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キンッ。
すぐそばのその音に振り返ると、湖賊の女と、誰か知らぬ黒装束の男とが切り結んでいた。
刀裁きが速すぎてまるで目で追えない。
だが一瞬の隙をついて、男の刀が女の覆面を斬った。
はらりと布が落ち、その顔が露になる。
夜目にも美しい女性だった。
それに見とれたものなのか、男の人のほうの動きが止まった。
それはもうピタリと金縛りにあったかのように動かない。
湖賊の女はその隙に男を蹴り飛ばし、自分は後ろへ飛び下がった。
「退け」
と女は命じ、令を取り囲んでいた者もみなその場から走り去っていった。
黒装束の男は、それを呆然と見つめている。
あまりにもずっとその格好のままなので、令はしびれを切らして男に声をかけた。
「あの、もしもし」
だが、男に反応はない。
彫像のように動きを止めたまま、全然動かない。
「あの、聞こえていますか。あの」
何度呼び掛けても反応がないので、仕方なく令は男の袖を引いた。
反応はない。
腕を叩いた、やはり反応がない。
揺らす、軽く蹴る、いずれも反応なし。
無視をしているのではなく、気づいてないようだ。
令はイライラしてきて、
「あの!」
ついに、男の足を思いきり踏んだ。
「痛ぁっ!」
と、ようやく男は反応を示して、
「何するんだ、令」
と当たり前のように令を呼んだ。
「あれ、その声は」
覆面を外した男の顔を見て、令は驚いた。
「先生!?」
なんと、それは半井だったのだ。
令の記憶にある半井は、優しいが抜けたところのある青年だった。
その面影はそのまま。だが、まさかこんなに剣の腕が立つとも思わなかった。
確かに、これだけ強いのなら、役人として金堀の警護もできる。
あるいは、そのために剣の腕を磨いたのだろうか。
わからないことだらけだ。
「先生、どうしてーー」
「しっ。声が大きい」
「どうしたんですか、先生。こんなところで」
「どうした、じゃない。狼たちが騒いでるから、心配になって野営を抜け出して見に来たんだ。案の定これだ。危ないから来るなという手紙を読まなかったのか?」
半井は、昔のように普通に話してきた。
「読みました。けど、ぼくどうしても儺楼湖に行かなきゃいけなかったから」
「儺楼湖に? どうしてそんなところに行くんだ。しかも一人で。何があった」
そうやって令を心配する半井は、昔の半井そのものだった。
ポンっと、先生の温かい手が令の頭に乗る。
それだけで、何もかも大丈夫という気がして、一気に我慢していたものがあふれ出て、令は号泣した。
「お、おか、お母さんが病気で。それで、薬草を取りに」
「そうか。おまえのお母上も患ってしまったのか」
半井は、令を優しく抱きしめてくれた。
少し照れ臭いけど、物凄く安心する。
おかげで、令の気持ちはすぐに落ち着いた。
「私は今、出羽図国の役人を務めている。今回初めて金堀の護衛についてここに来たんだ。金堀は、金や宝だけでなく、薬草も採るのが仕事だ」
「薬草も? じゃあ、本当に鬼憑病に効く薬草が儺楼湖にあるんですね!?」
「ああ。だが、その薬草もまだよく効果のわからないところがある。とりあえず、症状は抑えることができるらしいが、その薬草を使って完治させるには、研究が必要らしくてな」
「でも、症状を抑えることができるなら、それだけでも価値があります」
その薬草があれば、お母さんはもう胸の痛みに苦しまなくて済むのだ。
「おまえに代わって取りに行ってやりたいが、役人は湖には入らない。ほかの護衛官の目もあるから、俺が潜るのは難しい。だから、どうしてもと言うなら、おまえ自身にとってきてもらわねばならん」
「ぼくが――取りに行けるんですか!?」
「儺楼湖で潜りをしたことはあるな?」
「はい。幼い頃は父と行きましたし、紗和のお父さんにも潜りは習いました」
「それならいい。私は人足の中におまえを紛れ込ませてやる。その代わり、私の言うとおりにやるんだぞ。間違えれば、命はない。お互いに」
令は、それがいかに危険なことなのか、半井の顔を見てよくわかった。
急に緊張で喉がつまり、声を出せなくなった令は、代わりに深くうなずいた。
そんな令を見て、半井は微笑んで言った。
「おおきくなったな、令」
そう、懐かしそうに。
その優しい半井の目に、令は昔の楽しかった日々を思い出した。
もうその日々は二度とかえってはこない。
あの頃は当たり前だと思っていた日常。
こんなふうに焦がれる日が来るなんて、思いもしなかった。
