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安城院雫と生徒会室

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 場所は知っているけれど、生徒会室に入るのは初めてだった。
 一般の生徒にはほとんど関係のない場所だから、それも当たり前だ。
 職員室のさらに奥の角部屋。それが生徒会室の場所だ。

 その扉は、ただ閉まっているだけなのに、周りに生徒がいないせいで、まるで堅牢な門番がいるかのように開けづらい。
 僕はLINKを開いて、昨夜来ていた先輩からのそのメッセージを確かめる。

『もし可能なら明日の昼休み、生徒会室に来てくれないかしら。良かったらお昼ご飯をご馳走させて欲しいので』

 そこにはそう書かれている。
 お昼ご飯をご馳走されるようなことをしてないように思うけれど、僕はその言葉に甘えた。 
 その雰囲気的に堅牢な扉をノックすると、

「どうぞ」と返ってくる

 その返事に応えて僕は扉を開ける。
 生徒会室に入るのが初めてということは、その中を見るのが初めてということを意味していることに僕はそこで気づいた。

 印象としては仕事部屋という雰囲気だった。
 職員室にあるのとそう変わらない業務用の長机が七つ並んでいて、入って右の壁一面はロッカーが並べられそこにはどうやら資料が並んでいるらしい。

 どうやら生徒会室は二室に分けられているようで、奥にはガラス張りになった会議室が見える。
 僕を招いた安城院先輩は、お誕生日席とでもいうような飛び出した奥の一席に座り、うずたかく積まれた資料とパソコンを行ったり来たりしている。

 それはあまりに日常的な仕草で、先輩がいつもそうしていることを物語っている。
 僕が呆気に取られてその様子を見ていると、

「川上くん、ごめんね。呼び出してしまって」

 先輩は立ち上がって机の脇に紙袋を丁寧に渡してくる。

「これ、昨日借りた、その下着」

 なるほど、そのお礼か。
 ここで返さなくても、放課後だって会うんだしと思ったけれど、先輩のそういう潔癖なところを僕は好ましく思う。
 僕は先輩に促されてその隣の席に座る。

「それと、これ。良かったら一緒に食べましょう」

 そう先輩は鞄からタッパーと水筒を取り出した。
 先輩は頬をかいて少し恥じらうように、それを開ける。
 サンドイッチだった。
 それもとても一人暮らしの女の子が作ったとは思えない、手間のかかったものだ。
 見た目の挟まれている具材も様々で、彩りが華やかだった。
 僕が驚いている間に、先輩は水筒から紙コップに紅茶を注いでくれた。

「そのかえって気を遣わせてしまって、申し訳ないです」

「ううん。その。気にしないで。私の方がよっぽど迷惑かけたのだし。それに、これからだって……」

「そっちは気にしないで下さい、先輩。せっかくだし食べましょう」

 僕は先輩の話を区切って、手を合わせる。
 先輩もそれに続く。
 僕は照り焼きチキンと卵とレタスの挟まったサンドイッチを手に取る。
 それは一口に口に入れただけで、チキンの香ばしさ卵の絶妙な味付けが相まっておいしい。
そう先輩に伝えると、照れるのを隠すように瑞々しい黒髪を掻きあげた。

「ごめんなさい。川上くん、少し仕事してもいいかしら」

「ええ、もちろん」

 先輩はサンドイッチを片手に、次々に書類を崩していく。
 僕は食べながら、先輩の仕事をするのを眺めていた。

 先輩の机の上の書類の束はうずたかい。
 他の人の机と比べても明らかにそれは多い。
 案件ごとに色分けしてクリアファイルに入れているみたいだけれど、少なくとも一〇種類以上のファイルがそれぞれ複数ある。 
 僕だったらとてもじゃないけれど、こんな仕事量をこなせないだろう。
 僕の視線に気づいたのか、先輩は顔をこちらに向ける。

「部活動や学校行事、保護者会や他の学校との連携とか、いろんな種類があるから、どうしても書類が多くなっちゃうだけよ。最終確認だけの仕事も多いしね」

 先輩はそう言うが、きっとそれだけではないのだろう。
 そうじゃなきゃ、昼休みにまできてここで仕事はしていないはずだ。
 それに、あのふざけた神さまのせいで命が懸かっているというのに、学校にくる理由はきっとこれなのだから。

「その僕にも何か手伝えることはないですか?」

 僕はそう思わず言っていた。
 先輩は最初驚いたような戸惑ったようなそんな顔をしたけれど、嬉しそうに柔らかく微笑みに変わる。
 僕はその笑顔にドキッとする。
 少しとっつきづらさを覚えるような雰囲気のその奥に、そんな表情があるのだ。 
 昨日からそう思っていたけれど、先輩は笑うととてもかわいい女の子だということに気づいた。

「それじゃあ。この書類の仕分けをお願いできるかしら」

 先輩はそれから自分の持っている見仕分けの書類を持ってきて(どうやらそれはまた別の山になっていた)、それを先輩の管理する色ごとのファイルに移すようにとのことだった。
 僕は先輩に教わりながら(先輩は教えるのがとてもうまい人だった)、その仕事を続ける。
 そんな仕事ではないのに、なぜだか無性に楽しく思える時間だった。
 予鈴の鳴るその時間まで僕と先輩はほとんど言葉を交わさずに、互いの仕事を進めた。
 なんとか束になっていた書類の仕分けは終わらせることができた。

「助かったわ、川上くん」

「いえ、こんなことでよかったらいつでも手伝いますよ」

 先輩は瞬きをして、右手を自分の胸にあてた。

「何か変でしたか?」 

「ううん。そんな風に言ってくれる人ってあまりいないから。嬉しくてね」

 その言葉に僕ははっとする。 
 先輩はきっと、周りにとても仕事ができる人だと思われている。
 自分たちなんかより圧倒して、と。
 それがこうした地道な努力の成果だとしても、それは伝わっていない。
 どんなに量が多くても、自分たちよりうまくやってしまうと決め込んで、周りの人は先輩に遠慮しているのかもしれない。 
 だから、僕は遠慮しないことにした。

「先輩、明日も来てもいいですか。そのお手伝いさせて下さい」

「お願い……してもいいのかしら?」

 それは自身に対する疑問のようだった。 
 先輩は先輩で人に仕事を頼むのがうまいってタイプではなさそうだ。
 自分で頑張って仕事をしてしまうタイプだ。
 僕は言葉を重ねて、先輩を後押しする。

「いいんですよ。先輩」

「じゃあ、お願いするわね」

 そう言って先輩は自然と表情を崩した。
 その表情に、僕はドギマギするのを隠せなかった。
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