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第一章
1
「お願いします! どうか、母を助けてください!」
令は、町医者の玄関の前で土下座をした。
往来を行き交う人々の視線が背に刺さる。
でもそんなことは、気にしていられない。
「お願いします! どうか、母を」
痺れを切らしたのか、一度は無理やり令を追い返した初老の医者が戸を開けてくれた。
「いい加減にしてくれ! あんたんとこの母親は、鬼憑病だろう。あれはすぐ人に移るんだ。それに治療法が無い。咳止めも効かないし、発作を止めることもできない。医者は誰も診にいかないよ」
「そんな……じゃあ一体どうすれば……」
「国からおふれが出ているだろう。鬼憑病なんてただの風邪だ。子どもは罹らないし、大人も身体が丈夫ならそんな酷いことにはならないし、死ぬことはない。数日で治る」
「でも母はもう三月も患っているんです。発作が始まるととても苦しそうで」
「そりゃその苦しみのために鬼のような形相になるから鬼憑病てついたくらいだからな。苦しいんだろう。だがどんな薬もきかないんだ。家で誰とも合わずに安静にしてるしかない。とにかく儂にできることはない。おまえも早く帰って母を励ましてやれ」
医者はそれだけ言うと、またピシャリと戸を閉めてしまった。
門前払いを受けたのはこれで何軒目か。
二年前—―。
儺楼湖の里は、鬼憑病が蔓延し、隔離された。
健康な者が里を追われる形となり、令たち親子もこの町に流れてきたのだった。
その後、山火事で里は燃えてしまったと聞いている。
それで、鬼憑病は絶えた。そう思われていたのに――。
病は、続いていたのだ。
一度は終息したと思われた鬼憑病だったが、ふたたび町にも増え始め、ついに令の母も罹患してしまったのだった。
医者という医者を訪ねて回った。でもだめだ。誰も助けてくれない。
令はヨロヨロと立ち上がった。
山を越えて隣町まで行こう。
でも幼い弟が一人で母を看ている。
長いこと留守には出来ない。
山を越えるには丸一日かかる。往復二日。大丈夫だろうか。
でも、行くしかない。
一縷でも望みがあるなら。
そんなことを考えながら、令がトボトボと歩いていると、話しかけてくる者があった。
「令。おい、令」
ハッとして顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。
「紗和」
喧嘩別れして二年。
久しぶりにあった紗和は背が伸びていて、顔も少しシュッとしたようだった。
前よりも凛々しくなった。
「母親が患ったのか」
紗和は唐突に聞いてきた。先程の医者とのやりとりを聞いていたのだろう。
「こうなって良かったよな」
紗和の顔を見て懐かしさ半面、喧嘩の理由も思い出されて、ついその言葉が口を出てしまった。
だが紗和は顔色を変えず、相変わらず淡々と言った。
「前に言ったことは撤回しないよ。病によって救われたこともあると思う。だが、おまえの母が患ったのは別の話だ」
「同じだろ。おまえはそうやって人の不幸を笑ってるだけなんだ」
紗和は、わざとらしくため息をついた。
「おまえは二年経っても子どものままだな」
「なんだと」
鼻白む令に、紗和は背を向けて言った。
「俺は今、城で働いている」
「城って、出羽図国王のか――」
二年前、この国を治めていた沼無(ぬまん)国王が国を追われ、今は出羽図(でわず)国王が政権を握っていた。
「ああ。俺には新しい夢があるんだ。国一番の調理人になるっていう。だからおまえには構っていられない」
夢……?