**********************
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すぐそばのその音に振り返ると、湖賊の女と、誰か知らぬ黒装束の男とが切り結んでいた。
刀裁きが速すぎてまるで目で追えない。
だが一瞬の隙をついて、男の刀が女の覆面を斬った。
はらりと布が落ち、その顔が露になる。
夜目にも美しい女性だった。
それに見とれたものなのか、男の人のほうの動きが止まった。
それはもうピタリと金縛りにあったかのように動かない。
湖賊の女はその隙に男を蹴り飛ばし、自分は後ろへ飛び下がった。
「退け」
と女は命じ、令を取り囲んでいた者もみなその場から走り去っていった。
黒装束の男は、それを呆然と見つめている。
あまりにもずっとその格好のままなので、令はしびれを切らして男に声をかけた。
「あの、もしもし」
だが、男に反応はない。
彫像のように動きを止めたまま、全然動かない。
「あの、聞こえていますか。あの」
何度呼び掛けても反応がないので、仕方なく令は男の袖を引いた。
反応はない。
腕を叩いた、やはり反応がない。
揺らす、軽く蹴る、いずれも反応なし。
無視をしているのではなく、気づいてないようだ。
令はイライラしてきて、
「あの!」
ついに、男の足を思いきり踏んだ。
「痛ぁっ!」
と、ようやく男は反応を示して、
「何するんだ、令」
と当たり前のように令を呼んだ。
「あれ、その声は」
覆面を外した男の顔を見て、令は驚いた。
「先生!?」
なんと、それは半井だったのだ。
令の記憶にある半井は、優しいが抜けたところのある青年だった。
その面影はそのまま。だが、まさかこんなに剣の腕が立つとも思わなかった。
確かに、これだけ強いのなら、役人として金堀の警護もできる。
あるいは、そのために剣の腕を磨いたのだろうか。
わからないことだらけだ。
「先生、どうしてーー」
「しっ。声が大きい」
「どうしたんですか、先生。こんなところで」
「どうした、じゃない。狼たちが騒いでるから、心配になって野営を抜け出して見に来たんだ。案の定これだ。危ないから来るなという手紙を読まなかったのか?」
半井は、昔のように普通に話してきた。
「読みました。けど、ぼくどうしても儺楼湖に行かなきゃいけなかったから」
「儺楼湖に? どうしてそんなところに行くんだ。しかも一人で。何があった」
そうやって令を心配する半井は、昔の半井そのものだった。
ポンっと、先生の温かい手が令の頭に乗る。
それだけで、何もかも大丈夫という気がして、一気に我慢していたものがあふれ出て、令は号泣した。
「お、おか、お母さんが病気で。それで、薬草を取りに」
「そうか。おまえのお母上も患ってしまったのか」
半井は、令を優しく抱きしめてくれた。
少し照れ臭いけど、物凄く安心する。
おかげで、令の気持ちはすぐに落ち着いた。
「私は今、出羽図国の役人を務めている。今回初めて金堀の護衛についてここに来たんだ。金堀は、金や宝だけでなく、薬草も採るのが仕事だ」
「薬草も? じゃあ、本当に鬼憑病に効く薬草が儺楼湖にあるんですね!?」
「ああ。だが、その薬草もまだよく効果のわからないところがある。とりあえず、症状は抑えることができるらしいが、その薬草を使って完治させるには、研究が必要らしくてな」
「でも、症状を抑えることができるなら、それだけでも価値があります」
その薬草があれば、お母さんはもう胸の痛みに苦しまなくて済むのだ。
「おまえに代わって取りに行ってやりたいが、役人は湖には入らない。ほかの護衛官の目もあるから、俺が潜るのは難しい。だから、どうしてもと言うなら、おまえ自身にとってきてもらわねばならん」
「ぼくが――取りに行けるんですか!?」
「儺楼湖で潜りをしたことはあるな?」
「はい。幼い頃は父と行きましたし、紗和のお父さんにも潜りは習いました」
「それならいい。私は人足の中におまえを紛れ込ませてやる。その代わり、私の言うとおりにやるんだぞ。間違えれば、命はない。お互いに」
令は、それがいかに危険なことなのか、半井の顔を見てよくわかった。
急に緊張で喉がつまり、声を出せなくなった令は、代わりに深くうなずいた。
そんな令を見て、半井は微笑んで言った。
「おおきくなったな、令」
そう、懐かしそうに。
その優しい半井の目に、令は昔の楽しかった日々を思い出した。
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