ミレと魔女の森

片崎温乃

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第三章 愛の足音

第三章  愛の足音#4

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魔女の森があるこの地域ではひと月通して晴れた日が多いが、昼であっても時に急激に気温が落ち雪が降る事がある。
私が風呂場の動力源となる湯釜に薪を入れつつ、ちらほらと舞う粉雪の中座り込む夕暮れ時もそうだった。
「はー…寒い…完全に燃えるまで、かかりそうね‥」
『昔なら、ベートがやってくれたりしたなぁ…』
「私、何考えてんだろ」
首の動く限り、精一杯頭上の灰色の空を見つめて、そのままそこそこ積もった雪の中へ背中から倒れこんだ。
「ウィリアン様!?」
私の名前を呼ぶ声がした。シャリシャリと雪を踏む音をさせて走ってくる。これは…
「シルバ。どうしたの?」
「どうしたの、ではなくて‥具合が悪いんですか。」
「ううん、空が見たいだけ。」
「風邪引きますから、起きてください。」
「嫌。」
雪の中でもわずかな光を感じたくて、目を閉じる。
またシャリシャリと音がして、目の裏で味わっていた光も消えた。
「一人で何でもしなくていいのに。」
目を開くとシルバが私の顔の横に座り込んで、見つめていた。
「どういうこと?」
「…お風呂を沸かすことです。手伝いに来ました。」
大人びた言い方に何でか笑いがもれてしまう。
「子ども達に風邪を引かせないために今日は一人でやるって言ったのよ。だから子どもは早く帰ってお風呂に入りなさい。」
子どもっていうのはこういう時は、諭す言葉をかけて、ちょっと睨んでやれば‥シルバは無言で立ち上がって、多分来た道を歩いていった。
…『このまま眠ってしまえば、すべてから逃げられる?』
  ジャリリリリ、ボフッと雪がなじられる音がして、私は思わず起き上がってそっちを見た。
ちょっと遠くの方で雪からはみ出た手足がばたついている。
「何してるの!?」
急いで駆け寄ると、閉じていた目を開いて、手足を大人しくしたシルバが悪戯っぽい視線を私に送った。
「ウィリアン様が僕に冷たいことを言うからむかついて、かっかしたから雪で体を冷やそうと思って。」
「風邪引くって言ってるでしょ!?」
「それはウィリアン様も同じだろ。」
「…減らず口たたいて。こっちへ来なさい。」
起き上がるのを手伝おうか、迷ったけど…中途半端に差し出した手をシルバはしっかり握ってきた。…なかなか熱かったから、言ってることは本当かもしれない。
 二人並んで湯釜の前に座り込む。そろそろ火が大きくなってきたから、私は少しづつ火吹き棒で空気を入れつつ、様子を見る。
かすかに触れている肩同士からシルバの震えが伝わってきた。…シルバはいつもの部屋着のままで上に何も羽織ってない。やっぱり冷えてきてるんじゃない…
私の防寒コートを半分脱いで、残りをシルバに掛けてあげる。
「…ミレはどう?」
「どう、とは?」
「あなたの目から見て、馴染めてるかしら‥って。」
「ミレは…そういうことすら考えてなさそうだから、大丈夫だと思います。」
私は思わず笑ってしまった。確かにその通りだと思う…
「ウィリアン様は…どんな子どもだったんですか」
心臓が大きく跳ねた。そのままドクドクと音を立てて加速していく。
甦る、昔あった色んな事…―
「―リアン様、寒いんですか。」
シルバの声で、私はすごく震えていたことに気付いた。今度は、恥ずかしさで一気に顔が熱くなる…同じコートの中にいるし、シルバにも伝わってるかもしれない…!
「私も今さら寒くなってきたみたい…もっと火を大きくしないと。向こうの薪取ってくる、」
薪をとるのを口実にしてコートの中を抜けようとした私を、シルバが腕を掴んで止めた。
「僕も寒いから、コートから抜けないで下さい。一緒に動きましょう。」
「ええ…?」
なぜか言い返しにくくて、結局中腰のまま蟹のような恥ずかしい歩き方で、湯釜より右の壁際に置いてある薪の山に辿り着く。
そこから一人三本づつ持ってまた変な歩き方で湯釜の前へ戻ったら、何だか笑いが止まらなかった。
そう…こういう変わったことをするのも子どもの特権だもんね…。
「私も…昔はね、村の友達と一緒に、大人の仕事を手伝ったり‥新しい遊びを考えたり‥楽しく過ごしてたのよ。…今の方がずっと楽しいけれど‥」
「そうなんだ‥背は僕より高かった?髪の色は?」
「どうしてそんなこと訊くの」
「参考に…」
「何の?」
「…‥劇の?」
「もしかしてもうクロデアと次の劇の話をしてるの?」
「そうですね…」
‥子どもだと思ってたけど、こういうところは私が思ってるよりみんな、成長してるのね…
「参考になるなら…背は昔から高いほうだったかな。髪の色はね、赤ちゃんの時はもっとまぶしい金色だったの。あまりにまぶしいから、この子を窓際に連れていったら周りの人はみんな目がくらんで倒れてしまうからっていつも部屋の真ん中に座らされていたくらいよ。」
「それは話が大げさ過ぎませんか。」
腹の立つ子。ほっぺを抓ろうと手を伸ばしたけど…なぜか出来なくて、そっと引っ込めた。
「ウィリアン様は、僕が嫌いなんですか。」
今の動作を気づかれた?少し怯えながら、私はコートが作る薄闇の中でシルバの顔を見た。‥無表情で、何も読み取れない顔だった‥、
「嫌いなわけないでしょう?どうしてそんなこと…」
ふと、シルバが湯釜の火を見つめていた目を私に向けた。
「何度も思いました。僕の事が嫌いで、避けられてるんじゃないかって‥」
「私が子どものことを嫌うなんて、ありえない…」
「僕は、子どもじゃない」
「子どもじゃないなら、何?」
「何なのか、ウィリアン様が、確かめてほしい…」
どういうこと…すぐ側にあるシルバの顔が近づいて…
「ウィリアン様!私も手伝います!」
コートが思い切り後ろへひっぱられて、私より体重の軽いシルバが先に後ろへ転がった。
「きゃっ…な、リルティーヌ?!どうしてコート引っ張ったの‥!?」
「はやく手伝いたくて、つい。ウィリアン様、ごめんなさい。」
「私はどうでも、シルバ!大丈夫?」
シルバは上半身だけ起こしてリルティーヌを見てるけど‥怒ってる…?
「リル、手伝いに来てくれるのは嬉しいけど…私だけで大丈夫よ。シルバを連れていってくれる?」
「いえ、ウィリアン様…私、ウィリアン様ばっかりいつも助けて頂いてるから、今日はシルバと私でお風呂を沸かします。たまには甘えて下さい…」
リルティーヌはシルバがどうでもいいのか、微笑んでじっと私だけを見つめる…
本当は、この子にもシルバと同じものを感じていて、一緒にいると背筋が寒いような気持になるのは、どうしてなんだろう…
「そう…ありがとう。じゃあ、今日はお願いしようかしら。私のコートを貸すから、はい‥」
「ふふっ、ありがとうございます…シルバ、いつまで寝てるの?」
「寝てない。お前と一緒に作業するぐらいなら僕一人でする。リルを連れ帰って下さい。」
「仲良くしなさい。私一人で帰るわ。…エドモンド達の面倒を見に行くから、戻るのは遅くなるけど心配はしないでね。」
「分かりました……」
不本意そうにむくれるシルバの横顔…やっぱり子どもよね?
私は一応リルティーヌにも手を振って、大体無反応なこの子が珍しく手を振り返してくれた。これだけでも、良い事があったと思えたな…
ここしばらくは馬達の世話を子供達にまかせていたし、帰るついでと思って、私は森のさらに外れにある馬小屋へと向かった――。


「おはよー♪馬さん元気?これ、美味しいご飯作ってきたの!食っべてー♡」
少女が白い団子を白馬サリーに差し出して食べさせようとするが、白馬は頭を上下左右に振って拒否を示している。
「えーなんで食べてくれないのー?こないだの人参よりこっちの方が栄養有るんだよー?食べて!食べてー!」
「何をしてるの!!」
「あ、ウィリアン様ー!元気にしてたー?♪」
ウィリアンは、小道の端に建てられた馬小屋に近付いて馬達にかまっている少女を見つけると全力で走り出す。
息を切らせて少女に辿り着くなり、手に乗った団子をはたき落とした。
「貴重な小麦と薬なのに。何を考えてるの?♪」
「その姿と口調は何なの?…ミレ‥」
「そう!ミレです!私達は〝対象ミレ〝の社交性に注目したんだよ~♡私達の課題は〝人間との親交を目的にしたあらゆる表現〝〝特定地域における行動表現の獲得〝なんだ!今回、私達はこの森より〝外〝から来た、しかし言葉や交流方法に大きな差異の無い人間、〝ミレ〝を観察対象としました。あとは詳しい螺旋の地図があればもっと良し!」
顔はミレと似つかない少女が、ミレがよくしている身体の翻し方をして、笑っている。
「……」
「どう?今までで一番の人間らしい言動を誇る…と言いたいところだけど、ダメー!だね!社交性はあるけど言動が奇抜過ぎて浮くと言う意見が出てる!」
「もう不愉快だからやめて。私の馬に構うのも…」
少女はくるくると回りながら、ウィリアンとの距離を詰めたり離したりする。馬達が怯えた様子で二人の挙動を見守っていた。
「いーやー。ねー、『〈r〉魔法観察実験』がせまってるけど準備と、心の調子は大丈夫?」
うつむいていたウィリアンの目が大きく見開かれたのを少女は見逃さない。彼女の背中にはり付いたと思うとそのままぎゅっと抱き締めた。
「やめてっっ!!!」
ウィリアンはまるで溺れているかの様に腕をもがいて少女の束縛から逃れたが体勢を崩し、前のめりに倒れ手のひらを切った。
「どうして逃げるの? Hugには人の精神を落ち着かせる効果があるのに…」
「……そんなこと不要よ…ちゃんと考えてるから…」
少女は地面から立ち上がらないウィリアンの手をすくって両手で包み、笑顔を浮かべる。ミレと同じ表情の動かし方で。
「考えるだけではダメだよ。ちゃんと実行しないと、ねっ?」
「分かったから、もういい…ミレの真似をするのはやめて…」
「んーはいはい。どうせ調整するしねー。じゃあね、もう行くわ。愛してる、ウィリアン。」
少女は離した手を添えてウィリアンの頬に口付けようとするがとっさに突き飛ばされてよろめき、しばらく笑い声をあげた後、踊るように森の中へ戻っていった。
ウィリアンが遠くを見つめる様な目付きで馬小屋へ入り、落ち着かない馬達のたて髪を撫で、自分も落ち着かせる。
不安そうに自分を見つめるエドモンドと目が合ってようやく、ウィリアンは微笑んだ。
馬達の毛を梳いて、少し餌をあげて、一匹ずつ背中に乗って周辺を散歩させる。
名残惜しそうな馬達をあとにして、ウィリアンはわざと遠回りして屋敷へ戻った。
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