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令は、半井を追うようにして、山に入った。
だが、どこで道を間違えたのか、令は山の中で迷子になってしまった。
あたりも暗くなってきて、余計に方向感覚がわからなくなった。
いつのまにか道も外れている。
焦りと恐怖で、令の心臓はバクバクいっている。
令は立ち止まり、気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
ゆっくり、五回。
これも、半井先生が教えてくれたことだった。
スッと吸って、ゆっくりおおきく吐き出す。
それを繰り返していると、少し気持ちが落ち着いてきた。
「夜動くのは危険だ。獣除けに火を焚いて、朝を待とう。朝が来たら、尾根へ出て、方向を確かめればいい」
令はわざと大きな声で言い、自分を励まし、まず枯葉を集めて持っていた火種で火を起こした。
辺りが明るくなると、ほっとする。
令は、その明かりを頼りに、手近の木三本に縄を巻いて、羽織をひっかけた。
これで屋根ができ、夜露をしのぐことができる。
腰に差していた宝探師の杖を抜き、火にくべた。
宝探師の杖は軽鉄でできており、その先は、宝を救いやすいようにお玉のような形になっている。
そこだけを取り外せば、一人用の鍋として使えた。
令は、途中汲んできた湧水をその中に入れ、糒と、小刀で芋縄を切って入れた。
芋縄は味噌で似てある。湯に戻せばみそ汁になるのだ。
煮えてきたら、塩鮭を干したものをちぎって入れる。
糒もふやけて、上等な味噌水(みそうず)ができた。
最後に、ウズラの卵を落として混ぜ、煮えるのを待っている間に削った枝を箸がわりにして食べた。
丸二日、ろくなものを食べていなかったから、温かい飯がうれしかった。
熱さに、はふはふっと、息を吐くと、白くなって立ち昇る。
務は、何を食べているだろうか。母の発作は起きてないだろうか。
二人のことを思うと、今すぐにでも出発したかった。
だがまだ峠を越えてもいない。無理は禁物だ。
明日のためにも、体を休めておこう。
体が温まると、眠たくなった。
杖を洗って、しまうと令はその場に横になった。
火を絶やしてはいけないと、うとうとしながらも薪を放り込む。
それを繰り返しているうちに、パチパチという火の爆ぜる音がいい子守唄になって、令は深い眠りに落ちてしまった。
――オオーン。
獣の鳴き声が遠くに聞こえた。
寒い。
ザッザッザッと、すぐそばで物音がして、令はハッとした。
そうだった。
山の中で野宿をしているのだった。
何を眠りこけているんだ。
いつの間にか火も絶えてしまっている。
「オイ」
その声に、令は飛び起きて、宝探師の杖を構えた。
令の野陣を囲むように、数人の大人たちが立っていた。
目の前に立つ者が、松明を令にかざして呟いた。
「まだ子ども」
その声は低いが、女性のようだった。
背格好も華奢だ。
だが、顔を布で覆っているし、暗いのではっきりとはわからなかった。
だが、その手に抜身の刀を持っているのが見え、令は血の気が引いた。
山賊か――。いや……。
令は、『湖賊、森の中在り』という半井の手紙のことを思い出していた。
湖賊だ。
儺楼湖に近づく者を容赦なく殺すという、山賊よりも非道で冷酷な湖賊。
それに出会ってしまったのだ。
でも、ここで死ぬわけにはいかない。
母のために、薬草を取りに行くと決めた。
幼い弟だって、不安の中一人で戦っているんだ。
自分だけがここで負けるわけにはいかない。
令は、大声を発し、目の前の賊に飛び掛かった。
本当なら、怖くて一歩だって動けない。
意気込んで出発したものの、道に迷って、夜の森に一人で、怖くて怖くてたまらない。
でも、やるしかない。
「うわあああああああ!」
だが、令の精いっぱいの一撃は難なく交わされてしまった。
しかも、湖賊の女は、刀で令の杖を制しつつ、足をかけてきた。
令はその場に転がり、背を踏みつけられ、首に刀を突き付けられた。
「動くな。何しにこの森へ入った」
「な、儺楼湖に向かう途中です」
声が、情けないくらいに震えている。
こんなこと、初めてだった。
「儺楼湖に、何をしに行く」
覆面から除く目は、きれいだった。
だが、油断なく令をとらえるその視線は厳しい。
「や、薬草を取りにいくんです」
喉がカラカラで、舌がひっついてうまくしゃべれない。
「母が、病気で」
「鬼憑病か。おまえ、出羽図の役人ではないな。だれからその話を聞いた」
「それは――」
友だちからだと答えれば、その友だちは誰だと聞かれる。
そうすれば、紗和の名を明かさねばならなくなる。
紗和は、命を懸けてこのことを教えてくれたのだ。
喧嘩はしていても、そういう人の気持ちを裏切るようなことは絶対にできない。
「言えません」
「おのれ、おちょくってるのか!」
目の前の女性ではなく、そばにいた大柄な男が怒鳴り、令の襟首をつかんで持ち上げてきた。
首が締まり、息ができない。
「くるっ、しい。放して――」
急激に意識が遠のく。
まさか、こんなところでこんな死に方をするとは思わなかった。
薬草を手に入れるどころか、儺楼湖にもたどり着けずに終わるなんて。
「おい、やめ――」
女性がそう言いかけたときだった。
シュッ。
という、何かが風を切る音がしたかと思うと、
「ぎゃあ!」と、
令の首を絞めていた大男が悲鳴を上げて、令を放した。
その手には、何か鉄の箸のようなものが刺さっていた。
尻もちをつく令の頭上をまた何かがかすめ、気づいたときには大男が地面にぶったおれるところだった。
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令は、半井を追うようにして、山に入った。
だが、どこで道を間違えたのか、令は山の中で迷子になってしまった。
あたりも暗くなってきて、余計に方向感覚がわからなくなった。
いつのまにか道も外れている。
焦りと恐怖で、令の心臓はバクバクいっている。
令は立ち止まり、気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
ゆっくり、五回。
これも、半井先生が教えてくれたことだった。
スッと吸って、ゆっくりおおきく吐き出す。
それを繰り返していると、少し気持ちが落ち着いてきた。
「夜動くのは危険だ。獣除けに火を焚いて、朝を待とう。朝が来たら、尾根へ出て、方向を確かめればいい」
令はわざと大きな声で言い、自分を励まし、まず枯葉を集めて持っていた火種で火を起こした。
辺りが明るくなると、ほっとする。
令は、その明かりを頼りに、手近の木三本に縄を巻いて、羽織をひっかけた。
これで屋根ができ、夜露をしのぐことができる。
腰に差していた宝探師の杖を抜き、火にくべた。
宝探師の杖は軽鉄でできており、その先は、宝を救いやすいようにお玉のような形になっている。
そこだけを取り外せば、一人用の鍋として使えた。
令は、途中汲んできた湧水をその中に入れ、糒と、小刀で芋縄を切って入れた。
芋縄は味噌で似てある。湯に戻せばみそ汁になるのだ。
煮えてきたら、塩鮭を干したものをちぎって入れる。
糒もふやけて、上等な味噌水(みそうず)ができた。
最後に、ウズラの卵を落として混ぜ、煮えるのを待っている間に削った枝を箸がわりにして食べた。
丸二日、ろくなものを食べていなかったから、温かい飯がうれしかった。
熱さに、はふはふっと、息を吐くと、白くなって立ち昇る。
務は、何を食べているだろうか。母の発作は起きてないだろうか。
二人のことを思うと、今すぐにでも出発したかった。
だがまだ峠を越えてもいない。無理は禁物だ。
明日のためにも、体を休めておこう。
体が温まると、眠たくなった。
杖を洗って、しまうと令はその場に横になった。
火を絶やしてはいけないと、うとうとしながらも薪を放り込む。
それを繰り返しているうちに、パチパチという火の爆ぜる音がいい子守唄になって、令は深い眠りに落ちてしまった。
――オオーン。
獣の鳴き声が遠くに聞こえた。
寒い。
ザッザッザッと、すぐそばで物音がして、令はハッとした。
そうだった。
山の中で野宿をしているのだった。
何を眠りこけているんだ。
いつの間にか火も絶えてしまっている。
「オイ」
その声に、令は飛び起きて、宝探師の杖を構えた。
令の野陣を囲むように、数人の大人たちが立っていた。
目の前に立つ者が、松明を令にかざして呟いた。
「まだ子ども」
その声は低いが、女性のようだった。
背格好も華奢だ。
だが、顔を布で覆っているし、暗いのではっきりとはわからなかった。
だが、その手に抜身の刀を持っているのが見え、令は血の気が引いた。
山賊か――。いや……。
令は、『湖賊、森の中在り』という半井の手紙のことを思い出していた。
湖賊だ。
儺楼湖に近づく者を容赦なく殺すという、山賊よりも非道で冷酷な湖賊。
それに出会ってしまったのだ。
でも、ここで死ぬわけにはいかない。
母のために、薬草を取りに行くと決めた。
幼い弟だって、不安の中一人で戦っているんだ。
自分だけがここで負けるわけにはいかない。
令は、大声を発し、目の前の賊に飛び掛かった。
本当なら、怖くて一歩だって動けない。
意気込んで出発したものの、道に迷って、夜の森に一人で、怖くて怖くてたまらない。
でも、やるしかない。
「うわあああああああ!」
だが、令の精いっぱいの一撃は難なく交わされてしまった。
しかも、湖賊の女は、刀で令の杖を制しつつ、足をかけてきた。
令はその場に転がり、背を踏みつけられ、首に刀を突き付けられた。
「動くな。何しにこの森へ入った」
「な、儺楼湖に向かう途中です」
声が、情けないくらいに震えている。
こんなこと、初めてだった。
「儺楼湖に、何をしに行く」
覆面から除く目は、きれいだった。
だが、油断なく令をとらえるその視線は厳しい。
「や、薬草を取りにいくんです」
喉がカラカラで、舌がひっついてうまくしゃべれない。
「母が、病気で」
「鬼憑病か。おまえ、出羽図の役人ではないな。だれからその話を聞いた」
「それは――」
友だちからだと答えれば、その友だちは誰だと聞かれる。
そうすれば、紗和の名を明かさねばならなくなる。
紗和は、命を懸けてこのことを教えてくれたのだ。
喧嘩はしていても、そういう人の気持ちを裏切るようなことは絶対にできない。
「言えません」
「おのれ、おちょくってるのか!」
目の前の女性ではなく、そばにいた大柄な男が怒鳴り、令の襟首をつかんで持ち上げてきた。
首が締まり、息ができない。
「くるっ、しい。放して――」
急激に意識が遠のく。
まさか、こんなところでこんな死に方をするとは思わなかった。
薬草を手に入れるどころか、儺楼湖にもたどり着けずに終わるなんて。
「おい、やめ――」
女性がそう言いかけたときだった。
シュッ。
という、何かが風を切る音がしたかと思うと、
「ぎゃあ!」と、
令の首を絞めていた大男が悲鳴を上げて、令を放した。
その手には、何か鉄の箸のようなものが刺さっていた。
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