子どもと言われて腹が立つ。
だがそれ以上に、紗和に置いて行かれているような気がして、悔しかった。
「ぼくだってお前にかかずらわってる暇なんかない」
背を向ける令に、紗和が言葉をかけてくる。
「儺楼湖に薬草がある」
薬草――。
つい令は振り向いて怒鳴り声をあげた。
「いい加減なこと言うな。儺楼湖は燃えてしまっただろう」
二年前、令と紗和の故郷は、原因不明の山火事によって焼け野原となってしまったのだ。
病で里に留まっていた者は皆、亡くなったという噂だ。
「里は燃えたが、儺楼湖は残っている。水底に鬼憑病に効くという薬草が生えているらしい」
「うそだ。じゃあ、なんでみんなそれを取りにいかないんだよ!」
「王が鬼憑病だからだ。薬草は沢山は採れない」
つまり、王の分を確保するために、他の民には知られないようにしているということだ。
「役人が定期的に労働者を連れてそれを取りに行っている。このことは、誰にも言うな。俺の首が飛ぶ」
紗和はそれだけ言うと去っていった。
首が飛ぶなど、と。
言われなくても分かっている。
そんな極秘事項、口にするのだって危険だったはずだ。
でも、どうして絶交した自分にそんな大事なことを教えてくれるのか。
もしかしたら、でまかせかもしれない。
でもーー。
紗和はむかつくやつだけど、いつも嘘がない。
掛けてみるか。
儺楼湖――その一縷の希望に。
*******************************:
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「お願いします! どうか、母を助けてください!」
令は、町医者の玄関の前で土下座をした。
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でもそんなことは、気にしていられない。
「お願いします! どうか、母を」
痺れを切らしたのか、一度は無理やり令を追い返した初老の医者が戸を開けてくれた。
「いい加減にしてくれ! あんたんとこの母親は、鬼憑病だろう。あれはすぐ人に移るんだ。それに治療法が無い。咳止めも効かないし、発作を止めることもできない。医者は誰も診にいかないよ」
「そんな……じゃあ一体どうすれば……」
「国からおふれが出ているだろう。鬼憑病なんてただの風邪だ。子どもは罹らないし、大人も身体が丈夫ならそんな酷いことにはならないし、死ぬことはない。数日で治る」
「でも母はもう三月も患っているんです。発作が始まるととても苦しそうで」
「そりゃその苦しみのために鬼のような形相になるから鬼憑病てついたくらいだからな。苦しいんだろう。だがどんな薬もきかないんだ。家で誰とも合わずに安静にしてるしかない。とにかく儂にできることはない。おまえも早く帰って母を励ましてやれ」
医者はそれだけ言うと、またピシャリと戸を閉めてしまった。
門前払いを受けたのはこれで何軒目か。
二年前—―。
儺楼湖の里は、鬼憑病が蔓延し、隔離された。
健康な者が里を追われる形となり、令たち親子もこの町に流れてきたのだった。
その後、山火事で里は燃えてしまったと聞いている。
それで、鬼憑病は絶えた。そう思われていたのに――。
病は、続いていたのだ。
一度は終息したと思われた鬼憑病だったが、ふたたび町にも増え始め、ついに令の母も罹患してしまったのだった。
医者という医者を訪ねて回った。でもだめだ。誰も助けてくれない。
令はヨロヨロと立ち上がった。
山を越えて隣町まで行こう。
でも幼い弟が一人で母を看ている。
長いこと留守には出来ない。
山を越えるには丸一日かかる。往復二日。大丈夫だろうか。
でも、行くしかない。
一縷でも望みがあるなら。
そんなことを考えながら、令がトボトボと歩いていると、話しかけてくる者があった。
「令。おい、令」
ハッとして顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。
「紗和」
喧嘩別れして二年。
久しぶりにあった紗和は背が伸びていて、顔も少しシュッとしたようだった。
前よりも凛々しくなった。
「母親が患ったのか」
紗和は唐突に聞いてきた。先程の医者とのやりとりを聞いていたのだろう。
「こうなって良かったよな」
紗和の顔を見て懐かしさ半面、喧嘩の理由も思い出されて、ついその言葉が口を出てしまった。
だが紗和は顔色を変えず、相変わらず淡々と言った。
「前に言ったことは撤回しないよ。病によって救われたこともあると思う。だが、おまえの母が患ったのは別の話だ」
「同じだろ。おまえはそうやって人の不幸を笑ってるだけなんだ」
紗和は、わざとらしくため息をついた。
「おまえは二年経っても子どものままだな」
「なんだと」
鼻白む令に、紗和は背を向けて言った。
「俺は今、城で働いている」
「城って、出羽図国王のか――」
二年前、この国を治めていた沼無(ぬまん)国王が国を追われ、今は出羽図(でわず)国王が政権を握っていた。
「ああ。俺には新しい夢があるんだ。国一番の調理人になるっていう。だからおまえには構っていられない」
夢……?
子どもと言われて腹が立つ。
だがそれ以上に、紗和に置いて行かれているような気がして、悔しかった。
「ぼくだってお前にかかずらわってる暇なんかない」
背を向ける令に、紗和が言葉をかけてくる。
「儺楼湖に薬草がある」
薬草――。
つい令は振り向いて怒鳴り声をあげた。
「いい加減なこと言うな。儺楼湖は燃えてしまっただろう」
二年前、令と紗和の故郷は、原因不明の山火事によって焼け野原となってしまったのだ。
病で里に留まっていた者は皆、亡くなったという噂だ。
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言われなくても分かっている。
そんな極秘事項、口にするのだって危険だったはずだ。
でも、どうして絶交した自分にそんな大事なことを教えてくれるのか。
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でもーー。
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