる