湖の民

影燈

文字の大きさ
上 下
18 / 21

18

しおりを挟む
儺楼湖の里にたどり着いた二人は、寺に逃げ込み、かくまってもらった。


 寺では、孤児や家のないものを助けていた。

 その生活を支えるのは、そこの里の民たち。

皆が助け合って生きている、いい里だった。

 紗和も半助もすぐに里になじむことができ、半助は、半井と名乗りはじめた。

 半井は、はじめ掃除などの手伝いをしていたが、やたら子どもになつかれる。

それを見た和尚が、寺子屋の先生を勧めてきた。

 半井も子どもが好きだったし、紗和は自分には頓着がなく、だらしのないところがある半助に教師など務まるかと少し心配だったが、子どものためにはよく働いた。

意外にも半助にとって教師は、天職のようだった。

 だがそれからも、半井は決して忍びの修行だけは怠らなかった。

 
 もしかしたら、いつかこういうときがくると、わかっていたのかもしれない。

 やがて……、
二人に、里の追っ手がかかった。

 抜け忍は、里にとって大罪だ。
これまで里を抜けた者はみな、さらし首になっている。

 追っ手は、麻呂だった。
 半助とは同じ師の元で学んだ仲間であった。
 
 一度、麻呂と半助は斬り合った。

 麻呂は、ほかに方法もあったのに、真正面から半助に挑んできたのだ。

 麻呂も、かつての仲間をその手にはかけたくなかかったのかもしれない。

 勝負は、なかなかつかなかった。

 そしてついに、半助が麻呂を打ち負かした。

けれど、半助に幼馴染の首が斬れるはずもなかった。

 半助は麻呂を逃し、麻呂もまた里へは戻らずに、半助に忍びに戻れとしきりに説得を続けた。
 
 それから、五年経ち、紗和は鬼憑病を患った。
 たった五年。されど五年。

 半助と共に過ごせた日々は、とても豊かで、楽しかった。

 そして、半助は、寺に残った孤児たちを養うために、忍びに戻った。


「苦労ばかりさせている――ごめんね、半助」
 紗和は、静かに、目を閉じた。
















「お兄ちゃん。ねえ、お兄ちゃん!」
 務に呼ばれて、令ははっとした。

「早く食べないと冷めちゃうよ」
「ああ、そうだな。ごめん」
 食事をしているところだった。

 今日は、ゴボウのきんぴら。

前に、半井がきんぴらにゴマをかけてくれてから、きんぴらにゴマをかけるのは務の役目になった。

「美味しいね」
 務は明るく笑いかけてきた。

その笑顔が、今の令には救いだった。

 自分が、弟を支えていかなければと思っていたのに、今では逆に弟に支えられている。
 
 ほどなくして、戦が始まった。

 沼無国の大群が、出羽図城を完全に包囲するのに、そう時間はかからなかった。

 出羽図国王は、今も籠城を続けている。
 
 あれから、半井からも麻呂からも、音沙汰はない。

 だが、事が動き始めるときというのは、一気に来るものだ。

「ごちそうさまでした」
 令が、夕飯の片づけに立ち上がると、
「令」
 と、ずっと聞きたかったその声が、入口からした。

 急いで振り返ると、半井がそこに立っていた。

 令は、思わず食器を手からこぼした。

 それが割れる寸前、半井は素早く手を伸ばして受け止めた。

 どうやら、元気なようだ。
「先生、良かった。助かったんですね!」

 半井は微笑んで言った。

「ああ、おかげ様でな。おまえにも苦労をかけた」
 その半井の首筋には、茶色い痣がある。

「先生、その痣はどうしたんですか?」
「これは――、気にするな。前の傷跡だ」
「そうですか」
「それより、また居候させてもらっていいか。行くところがないんだ」
「当たり前です。どうぞ、入ってください」

 半井が戻って、務も大喜びだった。

 だが、令はなぜか不安を覚えるのだった。

それは、半井が、前にも増して眠り続けていたからかもしれない。

 三日――。

 半井は、用を足すとき以外は、ずっと眠っていた。
 夜、抜け出すこともなかった。

 そうして、三日後の夜、今度は麻呂が尋ねてきた。
 務が眠って、令が灯りを消そうとしたときだった。

「おい、半助はいるか」

 麻呂はずかずかと令の家に上がり込み、半井が寝ているのを見つけると、乱暴に蹴飛ばして起こした。

「痛い」

 半井が不機嫌そうに麻呂を見ると、麻呂はそのほおっぺたを思いきり平手打ちにした。

「いつまで寝てんだ。戦はもう始まってるんだぞ。いままでどこに隠れてた」

「戦など、知ったことか。俺の仕事はもう終わった」
「勝手に終わらせるな!」

「終わったんだよ! 紗和はもういないし、戦は兵がするだろ。俺はもう、関わりたくない」

「この、腑抜け野郎が。火付けの大役が待ってるんだ。城に忍びこんで火を付けてまわるのは忍びの仕事だろうが」
 
その言葉は、聞き捨てならなかった。

「待ってください。火をつけるって、城にですか!?」

「そうだ。女子どももいるが仕方ない。国王が放さないんだ」

「そんな――。やめてください! 中にはまだ、ぼくの友だちもいるんです」

 そうだ。出羽図城には、真名がいるのだ。

「やめるわけにはいかない。俺が決めることじゃない」

「どうして、どうしてそんなことばかりするんですか!? やられたからやりかえしてって。そんなの、悲しいことが繰り返されるだけじゃないですか! 大人はどうしていつも、ぼくたち子どもから夢を奪うんですか。未来を、奪うんですか!?」

「そんなこと、俺に言われてもな……」

 わかっている、そんなこと。でも、令は言わずにはいられなかった。

「真名は、大人のせいで宝探師になる夢を奪われて、でも、前向きに、新しい夢を見つけたんです。あいつは、努力家だから、きっと人一倍努力して、きっと夢をかなえるはずだった。国一の料理人になるはずだった。でも、命を奪われてしまったら、その夢は永遠に叶わない。そうだとしたら、真名が今までずっと我慢して、頑張ってきたことってなんなんですか!? もう、これ以上、ぼくたちから希望を奪わないで――戦を、止めてください……」

 真名に、言わなきゃいけないことがある。
 すがるように言う令に、意外な言葉を放ったのは、半井だった。

「無理だよ」
 ともしびに移る半井の眼は、もうあきらめきっていた。

「一度始まった戦はそう簡単に終わらない。失ったものも戻ってこない。私たちは、流れに身を任せるしかないんだ。自分の思い通りになんて、何一つ、なりはしない」

 そんなこと、半井の口からは聞きたくなかった。
 令は唇を噛み、きっと半井を見つめた。

「先生。半井先生は、先生でしょ!? だったら。先生だけは、ぼくたちに希望を残してくださいよ。先生が諦めたら、道を照らすことをやめてしまったら、ぼくたちはどこへ行ったらいいんですか――」

 その言葉に、半井は頬を打たれたような顔で令のことを見た。

 その瞳に、ともしびが映っていた。

「時間がない。俺はいくぞ。丑三つ時に、火をつける。心が決まったら、来い」

 麻呂はそれだけ言うと、令の家から出て行った。





***********************:
この作品が少しでも面白いと思っていただけた場合は是非 ♡ や お気に入り登録 をお願いいたします。

ご投票も、よろしくお願いいたします。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

秘密

阿波野治
児童書・童話
住友みのりは憂うつそうな顔をしている。心配した友人が事情を訊き出そうとすると、みのりはなぜか声を荒らげた。後ろの席からそれを見ていた香坂遥斗は、みのりが抱えている謎を知りたいと思い、彼女に近づこうとする。

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐️して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。童話パロディ短編集

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

ぬくもりのキャンディー

葉月百合
児童書・童話
小学生向け これは、はじまりの物語。4人のやさしい子どもたちが、不思議な生きものと不思議な世界に巡り会うはじまりの物語。  本を開くあなたへ  はじめまして、こんにちは。  あなたは知っているでしょう。  世の中には 見えない意地悪や こわい嫌がらせがあるってこと。  強いひとからいじめられて、苦しむひとを。  理不尽の中で一生懸命に暮らすひとを。   小さな男の子と小さな女の子。少女と少年。こどもたちをつなぐものとはーーーー。

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

処理中です...